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  妖記 作者:korohone
第五話「城、材料は夢」
 ルナは、暗闇の中で目を覚ました。

「ここは……?」

辺り一面、先がわからない程に真っ暗だった。寝ている場所も、ソファから地べたに変わっていた。立っている場所が地面なのかも、この暗闇の前ではわからない。

「どうみても、スズラギの家では無いな……」

ルナは周りに妖怪が居ないかを確かめる為に、精神を集中させた。

じり、と足音を立てると、その音が僅かに反響する。ただ音が闇に消えただけで、一向に何かを感知する気配は無かった。

ルナは集中を切った。歩けば何かあると考え、方角もわからぬままに暗闇を歩く。

しばらく闇を掻き分けるように歩いていると、目の前に真っ赤な建造物がかすかに見えてきた。

「あれは城、か?」

近づくにつれ、その城の全貌が明らかになってゆく。血のような赤で塗りたくられた城らしき物が、暗闇の中にどんと構えていた。

ルナはそれを訝しむように見た。警戒心を抱きながら、ゆっくりと近づく。少し躊躇ったが、古めかしい木製の大きな扉を思い切り開いた。

城の中は石造りで、入り口から長いカーペットが真っ直ぐに敷かれていた。その先には階段があり、地面には風化した人骨が落ちてある。部屋の四隅には燭台が設置されており、壁は外観と同じ赤で塗りたくられていた。

