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help RSS 大阪大学医学部の論文捏造事件に思う

<<   作成日時 : 2006/02/18 03:43   >>

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大阪大学医学部で捏造事件がおきたということは、医学および医学研究に対する信頼を損なう行為です。大阪大学のみならず、日本全体の医学部が影響を受ける可能性があります。(もしかしたら日本からの生物研究すべての評価に影響するかもしれません。)残念です。というわけで、今回のブログではこの事件を考えてみたいと思います。また、実際に論文にあたって、どのような方が関わったのか見てみます。何か言うならオリジナルにあたらないと、というわけです(できることには限界がありますが)。さらに、様々な方からの批判も紹介します。こちらの方が面白いかもしれません。

事件と処分について、新聞社のサイトからの引用です。太字は私によるものです。
読売新聞では、
大阪大論文データ捏造、2教授を停職処分

 大阪大大学院医学系研究科などの論文データ捏造(ねつぞう)問題で、同大学は15日、論文の第一筆者の医学部学生(6年生)への指導・監督が不十分だったとして論文責任者の下村伊一郎教授(42)を停職14日共同執筆者の竹田潤二教授(53)を同1か月学生を直接指導していた特任研究員(36)を戒告とする懲戒処分を発表。別の複数の研究テーマの論文投稿でも、捏造データが使われるなど不正があることがわかった。学生については医学部が先月、厳重注意とし、倫理面の特別教育を実施している

 大学によると、学生が関与した論文(英文)は作成中を含め計13件。今回の問題の発端になった2004年10月の米医学誌ネイチャーメディシン電子版に掲載された論文は、たくさん食べても太らない酵素をマウスの実験で見つけたとしていたが、使われたデータの捏造や改ざんは学生が行ったと結論づけた。同論文は掲載後、取り消された。

 このほか、学術誌に受理された2004年の発がんに関する論文では図が重複して使われ、昨年、投稿準備中に取り下げた皮膚がんの論文では裏付けデータがなく、この2件は捏造と断定された。また、疑いがあるのは2件、不適切なデータ処理があったとされたのは2件。問題発覚後、4件が論文掲載後か学術誌の審査中に取り下げられた

 同大学は、両教授らは捏造にかかわっていないが、適切な対応をしていれば捏造に気づく機会はあったと指摘。竹田教授については教授名の口座に学生から2回にわたって計200万円が入金されたにもかかわらず、大学に報告しなかったことを重視、下村教授と比べて処分を重くした。

 昨年5月に設置された調査委員会の報告を元に、同研究科が両教授を停職3か月とする方針を固めた。しかし、2人は処分とされるほどの責任はないと主張したため、大学が不服審査委員会を設けて審査し、今回の処分になった
(2006年02月16日 読売新聞)

問題となった論文にも怪しいのがあるようですが、不適切なデータ処理というのは単なる計算間違いかもしれないので、これだけで判断するのは拙速ということにしましょう。

産経新聞からです。
阪大、不正論文で2教授停職 捏造の学生は厳重注意

 大阪大は15日、肥満に関し米医学誌に発表した論文で、主執筆者の医学部生がデータとなる画像を捏造(ねつぞう)して使っていた研究グループの教授2人を「学生に適切な指導をしなかった」として停職処分にした。
(中略)
 また両教授らが無届けで遺伝子組み換え実験をしていたことを明らかにした。
(中略)
 論文は、「PTEN」という酵素が脂肪組織内にだけできないようなマウスをつくるとインスリンが効きやすくなり、たくさん食べても太らなくなった、という内容。米医学誌ネイチャー・メディシン電子版に2004年10月18日発表したが、昨年5月に不正が発覚した。(共同)
(02/16 08:44)


無届けって・・・・。どこで発表するつもりだったんでしょうか?発表しないと業績にならないし、発表したら無届けの実験ってばれちゃうし・・・・。

捏造したとされる学生側からの反論もあります。

朝日新聞で、
学生が2教授を名誉棄損で提訴へ 阪大論文捏造問題

2006年02月16日16時33分

 大阪大医学系研究科のグループが論文に捏造(ねつぞう)データを使っていた問題で、論文の主執筆者の学部生(6年)の代理人の弁護士が16日、記者会見を開き、「捏造した事実はないのに一方的に誤った事実を発表された」として、近く論文責任者の下村伊一郎教授と、竹田潤二教授を相手取り、名誉棄損などで損害賠償請求訴訟を起こす方針を明らかにした。

