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 アジア編ってなっていますがほとんど日本のことです。
 あと、話中に西遊記の話がありますがこれに関するタグ表記などについて一応運営側に確認メールを送っています。ただし、まだお返事いただけていないです。西遊記自体は著作権がとっくに切れているものなのでおそらく問題ないとは思いますが、運営側からの返事しだいでは内容などに変更を入れる可能性があります。

※2012/9/13 運営サイドにメールしてから2ヵ月経ちましたが、運営サイドからの返信がないのでこのままで修正しなくて大丈夫なようです。
稲作と農具の歴史(アジア編)
 農法とか農具の歴史のヨーロッパ編を書いてからだいぶ経っていてアジア編もそろそろ書かなきゃなぁって思ってちょっと重い腰を上げてみた。でもちょっとタイトルが違うんだ。気がついた人もいるとは思うけど農法ではなくてなぜか稲作になっているんだな。だってアジアってヨーロッパみたいな農法らしき分類がほとんどないからさ。有機農法とか不興起農法なんかの農法はあるけど、なんというかアジアの場合はその時代を代表するような農法ってないよね。東南アジアとかは焼畑農法からいきなり近代的な農業とかになっちゃっているしね。だからちょっと稲作の歴史を混ぜてみることにしてみました。

 まず稲作の発祥の地は中国になるのだけれど遺跡を調べると陸稲の栽培は約一万二千年前頃から行われていたことが分かったらしい。ちなみに水稲については七千年前からだとか。陸稲の栽培のほうが歴史が古いんだね。でも、よく考えたらそうなるよね。畑に種を蒔く陸稲より水田を作らなきゃいけない水稲の方が手間がかかる。水源を確保して水路をひく必要だってある。畑作よりも水田はより高度な灌漑技術が必要だ。しかも陸稲と水稲の違いは畑で栽培か水田で栽培という単純な違いだけではない。水田で育てた水稲のほうが品質が良い米が取れるし収穫量も多い上、連作障害になりにくいんだ。逆に陸稲の場合は水稲と違って田植えなどの手間が掛からない分少し楽だということがあったり、陸稲の品種によっては水稲より稲の罹る病気(例としていもち病など)に強かったりするようだ。ただ陸稲は連作障害のことを考えると同じ場所で栽培する場合、一度栽培したら2~3年間は間隔をあけてから栽培する必要があるらしい。あと、これは意外だなと思ったのは陸稲のほうが水稲より乾燥に弱いらしい。でもよく考えると乾燥に弱いっていっても、常に水を張っている水田での栽培と違うから水遣りはまめに気をつけろという話のような気が、個人的にはしなくもないかな?
 ちなみに現代の日本などのアジアの国だと水稲が主流で陸稲を作っている地域はごく限られた地域だけだけどアフリカあたりでは違っていたりする。アフリカでも稲作が行われているがアフリカは基本的に乾燥地帯なので水田にする為の水の確保が難しいので逆に陸稲のほうが主流らしい。確かに水田だと常に水を田んぼに張っていなきゃいけないからね。この辺りは設定したファンタジー世界の気候と照らし合わせて考える必要があると思う。現代日本だと北関東や南九州の一部地域で陸稲の栽培がされているそうなんだけど栽培されているのはもちに分類される品種が主らしい。(現代日本で栽培されていないだけで陸稲にもちゃんと粳米(うるちまい)の品種があるよ)

 そういえば考えたら稲作だともちうるちの違いもあるよね。ちなみに糯米もちごめは主にアジアで栽培されていて基本的にはハレの日に食べるものというのは共通らしい。
