71万Hitリク 時宇様
学生ヒムアリ
うっかり声をかけちゃったアリスが真気ゲイでドン引きの火村に、一目惚れしちゃったアリスが毎日「抱いてくれ!」とせまるお話。
最終的にはキレた火村にアリスがぐっちょんぐっちょんにされる方向で...がっつりR20希望。
もも注
上記の通りです。
苦手な方はご注意。
1.
茅ケ崎という友人に飲みに誘われたとき、火村は珍しく自主的に出かけた。
彼というのは同じ学部内ではあるものの、ゼミが違うためにほとんど話をしたことがなかった学生だ。
しかし、二回生の前期の演習で一緒になった時、彼がとても面白い意見を次々と繰り出しているのを間近で見た。
10人足らずの授業ではほぼ毎回、全員がなんらかの形で意見を述べることになるのだが、彼の場合その頻度はずば抜けて高い。
議論を吹っかけ、異議を唱え、教授相手でも怯まず意見を述べる。
それも、実際に口にする理論を心から信じているわけではなく、その場の議論が促進されるように気を配られた、いわば触媒としての意見だったりする。
そのくせ破綻ない主張であるため、時には何時の間にか全員が彼の意見に賛成する流れになっているというのに、気づいたら彼は当初の反対の立場で反論してきていたりする。
実に面白い。
結果にあわせて過程を自在に組み立てられるのは、いずれ研究職についた時かなり役に立つ能力だろう。
半年の間、火村は彼の思惑にのり、常に彼と正反対の立場で意見を述べた。
ほとんど火村対茅ケ崎となった授業で、教授は他の学生にも少し配慮をするようにと再三釘を刺してきたが、こんな面白いことを止めてしまうなどもったいなくてできなかった。
それから少しずつ話をするようになり、今では偶然顔を合わせれば昼飯を共にすることもある。
プライベートでは一度も一緒になったことがなかっただけに、5コマ目の授業の後で彼が寄って来て、飲みに行かないかと言い出した時は、何の話をしようかとすぐさま考え始めたくらいだった。
いったん下宿に荷物を置きに行き、待ち合わせて近所の居酒屋に行った。
茅ケ崎はその活発な議論に似合わず、色白の華奢な男だ。
かといって貧相な印象はなく、線の細さはむしろ知的な風貌を強調している。
授業の場とは違い、彼はとても物静かな男だった。
それでもやはり口の達者さは健在で、穏やかながら切り込むような意見を述べては笑う。
二時間ほども話しただろうか。
飲みながら、あの時のあの意見は、といったような話をしたり、最近読んだ本の話などをして、やがて茅ケ崎がもう一軒行こうと言い出した。
火村としても受けて立つぞというくらいのもので、二人揃って、彼の行きつけだという小さなバーに向かう。
ごちゃごちゃと小さな飲み屋が居並んだ界隈で、半地下になった階段の奥のドアはほとんど目立たないものだ。
「よく来るのか?」
「うーん、そうだな、入りびたりって言ってもいいくらいには」
悪戯っぽく笑った彼は、ドアを開けた。
中は思ったより広かった。
カウンターと、ボックス席が5つ。
半分ほどが埋まっている。
さほど酒が好きそうでもない茅ケ崎が通っているというだけあって、静かで落ち着いた店だ。
照明がいささか暗すぎる気もしたが、外のネオンが目にまぶしかったせいかもしれないと思い直す。
「いらっしゃい。ちぃちゃん、今日は一人やないねんか」
「うん、まあね。あっち座っていい?」
いかにも常連らしく、マスタらしきメガネをかけた男にそう聞きながら、茅ケ崎は奥のボックスに火村を先導した。
だが、火村は通りすがりにふと、カウンタに座っている背中に目を留めた。
どこかで見たことがある、と考えている最中にすでに思い出した。
「あれ、たしか法学の……」
通路の狭さからほとんど真後ろでそう呟
いた声に、カウンタ席の男は振り向いた。
肩まで伸ばしてある良く手入れされた髪と、柔和な目もとにやはり見覚えがある。
向こうも、少し首を傾げてから、あ行の形に口を開けた。
そしてにっこりと微笑む。
ああ酔っているのだな、と思った。
他人に向かってそんな全開の笑顔が出来るハタチは、どう考えても素面ではないだろう。
「君はあれや、社学の有名人。うーん、確か名前は、火村君やろ」
「有名? さあな、それが俺かどうかは分からないが、名前は当たりだ」
「俺は有栖川。アリスでええよ、みんなそう呼ぶし。なぁ、君、ときどきうちの授業にも出とるよな?」
「色々出てる。だからお前、見たことあったと思ってさ。髪の長い男って、昨今あんまり見ないし」
「似合うとるからええやろ?」
ごく当たり前のように言い、アリスと名乗った男はまたにこにこ笑う。
苗字が有栖川だからといってその呼び名はどうなんだ、ましてや自分から呼ばせるというのは随分変わっている、などと思いながらも、まあ確かに髪型は似合っていると心の中でだけ答えた。