 昨年5月、データの捏造が発覚した際、両教授は記者会見を開き、「(論文を執筆した)当時、だれも捏造に気づかなかった」と、学生1人が捏造したとの考えを示した。大学の調査委員会は「捏造データは学生によって作成された」と結論づけているが、弁護士は「調査委員会は2教授の主張を一方的に採用し、誤った事実認定をしている」としている


真相は是非裁判で明らかにしていただきたいと思います。学生は大阪大学名誉教授の息子さんのようですので、徹底的に戦っていただきたい。個人の名誉のみならず、今後の科学のためでもあります。変に妥協してもらいたくはありません。

さて、話題に上げる以上はどんな論文か知らないのでは無責任ですから、本物を見てみました。といっても、私は動物実験や分子生物学実験に詳しくなく、糖尿病も専門外ですので、内容に嘘があってもわかりません。というわけで、論文の内容そのものではなく、論文に記載されている他の情報から考えてみたいとおもいます。

まず、著者ですが、筆頭著者(first author)は問題となっている学生です。次に重要なのが、Corresponding authorが誰かということです。(「Corresponding Author」とは,論文執筆者の一人で、論文内容に関する質問の受付け者である。従って「論文内容に最終責任を負う者」の意(http://www.jsai.or.jp/paper.html))。

論文には、”Correspondence should be addressed to Iichiro Shimomura”と書かれていますから、下村先生がcorresponding authorですね。従いまして、下村先生が最終責任者です。捏造されたのを知らなくても、最終責任者です。下村先生の名前は一番最後に書かれていました。これについては、Nature japanのサイトにあった、Peter A. Lawrence氏による文章からの抜粋を。
論文著者名リストの順番は何を示すのか

論文の著者という、論争の種となりがちな問題については、誰もが自分なりの見解をもっている。私は、主題となる科学的な発見とそこからの結論にもっとも大きな責任を持つ人間が第一著者になって論文を書き、意見の相異をまとめ、良きにつけ悪しきにつけ責任を持つべきだと考えている。しかし、現実には指揮を執るのはPI(主任研究員(PI、principal investigator))で、彼あるいは彼女の名前が著者名リストの最後尾を占めるようになるのだが、彼らが実際に実験に手を下すことは滅多にないし、論文も書いていない場合すらある。論理が混乱したりするなどの悪いことが起こる機会を与えているのは彼らなのだ。例えば、Galloは、1980年代の中期は出張していることの方が多かったが、それでも年間 90報もの論文を発表しているのである。

一般的に言って、PIはこのような形で著者となった論文から生じる利益の方は受け入れるのだが、その研究にずさんな点があったり、さらには詐欺的な結果だったりしたことがわかったりすると、責任の方は無視する。だから、名前が著者名リスト中のどこに位置しているかは、その論文の内容についての個人的な責任の重さを表すというより、著者の地位を示すサインになってしまっているのだ。

Nature 415 (21 Feb 2002) Commentary

Rank Injusticeより抜粋

なんという皮肉でしょうか。

次に、著者の所属を見てみましょう。学生の所属は竹田先生と一緒でした。Department of Social and Environmental Medicine, Graduate School of Frontier Bioscience, Osaka University。日本語では、医学研究科環境・生体機能学講座です。竹田先生と学生を含め、3名の方がここの所属でした。

他の著者の所属は重なる方もいらっしゃいますが、 大阪大学大学院生命機能研究科個体機能学講座病態医科学研究室(Department of Medicine and Pathophysiology, Graduate School of Frontier Bioscience、下村先生含め4名)、京都大学農学研究科食品生物科学専攻栄養科学分野(3名)、阪大医学部皮膚科(1名)、秋田大学生化学(1名)、Advanced Medical Discovery Institute, University of Toront(1名)、阪大医学部病理学(幹細胞病理学)(1名)、大阪大学先端科学イノベーションセンター(竹田先生のみ)、独立行政法人科学技術振興機構(下村先生のみ)、阪大分子制御内科学(下村先生のみ)。

以上、総勢14名からなる論文でした。マスコミが大阪大学と大騒ぎしているから、大阪大学だけかと思ったら京都大学の方もいらっしゃるんですね。やはり、2次情報だけではいけません。それに、4名の方が所属されている生命機能研究科個体機能学講座病態医科学研究室は基礎系のようです。臨床系の分子制御内科学は下村先生お一人ですから、臨床講座に所属されている方は関与されていないとみてよいでしょう。同じように竹田先生の教室の方も、筆頭著者の学生以外はこの論文には名前が出てらっしゃいません。

