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外来語 | 強者でも賢者でもなく | 「剽窃」事件の顛末

強者でもなく、賢者でもなく

02/03/29作成
08/03/16更新

◆「強い者が生き残ったわけではない。賢い者が生き残ったわけでもない。変化に対応した者が生き残ったのだ」――チャールズ・ダーウィンの『種の起源』の一節だと聞いたのですが、いったいどういう文脈の中で語られたものなのか、私はずっと気になっていました。当サイトで公開指名手配したのは01年4月でした。半年後の9月27日、この言葉は小泉氏の所信表明演説で使われ、「米百俵」ほどではないにしても一段と有名になりました。結論から言えば、この言葉はダーウィンが語ったものではないようです。すくなくとも『種の起源』にはそれらしき文言がありません。


使用例

「指名手配」から1年を経て、ようやくナゾが解けました。どうやら、ダーウィンの『種の起源』には、こんな言葉はないようです。どうりで、いくら探しても見つからなかったはずです。著作権法上の問題が生じることは承知のうえで、ネットで検索して得られた使用例を並べてみます。

】従業員2万人規模の上場企業のWebサイト 

「最も強いものや賢いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る。」チャールズ・ダーウィンが「種の起源」に記したこの言葉の真実を、わたしたち○○は1985年の○○○以来、身をもって体験してきたといえるでしょう。

▲○○は私が伏せたものです。

】某ソフトウェア開発会社のWebサイト中「企業理念」

「最も強いものや最も賢いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残るのだ」(チャールズ・ダーウィン 種の起源より)

】某専門学校のWebサイト(上場企業社長がインタビューで)

ダーウィンの「種の起源」の言葉は最高です。「最も強いものや賢いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る。」

】某寺院のWebサイト

進化論を唱えたダーウィンは著書の『種の起源』において、「最も強いもの、賢いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る」と書いています。

某会計事務所のWebサイト

昔(1859年)、チャールズ・ダーウィン(英国)が「種の起源」を発表して、「地球上の生き物はすべて、生き残るチャンスを求めて進化していく。最も強いものや最も賢いものが生き残るのではない。最も変化に適応したものが生き残る」といった。ダーウィンの「進化論」として有名である。

】閣僚経験のある自民党参議院議員のWebサイト

小泉総理は、昨秋の臨時国会の所信表明の中で、ダーウィンの「種の起源」の一節を引用しました。すなわち「最も強いものや賢いものが生き残るとは限らない。常に変化に対応できるものが生き残れる」と・・・。次なる進歩、発展のために、痛みを伴う構造改革を実行すると同時に、大事なことは、われわれの考え方、行動にも大きな変革・改革が求められているということです。

】某病院のWebサイト中、役職者の就任挨拶

ダーウィンは名著「種の起源」の中で、「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるわけでもない。唯一、生き残るのは変化できるものだけである。」と述べています。地域住民のみなさんとともに日々変化向上できる病院でありたいと思っています。

】とある自民党衆議院議員のWebサイト

ダーウィンは、「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるわけでもない。唯一、生き残るのは変化できるものだけである」と「種の起源」の中で書いている。私もそう思う。政治家も進化すべし。

】某法人会のWebサイト中、新春講演会のページ

最後にチャールズ・ダーウィンの「種の起源」より”最も強い者が生き残るて゜はなく、最も賢い者が生き延びるわけでもない。唯一生き残れるのは変化できる者である”と朗読されて閉会となった。

▲原文のままです。おそらくOCRの読み取りミスでしょうが…。

】某中学校のWebサイト中、校長の卒業式式辞

チャールズ・ダーウィンは生物学をとてもわかりやすくした人で、その著書「種の起源」はあまりにも有名ですが、その中で彼が「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるわけではない。唯一生き残るのは変化できる者である」と言っています。この言葉をあなた方に贈ります。卒業おめでとう。

