プレリュードと駆けた日々 第16話 リスタート
第16話 リスタート〜20歳、春。 〜
ATMからお金をおろして、反対車線に停めていたクルマに戻ろうとした時だった。
30代なかばと思われる男性に、おれは声をかけられた。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
丁寧な物腰の喋り方をするその男性は、身に着けている物もみすぼらしく、髪も洗っていない様子の
言うなれば路上生活者だった。
「なにか?」
「すみません、実はお金を貸していただけないでしょうか。」
今、ATMから出てきたところを見られていたのかもしれないが、オレは話だけ聞くことにした。
「貸す?何に必要なんですか?」
「実は今私はこんな生活をしていますが、きちんと働きたいと思い直しています。ただ、こんな身なりでは雇ってくれるところも なくて、せめて床屋に行く金だけでもお借りしたいと思いまして。」
「ということは、既にどこかで働き口を探して、断られたということですか?」
「・・・・・はい」
以前に新宿西口の高速バスロータリーで、同じような風体の人に話しかけられた事があったのをオレは思い出していた。
あの時は、たった500円玉一枚を求められたが、その男のスタンスが気に入らなかった。
歳にしたら自分の父親よりも上であろう、大の男が
「ここのところ数日、何も食べていません。パンを買えるだけでいいんです。」
酒の匂いをプンプンさせながらそう言う男の目は、完全に死んでいた。
おれは当時20歳にもなっていなかったが、思わず言ってしまった。
「おいオッサン、そうは言っても酒を飲む金はあるんだな。腹が減ってるなら自分で稼いで食ってみな。」
オレも学生の分際で偉そうだったが。しかし、そう言った事を自分で後悔はしなかった。
数分して出発した高速バスの窓ガラスの外を見ていた、オレの目に飛び込んできたのは、
そのオヤジがワンカップを自販機で買っている姿だった。多分ほかの誰かからもらったのだろう・・・
バブルが弾けた日本とはいえども、その気になればこの国で人ひとり食うにはまだまだ困るワケがない。
これから大人になってこの社会を形成していく一人となるにあたり、オレは考えさせられた。
しかし、今日のこの男性の目は、死んではいなかった。(と思う)
だからオレは、
「こう言っちゃ失礼ですが、床屋に行くだけじゃ中途半端でしょう。銭湯でも行って匂いだって取る必要があるし、
その服も洗濯したり・・・・ん・・破れてますね。足りないかもしれないけど、準備に使ってください。返さなくていいよ、返済を気にしていたら、あなたも仕事にうちこめないでしょうから。」
財布から、紙幣を一枚取り出した。
「再出発、軌道に乗るといいですね。」
ミラーでふと見ると、その男性はいつまでも頭をさげてくれていた。
あなたはどう感じるかわかりませんが、私は彼を信じたいと思います。
こんなご時世だから、こそ。