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  表現実非日常 作者:


頭蓋骨破壊屋、白留と
山本椿の出会い。


鏡乃中乃◆白瑠視点。









 一人の女の子が目に留まった。
ただ暇で、うろちょろしてて、たまたま乗り込んだ電車の中。
 ぼんやりと窓を見つめた女の子。
毛先が跳ねた癖のある長い黒髪。大人しそうな印象の子は、そうただぼんやりとしていたんだ。
向かい側に座ってる俺なんて、視界には入ってない。ただ、俺の後ろに目を向けて、ボケッとしてる。
そんな彼女を俺もボケッと見てみた。
この子は何を考えてるんだろう?
想像してみた。
きっと嫌なことでもあったんだ。
いじめられたとか、ペットが死んだとか…そんな小さなことを悩んでるのかな。それともぉ自殺を考えてたりして。うひゃひゃ。

  ガタン。

大きく車内が揺れたら、彼女は力なく頭を項垂れた。
ただ疲れてたのかな?
 そう思った矢先だった。
女の子が膝に乗せていた鞄から銀色のデザインカッターを取り出して、隣の女の子の首を掻き切ったんだ。
 きょとんとした。
だって。
ぼんやりしてた子が、いきなり俺の前で殺しを始めたんだ。
 ブシューと血が吹き出す。
車内には数人の人間しか乗っていない。彼らも俺みたいにきょとんとした。状況を呑み込めていない。
 俺だってそうだ。
血の匂いなんてない。
裏側の人間でもない女の子がなんで真昼間から電車の中で殺したんだ?
その女の子は、考える暇を与えてはくれなかった。
俺に向かってカッターを突き出す。
俺は瞬時に席を立って左に避けた。
女の子は俺を追うことなく、俺の右隣にいたサラリーマンの男の首をついでのように振った腕で掻き切る。
 ここで漸く悲鳴が上がった。
女の子は殺し屋じゃないなぁ、怨恨の殺しでもないならぁ、無差別だぁ。
この車両の人間達が慌てふためく。別の車両に逃げ込んだり、鞄を盾に女の子を警戒したりしてる。
女の子は相変わらず、ぼんやりしていた。
まるで夢遊病みたいだ。
 あ。
 そうか。
 この子。
意識が飛んでるのかな?
 そう思ったら、彼女はくるりと方向転換して走り出した。
 あれ? どこ行くんだ?
女の子が向かった車両にも悲鳴が上がる。誰かが「やめろ」と叫んだけど誰も彼女を止められなかった。
 追い掛けてみれば、女の子は電車の運転席のドアの前にいた。
状況を把握していなかった運転手は、喉を掻き切られて彼女の足元に転がっている。
電車は走行中。そろそろ次の駅に止まるはずだけど、運転手が不在な今、停まりはしない。
 さて、次はどうするのかな?
彼女は、やっぱりぼんやりした目で、俺を視ない。何処か遠くを視てる。そんな眼だった。
俺だけじゃない。
 きっと彼女には。
この車内の人間誰一人として、視えてないんだろう。
 走行中の電車内。
彼女がやることは一つだけ。
皆殺しだ。
彼女は殺戮をする。
 じゃあ俺はどうしようか?
一歩二歩と後退しながら考えてみた。
ある者は叫んで逃げて、ある者は鞄を投げて、ある者は女の子を取り押さえようと試みている中で。
俺はどんな行動をしたら、楽しいかを考えてみた。
カッターナイフだけを握り締めた小さな殺人鬼は、凍り付いて動けない人間の首を裂き血を浴びる。
押さえ付けようとした男達なんて眼中にないみたいに蹴り飛ばしカッターを突き刺し引き裂く。
俺以外に彼女に勝てる人間はいない。だから俺以外は皆死ぬなぁ…。
 じゃあ俺はどうしようか?
彼女の殺戮パーティーを手伝う?それとも彼女を殺っちゃう?警察来る前に俺だけ逃げとく?
 ふと、俺は思考をやめた。
無情な目で切り殺して返り血を浴びるその女の子を視る。ボケッとして、視た。
 なんだかそれは。
鏡を視ている気分に陥る光景だった。
彼女が、自分に見えた。
過去の自分に見えた。
 ……過去?
自分の思考に首を傾げる。
それはいつのことだっけ。
あれ?
いつだっけ?
過去の自分だって思えたんだから、昔の話で……それで。それぇでぇ……
───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────まっ、いっか。
 気付けば、俺と彼女以外息絶えていた。
あの子は、ぽけーと立ち尽くしている。さっきとは違う目。漸く意識が戻ったみたいだ。
 あれ、俺だけ殺さないんだ?
つまんないなぁ。
 きょとんとした顔は、ちょっと可愛く見えた。
返り血で黒髪が貼り付く顔は比較的可愛い分類に入る顔立ち。その丸く大きな二重の目がそう見せてるんだと思う。
 その目が手にする凶器を見つめ、やがてストッとさっき座っていた場所に腰を下ろした。
瞬きしつつ、なにかを思考中みたいだ。
 今からどうしようって考えてるんだろうなぁ。これは簡単に推測できる。
どうせ死刑確定だから自殺しようってね。
そんなものだろうなぁ。
他の生き方なんて、知らないんだから。
……あー。そうか。
裏を知らないんだ。
ふぅん…………。

