3.








のろのろと身動きしている彼に囁きかけ、べろりと耳を舐める。
反射的にか、抗うように胸を押された。
それが、もともと持っている征服欲に火をつけた。
成績でも議論でも、もちろんセックスでだって、完全に相手を屈服させたい。

それがあらゆる摩擦を引き起こすと知っているから、火村は周囲と出来るだけ接触を断っていた。
勝手に入り込んできたアリス。
静かなお気に入りの生活を台無しにした男。


火村は一度身体を起こし、勝手にクローゼットを開けた。
ウォークインはほとんどからっぽだったが、申し訳程度につけてある引出しに、タオル類や簡単な着替えが入っている。
手にしたのは、薄手のタオルとバスローブの紐だ。
近くに便利なものも発見し、それも一緒に持ち運ぶ。

ベッドに取って返すと、起き上がって降りようとしていた身体を再び押し倒し、彼の細い両腕を頭上で合わせて紐でくくった。
柔らかな布地だが、その分合わせ目はきつく絞られ、容易には解けないだろう。
ベッドヘッドの無駄にデコラティブな柱に、反対側を繋いだ。

「な……なんやねん、これ、ちょっと」
「お前が望んだんだろう?」

残ったタオルを、慌て始めたアリスの目に押し当て、後頭部できっちり縛る。

「見えません!」
「見せません」

シャツのボタンを外す。
やや苦労してジーンズを脱がせ、下着も引き摺り下ろす。
ぞくぞくした。
成人男性相手に、こんなことをする日は二度と来ないだろう。
シャツを引っ掛けたほぼ全裸の身体が、目の前に無防備に横たわっている。

「……どこ?」

見えないはずの目で何かを見ようと、アリスが首をめぐらせた。
火村を探している。
こうこうと灯りをつけたままだが、彼は暗闇にいる。

そのせいか恥ずかしがる様子もなく、両足を投げ出していた。
酔いのせいもあるのか、自分の両手が動かない理由が分からないとばかりに、ぐいぐいと両腕を引く。
皮膚が切れそうで、慌てて肘を押さえつけた。
真上から覗き込む、タオル地の目隠しをしたアリスは、むずがるように身体を揺らす。
服を着ている時よりは均整の取れた体つきをしている。
だが、細身であることには変わりがない。
首から鎖骨のくぼみまでのラインは、女と遜色ない滑らかさだ。

指でそこを辿ると、アリスは身動きをやめた。
逃げるどころか、首を反らして白い肌をさらす。
ご希望どおりに、と腹の中で笑いながら、そこに思い切り歯を立てた。
ビクリ、と飛び上がる腰を押さえつけ、耳の下をきつく吸い上げる。

「……ッ、いたいやんか……」

互いの顔が近いためにほとんど耳に吹き込まれるように言われ、とたんに下半身に血が集まるのを感じた。
もどかしいように唇を開くアリスは、早くも息を弾ませている。
追い込めるところまで追い込んでみたい。
ぞくぞくをさらに感じながら、白い肌の上でぷくりと存在を主張している胸の部分に指を擦り付けた。
アルコールの作用で皮膚感覚が鈍くなっているはずなのに、アリスはたちまち反応し、そこを固く立ち上がらせながら息を洩らす。

「敏感だな。弄られ慣れてる」

何の気なしに呟くと、アリスの頬が赤く染まった。
その赤味は全身に及び、風呂上りのようになる。
白い肌がほんのり染まると、奇妙にエロティックだった。
意識してかすかに笑いながら、指の代わりに唇を当て、舌を押し付ける。
ぬるぬると唾液を塗りつけるようにしてから、軽く吸う。

「……ッ」

ふ、とアリスが甘い声を出した。
その口元が軽く噛み締められているのを見て、どうやら我慢しているのだと分かった。
下らない抵抗だ。
火村は全身の敏感な部分に手を這わせ、アリスの息が上がっていくことに満足しながら、それでも焦らすように中心には触れないままにする。
彼の肌は暖かく、吸い付くようだ。
ちょっとした女にも負けないなと、肌に跡を残していく。

