東日本大震災の直後、東京・新宿の広場は近くの超高層ビルから避難してきた大勢の人たちであふれかえりました。
多くの人が大きな揺れに不安を感じてビルの外に出た一方でビルの中にとどまる人もいました。
超高層ビルで大きな地震に見舞われたとき、避難すべきかそれともその場にとどまるべきか。
この判断を助ける新しいシステムの導入が震災以降、急速に広がっています。
去年3月11日、東京・足立区の超高層ビルの室内の様子です。
高さ70メートル近くある、このビル。
10分ほど揺れ続けたといいます。
当時、最上階のレストランにいた、店長の高久誠悟さんは、ビルの耐震性が高いことは知っていましたが、体験したことのない大きな揺れに不安になりました。
高久さんの話しです。
「生きた心地がしなかったです。みなさん怖がっていましたね。すごい、どうなっちゃうんだろうという不安そうな顔をしていたので」。
高久さんは避難を決断。
店内にいた高齢の女性を背負って非常階段で1階まで降りました。
高久さんは当時を思い出して、「耐震設備がかなりできているということは前々から聞いていました。それでも揺れて、もう私、このまま倒れてぽきって、落っこちちゃうんじゃないかと思いました」と話してくれました。
地上よりも揺れが増幅される超高層ビルでは、中にとどまるのか外に避難するのか、多くの人が判断に迷いました。
ことし開業した中野のビルでは、地震の直後に、避難すべきかどうかを正確に判断するため、ビルが受けた損傷の度合いを判定する、新しいシステムを導入しました。
このシステムには、損害の度合いが誰にでも分かるように表示される工夫がされています。
「どれくらいビルが変型したかというグラフなんですけど。あまり揺れなければ白の範囲に収まりますし、右のオレンジが強くなっていきますと損傷が大きいと」。
判定の仕組みです。
ビルの7階ごとに地震計を設置。
ビルは階によって揺れの大きさが変わります。
低層階で震度4の揺れだった場合、中層階では震度5程度、高層階では震度6強などと、それぞれの地震計が異なる揺れを捉えます。
実際の揺れを表示するモニターです。
ピンクが低層階、水色が中層階、緑色の線が高層階の揺れです。
長く続く揺れの大きさや変化をリアルタイムで表示します。
この揺れを建物の強度に照らし合わせて、被害の程度を計算します。
その結果を、階ごとに「大破」「中破」「小破」「被害なし」の4段階で判定します。
小破まではビルにとどまっても安全、中破以上になると避難する必要が出てきます。
ビルを管理している不動産会社の沢俊和さんは、「管理している人間の経験値で、これくらいの地震であればビルに問題ないよねと、そういった確認の仕方をしていたんですけど、このシステムを入れることで数字で具体的にどれくらい揺れたのかとか、どれくらいの損傷なのかということが分かる」と言います。
東日本大震災の時、このシステムを導入していた東京・中央区のビルでは、発生から10分ほどでビルにいても安全だと判定されました。
この情報が館内放送を通じてビルの中にいた5000人以上の人たちに伝えられ混乱を防いだということです。
震災後、こうしたシステムを導入するビルは急速に増えて、今では首都圏を中心に100棟ほどの超高層ビルに導入されています。
しかし、去年のような巨大地震で建物の強度自体が落ちてしまった懸念もあります。
そこで、最近では過去の大きな地震でビルが受けた損傷も計算に入れながら次に地震が起きたときに避難が必要かどうかを判定するシステムも出始めています。
東京・西新宿にある損害保険会社の本社ビルでは、去年の震災を受けてこれまでの地震でビルがどのくらい傷んだか大手建設会社に分析を依頼しました。
損害保険会社では大きく揺れたビルは、元の形に戻っても内部に目に見えない損傷が出ているおそれがあると考えたからです。
まず建設会社の担当者が損保会社の担当者に、地震とビル内部の関係を説明しました。
「針金を何度も何度もねじっていると、やがて切れてしまいます。
それと同じような仕組みでもって、エネルギー吸収能力に限界がある」。
建設会社の分析結果です。
棒グラフは地震のたびに建物に蓄積される傷みを示します。
折れ線グラフはビルに残された地震への耐久力を示しています。
東日本大震災の前は135あった力が115まで減っていることが分かりました。
今後の大地震で耐久力がさらに減るとビルが危険になることも分かってきました。
そこで、ビルの壁の僅かな歪みなどを感知しようと棒状のセンサーを取り付け、傷み具合を測定するシステムを導入。
地震のたびにデータが更新され耐久力が0になると知らせます。
損害保険会社の本社ビルでは、傷み具合の測定結果をもとに今後、地震が起きたときに揺れによる傷みを抑えるため「制震ダンパー」を設置することにしました。
損害保険会社の冨所尚史さんは、「ビル自身は古いですけど、いろいろな情報、技術を駆使して、万が一のときにでも業務を継続できるかたちを整えていくことは非常に重要なことかなと思っています」と話しています。
専門家は、今後、想定される巨大地震で都心の超高層ビルを去年の震災の2倍から3倍の揺れが襲う可能性もあると指摘しています。
工学院大学の久田嘉章教授は「制震補強対策はまず必要だと思います。そのうえで、被災度判定も同時に必要になってくると。ほとんどのケースは避難する必要、すぐに避難するケースにはならないと思うんですけれど、それをどう判断するかが、いま求められていると思います」と話しています。
超高層ビルにいる大勢の人たちが一度に避難すると、パニックが起きて2次災害につながるおそれもあります。
さらに去年の震災のあとは、ビルが安全と分かったらむやみに動かずに中にとどまるべきだという考え方も広まっています。
ビルの安全を正確に判断できるシステムの重要性は高まっていると言えます。