暗く深い海にすむ不思議な生き物たち。世界を股にかける「海の手配師」は、水槽に物語をつくる。
1メートル近くはあるだろう。輪ゴムを外すと、タカアシガニの折りたたまれた長い足がニョキッとのびた。石垣幸二(45)は胴体をわしづかみにし、はさみと足をジタバタさせるカニを1匹また1匹、丁寧に水槽に入れていく。「だいたいイメージどおりですね」。巨大なカニの元気な様子を確かめると、石垣に笑顔が戻った。
昨年12月にオープンした沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム(静岡県沼津市)の初代館長を務める。
駿河湾の水深は最大2500メートルもあり、ここでしか捕れない深海魚もいる。地の利を生かして「深海」に的を絞り、体育館ほどの施設に、地元でとれた魚など約200種類、3000匹を展示する。週末は、家族連れやカップルでにぎわう。
「珍しい魚があがった」と聞けば、石垣はすぐに車で魚市場に駆けつける。漁船をチャーターして、自ら深海魚の捕獲に出かけることもある。
深海魚は短期間で死んでしまうものも少なくなく、展示する魚をこまめに補充しないといけない。だが、駿河湾の底引き網漁は5月半ばから4カ月ほどは禁漁期。新たな魚が入ってこない時期に、客の心をどうつかむのか。正念場となる夏を前に目をつけたのが、地元で捕れたタカアシガニだった。
ただ単にタカアシガニを展示するだけではつまらないと、重さが世界一のタスマニアキングクラブをオーストラリアから調達した。まん丸な胴体は、まるで岩石のよう。重いものは15キロにもなる。「世界最大のカニ対決」という趣向だ。
「何をやるにしても物語がないと」。石垣は、やんちゃな笑みを浮かべた。
世界中を回って海水魚を調達し、国内外の水族館やペットショップに卸す。石垣は、そんな「海の手配師」としての顔ももつ。経営する会社は社員10人ほどで、取り扱う魚は約3500種類。水族館長の仕事を週3回程度にして、二足のわらじを履いている。
かつてはサラリーマンだった。
外国暮らしを夢見て、海外展開に積極的だった中堅スーパー・ヤオハンジャパン(現マックスバリュ東海)に就職。営業を3年間ほど続けたが、扱う商品に愛情がもてずに悩んでいた。そんなとき、新聞のチラシで「潜水士募集」の求人に目がとまる。熱帯魚を海外から調達し、ペットショップなどに卸す仕事だった。
魚の専門知識はなかったが、伊豆半島南部の下田市に生まれた石垣にとって海は身近なものだ。小学生のころは、海に潜って素手でつかまえたタコを料理店に売り、小遣いを稼いでいた。「海の手配師」の世界に飛び込むのに抵抗感はなかった。25歳のときだ。
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