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新しい辞書のかたち「コトバノチカラ」

さまざまな分野で活躍する方々に、「言葉がもつ力」「言葉の魅力」について語っていただきます。


第2回[インタビュー]加藤嘉一氏

加藤嘉一(かとうよしかず)

1984年静岡県生まれ。
英フィナンシャルタイムズ中国語版コラムニスト、北京大学研究員、慶応義塾大学SFC研究所上席所員、香港フェニックステレビコメンテーター。
2003年高校卒業後単身で北京大学留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。年間300本以上の取材を受け、200本のコラムを執筆。自身のブログは2008年3月開設後、3ヵ月で500万、半年で1000万、現在5700万アクセスを突破。中国版ツイッター「新浪微博」のフォロワー数は約80万人。
中国で多数の著書を出版する一方、日本では最新刊『われ日本海の橋とならん』(ダイヤモンド社)などを出版。2010年、中国の発展に貢献した人物に贈られる「時代騎士賞」を受賞。
加藤嘉一オフィシャルサイト


北京に在住し、現地メディアでコラムニストやコメンテーターとして活躍する加藤嘉一氏。いまや「中国でもっとも有名な日本人」と呼ばれる新進気鋭の論客だ。辞書をこよなく愛し、北京大学留学後わずか半年で中国語をマスターしたという彼は、いったいどんな“辞書ライフ”を送ってきたのだろうか。

■辞書ほど面白い読み物はない

もし、無人島に持っていくものがあるとしたら、小説でもCDでもなく辞書ですね。辞書さえあれば、1年間は退屈しないで暮らせる自信があります。こんなに奥深くて面白い読み物はないと思ってるし、たとえばこの中日辞典にしても、100回以上は読み通していますよ。辞書の魅力? うーん、やっぱり“出会い”でしょう。たまたま開いたページに、調べるつもりもなかった単語が載っている。新しい知識が待っている。これって、ひとつの出会いですよね? その意味で、電子辞書にはあまり魅力を感じません。調べたい単語だけが表示される電子辞書には、偶然の出会いがありませんから。時代がどんなに変わっても、紙の辞書には残ってほしいですね。

加藤嘉一

■0円でも語学は習得できる!

いまでこそ中国語で夢を見ることもあるほどですが、北京大学に留学した当初はまったく中国語が話せませんでした。それこそ「ニーハオ」程度で、観光客以下だったと思います。でも、半年も経った頃には中国人と間違えられるレベルにまで上達しました。お金もなかったし、知り合いもいない。完全な独学ですよ。中国語学習で、辞書以外に使ったお金はほぼゼロだと思います。
じゃあ、どうやって中国語を身につけたか? まず売店のおばちゃんをつかまえて、早朝から合計8時間もしゃべりまくる。続いて警備員のおじさんにもらった『人民日報』を隅から隅まで読み尽くす。そして当然、辞書の徹底活用。この3つです。中国に渡って最初の半年は、朝から晩まで中国語漬けの毎日でしたね。

語学を学ぶ上で大切にしているのは「忘れることを恐れない」という意識です。たとえば100ページの内容を10日間でマスターしたいとき、多くの人は1日10ページずつ完璧に覚えようとします。でも、僕は毎日100ページ全部を読む。細かい単語を忘れてしまってもいいから、とにかく毎日最後まで読み通すんです。そうすると全体の流れを理解できるし、結果的にたくさんの知識を身につけることができます。完璧主義だと疲れるし、長続きしませんよね。

加藤嘉一氏

『例解学習国語辞典』を見ながら、もっともビビットに反応いただいた項目は「値切る」。「僕、値切るのチョー得意です!」とすがすがしい一言をいただきました。

加藤嘉一氏

ちょっとオタク入ってるかも…と自嘲しながらも辞書愛は尽きず。取材時間をオーバーするほどの熱さで語っていただきました!

中日辞典

中日辞典 第2版(小学館)

中日・日中辞典

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中日・日中辞典(小学館)

■“知ってる単語”に目を向ける

辞書って、なにかを調べるために開くより、目的もないまま開くのが楽しいんですよ。適当なページを開いて、なんとなく目に入った単語をノートに書き取る。次にその単語を使った例文を考えてみる。そして最後に例文を音読する。……こうすればゲーム感覚で楽しめるし、「読む、書く、話す、聞く」のすべてが鍛えられるでしょ?
このとき心掛けているのは、辞書にある“知らない単語”の数なんか気にしないこと。辞書を丸暗記するのなんて不可能なんだから、知らない単語がたくさんあるのは当たり前。むしろ大切なのは“どれだけ知っているか”です。そして、「おっ、この単語は知ってるぞ。俺ってすごいな、こっちも覚えてる!」と自分を褒めながら読む。ちょっとお調子者みたいですが(笑)、褒めて伸ばすのが学習の基本ですからね。

■中国で知った日本語力の大切さ

中国語をマスターする上で実感したのは、語学の基礎となる日本語力の大切さです。正直な話、高校までは国語が大の苦手で、本さえまともに読みませんでした。英語が得意で、将来は海外で勝負すると決めていたから、国語なんてどうでもいいと思っていたんです。でも、英語にしろ中国語にしろ、第二言語が第一言語より大きく育つことなんてありえないんですね。ちょうど、水とコップみたいな関係です。もっとたくさんの水(中国語)を注ぎたければ、いまよりも大きなコップ(日本語)を用意するしかない。母語という大きなコップがあってこそ、たくさんの水が注げるんだ。その事実を痛感して、中国に渡ってからは日本語の小説や専門書も山のように読むようになりました。

■辞書は本棚にしまわない!

辞書をもっと身近な存在にするポイントは、辞書の“置き場”にあるんじゃないかと思います。辞書を書斎や勉強部屋の本棚、しかもいちばん取り出しづらい場所に置いている人って多いですよね。これだと、なかなか辞書に手を伸ばそうという気にならない。
僕はいつも机の左手、パソコンの脇に3冊の辞書を並べて置いています。手前から中日辞典、英和辞典、日中辞典の順です。理由は、いつも使うものだし、そこにあればすぐに開けるから。そして左手で辞書を開き、右手でノートをとる。もう毎日の習慣になってるので、気がつくと無意識のうちにページをめくっていますね。好きなんですよ、あの辞書特有の紙の手触り、ページをめくる感覚が。

以前「ボールは友達」という名ゼリフを残したサッカー漫画がありましたが、僕にとっての辞書は、まさに苦楽を共にした親友であり戦友です。そんなに大切な友達を本棚にしまうわけにはいきません。いつでも一緒に遊べるよう、机や旅行鞄のベストポジションを用意しているんです。

われ日本海の橋とならん

われ日本海の橋とならん

ダイヤモンド社刊/196P/1,575円

中国でもっとも有名な日本人、加藤嘉一氏渾身の新刊。中国で日常を過ごしているからこそ見える中国の問題点や、中国人とのつきあい方の大切なコツをえがく。さらに、日本は今後、どうあるべきなのかといった大きなテーマにまで切り込みます。日本人が知りたいことを、若々しいスマートな視線でとらえた作品。読むと、誰かと日本を語り合いたくなる、アツイ一冊です。もちろん、驚異の辞書を使用した言語習得方も載っています!

文/古賀史建(@fumiken)、写真/加藤貞顕(@sadaaki)、協力/ダイヤモンド社