半身になっているアリスの肘のあたりをふと見ると、見覚えのある本が乗っていた。
今まで読んでいたのだろう、伏せてある背表紙にバーコードの印はなく、自前なのだと分かる。
「それ、面白いか?」
「ん? ああ、これ。……まだ読んでへんから貸さんよ。ようやく買うたんやから」
先月出たばかりの、社会心理学の本だ。
特に集団心理と、テロなどの個人利益に還元できない目的以外を扱った複数グループによる犯罪について、実際のケースを解説するかたちで論じている。
概要を読んで面白そうだとは思ったものの、こうした専門的なテキストの常で値段が馬鹿みたいに高い。
300ページ程度なのに、5千円を越えるのだ。
「へぇ……そういうのに興味があるのか?」
「まあな。参考にしよう思うて」
「参考。銀行強盗でもするつもりか」
訳の分からないことを言うアリスは、君面白いなぁと言いながら笑った。
「読み終わったら貸してくれないか」
「今夜付き合うてくれるんなら、ええけど?」
カウンタで本など読んでいるところを見ると、彼は一人で飲んでいたのだろう。
本一冊と引き換えなら嫌とも言えない条件だが、無駄に愛想の良い彼と飲むのは疲れそうだ。
「いや、俺は連れがあるんだ。残念だが、」
「連れってちぃちゃんのこと?」
「ちぃ……って、お前、茅ケ崎と知り合いなのか」
心底驚いた。
いつも友人と連れ立って教室から出て行くアリスは、お気楽な学生そのものといった人間で、割とストイックな印象のある茅ケ崎とは相容れない気がしていたのだ。
それに、学内を歩いていてもよく目立つアリスと、隣にいる茅ケ崎が挨拶を交わしたところさえ見たことがない。
そういえば彼を待たせているのだったと気づいて、火村は慌てて振り向いた。
すると、茅ケ崎は火村のことなどすっかり忘れたように、先に座っていたらしい男となにやら熱心に話をしている。
ソファの上で膝を寄せ合い、ずいぶんと親密そうだ。
「ちぃちゃんはお話中や。まあええから座ったらどうや。マスター、俺ビール!」
「仕方ないな……あ、俺もビールで」
茅ケ崎が話し終えてこちらを呼ぶまで、と思い、アリスの隣に腰掛ける。
彼はそそくさと本を仕舞いこみ、出てきたビールグラスを嬉しそうに火村のそれと打ち合わせた。
すでに一軒行っているとはいえ、火村も嫌いではない。
よく冷えたビールは、泡がきめ細かくて美味かった。
「火村って、下の名前なんて言うんや」
「英生。お前は?」
「うわぁ、なんや秀才くさそうな名前やな」
火村の問いを無視して、彼は顔をしかめた。
こちらの話が半分しか通じない。
最初に思った通り、酔っ払いなのだろう。
しかし、話をするのは案外楽しかった。
ちょっとしたエピソードの端を捕まえて、どうでも良いようなトリビアを披露してみたり、そこから話が広がって何時の間にか全然違う話をしていたりする。
茅ケ崎の話し方が緻密な巨大迷路だとしたら、アリスのそれはまるでジェットコースターだ。
どこでどうなっているのか分からないくらい振り回されるのに、最後はちゃんと破綻ないレールを辿ってゴールについている。
おかげで、気づいたら一時間以上も話し込んでいた。
時計を見てそれに気づき、はっとして茅ケ崎を振り返ったが、彼もまださっきの男と話をしている。
どうしたもんかな、と思っていると、アリスが袖を引いてきた。
「なァ、出よう。今夜は付き合うてくれるって約束やで」
そんな覚えはない、と思ったが、拒否しなかったのも確かだ。
「まだ飲むのか? もう……日付変わってんじゃねェか」
「なに言うてんの、今更ごまかしはきかんからな。君、一人暮らし? 違うんやったらホテルしかないな」
ごまかしとはなんだ、と火村は久しぶりに、ぽかんとする、という感覚を味わった。
一人暮らしであることとホテルに行く関係もよく分からない。
大体、なぜ自分がこいつとそんなところに行くことになっているのだ。
アリスはそんな火村の表情を見て、ぴたりと動きを止めた。
「もしかして君……違うんか」
「何が」
「なんや! どういうことや、茅ケ崎ッ!」
全くどういうことだ、とアリスと同じ台詞だが意味は違うようなことを思いながら、再び茅ケ崎を振り返る。
がたんッ、と手元のグラスを倒してしまった。
幸い中身が空だったから良いようなものの、火村にしてみればとんだ失態だ。
しかしそんなものを気にしている余裕はなかった。
暗がりの奥で、茅ケ崎はさっきの男と急接近を果たしていた。
正確に言うと、顔と顔が。
端的に言うと、キスだ。
「やだ、ちぃちゃんたら何も言わずに連れて来たんやね?」
マスタが同情混じりにしみじみ言う。
「何も? 何もってなんだ。俺はただ酒を飲みに来ただけだってのに、なんだって、その」
知り合いが男とキスしている場面を目撃させられているのだろう。