▲これは01年3月(小泉演説の半年前)の卒業式です。私が聞いたのも01年3月末でした。

】大手予備校系ビジネスセミナーのWebサイト

ダーウィンの「種の起源」には“強い者でも,賢い者でもなく,もっとも俊敏に変化できるものが生き残る”と明確に書かれています。人においても企業においても,常に変化することが問われます。

見つからない引用元

どれを読んでも、ダーウィンの『種の起源』のなかにこの言葉が出てくると書いてあります。標準的日本人の国語力ではそのようにしか読めません。

この警句は実によくできています。私も使いたかったのです。たとえば、三塁手の守備位置の変化を見逃さずにセーフティバントを決めた「飯田」や、序盤の待球作戦を中盤以降あっさり切り替えた94年開幕戦のライオンズには、そのまま持ち込むことができそうです。いずれ作成するページのためにストックしておいてもいいわけです。

どうせ観戦記などというものは、誰が書いても決まりきったパターンにしかなりません。適度に名言・至言を散りばめて教養をひけらかすのは、変化をつけるためのもっとも初歩的な方策の1つです。ただ、私には確認しておきたいことがありました。

私が初めて聞いたのは、01年3月の中野サンプラザでした。そのときは「すべからく強い者が生き残ったわけではない。すべからく賢い者が生き残ったわけでもない。すべからく変化に対応した者が生き残ったのだ」とおっしゃっていました。もともとは「すべからく」が気になったので、オリジナルを調べたかったのです。→ブログ「表記規準」(すべからく)

ところが、探しても探してもなかなか見つからないのです。第何章とか、何ページとかも出てきませんし、前後の文章さえ見つかりません(【E】が唯一の例外)。さて、上に示した使用例は、共通する部分もあれば、異なる部分もあります。もちろん、翻訳者が違えば、微妙に異なっていても不思議ではありませんが…。

上記使用例の相違点
もっとも もの 強い者と賢い者は? 生き残るのは?
最も もの 生き残るのではない 最も変化に敏感なもの
最も もの 生き残るのではない 最も変化に敏感なもの
最も もの 生き残るのではない 最も変化に敏感なもの
最も もの 生き残るのではない 最も変化に敏感なもの
最も もの 生き残るのではない 最も変化に適応したもの
最も もの 生き残るとは限らない 常に変化に対応できるもの
最も もの …生き残るのではなく、
…生き延びるわけでもない
変化できるもの
最も もの …生き残るのではなく、
…生き延びるわけでもない
変化できるもの
最も …生き残るのではなく、
…生き延びるわけでもない
変化できるもの
最も …生き残るのではなく、
…生き延びるわけでもない
変化できるもの
もっとも 者/もの ―― もっとも俊敏に変化できるもの

私は、副詞については《ひらがな》表記を原則としています。接続詞としての「もっとも」(「そうは言っても」の意)との区別のために、漢字で表記するという考え方もあるでしょう。

「もの」は原則的には《ひらがな》表記にしていますが、この場合は擬人化されていますので、漢字の「者」を用いたいところです。むろん、引用文については、原典に忠実に引用すべきでしょう。ところが、その引用元が見つかりません。

▲逃げ道はあります。魯迅のときは、古本屋で調達した翻訳が気に入らなかったので、「こんな言葉があったはず」としておきました。正確ではないことを明示したつもりです。

後世の創作?

上に示した使用例のうち、【A】〜【E】はその前段で、もっとも強い者やもっとも賢い者が「生き残るのではない」としています。一方、【F】〜【J】は「生き残るとは限らない」とか「生き延びるわけでもない」としていますので、若干ニュアンスが異なります(全否定と部分否定)。

ただし、【G】〜【J】は後段に「唯一」がありますので、文章全体としてはほぼ同じ意味になるでしょう。私が覚えたものに近いのは【F】ですが、自分に都合よく脚色して覚えるという傾向はあるでしょうから、やはり原典を確認したいところです。

