昨日の山口絵理子さんに続いて、今日はニューヨーク・タイムズ記者の田淵広子さんから届いた回答をご紹介します。
質問1
アメリカでは比較的、ジャーナリズムがバリューのあるものだと捉えられていて、それを支援する財団なども存在しているため、報道機関が支えられている印象があります。そこで質問なのですが、日本のジャーナリズムには果たしてバリューがあるのでしょうか? またバリューを得るためには、日本のメディアや報道機関はどうあるべきだと思いますか?(20代/男性)
田淵さんの回答
確かにアメリカでは、記者を養成する目的のフェローシップや支援する財団が日本より多く存在します。日本には一校しかないジャーナリズム学校も、アメリカではコロンビアやバークレーという名門大学が多数運営しています。日本でも、ジャーナリズムのバリューがもっと高く評価されれば良いですね。ただ、自分を新聞社などの一社員と捉えるのではなく、ジャーナリストというプロフェッションだと捉えて報道に関わる人が増えてくれば、日本でもそのバリューが再評価され、良い循環が生まれてくるのではないでしょうか。
質問2
質問ですが、“本当のグローバル ”というのはどういうものだと考えますか? 私の海外留学や海外勤務の経験からは、「どこの国出身」とか「○○人」だからという感覚で、“国対国”の関係を想定して考えている人が多いように思いました。私自身は、SNSが当たり前になってきた現代だからこそ、より人種に関係なく“個人対個人”の関係が重要だと思っています。それがグローバルということだと考えています。海外メディアでの経験を通して感じられたことを教えてください。(30代/男性)
田淵さんの回答
おっしゃる通り、”本当のグローバル”とは、「○○人だから、こう思う」、「日本人なので、こうするべき」という概念にとらわれないことだと思います。そのような考えかただと、決まった固定概念から抜けられなくなると思います。
私はよく、日本人なのになぜもっと日本をPRする記事を書かないのか、と聞かれます。でも、私は第一にジャーナリストであって、その他のアイデンティティーはある程度切り離す必要があると思っています。それが、ジャーナリストとしての使命だと考えています。
日本を応援したい気持ちは山ほどあり、良いと思うものはもちろん良いといいますが、悪いものは悪いという。そうしないと、ある日、私はジャーナリストではなくなってPR屋になり、言っていることが果たして「宣伝」や「応援」なのか、「報道」なのか、はっきりしなくなってしまうと考えています。
質問3
新聞社への就職を希望している大学生です。田淵さんにお尋ねしたいのですが、日本の新聞や雑誌などの情報に触れるうえで、なにか心がけていることはありますか?(20代/女性)
田淵さんの回答
日本の新聞や雑誌などには、非常に頼っています。記事を書くときも、よく日本の新聞や雑誌で見つけた情報を元に、独自の取材をはじめます。でもどの国のメディアにおいても、一つ注意しているのは、その情報元です。
特に日本の報道では、「○○と言われている」や「都内在住のA子さんの場合」などと、確認のしようのないものが多いですね。もちろん、原発の作業員の方で本名がわかったら会社から解雇されてしまう危険性がある人など、名前を伏せないといけない場合があります(私も原発作業員の方で名前を伏せて報道したことがあります)。ただ、A子さん、B子さん、○○と言われている、といった報道は、”take it with a pinch of salt (うのみにしない)”、または疑ってかかるぐらいの気持ちでアプローチする方がいいですね。
質問4
日本でもアメリカでもSNSが爆発的に普及しています。そんななかで新聞社は今後どうなっていかなければいけないと考えますか? もしアメリカと日本で事情が違えば、それぞれの新聞社の未来について教えてください。(20代/女性)
田淵さんの回答
日本でもアメリカでも、SNSは今のところ、トラディショナル・メディアと共存しています。また、新聞社などにとって、SNSは良いツールでもあります。私自身も自分が書いた記事をツイートすることが多く、そのリンクからよりたくさんの人に記事を読んでもらっています。
SNSの使いかたは、アメリカの新聞社の方がより積極的ですね。新聞社などの記者が個人的にツイートするのはほとんどのケースで認められています(日本ではまだまれだと思います)。私はじつはあるツイートの内容について、ニューヨーク・タイムズからかなり怒られたことがあったのですが、その時でさえ「ツイッターは続けてね」と言われました(今後内容には気をつけろと念を押されましたが)。
一方で、SNSで情報収集できるから新聞社は必要ないのでは、という見かたもあります。震災直後、特にツイッターなどが貴重な情報源になりました。今では、放射能に関する情報などを、SNSを通じて一個人が直接発信したり共有したり、というのが当たり前になっています。また、地震が起きると、NHK速報などよりも早く、ツイッターで「東京で地震!」「今、揺れた?」などと“報道”されますよね。
ただ、地震速報はともかく、未だにSNSで共有されている情報の多くの情報元が、新聞などのトラディショナル・メディアというのも事実です。ツイッターで配信していても、結局は共同通信の記事へリンクしていたり、というのをよく見かけますね。
また、SNSだけでは、たとえば福島第一原発の20km圏内で何が起きているのか、などはわかりません。イラクやアフガニスタン情勢、また、つい最近、ニューヨーク・タイムズの記者がその報道でピューリッツァー賞を受賞した「アフリカの現状」などもわかりません。組織的なサポートがあり、実際に現場に行って取材する記者が今でも重要です。
そして、SNSでは自分と似たような人とつながっていることが多いと思うので、それだけを情報源にしてしまうと、視野がどんどん狭くなっていってしまいますね。アフリカ情勢なんて、ほとんどツイッターなどでは見かけません(私がフォローしている人のなかでは)。でも、たとえばアフリカ東部では、何万人もの命が今でも飢餓や紛争で危険にさらされています。そのような事情を、ニューヨーク・タイムズ記者のJeffrey Gettlemanは報道し続け、重要な役割を果たしています。
質問5
どうすれば田淵さんのような外国メディアで活躍できるジャーナリストになれるのでしょうか? 日本の新聞社で働くのとはまた違った、海外メディアの特派員になるために必要な能力やスキルがあれば、ぜひ教えてください。また田淵さんは、どこでそのような技能を身につけられたのでしょうか?(20代/男性)
田淵さんの回答
私は英語圏メディアでの経験しかないのですが、取材などの基礎はどの国でも共通していると思います。ただ、やはり文章力、また記事の構成などが、国や媒体によっても違います。英語で記事を書くには、やはり英語の記事を毎日読み、どう構成されているか、どのような表現が使われているのか、などを自然に身につけていくのが大事だと思います。また、このとき、できれば日本発の英文記事ではなく、アメリカ本場のトップライターが書いた文章に触れるのがいいと思います。日本ベースの英語メディアは取材力がすばらしくても、 文章に関してはピンからキリまであります。
私が特に尊敬している記者をリストアップするときりがないのですが、日本以外をベースとする人ではニューヨーク・タイムズのコラムニストNicholas Kristof、元東京支局長で今はサンフランシスコをベースにしているNorimitsu Onishi,、ソウル特派員のChoe Sang Hun、アフリカで活躍するJeffrey GettlemanやLydia Polgreen、雑誌「ニューヨーカー」のライターPeter HesslerやEvan Osnos、同誌金融ライターのJames Surowieckiなどです。
日本関連のニュースでは、ニューヨーク・タイムズ東京支局長のMartin Fackler、私の恩師でもあるAP通信社のYuri Kageyama、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のDaisuke Wakabayashiさんが取材も文章も素晴らしいですね。