そして呆然としながらも、頭は無駄に働いた。
店内が妙に落ち着いていたのは、女がいないからだ。
一人もいない。
ホールスタッフも客も例外なく男ばかりで、しかも気づいたら客のほうは誰もいない。
最後に残っていた視界に入るボックス席の男二人連れは、先ほど帰っていったようだ。
思い出してみれば、彼らは最初から一緒ではなかった気がする。
ここで声を掛け合い、しばらく飲んで出て行ったのだ。
つまりこの店はそういう――。
「じゃあね、火村、僕らも出るからね。ほんとは僕が狙ってたのに、真っ先にアリスに声かけるなんて酷いよね」
白くなっている火村の後ろを、茅ケ崎が男と並んで通っていく。
傍らの男は、じゃあ俺は間に合わせか、と言い、茅ケ崎が、拾い物だよ、などと甘ったるい声で言ったりなんかしながら。
「待て、茅ケ崎、お前どういう……!」
「ダメーっ、火村さっき俺と付き合うって言うたやんか! ちぃちゃん、譲ってくれてありがとな、バイバイ!」
説明を求める火村が追いかけようとする腕にアリスが取り付き、茅ケ崎に向かってしっしっと指先を振る。
「誰が譲られたんだ!」
「そうだよ、僕そんなつもりなかったのに」
「アリス、離せ!」
「嫌や!」
「じゃあねアリス、バイバイ」
「あ、バイバーイ」
「呑気な挨拶してんじゃねぇ!」
「ありがとうございました、またどうぞー」
大騒ぎの中、マスタののんびりした声が終わると同時に、茅ケ崎の背中はドアの外に消えた。
火村は誰もいなくなった店を見渡し、アリスを睨み、空いている右手で彼の額にでこぴんをした。
大げさな声をあげてうずくまる彼を置いて出ようとしたが、
「アホ、アホ火村、嘘つき!」
「誰が嘘つきだ! 俺は知らずに連れてこられたんだ、大体……茅ケ崎がそういう、その、」
「なんや、ちぃちゃんがゲイって知らんかったんか」
「言うなよ!」
「うわ、何気にショック受けててムカつくわー、お前、頭のええやつにやってゲイはおんねんで、社会学部のくせに頭固いんとちゃうか!」
「おま……お前もそうなんだよな……」
そうや、と彼はむしろ誇らしげに胸をはった。
額の痛みは忘れたらしい。
「そのことを知ったからには、お前は俺と寝る義務があんねん」
「無茶苦茶だな、お前」
「火村がそう言うたから、俺、今日の待ち合わせすっぽかしたんやで! 責任とれや!」
「俺に責任はない。あったとしても、無理だ」
「みんな最初はそう言うねん。けど嵌ればこれなかなか」
「寄るなッ!」
「酷いッ!」
ちょっとぉ店壊さないでねぇとマスタが渋い顔をしているが、知ったことではない。
だいたい、ギャルソン服ですらりとした知的めがね君なのにおねぇ言葉とはどういう了見だ。
「あのなァアリス、待ち合わせがあったのか知らないが、そういうのはやめとけ。マイノリティの被害者意識を振り回すくせにフリーセックスが罷り通ってるから、ゲイは間違った偏見をもたれやすいんだ。遊ぶなと言ってる訳じゃない、こうやって偏見を助長するような行動は慎めってことだ。パートナーを決めないポリシーなら、むしろ手当たり次第はやめておけ」
説教なんて柄じゃない。
この場を切り抜けるための耳障りの良い言葉を探し、そろそろと撤退の準備をする。
アリスは火村の言うことを黙って聞いていたが、うるさそうにするでも怒るでもなく、やがてその両手を胸の前できゅっと組み合わせた。
ハタチの男がする仕草ではないし、彼のきらきらと不可解に輝いている目が、より恐怖を刺激し火村は思わず後退る。
その距離を逃がすまじという勢いで縮めたアリスは、防御の体制になっていた火村の手を目にも留まらぬ速さで握ってしまった。
ぞわっ、と鳥肌が立つ。
「やめなさいっ」
「嫌や! 俺は決めた。今決めた。絶対に、君に抱いてもらう!」
「断る! 人の話を聞いてないのか、お前は!」
「聞いたからやないか。君の言葉が俺のハートを射抜いたんや、今、たった今! こう、ここがきゅうんってしたもん、これはな、火村、恋やで!」
火村の手を胸のあたりに引きつけて、完全に世界に入っている。
必死で逃げようとしている自分が非常に馬鹿馬鹿しくなる絵面ではあった。
なにが恋か。
彼は見たところ妄想癖のあるタイプであり、つまるところ完全に、恋に恋するタイプということだ。
偶然出会った男にふしだらを咎められて恋をするなんて、一体どこのレディコミだ?
いや、読んだことはないけれど。
火村は素早くアリスの手を振り解いて、財布から数枚の千円札を出してカウンタに置き、すがりついてくる彼に足払いをかけた。
ひゃん、と声をあげて宙に浮いた身体を受け止めるようにしながら床に寝かせ、その隙にさっさと店を後にした。
またどぉぞぉというマスタの間延びした声と、アリスの罵声とに送られて。
Next
んー……だいじょぶ? これ?