ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  表現実非日常 作者:
新世界開始

誘拐された。

どうしてこうなったんだろう。
あたしは首を傾げる。とはいっても首を傾げられない。あたしの頭は冷たいコンクリートの上。
どうしてだか、あたしにはわからない。
あたしがこんな目に遭う理由を探したが、見当たらない。
否、見当たらないわけがない。現にあたしはこんな目に遭っているのだから、きっとあたしが下手を踏んだんだ。
ヤバい不良が通う夜間の学校ではそれなりに大人しく通っていたが、やっぱり気に障ったかもしれない。お互い毛嫌いして存在を無視していたが、やはりヤキをいれようと言い出したのだろう。
うん。心当たりはそれしかない。
だけど。
可笑しいな。
 廃墟だと思う空っぽの工場の中。拘束されたあたしは、横たわっている。
拘束されている非力な少女を囲う誘拐犯はかなり柄が悪いが若者。
学校の不良の仲間にしては見たことがない。
顔見知りでも怖いが、顔の知らない輩だともっと怖い。
いや、もう、うん。
なんかあまりにも異常な出来事が起きて、混乱を飛び越して冷静だ。
うん。考えなきゃ。どうしよ?
あたしを囲う誘拐犯は誰かを待つように緊迫感漂う中で見張っている。
ヤキを入れる本人の到着を待つには緊張し過ぎだ。人間一人を誘拐したからそれぐらい当然か?
よくわかんないけど。
でもこんぐらい当然かな。
友人がヤキいれた話を聞いた限りでは、誘拐でヒヤヒヤの話はなかったはず。
あ、呼び出してボコったからか。
あたしなら呼び出し無視するだろうな。
んん?普通誘拐してまでヤキはいれないのかな?
真っ昼間から、誘拐なんて。普通学校帰りに襲うよな。
あれれ?学校の不良じゃない?
んん?一体誰の仕業だ?
それは考えてもわからないから、先ずはこの状況から脱出する方法を考えよう。
…つってもなぁ。後ろに固定された腕はなんとか外せるだろうけど。
見張られては出来ない。
例え縄を抜いても、この男達を倒して脱出は不可能っぽい。否、不可能だ。きっと。

「…………」

あーぁ。護身用にサバイバルナイフを持ち歩いていたが、それは遥か遠くの鞄の中。夜の一人歩きは危険だから入れていたが、こう言うときに出せないとは。意味ない。
お気に入りの黒いパーカーが汚れちゃうな。せめて椅子に座らせてくれればいいのに。
……………。
冷静だなぁ、あたし。
つーか。椅子に座らせて拘束って。
………ありゃ?
それってまるで、人質じゃないか。
人質?
あたしが人質?
一体誰の?
こんな危ない目に遭うような人の人質になるような覚えはない。そんな人、周りにはいない。
一体、何が起きたんだろう。
こんな事態が起きるのは構わないが、せめて理解させてほしい。
とっても。とっても。とっても。
つまらない。
つまらない。凄くつまらない。
誘拐された時は、こう脈が高鳴ってこれからどうなるんだ!?とハラハラしたが。拘束されて放置された今。凄く退屈だ。
冷静じゃなくて、飽きてるんだ。
つまらない。
これはきっと。
殺されておしまいって結末かもしれない。
嗚呼、つまらない。
誘拐されるなら、劇的な展開が起きたっていいのに。つまらない。
至極、つまらない。
嗚呼、どうせなら暴れようか。でも痛いのはごめんだ。どうせ殺されるならそれぐらい我慢しようか。
眼を閉じて、静かに呼吸。
ゆっくり腕を動かし、隙間を作っていた縄から抜けようとした。
 その時だ。
 鳴り響いた。
怪物の雄叫びかと思った。怪物の登場?それはそれで面白いじゃないか。でもそんなわけなかった。
でも目を疑うような光景だった。
窓から、それは現れた。
硝子をぶち破り、黒いバイクが派手に登場。したかと思えば、黒いバイクは運転手が離れ、横転。タイヤが回転したままのそれは弾丸のように床を滑りあたし達の横を掠り何かの器具にぶつかる。
その音が強烈だったが、耳を塞ぐ暇はなかった。
得体の知れない怪獣の雄叫びが工場内に轟いて、横たわっていたあたしは飛び起きる。
次の瞬間、バイクの主であろう男の人が誘拐犯の一人を殴り飛ばした。男の人は長い足を振り上げ、もう一人の誘拐犯を蹴り飛ばす。
漸く誘拐犯が反撃に出たが、男の人に攻撃は当たらずこてんぱんに倒されていった。
派手な登場数分で、男の人は誘拐犯六人を戦闘不能にさせてしまった。
 今、何が起きたんだろう。
今日二回目の驚きを食らい、あたしは混乱した。
男の人はあたしの元に歩み寄る。あたしはそれをただ見た。