「うひゃあ〜ひゃひゃっ」

 笑いを堪えきれず、俺は笑い声を洩らす。それで彼女は漸くオレの存在に気付いた。初めて目視する。

「こりゃすごいねぇ〜」

 少し驚いた顔で俺を観察するように見ている彼女に笑いかけた。

「これ、貴方が殺ったの?」

 彼女は静かに声を出す。まるで鈴みたいにその場に響いた声。
とぼけちゃってる、この子。

「まっさかぁ! 俺なら脳ミソぶちまけてるよー」

 俺は笑いながら死体を踏みつけて彼女に歩み寄った。
「で、何か?」と冷静な様子で用件を訊く。

「んひゃひゃっ君がどんな人間かを知りたかったんだぁ」

 彼女の隣の死体を見る。ぱっくりと容赦なく裂かれていた。いい感じじゃん。
俺はそれを血溜まりに落とす。それから彼女の前に立った。

「あたし、見た通りイカれた殺人鬼です」
「イカれてるなら俺も殺すだろー?冷静ないい判断だよ。殺しは初めて?」

 屈んで彼女の顔を間近で見てみる。んー、なかなか可愛いな。

「初めてなはずです。記憶によれば」
「ふふふ〜。急に殺したくなっちゃったぁんだ?」
「……貴方も相当狂ってるようですね」
「わかるぅ?」

 カッターを握ったまま、冷静に話す彼女も相当狂ってる。これが初めての殺しみたいだしね。
 ふぅん。ふぅん?
俺がにまにまと見上げていたら、彼女は余所に目を向けていた。また思考中みたい。
 俺は腰をあげて彼女の後ろの窓に手をついて顔を近付けた。
そうすれば驚いた顔をした。

「ん〜まぁーまぁーだよねぇ〜」

 可愛い方だから、連れ帰ったら幸樹くんも藍くんも喜ぶだろうなぁ。

「ねっねっ」

 怪訝な顔でなにかを待つ彼女の耳に囁く。

「生き方教えてあげようか?」

 目を見開いたのがわかった。

「君は死刑……上手くすれば精神病棟に閉じ込められる……どちらにしろ自由はない。そんなの、嫌だろう?」

 だから彼女が考えていることは安易に推測できる。死刑か精神病棟か。どっちかしかないならば、自殺しようってね。
 彼女は生き残る道があると知り、食い付いた。
俺に殺されると直感で覚悟していた彼女の瞳に、希望の光が灯る。その瞳が、見たかった。

「嫌だけど……何かあるの?」
「んふふっあるよぉ」

 言い終わる前に彼女が握るカッターを取り、その刃で彼女の首を切り裂く。少しだけ手加減してあげた。
 瞳の中の希望は絶望に変わる。
そうそれ。それが見たかった。
血が溢れる自分の首を押さえていた彼女はやがて力尽きて前へと倒れる。

