◇藻谷浩介氏からの反論◇
前回までのような分析(「人口減少デフレ論の問題点(上)」、「人口減少デフレ論の問題点(中)」、「人口減少デフレ論の問題点(下)」)に対し、藻谷浩介氏から以下のコメントを頂きました。
拙ブログ『高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門』2010年7月15日 藻谷浩介その1 『デフレの正体』角川oneテーマ21にいただいたコメントです。(数字は筆者挿入です)
そんなことはわかってますが
わかってますよ。ですが、対外債権が積みあがっていることすら知らない人が余りに多いので、このように書いているのです。問題は内需が減少する一方のために、対外債権が幾ら積みあがろうと国内投資も増えないということですよね。その原因は、あなた方の言っているコンベンショナルなマクロ経済学で解けるのですか? 日銀がインフレ誘導すれば内需は増加すると? あなたは、7章と8章をどう読んだのか? そんなことはとっくに知ってたのですか?
1)三面等価なんて、資産が腐る世界では意味がない、そのことをわかって使っていますか? 「自分は経済学を知っている、こいつは勉強していない」、そんなつまらない矮小なプライドでモノをいうなってんですよ。経済学なんてどうでもいいのです。枠組みはどうでもいい。
2)対外資産が積みあがるだけで何の役にも立たない、なんて老人の繰言を言うな! なんとかしようと考えないのか? あんたみたいなあたまでっかちしかいなくなったから、自慢できることが実践ではなくて理論だけだから、日本はだめになるのだ。くやしかったら、自分の実践を少しでも語ってみろ。
3)対外資産の増加を国内に少しでも還元する努力をしてみろ。そうでなければ外国に引っ越せ。
4)あるいは早く死んで子供に財産でも残せ。そういうことです。
言い直します。それだけ理解力があるのであれば、実践力もあるはずだ。早く正道に戻ってください。
このうち、
2)対外資産が積みあがるだけで何の役にも立たない、なんて老人の繰言を言うな!
3)対外資産の増加を国内に少しでも還元する努力をしてみろ。
については、こちらの寄稿で、いままでに解説したとおりです。
つづいて、
1)三面等価なんて、資産が腐る世界では意味がない、そのことをわかって使っていますか?
4)あるいは早く死んで子供に財産でも残せ。
についてです。
◇資産が腐るとは?◇
「資産が腐る」と藻谷氏がいうのは、何を意味しているかを説明します。
…高齢者富裕層が死蔵している貯金のいささかでも若い相続人の手に渡って消費に回せれば…」「ターゲットは、繰り返しますが、1400兆円の多くを死蔵している高齢富裕層です」「日本には…国債になっている分を除いても400兆―500兆円の個人金融資産があります。…皮下脂肪が十分たまっていて、絶食してもそうそう10年、20年で飢え死にするようなことにはならない
と、高齢者が中心に貯めている1400兆円の個人資産が「有効活用されない=腐る」といっています。この1400兆円の資産(貯蓄)を消費に回して、日本の経済成長率(GDPがアップすること)を達成しようというのですが・・・。
藻谷氏によると、
決して無理な話ではありません。14兆円というのは1400兆円超の個人金融資産のたった1%ですよ。毎年その額を使っても100年分の貯金があるのです。…彼ら自覚なき強者=高齢者富裕層から、若い世代への所得移転を促進すべき」
「彼らが中心に保有している日本人の金融資産の1%、14兆円でも企業努力でモノ購入に向けさせることができれば、政府の景気対策の何倍もの効果がある」「ここでお話しているのは日本経済の活性化策、具体的には個人消費の増加策であって…高齢者が死蔵している貯金のいささかでも…消費に回れば…
じつはこれは無理なのです。
◇1400兆円を、GDPにまわすことは不可能◇
まず、1400兆円の個人金融資産とは何か、説明します。日本国の、三面等価の図をみて下さい。
この、民間貯蓄Sの最大の担い手が、「家計」です。その累積が、1400兆円になっています。
これが、企業に、国に、外国に貸し出され、日本の「国富」になっています。
つまり、Sは、わたしたち家計の消費者に代わり、別な家計・企業・政府・外国が、代わってモノ・サービスを消費していることです。住宅ローンを使って建てた自宅や、食堂の冷蔵庫、ビルの鉄筋や、ダム、港湾、道路、外国の工場などに投資されています。
ポイントは、わたしたちの「貯蓄S」は、すでに、総生産物(モノ・サービス)=実物資産の購入に充てられているということです。だから「国富(ストック)」といい、対外資産(EX−IM)も国富に入るのです。日本の国富は2,787兆円(07年 国民経済計算年報)になっています。