状況を整理しますと、論文の筆頭著者は学生、論文に責任があるのは下村先生、学生と同じ講座・教室は竹田先生のみ。下村先生の生命機能研究科個体機能学講座病態医科学研究室の方が4名も共著者となっており、一番多い。しかし、下村先生が教授でいらっしゃる臨床系の講座の分子制御内科学の方は1人もいらっしゃらない。竹田先生の教室の方も、問題の学生以外は名前がでていない。他に、京都大学農学研究科食品生物科学専攻栄養科学分野の方が3名。

人数だけみると、阪大生命機能研究科個体機能学講座病態医科学研究室、京都大学農学研究科食品生物科学専攻栄養科学分野の順に責任があるように見えますが、おそらく京都大学の方々は捏造されたデータとはかかわりのないところの研究を担当されたのでしょう(と推測しておきます。内部事情がわからない人間からすれば、そちらの方で大騒ぎになっていないからという消極的理由からですが。)。そして、この論文の著者を検討すれば、下村先生の分子制御内科学講座や竹田先生の環境・生体機能講座に所属されている方は、この論文のために責められるいわれは全くないのです。これがわかっただけでも、原著にあたってよかったと思いました。自分にとっては収穫です。

処分されたのは、下村先生と竹田先生ですが、これは、corresponding authorになっていたり、学生が所属する講座の長であったりと、当然の理由と思います。しかし、停職の期間が違うことが納得がいかないのです。論文の共著者の人数やcorresponding authorであったことから考えても下村先生の方が責任が重いのに14日間の停職竹田先生はお金をもらったことを報告していなかったので1ヶ月の処分です。お金をもらったことと、論文捏造は別の理由で処分すべきで、一緒に処分するものではないでしょう論文捏造自体の責任が見えなくなってしまいます。論文捏造自体は、14日の停職程度の処分ですませる事を見えなくするテクニックだと思います。

さて、私がこの論文で理解できるのは、研究資金がどこから出たのかですが、論文の最後のほうから丸ごと引用です。(Retractされた論文を引用するのって変な感じ。)
This work was supported in part by grants from the Suzuken Memorial Foundation, The Nakajima Foundation, Kanae Foundation for Life and Socio-Medical Science, The Tokyo Biochemical Research Foundation, Takeda Medical Research Foundation, Uehara Memorial Foundation, Takeda Science Foundation, Novartis Foundation (Japan) for the Promotion of Science, The Cell Science Research Foundation, The Mochida Memorial Foundation for Medical and Pharmaceutical Research, a Grant-in-Aid from the Japan Medical Association, The Naito Foundation, a grant from the Japan Heart Foundation Research, Kato Memorial Bioscience Foundation, Japan Research Foundation for Clinical Pharmacology, a grant from the Ministry of Health, Labor and Welfare, Japan, and Grants-in-Aid from COE Research and Scientific Research on Priority Areas from the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology, Japan.


いろんなところから資金を得て研究されていますが、厚生労働省や文部科学省からもお金が出てますね。税金ですかね。税金の無駄遣いって怒られなきゃいいですね。【グリンネルの研究成功マニュアル】でも触れてましたけど、科学の不正って税金の使い道に影響を与えるみたいですし。

さて、webで見つけた様々な方の批判を紹介したいと思います。まず、科学者からの批判としては、なんといっても柳田充弘先生のブログが良いと思いますので、是非ご一読ください。2006年2月16日17日分です。以前の記事にも取り上げられています。痛烈な批判です。でも、京都大学の方が共著者になられたことについて、特に述べられてはいません。この点の意見がお伺いできるといいなと思いました。

というのも、著者が複数になりますと、論文に対してどこまで責任をもつかということが、問題になってきます。京都大学の方がこの論文に責任をどこまで負うべきか、難しい問題です。

ちなみに、生医学雑誌への投稿のための統一規定 [第5版]では、著者資格として、
著者資格

 著者として指定されたすべての著者には,著者資格が付与されます。各々の著者は,その内容に対して公的な責任を負うところの研究において,十分な関与をなしている必要があります
 著者資格の証明は,以下の実質的貢献にのみ基づいていなければなりません。1)研究の構想及び計画,もしくは,データの解析及び解釈に対する貢献,及び,2)論文の起草もしくは原稿における重要な知的内容に対する批判的改訂に対する貢献,更に,3)掲載されるべき決定稿の最終的承認に関する関与。なお,上記1,2及び3の条件のすべてが同時に満たされている必要があります単なる研究資金の調達,あるいはデータの収集における参画は,正当な著者資格としては認められません。研究グループの統括監督は,著者資格として十分ではありません。論文(記事)のいかなる部分であれ,その主要な結論に対する批判に対しては,最低でも著者の1人が責任を負わなければなりません。(以下略)