ビクビクと身体を引きつらせながらも、アリスは真っ赤になって耐えていた。
だが、はずみでわき腹を撫で上げた瞬間、スイッチが入ったように声をあげた。
すかさず波が引く前に同じところを触れる。
柔らかな腹の部分ではなく、少し下、腰骨のあたりだ。
痩せた体から飛び出たその骨をくるりと優しく撫でると、面白いように腰をくねらせる。

「ぁぁ、ン、……いやや、そこッ……」

暴れる脚を開いて間に入り込み、肩に担いだ片足に歯を立てる。
一度崩壊したストッパーはもう役割を放棄したらしく、どこに触れてもひっきりなしに声をあげてよがる。

「ああッ! ひ、ひッ、いやッ……!」

胸の尖った粒を転がし仰け反った直後、すっかり勃ちきっている中心を握りこむと、

「……ぅ……あぁッ、ン!」

今までにない悲鳴のような声をあげる。
先から伝う雫が次々に火村の手を濡らした。
同性の性器に触れることに嫌悪感を抱くより先に、そうしたアリスの反応が、火村の当初の目的を着々と達成しているのだという満足感を呼ぶ。
喘ぎながら、アリスは火村に達かせてくれと頼んだ。
いまだ服さえ脱がないまま、鑑賞するように横たえた身体が、最後を求めて懇願を口にしている。
火村は、ふざけた調子で、

「しーっ、アリス、聞けよ。もうイっちまったみたいに沢山出てる」

根元から擦り上げると、手の中でくちゃりと粘着質の音がする。
摩擦で乾いてしまわないよう、適度な緩さで上下するが、その緩慢さが今一歩足りないのか、アリスは自分から腰を突き出すようにしてますますねだる。

「イ、かせてくれ、火村、ぜんぜん、足りひん……ッ、ぁッ、ぁ……ァン!」
「ああ、ほら、いい子だから口から涎たらすんじゃねぇよ。シーツが汚れるだろ」

緩んだ口元から唾液が伝っている。
皮膚がジンと痺れるように、アリスの快感が伝わってきた。
得られる快楽は同じだから、火村には彼の今感じている全てが手にとるように分かる。
突き上げてくる射精感と、永遠に持続しそうな疼き、焼かれるような快感が頭の中を痺れさせていく。
火村はもどかしくなり、手を早めた。
裏側とくびれた部分を丁寧に愛撫しながら、張りつめていくアリスのそれを追い込む。

「……ぅ、く……ぅ、ぁ、あ、ああッ!」

ぐぅっと彼の背中が仰け反り、手の中にどくりと白濁した体液が噴き出された。
がくがくと震え、落ちる。
激しい息遣いに混じり、まだ小さく声を洩らしていた。

思わず舌打ちする。
まるで自分の感覚のように追体験した絶頂で、火村のそこも痛いほど熱を持っていた。
火村は傍らに放り出してあったボトルを手にとる。
クローゼットで見つけて持ってきたものだ。
アリスと寝るという選択をした後、ちゃんと下調べは済ませてきてある。
何事もそつのない準備をするのが、火村の火村たるところなのだ。
力なく投げ出され、どうにでもしてと言わんばかりの脚を押し開き、膝を胸につける勢いで後孔をさらした。

「ぁ、そ、そのままやったら入らん、無理やから、ひむ……、手ぇ外してくれへん、なぁ」
「心配いらねぇよ。ほら」

目の前に露わになったそこに、ボトルから直接中身を絞り出す。
ひ、と短く声をあげてアリスが身動きする。
冷たかったらしい。
しかし、十分に潤ったその入り口に、塞ぐような形で指を当てぐりぐりと揉みこむと、ピクンと身体が反応した。
先ほどの激しい絶頂が後を引いているのか、早くも彼の中心は回復し始めている。