「まるで地獄だな。趣味が悪い……」

ルナはその光景を見て、吐き捨てるように言った。

『それはどうも』

部屋全体に、低い男の声が響いた。それを聞いたルナはゆっくりと身構えた。

『御機嫌よう、美しいヴァンパイア。私の城へようこそ』

燭台の火がゆらりと煌めき、暗い部屋を静かに照らしていた。ルナの足元に影は無かった。

「貴様は誰だ?」

『種族はインキュバス。貴女が殺した、私の姉サキュバスの弟にあたります』

インキュバスは丁寧に名乗った。

「という事は、この空間は貴様が作り出した夢か。どおりで妖気を察知しないワケだ。この空間そのものが貴様の支配下というわけか」

『ご名答。ですが残念です、この夢は淫夢ではありません。ヴァンパイアは繁栄に性交を必要としない様ですから、こういう普通の夢を作るしかありませんでした』

「必要としないだけで、性交を嗜むヴァンパイアはいるがな。私はその類では無いが」

『ほぅ、そういう類のヴァンパイアは魅了に特化しているのでしょうか。興味深い……そういったヴァンパイアには、淫夢が使えるかもしれないのですね』

この状況をとても楽しんでいるような口ぶりだった。

「私に使えなくて残念だったな。淫夢なら、何か無い限り対抗する術無く堕とせただろうに」

『残念ですよ、貴女クラスの妖怪が持つ精気を奪う事が出来たなら、私はもっと高みに近づけたのに。ですが、私の目的は貴女の精気ではありません』

「それは淫夢じゃないと言った時点でわかっていたが……姉の仇討ちか?」

『そうと言いたい所ですが違います。姉の件は、詰めが甘かった姉が最終的に討たれた、それだけです。殺された方が負け、貴女を仇などとは微塵にも感じておりません』

男は静かに笑った。

『……私の目的は、貴女との取引です』

「取引……? どんな取引だ」

ルナはいっそう険しい顔をした。

『私達姉弟が人間界に来てからというもの、何者かに監視され続けているのです。多分貴女達も監視されている事でしょう』

インキュバスの低い声が、少し真面目な物になる。

『猫を監視媒体として使っていたので、猫又の仕業かとも思いましたが……身体から飛び出してきた人工妖怪を見て、猫又では無いと確信しました』

ルナは猫の死体を思い出した。

「あの大量に死んでいた猫は、貴様の仕業だったのか」

インキュバスはくぐもった笑い声をあげた。

『あの青年が動揺するような光景を作っておいてくれ、と姉に言われましてね。どうせなら邪魔な猫を解体してやろうかなと思いまして』

「いい性格をしているな、貴様は」

ルナは皮肉を込めて言った。

「姉弟ぐるみでスズラギを誘惑し精力を奪おうとしたのは、何か目的があっての事か?」

『姉はただ単に精力を奪いたかっただけでしょうが、私は違います。私は貴女と取引を行う為に、姉の企みに乗りました』

「どういう事だ?」

『私は姉が精力をむさぼっている間に、彼の大事な『記憶』を奪っていきました。生きる上には支障が出ないレベルですが、彼にとってはとても大事な記憶です』

声しか聞こえない男に、ルナは苛立ちを覚えた。

「それがお前の取引物か。取引条件はなんだ?」

ルナはその紅い眼で、何も無い虚空をギロリと睨みつけた。

『人工妖怪を使って私達を監視している妖怪を見つけ出し、殺して欲しいのです。猫を殺しただけでは、監視は収まりそうにないですから』

「取引をせずとも、そうするつもりだったがな」

『出来るだけ早くお願いします。また新しく監視がつくと、色々と自由に動けなくて困るのですよ』

「性急だな、急ぎならこんな回りくどい事などせずに自分で探せばいいだろう」

『私の専門は、対象の夢に潜り込み、私の物に作り変える事です。もし正面切って戦う事になった場合、肉弾戦は少々不得手でして』

燭台の火がふっと消え、先に見える階段の周りだけがライトアップされたように明るくなった。

『貴女が巻き込んだ以上、彼に被害が及ぶのはあまり好ましい事ではないでしょう。良い結果、待ってますよ』

インキュバスの笑い声が、部屋一帯に響き渡った。

「お前の姉と違ってずる賢い性格だな、それはもう、二度も性格を批判したくなるくらいに」

『それはどうも。そこの階段を降りれば私の作り出した夢から抜けられます。まだこの夢を探検したいのなら、降りなくても良いですが』

最後にでは、と言い、男の声は聞こえなくなった。

「……こんな城以外に何も無い所、長く居られるか」

部屋の最奥にある階段を降りると、周りは完全に黒く染まった。

頭の中が空になる感覚に襲われ、ルナの意識はふっと途切れた。

 ルナは地面ではなく、ちゃんと洋太の家にあるソファで目を覚ました。

時間を確認する為に時計を見る。もう短針が十二を指していた。

「いつの間にか昼をまわっているな、あの夢のせいで寝過ごしてしまったか」

ふと、ルナは居間に置いてある机の上に、紙切れがある事に気づいた。

そのメモには『ルナが一向に起きないので、先に用事を済ませてきます。用事が終わり次第すぐに戻ります 鈴羅木』とペンで書かれていた。

「用事、か。私も外出するとしよう、大事な用が一つ増えたからな……」

ルナは黒いマントを羽織り、いち早く洋太の記憶を取り戻す為に外出した。



 休日。とりたてやる事の無い優奈は、暇なので朝からつけっぱなしのテレビを眺めながら、今日をどう過ごそうかで悩んでいた。

カーペットの上で横になりながら、だらだらとした一日を過ごす。

「どうしようかなぁ。課題も済んでるし、家でぼーっとするだけでもいいんだけど」

それだけじゃつまらないと、朝からずっと悩んでいるままである。

突然、優奈は何かを思いついた様に、棚の上に置いていた財布の中身を確認した。中身にはお札が二枚と小銭が少し。

「むむむ、二千円とちょっとかぁ……まぁ、お礼だけならそこまで高い買い物じゃないし、十分か」

お気に入りの水色をベースにした、いかにも女子高生が好みそうな配色のカバンを肩にかけ、優奈は家を後にして街へ向かった。

商店街へ行く道中、優奈は道路の一角が封鎖され、入れなくなっている事に気づいた。

それを見て、ふと優奈は先程まで見ていたニュースを思い出す。

「もしかして、猫が大量に殺されていたっていうアレかな? 物騒だなぁ」

合計七匹の猫が、バラバラにされていたりしていた事件である。警察は愉快犯の仕業と見て調査しているようである。

「ん、誰か居る?」

優奈はその事件現場の前に、金髪で少し背の低い一人の少女が、こちらを背にして立っているのを見た。背は優奈よりも少し低く、小柄である。黒いマントのような物を着ており、この季節には不恰好である。

「おーい、そこは今立ち入り禁止────って、あれ?」

まばたきをしたと同時くらいに、優奈の前から少女は居なくなっていた。

「見間違いだったのかなぁ……?」

優奈は戸惑いながらも、事件現場から視線を外し足早に商店街へ向かった。



 優奈は二つのキーホルダーを持って、どちらが良いか悩んでいた。

「うぅむ、洋太はあまり派手な物を好まないからなぁ。こっちの地味なやつの方がいいよね」

そう言って優奈は、左手に持っていた派手な彩色をしたキーホルダーを棚に戻し、淡い青をした水晶がついたキーホルダーをレジへ持っていった。プレゼント用の紙袋に入れて貰い、意気揚々と店を出た。

「洋太、喜んでくれるかなぁ」

そう言いながら歩いていると、キーホルダーを買った店の三つ先にある、ペット用品専門のショップから洋太が出てきた。

洋太は買い物袋を手にぶらさげ、気だるそうに優奈とは反対方向に歩こうと背を向けた。

「おぉ、ナイスタイミング」

優奈は洋太の前に移動する為、小走りになった。

「こんな所で何してるの? 洋太」

洋太の前に立った優奈は、歩いていた洋太ににこやかに問いかけた。それを見た洋太は、不思議そうな顔をした。

「どうしたのー、洋太。もしかしてびっくりしちゃった?」

下から覗き込む優奈を見て尚、洋太は黙っている。洋太は、袋を持っていない方の手で頭を掻きながら口を開いた。

「……ごめん、誰だっけ?」

「……え?」

呆けた顔の洋太を見て、優奈は周りの喧騒がやむような錯覚を覚えた。


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