2009年8月30日の総選挙は、日本政治に衝撃をもたらしました。私は、ちょうど1年前の2008年9月に『自民党政治の終わり』という本を出版していましたが、幸か不幸かその予想はほとんど完全に当たってしまいました。
私は、戦後日本のほとんどの期間にわたって続いた自民党政権が、何から何まで悪かったとは思っていません。むしろ、自民党政権は、驚異的とも言えるほどの経済成長と繁栄をもたらし、平和で安定した社会を築くことに成功してきたと評価しています。しかし、1990年代以降、次第に世界の動きについて行けなくなり、国内的にも山積する課題を的確に解決することができなくなりました。小選挙区制を中心とする新しい選挙制度の下、民主党が次第に人材を集め、政策を練り上げてきたのに対して、とうとう政権の維持ができなくなった訳です。
皆さんは、今回の政権交代をどのように捉えたでしょうか。自民党政権は1955年以来、半世紀以上にわたって続いていましたから、「日本という国は特殊だ。政権交代は永遠にないだろう。」などという議論もありました。確かに、選挙での自由な競争(例えば旧ソ連や北朝鮮などにはこれがない)が確保されている国で、自民党ほど勝ち続けた政党は世界中でもほぼ見当たりません。ですから、それが倒れたというだけでも、これは大きな衝撃でした。自民党議員の中には、誰一人として本格的な野党の経験がある人がいませんが、それほど長期間にわたって自民党体制が続いていたのです。
私は今回の総選挙と政権交代を、「21世紀の新しい日本政治へ向けたビッグ・バン」だと表現することにしています。ビッグ・バンというのは、宇宙創造の基点になった大爆発のことですが、もう少し一般的な意味としては、これまでのことを全部まとめて清算して全く新しいことを開始するための大きな引き金のようなものを指しています。つまり、今回の政権交代は、これまでの自民党政治、戦後という条件の中で生み出されて維持されてきた政治の仕組みを抜本的に作り変える、そのための大きな出発点だという意味です。
「21世紀の新しい日本政治」という考え方の具体的な中身は何でしょうか。最も重要なことは、選挙で国民が選んだ代表である国会議員、特に多数を確保した与党の議員が、選挙の際に国民に対して提示した理念や政策についての約束(最近はマニフェストというかたちを採っている)をできるだけしっかりと実行することです。官僚にサポートしてもらうことは当然必要なのですが、それに頼ってしまい、下手をすると官僚に操られているようでは困ったことになります。
「政治主導」という言葉があります。これは、上のような考え方に従って、今までのやり方を変えていこうという姿勢を示しています。国家戦略局(室)や行政刷新会議、各省庁の大臣・副大臣・政務官らの政務三役会議、閣僚委員会など、様々な新しい試みが提案され、実行に移されようとしています。これらの「政治主導」のための仕組みは、実に斬新なものが多く、ほとんど初めての取り組みのようなものですから、最初はなかなかうまく軌道に乗らないかもしれません。しばらくは手探りの状態という感じになるかもしれません。しかし、新しい政権の意気込みは、これまでの自民党時代とは比べ物にならないほどのインパクトを官僚機構に対して与えています。政治の流れが大きく変わり始めたと思います。
政治家が主人公となり官僚をうまく使いこなすことは、なかなかに難しいことです。特に日本では、明治維新以来、というよりも実は江戸時代以来の歴史の中で、優秀な人材を集め、強力な組織として行政官僚機構が形成されてきました。つまり、自分たちこそが国を背負って立っているのだという自負を持つ、実に強力な機関だったわけです。彼らの意識は、自分たちが主人公だということなのです。
「行政」という言葉をよく見ていただきたいのですが、「政」を「行」うと書いてあります。日本の行政官僚は、その言葉どおり、本来は政治家が担うべき「政治」活動のかなりの部分にまで進出していました。「政治主導」というのは、そうした状況を根本的に改め、政治家同士の話し合いや国会での審議、政策の最終的な決定など、もともと政治家がやるべきことを政治家自身がしっかりと担い、官僚はそれをサポートすることに徹するというかたちへ持っていこうとするものです。
首相のリーダーシップという点もよく指摘されます。国家戦略局(室)や行政刷新会議などは、基本的にそのための仕組みと言ってよいと思います。また、閣僚委員会という仕組みも、ヨーロッパのほとんどの議院内閣制の国で活用されている仕組みです。今までの自民党政権時代には、このような政治主導の制度はほとんど省みられませんでしたが、いよいよ21世紀の世界の中では、そうは行かなくなりました。グローバル化した世界経済への対応や地球環境問題への取り組みなど、どれをとっても新しい時代をダイナミックに切り拓いていく政治のあり方が求められているのです。
新聞やテレビ、インターネットなどすべてのメディアや通信だけでなく、学問の世界も大きなうねりの中に入っています。皆さんには、この素晴らしい機会にぜひ「政治」とは何かを学んでほしいと思います。
ところで、私の研究分野は、通常の学問分類で言えば比較政治学です。日本を他の国々と比較しています。自民党のことを随分と長い間研究してきましたし、行政官僚の組織や人事の仕組み、政治家と官僚との関係なども研究してきました。同時に、欧米先進民主主義国、特にフランスとイギリスについても調べています。ヨーロッパの民主主義国と比較した場合、どんな特徴があるのか、今後の日本政治のあり方を考える上でどんなヒントがありそうか、などといったことを研究しています。
日本の政治にはその良さがありますし、イギリスやフランスにも大いに問題があります。ただ、政治の仕組みを抜本的に新しくするためには、諸外国での例を徹底的に研究し、その良い部分をうまく取り入れて活用しながら進めることが重要です。現在進行形の様々な政治の動きや政策の展開があなた自身の目の前にあります。それを見つめ、考え、場合によってはそれに直接参画するという経験が可能でしょう。実に楽しみなことではありませんか。