結論から言えば、ネット上でも図書館でも、引用元であるオリジナルを見つけ出すことはできませんでした。その代わりに次のページが見つかりました。

外部リンクです。
進化論と創造論
 「科学と疑似科学の違い」との副題を掲げた上記Webサイトに「ダーウィンは「変化に最も対応できる生き物が生き残る」と言ったか?」というページがあります。大いに納得できた次第です。(02/03/29通知済)

これが事実だとすれば、【A】〜【J】はすみやかに訂正されるべきです。なにしろ、「変化に対応できる者」が生き残るはずなのですから…。対応できないなら、自らが生き残れないことになってしまうのではないかと心配したくなります。まあ、余計なお世話でしょうが…。

孫引き厳禁は徹底しないと、恥をさらすことになります。戒めとして受け止めておきます。今回のケースでは、小泉演説がセーフでも、それを報じた一部マスメディアがアウトだったのかもしれません。

その後の使用例

08年3月、私は再度のWeb検索をかけてみました。依然として、『種の起源』の何ページにあると示してくれる人はいません。経営者さんや政治家さんがこの言葉を使う場合、単に「われわれも変化しよう」と言いたいだけなのでしょうから、オリジナルが誰の言葉であろうと関係のないことでしょうが、【F】のように小泉演説にはなかった『種の起源』が付加されるのはいかがなものかと思わなくもありません。

TVで「『種の起源』で読んだ」とおっしゃった経営者様もおられたようです。私も古本屋で探した『種の起源』を01年夏に読んでみたのですが、どうしても見つけ出すことができませんでした。まあ、経営者にハッタリが必要なのはむしろ当然であって、読まずに読んだと言い切ることも資質というものかもしれませんが、大学の学長さんが堂々と使うなら、やはり原典を確認してからにしてほしいものです。

▲あとで出てくる宇都宮大の学長さんではありません。関西の文科系大学でした。

この間、このページのアクセスが極端に跳ね上がったことが何度かありました。きっとどなたかがお使いになったに違いありません。私はこのページを02年3月から公開しています。上に掲げたリンク先のページは小泉演説の直後ですから、その半年前です。Webでは疑問が提起されていたわけです。

全日本空輸>全日空ニュース>2002年度ANA・エアーニッポン入社式 ANA大橋社長挨拶
http://www.ana.co.jp/pr/02-0406/02-031.html

ダーウィンは「種の起源」の中で「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは変化できる者である」いうことを述べております。
ANAグループに求められているのは、環境の変化に対応して、過去の成功や常識を捨て去り、自ら変化を志向していくことのできる体質なのです。グループ全員が一枚岩となり、心から「お客様の声に徹底してこだわること」。それが「ANAらしさ」ということであり、ANAグループの競争力の源です。

当時の大橋洋治社長(07年11月現在では取締役会長)が述べています。「『種の起源』の中で」と言い切っているだけに痛いところですが、いかんせん02年の入社式ですから、まだ同情の余地があるかもしれません。

ジャパンエナジー>2006年4月1日付新入社員の入社式について
http://www.j-energy.co.jp/cp/release_new/2006/20060403_1400.php

ダーウィンは,進化論の中で,「この世に生き残る生物は,最も強いものではなく,最も知性の高いものでもなく,最も変化に対応できるものである。」と述べている。これは企業にも当てはまることで,環境変化に対応できない企業は淘汰されてしまう。
世の中,諸行無常,変化は不可避である。日々移ろう変化にどう対処できるかで皆さんの人生は大きく変わる。どうか変化を楽しむよう心がけてほしい。

高萩光紀社長の訓示だそうです。ここには『種の起源』は出てきませんが、「ダーウィンは…述べている」と断言していることに変わりはありません。石油の元売りですから理系の採用も少なくないようです。『種の起源』を読んだことのある新入社員がいたら、目を丸くするかもしれません。

豊田自動織機>ニュースリリース/2007年>豊田自動織機 入社式挨拶(要旨)
http://www.toyota-shokki.co.jp/news/2007/nyusyashiki/

