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2013年1月6日(日)付

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アジアの国境―繁栄わかちあう知恵を

 今から100年近く前、北欧を舞台に始まった話である。

 バルト海の北方に浮かぶオーランド諸島。小さな島を全部あわせれば、沖縄本島をひとまわり大きくした広さになる。

 この島々の領有権をめぐってフィンランドと隣国スウェーデンとの間で争いがおきた。フィンランドは古くからの統治の実績を言い、スウェーデンは自国語を日常生活で使う住民の思いを理由にあげた。両国の対立は国際連盟に持ち込まれた。

■北欧の「非武の島」

 1921年6月、連盟の裁定が下った。フィンランドへの帰属を認めるかわりに、島を非武装中立とし、住民の自治を認めるべし――。

 両国はこれを受け入れ、オーランドを「非武の島」とする国際協定が結ばれた。

 当時の国際連盟事務次長、新渡戸(にとべ)稲造は「将来、諸国間の友好関係を妨げる類似の問題が生じた場合、大小にかかわらずその処置の先例を確立することになる」と語った。だが裁定の意義はそれにとどまらない。

 国境はもともと、国と国、人と人を隔てる。しかし2万8千人の島民にとって、いまや国境はあってなきがごとき存在だ。

 むしろ国と国、人と人とをつなぐものにさえなっている。

 海を渡るフェリーの乗客にパスポートは必要ない。島の高校を出た若者の7割が隣国スウェーデンの大学に進む。自治政府のカミラ・グネル首相は「国境を越える人が増えれば島の経済も潤う。あの裁定が私たちを豊かにしてくれた」と話す。

 バルト海南方にあるドイツでも国境の持つ意味を変えようとする努力が払われてきた。

 首都ベルリンから電車で1時間の国境の街フランクフルト・オーデル。第2次世界大戦前、一帯はドイツ領だった。しかし敗戦によってオーデル川の対岸はポーランド領となった。多くのドイツ人が旧ソ連陣営となった地域から追われ、オーデル川を越えてきた。

■歴史問題の清算

 国境の壁に穴をあけようという試みは1970年に始まる。

 旧西ドイツのブラント首相がポーランドなど旧ソ連陣営を訪問し、敗戦後に引かれた国境線を受け入れた。国内には不満があったが、東西欧州の共存と安定を手にするためだ。

 オーデル川沿いのドイツ領にあるヨーロッパ大学を訪ねた。冷戦が終わった後の91年に創設された。「東西のかけ橋」になるとの校是の下に取り組んでいるのが、故郷訪問プロジェクトだ。旧ドイツ領へ帰郷する人々の旅行や通訳の手配を学生たちが引き受ける。国境を超えて人と人とをつなぐ取り組みだ。

 欧州がたどってきた歩みと、東アジアの現状は異なる。

 日本は昨年、領土問題で中国や韓国との対立を深めた。政府間の主張はすれ違ったままだ。新渡戸が関わった裁定をあてはめる条件は整っていない。

 経済グローバル化による相互依存の深まりにもかかわらず、日本の近隣で領土をめぐる緊張が高まる背景には、先の戦争をめぐる歴史問題がある。

 ドイツはナチスの戦争犯罪を全面的に認め、周辺国とともに欧州の統合を引っ張ってきた。

 日本も、過去の侵略に対する反省と謝罪の意をさまざまな機会に表し、東南アジアでは日本への理解が広がった。

 ところが肝心の近隣国との信頼関係は、歴史認識をめぐる一部政治家の浅慮な言動によって何度も揺るがされた。

 中国の台頭による日中の力関係の変化も、双方の人々の意識の溝を広げている。

■不信の構造を断つ

 こうした不信の構造をどうすれば崩せるのか。

 地道な試みは続いている。

 東京大と北京大の学生による「京論壇」というフォーラムがある。双方二十数人の学生が毎年合宿し、英語で討論する。7回目の開催にあたる昨年秋、日中関係は緊張の極にあった。

 それでも学生たちは分科会の一つで、あえて尖閣問題を取り上げた。反日デモが繰り広げられた北京、そして東京と2週間余り、両政府の主張を吟味し、議論をぶつけた。学者の意見を聞き、企業も訪ねた。

 最終的に、相手国の言い分をそのまま認める学生はいなかった。ただ、それぞれの考えが生まれた教育やメディア環境を話すうち、「政府の意見に確信が持てない」という声も出た。報告会では、政府ではなく、学生それぞれの意見を述べた。

 「折り合いは見つからなかったけれど、議論を続けることで相手を理解し、信頼感が生まれた。日中関係を良くするには僕たちがつながっていくことが大事だと思う」。代表の幸松大喜さん(21)はこう振り返る。

 中国やインド、インドネシアなどが台頭する21世紀はアジアの時代だ。軍事対立の道に舞い戻ってはならない。平和と繁栄を分かちあうため、困難を乗り越えていこう。

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