指を差し込む。
熱い。
彼の内部は、表面の体温よりずっと高い温度を持っていた。
ジェルを追加し、奥を探る。
柔らかく引き込まれるような感覚に、喉が鳴った。
同時に、絞られるようなきつく締め付けられる感覚に顔をしかめもする。
自分のものがこんなふうにされたら、確実に悲鳴をあげることになる。
火村はそれを想像し、以後はことさら熱心にアリスの後孔を柔らかく解すことに集中した。
そのかいあってか、やがてそこはぐずぐずとジェルを熱くさせ、濡れたように広がるようになった。
本当なら前立腺を探し当ててまた追い詰め喘がせることも考えていたのだが、そんな余裕がすでに残っていないのが残念だ。

火村はアリスの身体を放り出してからようやく服を脱ぎ、全裸になって再び乗りかかる。
胸と胸が触れた瞬間、アリスは感に堪えたような声を洩らし、僅かに動く首を持ち上げ火村の首筋に鼻を擦り付けた。
その顎を捕らえ、唇を吸う。
舌を挿しこみ、粘膜をねっとりと舐め上げた。
全てが快感に繋がるらしく、アリスはキスひとつで力が抜けたように、また頭を枕に沈める。

すでにしっかり勃ちあがっている自分のものを握り、アリスの尻丘の間に滑らせた。
ぬるぬるとしたジェルでそこは擬似的な女性器になっている。
開いたり閉じたりと、まるで火村を招いているかのような後孔に、先端をもぐりこませる。
アリスが少し、うめいた。
腰を揺するようにして、少しずつ張り出した部分を沈ませ、きつく食い締められる数秒を息を止めてこらえた。

やがて、アリスの内側がゆるゆると蠢き、火村を誘う。
狭いが、柔らかく熱く包まれる感触は、意志を保つのが難しいほどダイレクトに快感を呼んだ。
半分ほど飲み込まれた位置から、一気に最奥を突いた。

「ヒッ……!」

アリスの喉が鋭く鳴り、ぶるぶると震える顎が衝撃をこらえ奥歯を噛み締めていることを伝えた。
それに構わず、ずるりと引き抜いた後即座に突き上げる。

「ぁ……は、ッ、」
「きついな……。そんなに締めなくても、逃げやしないぜ?」
「なん……、あほぅ、俺がきつ……ぁッ、ぁッ、もっ……ゆっくり……ッ!」

嫌がるそぶりがしばらくすると段々に意味をかえた。
アリスは腕を差し上げ、淫らに喘ぐ。
彼の全てを完全に支配している感覚に、うなじが粟立つ。
快感だ。
ざっ、と音を立てるようにそれが全身に広がる。
とっさにアリスの中から自分を引き抜くと、その衝撃も相まって、彼の腹にぶちまけてしまった。
早い。
最低だ。

火村は自分のこらえ性のなさに腹を立て、そのままアリスをひっくり返して四つんばいにさせた。
掲げた尻に下肢を擦り付け、再び硬度を取り戻したところで、ひくついている入り口に先をあてがう。
それだけで、彼はいやらしい声をあげた。

「なんだ、これがいいのか? じゃあずっとこうしていてやるよ」

からかうように、自分の先端から根元までを尻で挟んで滑らせる。
後孔の皺のひとつひとつまで感じられる気がした。
それだけ自分も敏感になっているのだ。
情けなさに笑いが洩れる。
確かにしばらく女とはご無沙汰だが、男相手に興奮するほど乾いていたとは思わなかった。

「火村っ、ちゃんと挿れてや、こんなん嫌やって!」

羞恥もないようにアリスに叫ばれ、情けなさはますます深くなる。
慎みも何もなく行為を求めるやり方は、確かに男だ。
こいつは、自分と同じ男だ。

「……ぅ、ぁッ!」

ず、ずっと押しこむ。
跳ねる腰をがっちりと押さえつけ、根元まで沈める。
片膝を立てて力を入れやすい体勢になり、腰を入れた。
掴んだ尻は指が食い込んで形を変えるほどだ。
シャツをたくし上げ、滑らかで白い背中を剥き出しにする。
強く穿つと、肘だけで体重を支えているアリスはひどく苦しそうな声をあげた。
それさえも、火村を駆り立てる。

