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警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
前半故意にセリフを減らし、描写のみが続く部分がありますので多少読みにくいかと思われます。ご了承ください。
 その森の奥には鬼女が住むと言われている。
 しかし、その姿は誰一人目にしたことがない。




 今より数え切れないほどの幾年いくとせさかのぼった昔の話。
 ある村を飢饉が襲った。
夏の旱魃に春や秋の豪雨による水害、そして思いもよらぬ厳冬。
 苗は根を腐らせ、木々は芽吹かず、大地は痩せ、人々は容易に命を落とす。
 村人たちは必死に祈ったが、天の神はそれを聞き入れなかった。
 そこで、贄が用意された。
 供犠くぎのために差し出されたのは、まだ幼い姉弟。
 その二人は、都の貴族も斯くやと思われるほど、ひなには稀な器量よしと近隣でも評判だった。
 他者より優れているからこそ、彼らには神供じんぐの意味がある。

 村の長老に伴われ森へと分け入った姉弟は、途中二人だけでさらに奥へと進むよう命じられた。
 神はその森の奥深くに住まわれるという。
 頷いて長老に別れを告げた二人は、そのまま暗い森蔭もりかげへと姿を消した。
 二人が神へと捧げられた直後から、天災はぴたりと止んだ。
 村人は自分たちの願いが神に聞き入れられたことを祝い、人身御供となった姉弟たちに口々に感謝しながら手を合わせた。
 ところが、それから大分後の時代。
 孫子まごこの代へと言い伝えられてきた大飢饉のことも村人たちの記憶から消えかけた頃、突如姉弟は森の奥で生きているのではないかと言い出す者が現れた。
 何も確証はない。しかとその目にした者もいない。
 勿論、とんだ戯言ざれごとだと誰もが一笑に付した。
 万万一まんまんいち姉弟が森の中で生き長らえたとしても、とっくに寿命を迎えているはずだ。
 或いは、それは二人の命と引き換えに安寧を手に入れようとした彼らの先祖の良心が、そう言わせただけだったのかもしれない。
 半信半疑で村人たちは森に入り姉弟を探したが、無論見つかるはずもない。
 どう考えても二人はもう死んでいる。
それでも彼らを見かけたというのなら、それはきっと鬼だ。
 やがて、誰かがそう主張した。
 一度死んだ者が再び生き返ったのなら、それはもう人間ではない。
あやかし、物の怪、化生、人間とは生を異にする人外の者。
 とりわけ、人の魑魅すだまは容易に鬼となる。
 姉弟は、何も分からぬまま神への供物としてその命を捧げさせられたことを、恨んでいるのかもしれない。
 薄ら寒い恐れを感じた村人たちは、即座に探索を打ち切った。
 そして、姉弟が祟ることを恐れ、森の入り口に祠を建てて二人をまつった。
 それ以来その森は禁足の地となり、訪れる者も久しく絶えた。







「りょう」
 きりは縁側に立ち、藁屋の前に広がる畑の中にいる弟に声をかけた。
 幾筋も並ぶうねと畝の間でしゃがみこんでいたりょうはふと顔を上げる。
「じき日が暮れる。く戻れ」
 優しい声音に促され、りょうは収穫の手を止めるとその場に立ち上がった。
彼の四方にはどちらを向いても、青々と葉を茂らせたとりどりの野菜が列を成している。
りょうが手に持つざるの中には、たった今収穫された芋や大根や葉物やかぶや胡瓜が所狭しと乗せられていた。
 耳が見えるほどの短髪に紺十字のかすりの着物を身につけたりょうは笊を抱えて畑の中から抜け出し、姉の元へと歩み寄った。
縁側に腰を下ろし、笊を脇へ置くと両足を持ち上げる。
待っていたようにきりは、縁側の上に用意してあった小振りのたらいの中へ弟の両足を導いた。