「──────舞中よぞら(まいなかよぞら)さん」

彼の第一声は、あたしの名前だった。
その声は若々しい印象で、息が上がっている様子からして楽勝ではなかったようだ。
あたしを見下ろす顔は、その声と同じ幼さがある。所謂童顔か。
六人を倒したわりには華奢な身体の持ち主。

「ゴメンナサイ」

次に発しられた言葉は、謝罪。
なんだか妙に変な発音なのは気のせいか。緊張したみたいにガチガチ。

「不幸せになりましたか?」

今度こそ、あたしは首を傾げた。
変な質問。

「あっ、違う…えっと……その……お怪我はありませんか?」
「………」

問いかけが下から口調なのは何故だろう。
笑いを狙っているのか?笑うべきか?

「…あの」

とりあえず何もわからないこの状況。
あたしは確認することにした。

「貴方は敵ですか?」

敵か味方か。
はい敵ですと頷かれたら、先ずは脛を蹴り飛ばし体勢が崩れたその顎を蹴り飛ばし足を踏んで脱出。
思い付きの作戦を組み立てた。
でもきっと、敵じゃないと答えるはずだろう。

「貴女の味方です。貴女を決して裏切らない傷付けない味方です」

彼はそう答えた。
味方ですと断言するのを求めていなかったのに、ただ敵じゃないの一言だけが欲しがったのに。
そこまでズバッと言うか?この人。
あたしは思わず、笑ってしまった。





 貴女の瞳に僕が映る。
 貴女の笑顔が僕に向けられた。
 これは夢みたいな出来事。






「おはよ、狐月(こつき)さん」
「お、おはようございます……舞中よぞらさん」

 誘拐事件から助けてくれた男の人の名前は早坂狐月(はやさかこつき)さんはあの日以来出掛けるたびに送り迎えをしてくれる。
話を聞けば、誘拐の原因は狐月さんにあって、あたしは狐月さんをリンチするための人質だったそうだ。何故あたしなんだろう?
その疑問には狐月さんは困った顔を返す。その顔が可愛いんだな、これが。
童顔の歳上の異性と毎日歩けるあたしは棚ぼただ。

「なんでフルネームなんですか?あたし年下なんですから敬語いらないですよ?」
「い、いや……」

笑いかけると狐月さんは顔を伏せて、長い前髪で顔を隠してしまう。六人の男を倒した人だが、口下手らしく口ごもるのが多い。それがまた可愛いんだよなぁ。

「あ、レッドトレイン。あれ凄いですよね!」
「レッドトレイン…?」
「あたしが誘拐されてたのと同時刻!電車の五十七人の乗客と運転手が何者かに切りつけられ、一人以外死亡!の事件ですよ!」

学校への道のり。
あたしはその話題を出した。
日本では驚きの事件。
犯人不明の大量殺人事件。
家に帰ってテレビをつければどの番組もその事件のニュースだらけだった。
その日からそのニュースに釘付けなのだ。
日本ではあり得ない事件。大量殺人なんて、無縁だと思っていた日本で起こったことは驚き。
しかも誘拐という非日常的な体験をした日にだ。
あの日から、始まった気がする。
新しい人生の幕開け。
これからなにかが起こるはずだ。
スキップしてしまいそうなほど、心が弾む。

「凄いですよねぇ、その場で五十以上を殺しちゃうなんて。一体犯人はどんな人なんでしょうね?」
「……君は、殺しを…肯定するの?」

弾んだ声で狐月さんに言ったら、思わぬ質問が返ってきてギョッとする。

「殺しを、肯定、しては、いませんよ?人殺しはいけないと思います」
「…そう……だよ…ね」

嫌われるんじゃないかと、顔色を伺って慎重に答える。本音だ。
殺しはいけないと思う。やっちゃだめだと思う。
それは思うけど、この事件に興奮している。
それは普通に考えたら、不気味がられるかな。
平凡な日常の些細な非日常な出来事。
単調な日々を嫌がって非日常を求めていたあたしにとってそれは楽しみになる。

「でもね、狐月さん」

あたしは嫌われる可能性があっても、言いたくなって口を開く。

「あたしあの電車に乗る予定だったんですよ。誘拐されなければあの電車の殺戮を目の当たりにしていたはずです」

あたしは薄く、笑う。
別に行く宛があったわけじゃない。わけもなくただ電車に乗ってふらつくつもりだった。
駅に向かう途中に誘拐に遭い、電車に乗ることはなかった。まあ、事件の起きた電車に乗ったとは限らないが。

