ケイクスカルチャー / 山本一郎
プロフィール
1973年、東京生まれ。96年、慶應義塾大学法学部政治学科卒。2000年、IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作を行うイレギュラーズアンドパートナーズ株式会社を設立。ベンチャービジネスの設立技術系企業の財務・資金調達など技術動向と金融市場に精通。2007年より、総予算100億円超のプロジェクトでの資金調達や法人向け増資対応を専門とするホワイトヒルズLLCを設立、外資系ファンドの対日投資アドバイザーなどを兼務。著書に『情報革命バブルの崩壊』『「俺様国家」中国の大経済』(以上、文春新書)、『けなす技術』『投資情報のカラクリ』(以上、ソフトバンク クリエイティブ)など多数。
ブログ:やまもといちろうBLOG
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この国で結婚をするということ 前編
山本一郎, 子育て, やまもといちろう
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正直、結婚できると思っていませんでした。
だから、自分の遺伝子を受け継いだ子供を儲けることも無理なんじゃないかと思っていました。
もちろん、人間何があるか分からない。明日死ぬかもしれない、殺されるかもしれない、いまこそ健康で幸せであるけれども、今夜、何か起こるかもしれないからこそ、今日をできるだけ精一杯取り組んでいこうという気持ちは独身のころからありました。
私が結婚できないと思っていた理由は幾つかあります。もちろん、一番最たるものは私自身は他人から言われるまでもなく自分でも認める「変人」、というよりは「変な人」であって、こんな変な私のことなど好いてくれる人などおるまい、愛してくれる人の出現など確率から考えて極めて低いだろうから、幸せな結婚生活を送り家庭を築くことなどできようはずもないと思っていたのです。
もちろん、家庭の事情はありました。子供のころは両親も気を使って良い親の部分を見せてくれていたわけですけれども、親父もお袋も、それはまあいろいろありました。学校に行き、社会に出てみて「おや、これはうちの家庭は他とは違うぞ。いや、違うどころか、かなり違うぞ」ということがたくさん見えてくるのです。私がいろんなことを無駄に気づく鋭い子供だったからかもしれない、大人の事情に興味津々すぎる人間性が災いしたかもしれない、ひたすら 根性が曲がって生まれてきたのか、環境が私の性格を歪めたのか、ともかく、ろくな人間じゃないのです。自分でそう思っていて、実際そうだろうと思われる事例も多々あるし、他人からの評価も直接に間接に聞こえてきて、変わっている部分が面白いから付き合ってくれる友人があり、変わっている部分が不愉快だから遠ざかり敵となる人々もあり、なかなか世の中面白いと思うのであります。もう、普通ではない自分を受け入れて、笑って傍観者として過ごすしか方法はないのです。
この遠ざかっていく人々というのは天体観測同様に、観測者たる自分からは非常に良く見える部分でありまして、もちろん単純に私を嫌って連絡を取らなくなるだけの人もあります。ただ、私の場合は物凄く親しい友人か、物凄く嫌われる相手かに分かれる傾向が顕著なのです。それもあって、離れていった人は一言二言罵声を残していったり、わざわざ私の親しい人に私の文句を言って去っていくわけですね。いままで、親しいつもりだった人が、何人離れていっただろう。そして、それはすべて私自身の責任です。
まして、私は身体が強くありませんでした。ネットでは従来「切込隊長」などと名乗っており、ウェブでの強面風のイメージがつきまとって苦労しましたが……。実際には筋肉のつかない疲れやすい体質で、過労で倒れたり結石を患ったり、30歳には先天的な動静脈瘤が脳に見つかって運動禁止になり現在に至るも完治していません。手術してないんですから完治するはずもないんですが。まあ、一生付き合っていく病気です。
それもあって、私が20歳に差し掛かるころには、やはりサラリーマンで身を立てても体力面で残業に耐えられないだろうという自覚はすでにあって、当時すでにバブル崩壊後の就職氷河期でしたから、就職活動はそこそこ成功して幾つか内定には恵まれたものの、生きていくためには投資で食っていかねばなるまいと心に決めていたのです。
あまり仲の良くなかった親父が稼業の失敗で借金が膨らむなどの問題もあり、またサラリーマンをしたってその報酬では借金の金利にもならない状況もあって、組織の中で評価される人間になるよりは、社会の荒波に小舟でいいから打って出て一人でも食っていける人生を歩もうと思っていました。何しろ、借金は一番多いときで22億円ほどあって、すべてを親父は個人保証しており、家屋敷から銀行に入れた小銭からすべて担保に入っていて、おまけにお袋やまだ10代だった私まで会社の取締役になっており、親父が仕事でコケて倒産したら、文字通り一家心中か離散か破産というフルコースになっていました。それを、大学でて就職しても初任給20万5千円の私が背負えるはずがない。カネが大事だったんです、カネが。