 ちょっと脱線するけどお米の調理の仕方って国や地域、時代によってかなり違ったりするよね。日本だと稲作が始まった初期の頃はお米を茹でるというか煮る感じで調理していたらしい。弥生時代辺りになるとお粥かあるいはお米を蒸して食べていたんじゃないかといわれている。奈良時代は玄米をかなえと曲物のこしきを使って蒸していたらしい。平安時代くらいになると強飯こわいいといって玄米を蒸して調理するおこわ方式の調理が主流で、たまに姫飯ひめいいっていってやわらかいご飯を食べたり汁粥しるがゆを食べたりしていたんだよね。ちなみにこの姫飯って水分の少ない固粥かたかゆが基になったものらしい。そのあと鎌倉時代辺りになってから釜を使ってご飯を炊くようになったとか。日本では「茹でる→蒸す→炊く」という順番で進化していったんだね。あと昔の人たちが基本的に食べていたのは玄米で、白米が比較的に良く食べられるようになったのは江戸時代になってからなんだよね。(江戸時代よりも前の時代でも白米を食べていたけどそれほど一般的なものではなかったみたい。例えば戦国武将などが合戦の際に消化の良い白米を食べていたなんて話もあったりはする) しかも江戸時代に白米を食べることができた人たちってお殿様とかの金銭的に恵まれた階級の人間か、あるいは江戸とか大阪とかの大都市住民が主で、地方の農民とかは玄米が普通だったから気をつけないといけないね。それから庶民は昔から米に麦だのひえだのあわなどの混ぜ物をして食べていたのはみんな大体知っているよね。
 あと日本以外の国の話になると、タイとかベトナムとかの東南アジアや中国などのインディカ米を食べている土地の場合は、湯取り法といわれる方法で茹でてご飯を用意するのが昔はスタンダードだったらしい。湯取り法というのは米と米の3倍から5倍くらいの量の水(あるいはお湯)を鍋に入れて数分間(だいたい5分くらいで食べてみて芯がなければ良いみたい) 茹でてから、ざるにあけてお湯を切ってふたをしてしばらく蒸らす方法で、この方法で炊くと暑い夏場でもご飯が傷みにくいんだそうだ。でもこの湯取り法という方法は日本や韓国で食べられているジャポニカ米にはあまり向いていないようだ。何でも茹でているときにお粥になっちゃって失敗しやすいみたい。ただし、日本でも江戸時代の農民などは夏場の暑い時期にこの湯取り法を使ってお米を炊いていたみたいだね。きっと傷みにくいっていうのが大きな理由なんだろうなぁ。今は湯取り法じゃなくて炊飯器で炊く人が中国とかタイでも増えているようだけどね。たまにそれらの国の人がTVのニュースで日本に来て炊飯器を買っている映像を見るし。日本の炊飯器って結構人気があるんだってね。でも考えたら炊飯器でご飯を炊くほうがつきっきりで見ていなきゃいけない鍋よりも楽なんだよね。
 そういえば前から思っていたんだけど、異世界トリップ主人公がお米を入手する場合があるよね。彼らがお米を普通に炊けているのは何でなんだろう? 中世ヨーロッパ風異世界とかの場合には、米の流通や保存の事を考えると、入手できるお米があったとしても高確率で玄米あるいは種籾状態だと思うんだけどなぁ。そもそも白米の場合は精米時に残っている糠の油分が酸化しやすくてすぐに風味が落ちるので長期保存には向いていないんだよね。あと玄米を炊く場合、白米に比べて給水時間がかかるし、水の分量は多めにしなきゃいけないし、普段から炊きなれていなけりゃ失敗しそうなんだけどなぁ。ついでに手に入るお米がジャポニカ米のような短粒米じゃなくってインディカ米のような長粒米の可能性だってあるんだけど、大概その辺について書かれていないよね。世界的にはジャポニカ米を食べている地域の方が少ないくらいだから異世界でもその可能性が無くはないはずなんだけどね。何でだろう? とりあえずその辺の描写について気をつけたほうがいいと思うんだ。自分みたいな食いしん坊の人間からすると結構気になるんだよね。