「んーひゃ。生きてたら迎えに来てあげるよ、ひゃひゃ」

 どうせ死刑になるんだから、ここで死んだら死んだだ。生きれたら、裏での生き方を教えてあげる。
 俺はなにも言えずただ見上げてくる彼女に笑いかけてから、踵を返した。運転席にいって電車を停める。
「んぅー」と背伸びをして線路から出て、幸樹の家に向かって歩く。
 血を拭き取ったカッターナイフを指で回しながら、あの子のことを思い浮かべる。
それだけで口元が緩む。

「生きてるといいなぁ」

 きっと生きてるだろうな。

「楽しみだぁなぁ」

 んひゃひゃひゃ。
俺は笑いながら、長い時間歩いて着いた幸樹の家に入る。

「たっだいまぁ」
「おかえりなさい」

 休みでリビングのソファーでテレビを観ていた幸樹はコーヒーを飲もうとしたが俺が手にするカッターを見て手を止める。

「……珍しくカッターで殺ってきたんですか?」
「ううん。俺じゃないよ」

 俺は隣に腰を下ろした。
幸樹は意味がわからなかったのか首を傾げたけど、コーヒーを飲んでテレビに視線を戻す。

「番組変えてい?」
「どうぞ」

 コーヒーテーブルの上に置いてあるリモコンをとってチャンネルを回した。
 幸樹はコップを片付けにキッチンに向かう。それを横目でみたけど、探していたニュースを見つけて俺はにんまり笑みを浮かべる。

「ねぇ、幸樹くん。この現場ならどこに運ばれる?」
「……そこならば高い確率で私の勤める病院に運ばれますね」
「そっかぁ」

 俺はクルクルとカッターナイフを指で回す。

「それ、貴方が殺ったんですか?」
「違うってば」

 それ。
ニュースで流れる電車の大量殺人事件のこと。
振り返れば、幸樹くんは立ち尽くしてテレビを見ていた。
その反応が面白くて俺はにんまりと笑う。

「女の子が、殺戮したんだよぉこれで」
「女の子? ……貴方は居合わせたんですか?」
「そぉそぉ、あっ病院に運ばれた子だよ。俺が首切ってあげた」

 丁度ニュースのアナウンサーが生存者の話を出したから、俺はテレビを指差して幸樹を見上げる。

「……どうゆう意味です?」
「裏にいれてあげる約束したんだぁ、生きてたらね」
「……裏に、ですか」
「そっ。部屋空いてるし、ここに連れてきてもい?」

 さらっと答えれば、幸樹は理解したらしく肩を竦めた。

「それとさ、その子に会ってきてくれない? てか手伝って。連れてくるの」

 頼み込むと幸樹は少し困った顔をする。そんなのお構い無しに俺は笑いかけて返事を待つ。

「……どんな子なんです?」
「まぁ可愛い子だよ。見てくれば?」
「……何故、裏に入れることにしたんですか?気紛れ?」

 その問いに俺は、口元を吊り上げて目を細める。

「楽しそうだからだよぉ?」

 これは気まぐれにしかすぎない。
ただの暇潰し。
楽しそうだから。
ただそれだけ。

「あの子の驚いた顔、可愛かったなぁ。うひゃひゃあ」

 俺が目の前に現れたら、どんな風に驚くかな。想像するだけで楽しくなる。
裏現実を知ったら、どんな風に驚くかなぁ。ああ、楽しみだなぁ。
他人の冷静ぶった仮面を外させて取り乱すのって、最高に面白いよねぇ。
幸樹はそれ以上何も聞かなかったし言わなかった。









「例の少女に会ってきましたよ」
「……ひゃ? 少女って誰? 藍くんのターゲット?」

 目を覚ますと幸樹が俺を見下ろしていた。首を傾げれば溜め息をつかれる。

「幸樹ちゃん、おつかれぇ?」
「例のレッドトレインの少女ですよ。頼まれた通り、手紙を渡してきました。もう忘れたのなら興味をなくしたということですか?」
「ああ! あの子か。興味あるあるぅっ!」

 数日経って忘れかけてたけど、電車の中の血塗れの女の子を思い出して俺は起き上がる。

「どんな顔してた? 驚いてた? あの子」
「彼女の名前は山本椿。手紙を渡したら青ざめていましたよ。本当に彼女が殺人鬼なのですか?私の目にはとてもそんな風には……」