自分なりに努力もして、投資では界隈から相応の評価もいただき、成功といえる結果が出せたのは幸運だったと思います。正直、同じような投資収益をもう一回打ち立ててみろ、と言われても私には無理です。確かに努力はしたけれど、この成功は完全にまぐれだと思うのですね。非常な幸運を発揮することで、私の嫌いだった親父も、親父の事業も、私自身も救われた。一人で生きていくには、まあ充分なおカネもできたことだし、もう人生これでだいたい終わりです。
親父のことを繰り返し書くのもなんですが、子供のころ親父にはよく殴られました。もっとも、愛されていなかったわけではないのです。むしろ、両親には溺愛された。それは幸せなことだったけれど、ただ、やはり子供ながら反発もしますし、あの精悍だった親父が仕事で失敗して負債だらけになって心労で白い顔をして毎日を送っているのを見て、なんだろうと思っていました。いまでこそ、親父の苦労は嫌というほど良く分かるのですが、なんか戸籍見ると会ったことのない異母兄弟はいるし、知らない間に株取引で損して損害出してるし、訳の分からない投資顧問に資金を預けて裁判沙汰になってるし、親父は尊敬しつつも事情を知るほどやっぱり反抗したくもなります。
その意味では、私が中学時代からタバコを吸い始めたのも、なかなかおねしょが治らなかったのも、そういう抑圧された環境の中で自分のバランスを取るために、あるいは自分自身の自尊心を保つために、自然と自衛的に取った行動なんだろうなあと後から思うのです。究極のところで自分を客観視しすぎたり、自分にしっかりとした自信を“持たない”ようにする心の動きというのは、やはりこの辺のコンプレックスがあったのだろうと。
その後は、2ちゃんねるに関わってしまって黒歴史を人生の中で築いたり、幾つか事業に携わって失敗したり成功したりさまざまあって、自分なりに、また自分らしく生きていく道を模索していました。というのも、私自身の人間性はイビツだけれども、性格として貧乏性で、のんびりしていることが基本的にできないのです。働かなくとも一生喰えるだけのおカネはある。でも、常に、何かをしていなければ気が済まない。仕事であれ投資であれ趣味であれ、本気で突き詰めてみないことには私は生きた心地がしないのです。もう自分の人生はこんなものだろうな、とだいたいの行く先が見えたあとで、ふっと舞い降りてきたのがいまの家内です。
それまで、私から離れていく人たちのもうひとつの特徴は女性でした。まあ、私はあまり女性に関心が持てないんですね。もちろん男性が好きだと言うわけではありません、単純に性欲がとても薄いのです。なので、女性に対して気の利いたことを言うわけでもなく、女性を誘って飯をおごるということはなく、当時東京ドームを本拠地にしていた日本ハムのパリーグの試合を観に行くとき「ついでに」声をかけるか、といっても現地に同じくパリーグを応援しているむさくるしいおっさんたち同志がおりますので、期待したような話には当然なりません。あるいは、タバコの煙がもうもうとしている深夜のゲームセンター。もうね、ゲームが好きなんです。突き詰めずにはいられないのです。私の変な人としての真骨頂は、このあたりにありまして、女性に私が合わせるなんてことはあり得ない。だから猛烈な勢いで女性からは逃げられていくわけですね。
それまで、なかなか結婚に踏み出さない私に、お袋が何度もお見合いの話を持ってきてくれました。 でもそういうお見合いは回数を何度こなしても、相手が私のことではなく私の馬鹿みたいな地位やゴミのような知名度や適当な著書や口座に入っているだろうおカネを見て、想像して、いろいろ膨らんでいることが透けて見えてしまう わけです。結婚はしたかったけど、私の虚像を愛する女性との結婚生活が長くは続かないことぐらい、誰でも予測がつきます。
そして何より、おカネを持っている人にとっては結婚こそ最大の資産リスクだと思っている 。これは、私の成功した投資仲間が何人も、刹那的な情事の果てに籍を入れてしまい、奥さんの放蕩や我侭の挙句の散財と価値観の違いからくる不和で離婚に至り、離縁するときなかば「泥棒に追い銭」も同然の財産分与を余儀なくされて、途方に暮れる姿を晒していました。もちろん、私自身はそういう連中を馬鹿にします。なんてたって34歳、結婚まで童貞ですからね。そういう過ちをする可能性はほぼゼロでした。
と同時に、結婚できない自分の「先のない感じ」が堪えられなくもなってきていました。私が死んだら終わりです。おカネはあの世に持っていけないだけじゃなく、本気で何も、残らない。さて、何のために生きたのだろうと思うと、結婚というリスクを踏んで、そのリスクが現実になってしまって揉めている奴らのほうが、よっぽど人間なんじゃないかとさえ思えるようになってくる。家内と出会ったのはそんな時期でした。
※後編は9月18日更新予定