 それでもってそもそもの本題の農具の話になるんだけど、稲作が日本に伝わってきたばかりのいわゆる古代のころだと木製のくわを作って土を掘り起こして、ゴロ土みたいな塊は木槌きづちで粉砕して細かくして整地して農業をしていたんだとか。それから奈良時代になって鍛造技術が日本に伝わってくわかまが砂鉄から作られるようになったらしい。製鉄技術とかってやっぱり特殊な技術で簡単に習得できるようなものではないから鉄製農具が作られるようになったといっても普及にはそれなりに時間がかかったと自分は思う。最初は限られた人たちのみ鉄製農具を手にできたのが徐々に広まっていったんだろうな。
 あと話がそれるが鎌に関しては石で作られたものが弥生時代からあったみたいだ。確かに鎌は収穫に必要だよね。また、鎌は一揆などのときに武器として使った歴史もあるらしい。農具兼武器って結構多いんだよね。熊手なんかも平安末期頃から武器として使われたとかいうし。(熊手は武蔵坊弁慶の7つ道具の一つ) といっても武器の熊手は長柄に鉄の爪をつけたもので全部竹で作っている熊手とは結構別物みたいだけどね。ちなみに中国でも熊手の一種のといわれる農具があってこれも武器として使われたという歴史がある。明の時代には武器として使われるようになったらしい。このという武器は西遊記の猪八戒が使っていた武器として有名だ。(猪八戒の武器は上宝遜金鈀(じょうほうそんきんは)という) それからくわすきも武器として使われた歴史がある。また中国にすきに似たスコップ状の農具でさんというものがある。これも明の時代になって禅杖ぜんじょうといわれる武器になった。要するにさんってお坊さんの武器だったんだ。また、中国ではこのさんは西遊記の沙悟浄の武器として有名だったりする。(沙悟浄の武器って厳密には降妖宝杖(ごうようほうじょう)っていって三日月状の刃がついた杖なのでちょっと違うんだけどね。中国人がイメージする沙悟浄の武器は月牙鏟(げつがさん)という三日月状の刃のついた(さん)らしい。沙悟浄ってお坊さんの妖怪みたいなものなのでお坊さんの武器の(さん)がイメージされるのかな)

 話は西遊記から農具に戻るけどあと日本の農業で重要なのって牛などに引かせるすきと千歯扱きとかかな。 すきはヨーロッパではプラウという名前で呼ばれるんだけど結構歴史が古い。日本には中国から大化の改新の頃に渡来したとかで正倉院にそのころのすきが収蔵されている。中国では紀元前6世紀ごろ、すでに鉄製のすきが存在したらしい。他のメソポタミアだのエジプトだのの地域は同じ時代に木製のすきがやっとだったりするのに中国ってすごいな。
 あと千歯扱きの方は元禄の頃に考案された日本独自の脱穀機になる。米用と麦用がそれぞれあるんだそうだ。木の台の上から鉄あるいは竹の櫛状の刃がつきでたもので民芸博物館とかに行くと現物が見られる。米は千歯扱きにかけるときれいに種籾と茎などとが分かれるけど、麦は穂の部分が首からボトッと落ちるらしい。だから米は千歯扱きのみで脱穀完了だけど、麦はさらに叩いて脱穀する必要があるんだとか。ちなみにこの千歯扱きが開発されるまでは扱箸こきばしという道具でしごいて脱穀を行っていたんだ。箸ってなっているけどネットで写真を見た限り、箸というより竹を半分に割ったものを縄で固定した道具でその割れ目に稲をはさんで脱穀って感じだった。正直、扱箸こきばしはすごく能率が悪そうだった。