チャールズ・ダーウィンの「種の起源」に、『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるわけでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。』という一節があります。つまり、「うまくいっているから変えない」のではなく、「もっとうまくいくように変える」ことが必要なのです。

豊田鉄郎社長です。「一節があります」になっています。では、何ページにあるのか?という話にしかなりません。わざわざダーウィンを付加しなくても、「〜という言葉があります」とか「〜とよく言われます」でも十分に通用する言葉なのに、ダーウィンで権威づけようとして“自爆”しています。

宇大学長の見識

3人の社長さんは『種の起源』を読んだことはないはずです。みんながそう言っているから、そう信じ込んだだけのことです(たぶん)。読んだことのある人はさすがに慎重です。

宇都宮大学>学長あいさつ>平成19年度入学式「学長式辞」
http://www.utsunomiya-u.ac.jp/gakucho/shikiji-nyugaku-19.html

チャールズ・ダーウィンは、イギリスの生物学者で、自然選択による進化論を説いた『種の起源』を1859年に出版しています。ダーウインの自然選択説では、生存にわずかでも有利な変異を持った個体は、より多くの子孫を残し、次第に集団内に広まっていくと考えています。すなわち、環境により良く適応した生物が生き残ってゆくという考えです。<略>
  『種の起源』は、自然科学書ですが、いろいろな読み方が可能です。「生存競争には、最も強いものが生き残るのではない。最も賢いものが生き残るものでもなく、変わりうるものが生き残るのである」と読み取ることもできます。

菅野長右ェ門学長は、農学部生物生産科学科で応用生物化学講座を担当していたようです。菅野氏が『種の起源』を読んでいることは疑いようもありません。ですから、「読み取ることもできます」としか言えないのです。「読み取ることできる」のではなく「読み取ることできる」のです。これが限界でしょう。

OKWaveコミュニティー>ダーウィン「種の起源」からの引用
http://okwave.jp/qa694214.html

これは、The Origin of Species by means of Natural Selection のsurvival of the fittestの要点で、ダーウィンが書いたものではありませんね

英文を教えてくれという質問に対する2番目の回答でGanbatteruyoさんが答えています。「アメリカに35年ほど住んでいる」とのことですので、小泉演説は知らないのではないかと思われます。小泉演説前に聞いた私と同じように先入観を持たないわけです。

さて、質問者は自己解決したようで、1番目の回答へのお礼のところに参照URLを示しています。乗りかかった(泥?)舟です。せっかくですから、英文サイトに飛んでみました(http://www.quotationspage.com/quotes/Charles_Darwin/)。

そのページで、今度は「It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent, but the one most responsive to change.」をクリックしてみました(http://www.quotationspage.com/quote/40096.html)。

さらに「View all 3 Charles Darwin quotations」をクリックしてみました。開けてびっくりなんとやら。

http://www.csuchico.edu/~curbanowicz/Darwin2000.html

"It is not the strongest of the species that survives,nor the most intelligent,but [rather] the [one] most responsive to change."Attributed to Charles Darwin?
<略>
As of this writing, unfortunately, I cannot find a specific Darwin reference for this phrase,

こういうオチでしたか。はあ…。


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◆逆に、後半のように出所を明示してしまうと、それはそれで失礼な話です。いずれにせよ、揚げ足をとったり貶めたりすることが目的なのではなく、「明日は我が身」にならないための反面教師として掲載しているつもりです。
◆もし、万が一、間違ってオリジナルの引用元を発見された方がおられましたら、「3代目んだ」(ダーウィン?)」または「メールのページ」よりご連絡ください。それは徳川埋蔵金に匹敵する?歴史的大発見!です。

◆類似例となるはずですが、「魚を与えれば一日の飢えをしのげるが、魚の釣りかたを教えれば一生の食を満たせる」は(一部で)老子の言葉とされています。ところが、『老子』の第何章に載っているという情報は(まだ)ありません。

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