3.
頬がひりひりするらしい天農はちょっと怒っていて、私を追い立てるようにして寝室に急がせた。
「え、え、ちょお待って、するんか、もしかして」
「当たり前。さあさあ、脱いだ脱いだ」
「何も今日やなくても」
「なんだ? 脱がせて欲しいのか?」
シャツを放り捨てて上半身を露わにした天農は、からかうようにそう言った。
私は彼のその身体が痩身ながらよく引き締まっているのを目の当たりにし、おどおどと視線を外す。
忘れていたが、彼は芸術家だった。
ものの形を、線を、バランスを観察することに長けた彼の前に、自分の身体をさらすことが躊躇われた。
彼が描く裸婦のような曲線を私は持たない。
かといって、ギリシャ神の塑像のような逞しさだってあるわけもない。
「ここで妄想癖なんか発揮しなくていいんだよ、お前。何、今度は何を考えてんの?」
正面から私の腰を抱き、天農は私の首筋に鼻をこすりつけた。
目の前で、まだ伸びやかさを保った肩の筋肉が動く。
骨の形が分かる。
その距離がたまらなくなり、私は彼を抱き返しその肩に歯を立てた。
首筋に熱い息がかかる。
「その気になったか?」
耳朶を噛まれ、思わず首を竦めた。
その動きに彼は遅れずついてきて、耳の形を確かめるように舌を這わせた。
私は馬鹿みたいにぶるぶると小刻みに震えてそれに耐えたが、噛み付かれ、とどめとばかりに舌が穴に挿し込まれると、我慢もあっけなく崩壊する。
声をあげ、彼にしがみつく。
私を支えたまま耳への愛撫を続け、かつ右手で私のシャツのボタンを外すという離れ業をやってのけた天農は、同じく軽々と私をベッドに押し倒した。
「そ、そこまで手馴れてんのやったら、電気も一緒に消すくらいやれや」
「手はふたつしかないだろ」
「足でも口でも残ってるやろうが」
「ダメ、足は使うし、」
言いながら、私に乗りかかり、
「口も使う」
顎を押さえつけ無理やり曝した首筋に、舌を滑らせた。
ぞくぞくと背中が粟立つ。
「ひッ……」
こみ上げてくる震えを、声にして逃がすしかなかった。
鎖骨を唇で食まれ、お返しのように肩に噛み付かれる。
その間に腰の当たりをさまよっていた手は、ゆっくりと上に登ってきた。
胸のとっかかりを撫でられ、くすぐったいような心持ちになる。
あちこちを舐めつくすような舌に頭の芯がぼうっとしていき、その頃には、立ち上がった胸の粒を弄られるとそこから甘く痺れてくるようになった。
いいようにされてばかりだという思いが少し過ぎったが、私は天農の発する男の匂いに圧倒されてしまっていた。
あの時と同じだ。
日頃はどちらかと言えば中性的な印象を与える彼が、急に力強いオスになる。
喘ぐような呼吸でなんとか自分を保とうとした。
けれど、天農の手が私の足の間に触れると、もうダメだった。
「ぁ、……ッ!」
すっかり形を変えたそれに、彼が嬉しそうに笑うのが見えた。
私は恨めしい気持ちをこめて見上げる。
そんなものを気にする彼ではないから、あっというまに私を全裸にして、必死で毛布を手繰り寄せようとするのもそ知らぬ顔で阻止してしまう。
「舐めていい?」
「だ……だめ、絶対だめやろ、それは!」
「一応訊いただけで、答えはどうでもいいんだな、これが」
「あ、あほ、やめ……ッ、あぁッ!」
口淫が初めてというわけでもないのに、私はひどく淫らな声をあげた。
しかしそれを恥ずかしく思う間もなく、天農が最初からすっ飛ばして私を追い上げるので、下半身に顔を埋める彼の頭をどかそうとする手だって、ただ髪の毛を摘むみたいな仕草になった。
「あまの、ぁッ、ぁッ……!」
完全に力の抜けた私の足を、天農は膝頭を押さえつけて開かせた。