 レッドトレイン。
彼女が殺った電車内の無差別殺戮事件は、いつしかそう呼ばれるようになった。生存者が犯人だと気付かない世間は殺人鬼を探してる最中だ。
彼女が犯人だと知ってるのは、俺と彼女本人。そして俺が教えてあげた幸樹くんだけ。今のとこは。
予想通りの反応に俺は楽しくて笑う。

「見えないんだよねぇ。俺も殺り出す前、その子を見てたけど。いたって普通そうな子だったぜ?ぽけーとしてると思ったらあっとゆう間に殺戮! うひゃあ、幸くんにも見せたかったなぁ」

 幸樹は解せなそうな顔をしたが、俺が嘘ついていないと信じた。

「穏やかな顔で眠っていたあの少女が……殺戮ですか」
「寝顔みたの? いーなぁ、可愛かった?」
「可愛らしかったですよ」
「みたぁあい」

 ずるいな。幸樹くんばっか。

「ここに連れてくればいくらでも見られるでしょう?」

 俺は口元を吊り上げたまま目を丸める。
ていうことはぁ。この家に連れてきていいって許可が出たっ!
んっひゃっひゃあ。楽しみだなぁ。

「あ、そうだ。昨日立てた作戦ではうまくいかないかもしれませんよ、白瑠」
「ふえ? なぁんで?」

 キッチンに行った幸樹が言い出すから首を傾げる。

「幸樹くんが同僚眠らせて俺が迎えに行くだけじゃ失敗するぅ?」
「秀介くんがいるんですよ。この前貴方が遊んでる最中に怪我して入院したみたいです」
「あちゃー、邪魔されちゃうかもだねぇ」

 俺は追い回してくる神出鬼没の若い狩人の顔を思い出す。からかうと面白いんだよねぇ。

「ちょっかい。出しているそうですよ?」

 椅子に座り、幸樹は言った。

「ちょっかい?」
「毎日のように山本椿さんの病室に入っているそうです」
「えー? なんで」
「さぁ、そこまでは知りませんよ。会うと煩いので私は直接会ってません」

 会えばわーぎゃー騒ぐしゅーちゃんを思い浮かべただけで笑いが漏れる。

「噂でもレッドトレインは白瑠が殺ったと思われているので……彼女をマークして貴方を待っているんじゃないのですか?」
「そぉかもねぇ。今回はあの子を拐うだけなんだけどなぁ……まっいっか! じゃあしゅーちゃん来たら俺が相手するから代わりに幸ちゃんが連れ帰ってね」
「それがいいですね。私では狩人の鬼の相手は少々骨が折れますから」

 微笑んで肩を落とす幸樹を見ながら俺は楽しみで笑う。
今夜あの子を迎えに行く。



 夜勤出勤の幸樹のシルバーのクラウンであの子が入院している病院に入り込んだ。
あとは時間まで待つだけ。
どんな顔するかなぁ。
……名前、なんだっけ。
えーとぉ。……んぅーと?
なんだっけかなぁ。

「ま、いっか。直接聞けばいいや」

 時間になって俺は幸樹の車から出た。
病院の中に入って、彼女を探す。
幸樹が病院関係者を何とかしてるはずだからぁ、俺は真っ直ぐあの子のとこにいけばいいんだ。
刑事がついてるらしいから刑事は気絶させておこう。
夜の病院ってなにか出そうでわっくわくするなぁ。うひゃ。
 病室を見つけて俺はガラッと開けた。
個室のベッドの上にあの子がいた。
パーカーを着て出掛ける準備が整っている彼女は、俺を見て目を丸めた。
その驚いた顔、かっわぁいい。

「んひゃひゃ、迎えに来たよ」

 俺が声をかければ、彼女はビクリと肩を震え上がった。青ざめてる。あれ?