草鞋も履かずに裸足で野良仕事をしていた彼の足は、当然土で黒く汚れている。
 縁側に膝をついたきりは、水を張った盥の中に浸したその足を、自分の手で丁寧に洗い始めた。
足の甲も裏も指の股も、按摩でもするように指の腹やたなごころを使って丹念に洗い上げ、泥を落としていく。
 自分の足が清められていく様子を、りょうは無言でじっと見守っていた。
 二人が一言も発しなかったため、周囲にはしばらくぴちゃぴちゃと水の跳ねる小さな音だけが響いていた。
 弟の足を満足するまで洗い終えると、きりは片足ずつ盥から持ち上げて、そばに置いてあった手拭いで水滴を拭き取ってやる。
 姉の手によって自分の両足が縁側に下ろされたのを知り、りょうは立ち上がると笊を手に囲炉裏端を通り過ぎて、土間床の勝手へと下りていく。
姉に対する謝辞の一つもないのは、その行為が既に慣例ともなっているからだ。
 きりは汚れた水を無造作に庭へと撒き、盥を部屋の隅に片付けると囲炉裏端へと腰を下ろす。
日中火の気の絶えない囲炉裏の中では、ほどよい熾火おきびが暮れ方の多少ひんやりとした空気を押し退け、仄かな温もりを漂わせていた。
 りょうが勝手で夕餉ゆうげの支度をしている間、きりは天井から吊るされた自在鉤じざいごうに鍋を掛け、木匙で掻き回していた。
朝に作った汁物は、鍋の底に張り付く程度しか残っていない。
 やがてりょうは箱膳を手に囲炉裏端へとやってきた。
しかし、用意された膳は一人分しかない。
 畳の上に置いた膳の前にきちんと膝を正して座すと、りょうは手を合わせてから箸を取り上げ、一人黙々と食事を口に運び始めた。
 すぐにきりが鍋の中から汁物を椀によそい、膳の上に置いてやる。
それから、りょうが箸を動かす様子を何も言わずにすぐそばで見つめていた。
 箱膳の上に乗せられているのは、至極簡素な料理だ。
副菜といえば芋の煮付けに菜っ葉のお浸し。
朝方に炊いた白米は冷えていたが、りょうは汁物でその冷や飯を喉へ流し込んだ。
「ごちそうさま」
 ほどなくして彼は箸を置き、再び手を合わせて食事を終えたことを告げる。
「……もう食べないの?」
 いささか危惧を孕んだ声音で問われ、りょうは微笑んで頷いた。
「今日はそれほど食欲ないんだ。それより、姉さんもお腹すいたでしょ?」
 きりが静かに弟の言葉を肯定すると、「ちょっと待ってて」とりょうは箱膳を持ち上げ、勝手へと片しに行く。
「お待たせ」
 程なくして囲炉裏端に座り込んだままの姉の前へと戻ってきたりょうは、笑みを絶やさずにそう言うと彼女の隣へ腰を下ろした。
きりは座ったまま体の向きを変え、弟と向かい合う。
 いくらか不安げに弟の顔を覗き込むきりの双眸は、何故か血のように赤い。
只人ただびととは思えぬその彼女の瞳は、きりの心を映すかのように微かに揺らいでいた。
 そんな姉を鼓舞するように、りょうは一層濃厚な笑みを湛える。
 そして、りょうの腕が伸び、その手がきりの肩口に置かれた。
応えるようにきりも手を伸ばし、弟の二の腕にそっと自らの手を添える。
 どちらからともなく二人の顔が近づき、その唇が多少躊躇いがちにそっと触れ合った。
まるで死人のように血の気を失った、ひやりとした姉の唇にりょうは自身の熱いそれを軽く押し当てる。
姉弟はそのまま優しく相手を啄ばみ、互いの感触を味わった。
 そのうちにりょうは一度唇を遠ざけると再び押し当てる、という動作を何度も繰り返した。
まるで、きりの唇の上で自身のそれが弾む様を楽しんでいるように。
 その弟を引き止めるように、きりは彼の二の腕に当てた手で着物の袖をきつく握り締める。
姉に呼ばれたのが分かったりょうは、唇の先で彼女の花唇をなぞり、冷ややかな薄いそれに温もりを伝えるように舌で丁寧に舐め始めた。
 弟の舌の動きに触発されたか、きりは自然と口を開いた。