これを読むと、共著者となった以上、何らかの責任はあるのだろうとは思います。どの程度の責任かというコンセンサスは得られないにしても、です。

また、5号館のつぶやきさんは、
大事なことは責任者を処分することだけではなく、この事件がどうして起こったのかということを詳細に解明することであり、そして実はそうした問題がひとり大阪大学医学部だけにあるのではなく、日本中の大学や研究機関に共有されている「構造的」なものであることを日本中の研究者が認識することこそが、この問題を単なる災いから日本の科学界を根本的に改善する契機としての福へと転じさせることになると思います。
と、この事件から学ぶ必要を述べられています。全く同感です。

ちなみに、札幌医科大学では、実験ノート記載の指針ってのがありました。WTOなども考えて商売っ気もだしていますが、その分しっかりしてます。昔、○○移植で痛い目にあった経験が、しっかりした・・・・。

大阪大学も、この経験を生かして頂くことを希望します。

また、5号館のつぶやきさんのブログからたどりましたが、地獄のハイウェイさんは処分が軽いことを疑問視されています。falcon's eye さんは捏造が素通しになってしまう体制を問題視されています。寝言日記さんは、倫理教育を受けるのは教官のほうではないかということをほのめかされています。いずれも、ごもっともな意見です。

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大阪大学の論文ねつ造事件処分 (追記2あり)
【ここから2月18日分】  トラックバックをいただいた三余亭さんのところに、今回のねつ造事件に関する、冷静な分析の論説があります。他ではあまり詳細に触れられていない共著者とグラントに関する記述は、一読の価値があります。 ...続きを見る
5号館のつぶやき
2006/02/18 15:19
阪大医学論文ねつ造 教授2人を停職処分 研究員は戒告に
米医学誌に掲載された肥満に関する遺伝子の論文データ改ざん問題で、大阪大は15日、論文共著者の竹田潤二・先端科学イノベーションセンター教授(53)=医学系研究科兼任=を停職 ...続きを見る
蛋白質の勉強部屋☆
2006/02/19 00:29
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論文捏造問題は、5回も続く連載で“もうオナカいっぱい”という感じかもしれないけど、「阪大の2教授に処分が下った」ということで、新聞に載っていたので、再度採り上げてみたい。 ...続きを見る
Biological Journal
2006/02/21 20:27
阪大の論文捏造事件に思う その2
【医学は科学ではない】に意見する で長々と書きましたが、私の意見は、「臨床医学のある部分は科学である」です。その科学である部分の根幹に、大阪大学論文捏造が問題を起こすのではないかと考えたので、前の記事でいろいろと書かせていただきました。はっきりしたことは、捏造論文の名を連ねていた臨床医は下村先生お一人だったことです。しかし、下村先生も、おそらく基礎系の教室の教授としての立場が主な論文だと思います。以上をふまえると、臨床系の教室での不祥事とは考えません。しかし、基礎系とはいえ医学部から出され... ...続きを見る
三余亭
2006/02/23 15:47
【不正行為があった疑いのある2論文に関する調査報告書 大阪大学大学院生命機能研究科 研究公正委員会】
大阪大学大学院生命機能研究科で捏造があり、研究公正委員会からの報告書がでました。不正行為があった疑いのある2論文に関する調査報告書と題されています。こちらからダウンロードできます。 ...続きを見る
三余亭
2006/09/28 01:43
科学論文捏造の背景にある構造は…?
以下のコンテンツは、NHK:BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」(最下)を参考にしている。 ...続きを見る
にほん民族解放戦線^o^
2007/05/02 01:31
1月14日に勝間和代さんのTwitterで言及されていたらしい。
どうも勝間和代さんのTwitterで言及されたようで。 http://twitter.com/kazuyo_k/status/7713291102 ...続きを見る
三余亭
2010/01/18 01:19

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内 容 ニックネーム/日時
獨協医科大学 論文捏造・二重投稿 疑惑追及blog
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追及さん
2011/01/24 19:24

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