「手ぇ取ってや、なぁ、これ、外し……ん、んッ! や、外せ、って!」
「うるせぇなァ」

身体を無闇に揺らすアリスに辟易し、火村は手を伸ばして望みどおり手の拘束を解いてやった。
それでも自由にさせる気はなく、繋いでいた手をさすっている彼の身体から自分を抜いて、再び仰向けにさせる。
自分のそれを押し当てながら、目隠しにかかっていた手を掴んで、それを手綱代わりに強く引いた。

「ああッ!」

奥深くに届く。
背中が持ち上がりそうなほど上体を引っ張られ、その重みは全て結合分にかかっている。
アリスは狂ったように喘ぐ。

そして不意に、思いがけない力で火村の手を振り解いた。
いちいち男であることを認識させられる。
目隠しを外されてはかなわないと、逃げた手を捕まえようとしたが、それは予想に反して下方に伸びた。
二人の腹の間で苦しそうにしているアリス自身のそれに、指が絡む。
ぬるりとした液体を塗りつけるように、一心に上下に擦り出した。

後孔だけの刺激では達することが出来ないのだろう。
ヘタクソだと言われているようで、むっとする。
しかしながら、火村を後ろに咥え込みながら自分を弄るアリスの姿は、さきほど以上に淫らだ。

舌打ちをする。
一気に下肢に痺れが走って、追い討ちをかけるように後孔がきゅうと締め付けてきた。
絶対に先に終わるわけにはいかない。
火村は、アリスの手を包むようにして彼の自慰を助け、甘ったるい声から意識をそらしながら耐えた。

「ぁ、ぁ……ン、あかん、イ……っく、も、イく、ひむ……ひむらぁッ……!」

裏側を指の腹で擦り上げると同時に、手のひらがアリスの精を受け止めた。
びくん、びくんと断続的に痙攣する内壁に引きずられるように、火村も上り詰めていく。
白く焼ける視界に、思わず短くうめいた。
抜くつもりはなかった。
二度、三度と、アリスの中に思い切りぶちまける。
アリスの腕に引き寄せられる。

崩れ落ち、乗りかかる細い身体を潰してしまうのではないかと怖れた。
しかしアリスはしっかりと火村を受け止め、自由になっている手でしがみついてくる。
荒い息を整えるまで、と、そのままにさせておいた。





ものの数分で火村は起き上がった。
アリスはぐったりと手足を投げ出していて、まだ放心している。
その姿を見ていられず、目をそらした。
目隠しをし、手首に紐の痕をつけたアリスは、全身が汗と体液にまみれている。
ひどい恰好だ。
だがこれをさせたのは、自分だった。
直視できない。

罪悪感など覚える必要はないはずだ。
自分は、アリスの望みを叶えてやったではないか。
次第に胸に押し寄せてくる後悔を押しやりながら、火村は適当にタオルで身体を拭いすぐに服を身につけた。
アリスはまだ動けない。

「じゃあな。帰るから」

尻ポケットの財布を確かめながら、寝室の入り口で声をかけた。
そしてドアを開け、玄関に向かう。

「……え? 火村?」

戸惑ったような声に構わず、靴を履いた。
どさりとベッドから落ちるような音、そして追いかけてくる足音。
追われるようにドアを開け外に出た。

「待って、火村、なんで? 帰るん?」

リビングの何かにぶつかっているような音に向かって、

「十分に約束は果たしたつもりだ。もうつきまとうな、いいか?」
「……ひむ――

廊下にアリスの姿が見えると同時に、ドアが閉まった。
隙間から見えた最後の顔は、数時間ぶりにタオルを外した目を呆然と見開いていた。
なにをそんなに驚く?
閉じた扉の前で火村は立ちすくんだ。
だがすぐに、そんな自分に腹を立てたように踵を返す。
後ろから追いかけてくる声はなかった。







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