上海交差点:教育むしばむ戸籍制度=隅俊之
毎日新聞 2013年01月07日 東京夕刊
言うまでもないが、教育を受ける機会は平等であるべきだ。ただ、中国では一筋縄ではいかない。
昨年10月、上海の路上で、占海特(せんかいとく)さんという15歳の女の子が、数十人の上海人に取り囲まれる騒ぎがあった。「NO」と書いたマスク姿の人々は、彼女に向かって「上海を守れ」と叫び、正義の味方を気取ってか「シュワッチ」とウルトラマンのポーズまでした。
きっかけは昨年6月の中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」での彼女の発言だった。彼女は5歳の時、江西省出身の農民工(出稼ぎ労働者)である父母と上海にやってきた。気持ちは上海っ子。だが、戸籍は江西省にある。数年後に大学受験を控えているのだが、今の教育制度では、上海戸籍でない彼女は江西省に戻らなければ受験できない。疑問を感じた彼女は微博で「不平等だ」と訴えたのだった。
それなら江西省で受験すれば済むだけの話と言うかもしれない。ただ、そこには中国の受験制度の不平等が潜んでいる。今の制度では、地方の生徒が都市部の大学に合格するには、都市部の地元生徒よりいい点数をとらなければならない。上海の大学なら上海人の受験生が圧倒的に優遇される。
戸籍による差別を訴える彼女の意見は正論だ。ところが、上海人からは猛烈な反発が起きた。「もし地方の生徒にも平等な受験資格を認めれば、さらに激しい競争になる」というのだ。微博上では彼女を「ウジ虫」呼ばわりする声が出た一方、既得権益を守ろうとする上海人に批判も噴出した。
都市戸籍と農村戸籍に二分する中国の戸籍制度は、もともとは農業労働力を確保するために都市への人口移動を阻止することが目的だった。だが、出身地を離れて働く農民工は今や約2億5000万人。教育や医療などの面で差別を受けてきた農民工やその子供の待遇改善は喫緊の課題だ。ただ、一気に制度を変えれば、都市に大量の農民工が流入し、都市機能がまひする恐れもある。
上海市は昨年末、条件を満たす農民工の子供に限って、上海人と同等の受験資格を認める対策を発表した。しかし上海人の反発に配慮してか、納税額など条件はかなり厳しく、占海特さんは受験資格が認められそうにない。「上海語(上海の方言)も話せないやつに上海っ子の資格はない」という上海人の了見の狭さには閉口するが、中国という国の大きさ故に解決も容易ではないと実感する。(上海支局)