紅を刷かずとも深紅に染まるその姉の唇の狭間へ、りょうはゆっくりと自身の舌を潜り込ませていく。
それと入れ違うようにきりの舌が伸び、弟の口中へと忍び込んだ。
二人の舌は相手の口の中で右に左にと転がり、互いを翻弄する。
顔を左右に捻り、異なる方向から舌を差し入れ、きりは弟の、りょうは姉の口中を隅から隅まで舌の腹でなぞり上げ、唾液を絡め取る。
舌先が頬の内側を掠めたかと思えば、口蓋をくすぐられ、歯の並びを舐め上げられた次には、舌下へと差し込まれる。
 そんな風に口腔で縦横無尽に舌を動かし、時折軽い吐息を漏らしながら、姉弟はしばらく互いの口内と舌の感触を楽しんだ。
 それだけではまだ足りなかったのか、やがてりょうは両手で姉の体を引き寄せた。
片腕を彼女の背に、もう片方の手をきりの後頭部に回しいくらか遠慮がちに姉を抱きしめ、互いの距離を縮める。
姿勢を崩し弟の腕の中に撓垂しなだれかかったきりは、両の掌を弟の胸に当てて自身を支えた。
口付けはより深くなり、舌をきつく絡め合わせながら二人は相手の唾液を吸い上げた。
呼吸はしだいに荒くなり、静かな屋内外に無言で口を吸い合う姉弟の息遣いと唾液を交換する音だけがいつまでも響いていた。
 途中、きりがうっすらと瞼を開けると、目を閉じた弟の長い睫がすぐ目の前に見える。
その彼の表情は、姉の口内を味わいながら微かに笑っているようでもあった。
 弟との口付けを続けながら、きりは彼の着物の襟元へ手を滑り込ませた。
合わせ目から両手を差し入れると、温もりを放つ弟の薄い胸板に掌を這わせる。
姉のやんわりとした手の平に胸元を撫でられたりょうは、嬉しげに目を細めた。
 きりはそのまま左右の手で合わせ目を押し開き、襟元をくつろげていくとそのうちにりょうの両肩があらわになる。
それに気づいたりょうは一度口付けをやめ、姉の口中から舌を抜き去った。
彼の唇が離れていくのに合わせ、白銀の糸がたわみながらつうっと尾を引き、二人の間を繋げようとする。
 弟の体が少し遠ざかると、きりは改めてりょうの着物を肌蹴させる。
大人しく姉に従い、りょうは自ら両腕を持ち上げ、左右の袖から順に引き抜いた。
きりがさらに着物を引き下げると、りょうの諸肌もろはだが黄昏の日差しの中に晒される。
毎日野良仕事を欠かさないわりに、その肌はほとんど日焼けしていない。
 少々痩せて見えるその胸を、きりは片手でそっと押した。
姉の意図に沿い、りょうは背を倒して囲炉裏端の畳の上に寝そべる。
同時に着物の裾をさばいて弟の足を跨ぎ、彼の上に馬乗りになったきりはりょうの胸に両手をついてしばし仰向けに横たわる相手を見つめた。
りょうはその姉の視線を何も言わずに受け止めると、ふわりと微笑んできりを誘った。
 きりは上体を倒し、弟の上に覆い被さる。
すぐに近づいてきた彼女の唇に、りょうは再び吸い付いた。
先程と異なり、きりが両手を弟の頬に当て、彼をその場に固定してしまったため、りょうは顔を動かす余地をなくしてしまう。
その機に乗じ、きりはりょうの唇を好きなだけ、思う様貪った。
深く息を吸い、弟の口中を蹂躙しては、荒く吐き出す。
その姉の吐息が頬をなでるのが心地よかったのか、瞼を閉じたりょうは仄かな微笑を浮かべつつ、姉の口付けに応えていた。
 しばらくして満足したのか、きりの赤い唇はりょうの頬を滑り、ひとまず首筋で止まった。
まるで味見をするように、喉仏や首元に丹念に舌を這わせる。
それからさらに移動し、硬い鎖骨を通り過ぎたかと思うと、胸元までまっすぐに下りて行った。
肉付きの薄い弟の胸の上で、姉の赤い舌がちろちろと踊る。
きりは時に強く吸い付き、緋色の唇の痕を幾つか残していった。
まるで、己の所有の証を刻むように。


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