曝して見せる私のそこは、自分でも分かるほどひくひくと痙攣している。
確実に攻めて来る天農の手管に、あっけなく堕ちそうになる。
最後の理性が言わせた、離れてくれという懇願も無視だ。
もう限界なのに彼の口に出してしまうことが嫌で、けれどもうどうしようもなくて、我慢しきれなくて、私はパニックだった。
身体が言うことをきいてくれない。
離れて欲しいのに、出したくないのに、何ひとつ思い通りにならない。
「あ、あかん、出る……ぅ、あまの、あまのぉ……ッ!」
一際強く吸い上げられ、限界を超えた。
仰け反るように背中をしならせ、膝で彼の頭をぎゅっとしながら、私はとうとう彼の口の中で達してしまった。
何度か強い痙攣が襲い、ゆっくり収束する。
私は半泣きだった。
それなのに、天農は見せつけるように顔を挙げ、口元に垂れた私の名残を親指でぬぐってぺろりと舐める。
「……あまの」
「はいよ」
「なぐらせろ」
ふぅふぅと息の整わないまま睨むが、効果は薄い。
彼は全く無言のまま、ようやくベッドに落とされていた腰を持ち上げ尻の間に手を差し込んできた。
「ま……ちょっと待て、俺にもさせろ!」
「あ、おかまいなく」
「かまうわ!」
「しまったなあ、何か買ってくれば良かった。オイルでいいかなあ」
勝手なことをぶつぶつ呟きながら、寝室を出て行きやがった。
私はようやく、灯りがこうこうとついたままであることに気づく。
どんな顔をしていたか、開かれ曝されて何を見られてしまったか、考えたくもない。
一方的な天農のやりかたに腹を立て、もうどうでもよくなってベッドにそのままでいた。
戻ってきた彼が、鑑賞するようにベッド脇でそれを見ていても、どうでもよかった。
よく見ると彼はまだスラックスをはいている。
私だけが全裸だ。
「怒ってるねえ」
「分かってんのなら謝れ」
「やだ」
「なんやと!」
「言っとくけど、こんなの俺が頭の中でしてたことのうちじゃあほとんど一番優しいんだ。縛ったり吊るしたりしてないし、いろいろと言わせたりもしてないし、だいたいちゃんとベッドだし」
「……一体、君は、何を、一体、君、」
あわあわする私を強制的にうつ伏せにひっくり返し、押さえつける。
開かれた双丘の間に、ひやりとする液体が垂れた。
それを塗りこめるように、指先が往復する。
入り口は粘膜だ。
ぬるつく指先がくりくりとくすぐっていくと、すぐに疼き出す。
「可愛い。全部可愛い。しんじゃいそう」
「……予想以上の変態か。君は普通やと思うてたころもあったなあ」
「そりゃお前の目が節穴なんだな」
指先が入ってくる。
息を詰める。
不快だが、彼の馬鹿げた感想に心が動いていた。
可愛い、だって。
決して美しくはないはずの私は、造りも形も、本来は彼の目にとまるはずもないものだ。
嘘じゃない言葉がどこからくるか、考えなくても分かる。
想像の中で彼が私にしていたことは、離れていた時間にも、彼が私について思うことがあったということだ。
私が彼を思っていたように。
遠い場所で、もう会えることがあるなんて思いもしないそのなかで。
「ダメそうか?」
私は首を振る。
「な、あまの。君もせめて脱いでくれへんか」
「そんなに見たいのか」
「見たい」
指が増える。
「君が見たい。俺の頭の中で、君はもっといやらしい。俺をめちゃくちゃに追い詰めて、散々喘がせて、淫らな人間にさせるんや」
息を飲むような音がした。
中をひっかきまわす指が執拗になり、入り口を撫でる親指が巧みになる。
「……それで?」
尋ねる声が掠れている。
何かを抑制しているようで、それでもどこか甘い声になる。
