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プレリュードと駆けた日々 第28話 祖母の死

第28話 祖母の死〜 21歳、盛夏。 〜



土曜日の明け方。

オレは現像所のアルバイトを終え、その職場の仲間達と、部屋で呑んでいた。

工場のいちアルバイトとはいえ、その職場で一定の権限と責任を与えられて、社員と同等の業務を任されている立場にいたオレ達は、業務の効率化や、後輩の育成に為すべきことなどを熱く語っていた。
オレは、だまって二人のやりとりを聞いていた。

工場内の機材を全般的に扱える佐野は、自他もに認める中卒の叩き上げに、その気性の激しい性格も手伝って、普段の仕事っぷりは後輩アルバイトを精神論で鍛え上げる典型的なタイプだ。

「バイトとは言っても時間がきたら、ハイお疲れ様でしたで帰っちまうようなヤツらがごろごろ居るばっかりで、ちっとも機材のメンテナンスを覚えようとしない。仕事が終わった後に、ベアリングの調整のひとつでも覚えて帰れば、何でプロセッサのアラートブザーが鳴るかも判るようになるし、能率も上がるだろう。」

それに対し、新人アルバイトに信望の熱い長谷川が反論した。
「オマエの言うやり方では、本当に骨のある真剣度の高いバイトしかついて来ない。今時の大学生にモチベーションを求めるには、もっと身近なやり方があるんじゃないだろうか。」

「そんな好いやり方があるなら、とっくにやっているさ。しかしオレ達が一日12時間以上もバイトしているせいか、新人はトラブルが起きたときに、社員よりオレ達を頼ってきている。」

「いい事じゃないか。そうやって関係を醸成していって・・」

「長谷川君は人当たりが良いからそういう手段が取れるさ。オレなんか人相悪いからさ。」

黙って聞いていたオレも、そのうちに参戦し、
「誰が見てもわかるような、統一化された手順を作ればいい。例え外国人就労者が入ってきても、すぐに仕事が出来る様なテンプレートを。それから、モチベーションを高くするために、時間あたりの処理本数のノルマを握ろう。どうすれば数字目標が達成出来るかを身をもって考えるようになるし、数字が理解できれば工場の売り上げを理解するのも時間の問題だ。コスト意識も芽生えるかもしれんしね。」


いつの間にかミーティングに変わってしまった飲み会の場が、小一時間ほど経った頃..


入電



着信相手を見たオレは、
「あれ?オヤジからだ。もしもし?」

「お、父さんだ。実は穂高のお婆ちゃんの具合が良くないんだ。朝早くから悪いんだけれども、おまえ、今からこっちへ帰って来られるか?」
母方の祖母がここのところ人工透析を定期的に繰り返していて、少々元気がないことはオレも知っていたが、まさか、症状がそんなに急転をするとは、さすがに予測もしていなかった。
「こっちは大丈夫だ。今からすぐに出る。」
電話を切ったオレの顔色を見た二人は、事情をすぐに察したのか
「ながせ、大丈夫か?少し酒も入っているだろうし。電車で帰った方がいいんじゃないのか。」
「いや、この時間じゃ特急のダイヤも大してないだろうし、向こうで電車を降りてからの交通手段がまったくないから不便だ。熱いシャワーでも浴びて、抜いていくよ。」

そう云いながら、オレは二人の目の前で、もう、トランクスを降ろしていた。









幸い、早朝の首都高速は空いていて、プレリュードはすぐに4号線へと抜けられた。










さっきは二人の目の前だったから、普段どおり装っていたが、いざ一人で運転をしだしてからというもの、脳裏に婆ちゃんの顔が浮かんでは消え、また浮かんでは消え、そしていつもオレを気遣ってくれた声を思い出し、、、

オレは悪い方へ考えるのはやめて、ギアをひとつ落として、回転数をあげた。













お袋の実家についたオレを見て、親父が縁側から迎えに出てきてくれた。
すぐ横の台所で、親戚一同の女手が総出で、慌しく通夜の支度を始めているのが見えた。

「そういうことだね。」
「あの後、オマエに電話をしたすぐ後だったんだがな・・」
「とりあえず、顔をあわせさせてもらうよ。」
「そうだな。きっとお婆ちゃんも、慌てて飛んでくるオマエを心配していただろうから。報告だけは済ませておくといいな。」





オレは婆ちゃんと親戚一同にひととおりの挨拶を済ませた。
こんなシーンでは男のやることは大してなく、そのうちに、手持ち無沙汰になってしまう。
爺ちゃんと婆ちゃんがよく世話をしていた、家の裏の畑のビニールハウスに、自然に足が向いた。

オレは思い出していた。

オレがまだ10歳に満たない頃、お袋が体を壊して数ヶ月ほど入院したときに、婆ちゃんがお袋の代わりに世話をしてくれた時期があった。
当時のオレはやんちゃで、家の中のモノを壊したり、書道の墨汁を溢して絨毯を汚したりなどは、しょっちゅうだったが、婆ちゃんは注意はするものの、決して激しく怒りはしなかった。しかし、友人と喧嘩して相手を傷つけたり、他人に迷惑がかかるような悪戯をしたときには、それは恐ろしく叱られた。

婆ちゃんは、厳しさと優しさ、そして何より周りに対する思いやりの心を、常にオレに教えてくれた。




そこへ、お袋がやってきた。


「お袋・・・」
「お婆ちゃんに挨拶、した?」
「あぁ、安らかな優しい顔をしていたね。あの表情を見て、少し救われたよ。」
「そうね。あとは私達がしっかりやらなくちゃいけないわよ。」
「今夜が御通夜で、明日が告別式になるそうよ。しかしお婆ちゃんてものね。今日が土曜日だから、初七日も四十九日も、ずっと週末になるでしょう。親戚のみんなが遠方から来やすいように、ちゃんと週末を選んで旅立ったのかも知れないよ。タダでさえ透析で相当に辛いのに、きっと最後まで周りに気を使ったのね。」
「婆ちゃんらしいな・・」
「そういえば、あなた、横浜から飛んできて疲れたでしょう。しかも、どうせ寝ないでバイトしてたんでしょう?奥の部屋で少しでも横になって休んだら?布団敷くわよ?」
「いや、いいよ。それより何か手伝えること、ないかな?オレ、葬儀って慣れないから勝手が判らなくて・・」「ありがとう。じゃ、とりあえず、もうじき神奈川のおじちゃん達も着く頃だから・・・・あんたも横浜から来てるワリには早いわね。もう、どうせ飛ばしたんでしょう?・・・・おじちゃん達が着いたら、お話相手になっていてちょうだい。」
「あぁ、そうするよ。それでも、もうしばらくここに一人で居てもいいかな?」
「そうね。落ち着いたら戻ってきたらいいわ。」

婆ちゃんは最後まで思いやりを持って生き、そして婆ちゃんの思いやりの心を、きちんとお袋も受け継いでいた。
そんな母子に育てられたオレは、とても幸せなことだ。



お袋が部屋へ戻ったころ、ビニールハウスの裏で、オレは声を殺して嗚咽した。






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