「誘拐されてたのも大きな事件だったけど、それによって大量殺人から回避できたのは…とっても凄いですよね。凄い」

凄い。

「凄いけど……あたしは回避できたことを喜んでいいんでしょうか?あたしは……あそこに居なかったことを悔やんでたりします。きっと恐怖は感じて殺しの惨劇に驚愕したでしょうが……ほら、生存者がいるじゃないですか。あたし同い年なんですよ、十八才。その子に是非とも会って見た光景を聞いて、犯人はどんな人で、貴女は何を感じたのかを好奇心で訊いてみたいんですよね。彼女の強烈なトラウマなのに酷い話ですよね。んーなんて言うのかな、んー、何が言いたいんだか忘れちゃいました。えーとですね…」

言いたいことがまとまらなくなって困ってしまう。
その日、非日常を過ごした。
なのに、乗るはずだった電車にはもっと非日常な事件が起こった。
生還していることを喜ぶべきなのに、生存者に嫉妬してしまった。
同じ日に、非日常を味わった同い年の少女はテレビにまで取り上げられ、悲惨な殺戮現場から生還したのだ。
そんな経験を、したかった。
トラウマになろうとも。
それぐらいあたしは、今の生活が嫌だった。淡々と続く日常が嫌だった。
そうか。言いたいことがわかってきた。

「あたしは非日常を求めてるんです。誘拐されたのも、かっこよく登場して助けてくれたのも、映画みたいで非日常的で狐月さんには感謝しています。でもレッドトレインの方が現実場馴れしてるでしょ?単調な日々での非日常が……あたしは欲しいんです。もしかしたらあたしはきっと、非日常を求めてレッドトレインを起こしたかもしれません」

クスリと笑ってあたしは真面目な顔を崩す。ちょっと本音過ぎた。
そう思っちゃったりするんです。はぐらかすようにあたしは笑いながら言う。

「まぁ、こんな強烈な事件が起きても、そのあとはまた淡々と平凡な日常が続くんでしょーね。それが残念でなりません」
「………」
「…狐月さん?」

一方的に喋ったが、流石にそろそろ口を開いてほしい。
流石に他人に話してはいけないものだったのか、振り返ったら狐月さんは立ち止まっていた。
友達にも話さないことをつい数日前にあった人になんで話してしまったのだろうか。
狐月さんにコイツはヤバイ人間だと認識されたのかな?不安になって首を傾げて顔色を伺う。
狐月さんは、あたしを真っ直ぐ視ていた。
長い前髪の間の眼は澄んでいて綺麗だ。
その眼に見つめられていることに、ドキリとする。

「誘拐は僕の最悪な失態だ、そしてそのせいで貴女が貴重な体験を逃したなら一生の不覚だ。僕は貴女に償うべきなんだ」

狐月さんはいつもの戸惑った口調じゃなく、力強い口調ではっきり告げた。
償えと言ったつもりはなかったのに彼はそう受け取ったしまったらしい。慌てて誤解を解こうとしたが、狐月さんは続けて言った。
今度は狐月さんが一方的に話す。

「貴女が望むものがあるならば、僕が与えるべきなんだ」

言い切る強い声はあたしの脳内に染み渡る。

「非日常が続くようにするのは難しいけど、僕は望みを叶える。非日常が貴女の望むものなら」

断言していく台詞。
妙に胸の奥が疼く。
呻いていく。
誘拐された時みたいに。
派手な登場のあの瞬間みたいに。
大量殺戮事件を知った時みたいに。
興奮で疼いている。
狐月さんは黒い携帯電話を開いてあたしにそれを向けた。

「僕は僕の全てを差し出す」

差し出す。
何のことだかわからなかった。
携帯電話を向けられた意味もわからない。
狐月さんの顔を視てから、あたしは携帯電話に目を向けた。
画面に映るのは一つの画像。
というかダグ、だろうか。
筆で書かれた風の字は“狐月組”。紅色の字が画面の中ででかでかと表示されていた。
“狐月組”。
それが何なのかは知らない。
それでも。
あたしは始まりを感じていた。
単調な日常をぶち壊し、新しい日常が始まると感じ取った。
新しい世界が、始まる。
それを予知して興奮で胸が疼いた。
怪獣の悲鳴のような騒音を思い出す。
それが合図だった。
開始の合図。

始まりだ。


その夜。レッドトレインの唯一の生存者は、護衛の刑事を殺した大量殺人鬼の犯人に誘拐されたそうだ。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。