「縛ったり、恥ずかしいことを言わせて、それなのに俺は何度もイく。精液まみれになった俺を君は抱くんや。俺の身体にかけて。飲ませて。中に注いで」
指が引き抜かれる衝撃に、腰が跳ねる。
天農は無頓着に私を仰向けにさせたから、身体が壁にぶつかった。
それを乱暴に真ん中に引き寄せ、彼は全裸になった。
「それで?」
上から覗き込む天農は、もう全然見たことのない男になっている。
私と同じくらい色素の薄い目が、今は濡れたような黒だ。
欲情した男の顔だ。
「もうやめてくれと言うても君はきかへん。それが嘘やと知ってるからや。ほんまは……やめないで、もっと、俺と……、ッ、ああッ!」
呑み込む塊で背中あたりまで焼けてしまう。
鋭い衝撃に身体が逃げた。
天農の手がそれを許さない。
「ち、っくしょ、もうやばい。お前のせいだぜ、有栖川。妄想でお前に勝とうなんて、身のほど知らずだった」
何か失礼なことを言われているのは聞こえていたが、聞こえていただけで意味はどうでも良かった。
天農を咥え込む私には、痛みと不快感の奥に深いところまで広がる満足感がある。
「あまの、あまのっ」
「やめて、たまんないからやめて!」
わめく彼を、私は両腕で引き寄せた。
胸が触れる。
互いの首に顔を埋め、突き上げつづける彼と同じリズムで揺れる。
「やべ、イきそ……」
「あかん!」
「そんな殺生な……」
泣き言めいたことを言う天農は、私の耳に荒い息遣いと小さなうめき声を吹き込んでいた。
それを聞いていたかった。
快楽に溺れる彼の声は、私を昂ぶらせる。
「あり、す、悪い」
ぞくりとする。
「あかん、もっと」
「この淫乱野郎が、俺をへこませんじゃないよ、クソッ」
「ぁ、ッ、じゃあ触って、俺のも触って。イかせて。一緒にイかせて……!」
「ぅぁッ、馬鹿、締め……、ッッ!」
じわり、と腹の中が温かくなる。
私の上でビクリと数回蠢いた天農は、ゆっくりと顔をあげる。
普段は想像もできない凶悪な顔の、顎先からぽたりと汗が落ちる。
相手を満足させないうちに達してしまった男の悲哀を、私は同じ男として知らないはずがない。
ニヤリと笑って見せた。
耳元でせいぜいいやらしく喘いでやったかいがある。
足を開かせられ喘がされたお礼だ。
「やーい、先にイってやんの」
天農は身体を起こした。
そして、にこりと笑う。
あれ?
「OK、有栖。今度はイくまで付き合おう」
気づいて見ると、引き抜かれないままの天農のそれは、私の中でいまだ硬度を保っていた。
まずい、と思った瞬間に、激しく突き上げられる。
「ぁ、はッ! ひッ、やめ……ッ!」
仰け反ったことで突き出された胸の尖りを、天農がその繊細な指先でひねるように摘む。
ビクリと身体が跳ねる。
きゅうっと引かれ、痛いのに、後ろは彼をびくびくと締め付けた。
「ぁ、ぁぁッ、やめ……あまの、かんにん……、ィ、ひッ……!」
壁という壁を擦りあげられているうちに、目のくらむような射精感に襲われた。
困惑する間もなく、天農は容赦なくそこを突き上げ始める。
私の口からこぼれる声は、彼に聞かせるための色気のあるものではなくなり、みっともない嬌声になる。
「ぁぅッ、ぁ、ぁン、ぁッ!」
逃げを打つ私の身体は、彼の両手で腰を掴まれてしまうともう動けない。
穿たれる勢いの全部を受け止めさせられ、直接的な快感とともにそんな天農の激しさが心ごと揺さぶってくる。
それが私をさらう。
高くて手が届かないと思っていたところまで、私を連れて行く。
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