潔い、というか、己をよく知っている、というか。29歳で現役引退。公式HP上の彼自身の発言によると、ドイツW杯の半年前からすでに決めていたそうだ。中学時代から寵児として注目を集めていた彼は、サッカー馬鹿でないことでも有名だった。着々と語学を勉強し、経済学やアートにも興味を示す多才ぶり。サッカーだけで人生を終わらせるのは惜しいと思って当然だ。
中田といえば、自分に話しかけてくる記者たちを空気のように黙殺する、あの厚顔ぶりは見事だった。イタリアでは、日本人記者と日本のメディアに協力する現地記者を会見場から締め出し、クラブ関係者や現地記者を呆れさせた。もうひとつ象徴的なエピソードがある。イタリアのあるホテルで、従業員が中田に「スタッフの中にあなたのファンがいます。どうかサインを」と頼む?、中田は「その人は日本人か?」と怪訝そうに尋ねた。そこに1人、日本人スタッフがいることを彼は知っていたのだ。しかしその依頼がローマ出身のシェフだとわかると、中田は喜んでサインに応じ、肩を組んで笑顔で写真に納まった。
そんな様子を一番不思議に感じていたのは、イタリアのチームメイトやファンたちだった。外国人選手は、自国のメディアやファンを大事にするのが普通だからだ。
ここで彼の性格に言及する気はない。素顔の彼は、気さくで親しみやすい若者なんだろうし、自分の姿勢を、誰になんと言われようとも貫き通したこと、そしてサッカーに傾けた情熱、この2つは立派だった。しかし、1つだけ納得いかないのは、彼ほどプロ意識の高い選手が、なぜ、1-9フォーメーションでキック&ラッシュが売りの、彼の良さが活きっこないボルトンというチームを選んでしまったか、ということだ。日本代表ではあらゆる展開の源だった彼は、ボルトンでは、ピッチ上のゴーストだった。