 それから千歯扱きで脱穀した後なんだけど、いて籾殻を取る必要がある。その作業を「もみすり」って言うそうなんだけど、江戸時代に土臼どうすという道具が中国から入ってくるまでは立臼たちうすと杵を使っていていたんだとか。土臼どうす唐臼からうすとか籾磨臼もみすりうすとも呼ばれていたらしい。土臼どうすは上に種籾を入れる部分がついていてその下に臼があって臼の部分に木の棒のような押し引きできる止まり棒がついていて2~3人がかりでその木の棒を押し引きして臼を回転させることによって籾殻を取って玄米にしたらしい。これは結構重労働だと思う。これも民芸博物館へ行くかあるいはネットで検索すればどういうものか見られると思う。
 その後、玄米と籾殻をふるって分ける必要があるんだけどこれは古くはをつかって行われていた。江戸時代の中ごろに中国から唐箕とうみといわれる道具が入ってくるまでは箕を使って手で振るい分けていたらしい。唐箕は上の方に籾殻と玄米が混ざった状態のものを入れる漏斗がついておりその横に風車がついているといった形のもので、風車の風で籾殻とか藁くずを吹き飛ばして玄米をより分けたんだとか。
 さらに玄米を白米にする場合は足踏み式の台唐だいがらという臼を江戸時代になってから使っていたらしい。この足踏み式の臼が使われる前は普通の杵と臼で精米したんだとか。正直、玄米にするだけでも大変なのに白米はさらに面倒だなぁ。やっぱり元々お殿様とかのお大尽だいじんが食べていた食べ物だよね。
 
 あと書くとしたら稲の育て方とかだけど、これは日本人なら大体の人が基本的な作業は分かっているよね。とりあえず下に簡単な手順を載せておくね。それから稲作風景を描写する上で特に気をつける点があるとすれば現代と昔では田植えの時期が違うから色々季節がずれてくるぐらいかな。現代は稲の品種改良が進んでいるから昔より田植えの時期が早いんだよね。昔は場所にもよるけど大体5月半ばから6月前半頃に田植えしていたのが、現代だと4月に植えるところとかがあるらしい。現代では早く植えるから早く収穫できるんだ。現代の田植えが早くなったのは台風除けとかいろいろ理由はあるらしいけど、時代劇とか書く場合には季節にちょっと注意が要るよね。

~~~稲作りの手順(昔の水田の場合)~~~
①田おこし、しろかきをする。具体的にはまず田んぼの土を掘り起こして細かくする。田んぼに水を入れて肥料を投入する。肥料を入れたら土を平らになおす。昔は鋤や鍬で手作業で行っていた。あと牛などに犂を引かせて耕した。肥料はレンゲソウ(江戸時代の初期に中国から渡来したらしい)を緑肥として使ったり、下肥(14世紀ごろから下肥が肥料として使われるようになったらしい。室町時代辺りからってことだね)を入れたり、江戸時代だと金肥きんぴといって魚粉を入れたり自然のものを利用していた。

②苗を作る。種籾から苗を作成する。苗を作る用の苗代と呼ばれる田んぼがあった。1ヶ月くらいかけて苗を育てていたらしい。

③苗を田に植える。昔は手作業で植えていたから重労働。

④草取りや肥料遣り、虫取りをしたりしつつ、水が切れないように水の管理をしながら稲の成長を見守る。草取りはもちろん人の手で行われた。水遣りは踏車とうしゃを使って田んぼに水をいれたり(踏車は江戸時代の中期以降一般に普及した。水路に設置して使う足踏み式の揚水機のことをいう)、人の手で桶で汲んだ水を田んぼに入れたりしていた。

⑤米が実って全体的に黄金色に色づいたら稲刈りする。刈った稲は束ねてよく乾燥させる。昔は当然、鎌で稲刈り。

⑥脱穀、もみすりをして玄米にする。

 
 とりあえず、以上で稲作と農具の歴史についてはお終いです。参考になればよいのですが。
 
 

 とりあえず、自分が書けるもの、及び、書きたかったものは書ききったと思うのでこれで完結したいと思います。
 拙い作品ですがお読みいただきましてありがとうございます。


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