と同時に、家計の1433兆円の資産は、右側の負債、たとえば、企業の借り入れ・株式・社債、家計の借金、そして政府の借金(公債)に回って(使われて)います。上記表の金融資産5515.1兆円は国富には含めません。
『政治・経済資料 2010』(201頁、とうほう)をみてみましょう。
国内の金融資産は、国内に借り手と貸し手が存在し、債権(資産)と、債務(負債)が相殺されるため含まない。
ここから、「14兆円というのは1400兆円超の個人金融資産のたった1%ですよ。毎年その額を使っても100年分の貯金」といって、消費に回すということは、その14兆円分、負債を強制的に返済してもらうということ(貸しはがし)になります。あるいは、家計が手放した債権を、誰か(政府・企業等)が肩代わりするということです。
表をみて分かるように、政府も企業も負債が多いのです。いきなり14兆円分の債権を増やす(家計の肩代り)のは不可能です。
たとえば、家計が14兆円分の預貯金を引き出すとします。それは、14兆円分の「国債」が金融機関によって市場に放出されることです。あるいは、株や社債が14兆円分、市場に放出されるということです。こんなことをすれば、「国債」「株」「社債」は価格下落します。
ましてや、14兆円ずつ毎年「その額を使って」というのは、毎年、「政府と企業」を売りつづけることです。そうなれば、価格下落ではなく、「暴落」になります。さらに、外国への債券を回収すれば、円買いドル売りで、円高になります。
慶応義塾大学教授・池尾和人氏の「家計金融資産『活用』論への違和感」を引用します。http://www.vcasi.org/node/542
しばしば『わが国の強みは1400兆円にも及ぶ家計金融資産が存在することであり、それを経済成長のために有効活用すべきだ』といった見解が述べられることがある。しかし、筆者自身は、この種の見解には違和感がある。
…われわれ個々人は国債を買っているつもりはなくても、銀行に預金したおカネで、銀行が国債を買っているので、家計の貯蓄は財政赤字の穴埋めに使われている。実質的に家計純金融資産の約5割が有効活用されずに、国債保有に充当されている…。
有効活用しようということで(あるいは老後の生活をまかなうために)、この分の家計金融資産が取り崩されだしたら、大変なことになる。その分の国債を代わりに保有してくれる者が見つからなければ、国債相場は暴落するしかなくなる。
一人ひとりの個人にとっては、国債購入は貯蓄で、それを取り崩して自由に使うことができる。しかし、社会全体としてそうすることは不可能である。ある個人が取り崩せるのは、別の誰かがその分の国債を保有してくれる限りにおいてである。それゆえ社会の全員が一斉に取り崩して他の用途に使うことはできない。
ところが、こうした個人の観点と社会の観点からの違いは、一般には正確に認識されていなくて、ある種の「財政錯覚」が存在しているとみられる…。
われわれが消費せずに貯蓄を増やすと、企業はモノ・サービスが売れないので、生産を縮小したり、値段を下げたり、新たな投資を控えます。GDP(国内総生産)が減ります。GDPが減るので、われわれの所得(給料)も減ります。所得が減ると、ますますお金を使うことが出来なくなります。社会全体の経済が縮小します。これを不況といいます。
このように、個人的(ミクロ的)には、「貯蓄を増やそう」というのはよい選択かもしれませんが、社会全体からみたら(マクロ的に)、全体の所得(GDI)が減って、かえって全体の貯蓄量が減ることがあります。これを経済学では、「合成の誤謬(ごびゅう)」とか、「節約のパラドックス」といいます。
これと同じで、個人(ミクロ)にとっては、貯蓄を取り崩して消費に回すことは結構なのですが、社会全体(マクロ)でそれを行うと、大変なことになってしまいます。1400兆円を、消費に回すことは、不可能なのです。
菅原晃(すがわら・あきら)
1965年生まれ。北海道公立高等学校教諭。慶応義塾大学経済学部 玉川大学大学院文学部教育学専攻 修士課程。著書『高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門』 『高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門?』。共著『資料政・経2010』東学株式会社 『政治経済パスポート問題集』清水書院、他。
ブログ:『高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門』http://abc60w.blog16.fc2.com/
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