「なんだ! 君は!」

 警備している刑事が立ち上がった。邪魔だから首を掴んで、壁に叩き付ける。その刑事から、血の臭いが香った。人殺しの臭いだ。

「んひゃあ? 君は……ふぅんふふんっ。佐藤刑事君ねぇ? 君一人彼女の護衛? ははんっ」

 スーツの中から彼の警察バッチを出して名前を確認する。血の臭いはするけど、裏って感じじゃないなぁ。
 人殺し刑事?
人殺しを人殺し刑事が護衛?おっもしろぉ。

「お前が……! 頭蓋破壊屋!?」
「んひゃっスカルクラッチャーって呼んでよ。そっちの方が気に入ってるんだぁ」

 俺が頷けば、刑事は顔色を変えた。
すぐに懐の銃を取り出そうとしたから俺は頭突きを喰らわせる。壁と挟まれた彼はよろめいたけど踏みとどまった。

「あ」

 刑事の相手してたら、彼女が病室を飛び出していっちゃった。呼び止めようとしたけど呼ぶ名前が出てこなくてそしたら、刑事に体当たりを食らわせられたから蹴り飛ばす。

「じゃっまだなぁ」

 俺はあの子を迎えにきたのに。
ドアに手をかけてあの子を追い掛けようとした。
 銃口に気付いて、俺は避ける。
銃声がなかったことにきょとんとした。
刑事の手には、銃。銃声を消すサイレンサーのついた銃。

「待っていました……スカルクラッチャー!」

 笑みをつり上げる刑事のその顔を見て、俺は漸く気付く。彼は俺の模倣犯だ。
どうしようかと迷ったけど、まねっこよりあの子の方が優先。
だから俺はドアを開いて閉めた。

「あ、幸。鍵閉めて」
「どうしたのですか? 彼女は?」
「刑事が模倣犯。あの子逃げちゃったぁ」

 俺がドアを押さえている隙に幸樹くんが鍵をしめてくれる。笑って答えれば、呆れちゃってた。

「早く探しましょう、私はあちらを探します」
「じゃあ俺あっち。……あ、あの子の名前なんだっけ?」

 それには幸樹くんは呆れて溜め息をつく。

「椿ですよ。つ、ば、き」
「つばき、つばきちゃんねぇ」

 椿、椿。つぅばぁきぃ。
俺は今度は忘れないように口にしながら、一階に向かった。階段を降りる途中にドアを壊す音が聴こえてきたから、急がなくちゃなぁ。
あの子が殺されちゃたまんない。
 二階一階とパーカーの女の子を探したけど見当たらない。あれ? まだ外に出てないよねぇ。
上かなあ? と三階と四階は幸樹が見てるはずだから五階へと向かった。
 血の匂いがした。
あの刑事からする血じゃなくて、誰かが流す血の匂い。
裸足で駆ける音がする。

「み」

 背後から近付いて、口を押さえる。

「ふぐ!?」
「つけたぁーつーばきちゃん」

 影に引きずり込んでしゃがむ。
椿ちゃんは怪我していた。幸樹がやったとは思えないから、あのまねっこ刑事が追ってきたんだろうなぁ。
俺は椿ちゃんを押さえ込んだまま周りを見てみた。今はいないみたいだな。

「……モテるみたいですね」
「んー?ああ、ミラー君のこと?」

 口から手を離せば、椿ちゃんはそんなことを言った。あのまねっこ刑事か。
鏡のフリしてるからミラー君。
振り返る椿は、丸い目で俺を見上げる。俺の顔はよく見えないのか目を細めたけど、やっぱり見えなかったみたいで諦めた。
ミラー君じゃあわからないのか、顔をしかめる椿ちゃん。

「佐藤刑事だよ。俺を真似て殺してんだー多分10人殺したかな、一年前から」
「よっぽど病んでるデカですね」

 模倣犯がいることはわかってた。多分そいつが彼なんだろう。こうゆうの、たまにいるんだよねぇ。
話せば椿ちゃんは吐き捨てた。
不快になったみたいだ。

「それで……貴方のこれからの予定は?」
「俺の予定は君を連れ出すことだよ」

 椿ちゃんがポケットの中のメスを握るのがわかった。最初の殺しから二週間経っているのに、殺してないから殺したがってるのかな?

「あたしを殺すんじゃないんですか!?」
「えー? 迎えに来るって言ったじゃん。生き方教えてあげるって」

 いきなり声をあげたからちょっとびっくりした。
あっれー? だから逃げたのか。

「俺が殺すと思ったの? それとも殺されたいの?」

 椿ちゃんの腹に腕がキュッと巻き付けて耳元で笑い囁けば、椿ちゃんは強張った。
かっわいい反応。

「ふふふ……もったいなぁいからついてきなよ」

 ここで死んじゃうなんてもったいない。
もっともっともっと。
楽しみたいんだから。
君の知らない世界を教えてあげる。
 そうすれば、椿ちゃんは戸惑った反応をしつつも頷いた。
被害者を出さずに連れ出してほしいと、礼儀正しくお願いされたから「うん、殺しに来たわけじゃないからね」と答えてあげる。
自分は殺したがってるくせにぃ。
 入り口には裏と表に刑事がいるらしいから、横の窓から脱出しようとした。けれどその途中で椿ちゃんが手を振り払う。
手を押さえる椿ちゃんはあの刑事に撃たれたみたいだ。

「もー。俺、君には用ないよ?」
「私にはありますよ、スカルクラッチャー」
「なぁに? まねっこ刑事さん」

 銃口を向けるまねっこ刑事に笑いかける。本当に用ないんだけどなぁ。
仕方ない。
相手をしてあげよう。






 目を開くと見慣れた天井。
まだ寝たいな、と寝返りを打つとテレビの音が聴こえた。ダルい身体で起き上がって部屋を出てみれば、リビングのソファに座って自分のニュースを眺めている椿ちゃん。
膝を抱えてテレビを一点に見つめてる。

「あ……おはようございます……」
「んにゃあ、おはよう、椿ちゃん」

 気付いて椿ちゃんは挨拶してきた。それを返してから俺はソファに寝転がる。

「あの、すみません、起きたら落ち着けなくて……勝手にテレビを使わせてもらいました」

 寝起きのせいなのか、可愛い声が更に幼く聴こえた。
背凭れに真っ逆さまに座りながら俺は彼女を見上げる。あ、寝顔見そびれちゃったなぁ。
「謝る必要ないよぉ」と言ってから、逆さまのテレビに目を向ける。
彼女の起こした事件のニュースだ。

「ゆーめーになったねぇ? 椿ちゃん」
「お陰様で。あの、名前訊いてもいいですか? まさか頭蓋破壊屋って名前じゃないでしょう? あたしは椿です」
「んっ! 名乗ってなかったね! 俺はぁんーとねぇ……白瑠だよぉん」
「はくる……さん?」
「んっ!」
「日本人ですか……? てっきり外国から来たから違うかと」
「日本人だよぉ、日本育ちだったけど日本の社会が合わないと思ってぇアメリカ行ったんだけどぉ、やっぱり合わなくてそこで殺戮やってぇ殺って殺って殺って殺って、それから日本に戻ってきたんだぁ」

 ブラブラと足を揺らしながら言えば、椿ちゃんは顔をちょっぴりしかめたけど適当に頷いた。

「俺が外国から来たこと、訊いたの? あのぉ……? えぇっと……? あの刑事……んっと……まねっこ」

 起き上がって唇を人差し指でつつきながら、昨日殺した気がする刑事の名前を思い出そうとした。
名前見た気がするけど、思い出せない。ま、いいけどぉ。
 思い出すのを諦めたら、椿ちゃんが教えてくれた。
あーそれそれ。

「殺した奴は直ぐ忘れちゃうんだよねぇーひゃひゃ。幸樹ちゃんに度々注意されちゃうんだぁ」
「そうですか……。あたしは……とある刑事さんが、海外から追ってきたそうです」

 椿ちゃんは名前を伏せたけれど、誰だかわかった。
椿ちゃんの護衛の一人だったしーのちゃん。

「しーのちゃん? あの子熱心でかぁわいいよねぇうひゃひゃ」

 俺にも会って、しーのちゃんにも会って、しゅーちゃんにも会うなんて、すごいなぁ。

「200人殺したって本当?」
「数えてないからわかんない」

 それって多いの?
殺しまくったけれど、数えてないからわからない。それくらい殺した気もしなくもないけどぉ。わかんなぁい。

「それで…」

 と、口ごもる椿ちゃん。

「……生き方を教えるってどうゆうこと?」

 それは忘れてない。
俺はにんまりと口元を両端つり上げて笑う。

「君は殺しがやりたいでしょ」

 彼女の心情を暴く。

「もう君は殺しを止められない」
「……止められない?」
「うん。今の社会の仕組みが馬鹿らしいと思ってるだろ?」
「…………」
「世界なんてくだらないと思うだろ?」
「…………」
「なのにその世界に馴染んでる赤の他人がいる。なんかどうでもいいけど殺したくなるだろ?」
「…………」
「殺したって、罪悪感はない。快楽だけ感じる。そうだろう?」
「…………」
「ぶっちゃけ、ムカつく奴を殺したい。相当思うだろう?」
「………」

 デジャヴを覚える言葉を、一つ一つ針のように突き刺す。
彼女の瞳はただ黙って俺を見つめる。
その瞳に、チェシャ猫のように笑う俺が映った。

「一歩境界線を踏み越えた君は、もう二度と境界線の向こう側には引き返せない。境界線は君が電車に乗る前と、電車内で殺戮を始めたあの間だよ。覚えてる? 殺戮を始まる前の君は殺しには縁がなかったはずだ。ただただ他人事のように思っていたはず。ニュースにいる殺人犯を貶すこともあっただろう。だけどそれは境界線を踏み込む前の事に過ぎない」

 一瞬だけテレビに向ける。さっきから煩い。
リモコンでプツンと消しておく。

「踏み込んだ今は殺人したって、死体を見たって、罪悪感なんてわかない。殺したいだけ殺す。無情に冷酷に残酷に。あっさり死んだ他人はまるで壊れた玩具としか思わなくなるんだ。脆い脆い壊す為の玩具」

 身を乗り出して、顔を近付けて、嘲笑う。
彼女は黙って俺を見る。
目を離さない。
ただ俺を見て、聞き流しているようにも見えた。だって、表情が変わらないんだもん。

「誰もが境界線に立たされる。誰もが踏みとどまる。だけど大抵の人間はカッとなって包丁で刺したり絞め殺したり! 殺った後に後悔してパニック! そいつらはただのバァーカ。俺達は違う。解るだろう?」

 彼女の腹に掌が押し込む。驚いてぱちくりと瞬きをする椿ちゃん。
ちゃんと聴いているみたいだね。

「後悔も罪悪感も感じない。これが俺達の“普通”であり“正常”なんだ。ムカつく奴は殺したい。他人だって殺したい。誰でもいいから殺したい。他人に言わせれば“異常者”だとしても俺達はもう、人を殺さずにはいられない。殺さなくちゃ生きていけない。解るだろう? 自分が変わったと。解るだろう? もう、“普通の生活”なんて送れない。境界線を踏み出す前の生活をしたらどうなると思う? 家族も友達も知人も近所も、殺戮の対象だ。表社会の言う“日常”とその馬鹿げた仕組みに身体は心は拒絶する。お分かり? 俺達は殺人鬼、殺戮衝動はいつだって襲いかかる」

 もう、戻れない。
 もう、帰れない。
境界線の向こうには、二度と引き返せない。殺人鬼、殺戮者。
それが現実だと突き刺す。
それが曲げられない事実だと、親切に教えてあげる。

「解りました」

 椿ちゃんは鈴のような可愛い声を出した。

「ありがとうございます」

 その言葉に驚いて目を見開く。

「解らないことが……わかりました」

 彼女は納得した。
不気味なほど静かに大人しくすんなりと、俺の言葉に納得してしまったらしい。
 違うよ。
ここは怒るところだ。否定して癇癪を起こした子どもみたいに暴れるところだよ。事実を壊す勢いで、暴れるところだよ。
これは親切という名の嫌がらせ。
どうして君は違う反応をするの?
 考えることは止めた。
その違いを見て見ぬ振りをしたことが、取り返しのつかないことになるなんて知りもしないで。
 俺は彼女を。
 玩具のように弄び。
 人形のように愛でて。
 ペットのように可愛がり。
それから──────愛するなんて、夢にも思わず。


彼女は────…鏡の中にはいない。


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