そらもよう
 


2013年01月01日 春を待つ冬芽
待っていた汽笛が、重なり合って横浜港を渡り始めると、新しい年がやってくる。
 秋田雨雀「三人の百姓」。
 飯田蛇笏「秋風」。
 小倉金之助「黒板は何処から来たのか」。
 西東三鬼「秋の暮」。
 妹尾アキ夫「凍るアラベスク」。
 土谷麓「呪咀」。
 中谷宇吉郎「」。
 正木不如丘「健康を釣る」。
 正宗白鳥「心の故郷」。
 室生犀星「抒情小曲集 04 抒情小曲集」。
 柳田国男「遠野物語」。
 吉川英治「私本太平記 01 あしかが帖」。
本日で著作権の保護期間を過ぎた、12人の著作を公開する。

作品を複製したり、インターネットに置いたりする権利を、日本の著作権法は、作者が生きているあいだ、加えて死後50年にわたって、著作権者に独占させると決めている。この間、作品の利用はさまざまに制限される。ただし、保護期間を過ぎれば、誰に断ることなく電子図書館に置いて、自由に読んでもらえるようになる。
法律の規定で、縛りの解ける境目は、大晦日に設定されている。明けて新しい年がくれば、利用の自由が広く認められる。本日公開した作品はいずれも、今日からその扱いとなったものだ。

著作権が切れたばかりの作品を青空文庫が元日に公開するのは、今回がはじめてではない。はっきり意識して始めたのは、2005年のことだ。それ以前も、小規模にはやったことがあったし、以降は必ず、かまえて準備してきた。

元日公開を準備するようになったのは、著作権の保護期間が、死後70年に延長されると聞いたのがきっかけだった。本当に延ばせば、以降20年間、青空文庫は新規の著作権切れを、迎え入れられなくなる。70年が、過去にさかのぼって適用されれば、すでに公開している作品のおよそ半分を、取り下げざるをえない。

作家として暮らしを立てられるように、権利を定めて作品を守ることには意義がある。かつては私自身も、ライターとして、その仕組みに助けられた。
ただしもう一方で、あるタイミングで保護を打ち切れば、作品提供のコストを下げる余地が生まれる。縛りをはずせば、過去の作品を下敷きにして、新しい作品を作ることも容易になる。個人の“資産”から社会のそれへと位置づけを変えることで、作品を、さまざまに活用する道が開ける。
著作権の切れたものを、テキストにして公開する青空文庫の試みも、その一つ。インターネットが社会基盤の一層として加わることで、位置づけを変えて得られるものは、格段に大きくなった。
ならば保護期間は従来通りにとどめ、デジタルアーカイブを育てることこそが、インターネットを得た社会で、なすべきことではないのか。
そう考えて、2005年1月1日、「著作権保護期間の70年延長に反対する」と宣言し、元日公開で、著作権が切れることの意味をアピールしようと考えた。

社会の片隅で、静かにテキスト化を進めてきた青空文庫が反対を唱えたところで、何になるだろう。けれど負けるなら、保護期間50年でできることを実例として示し、延長のメリットとされるものとくらべて、それでも延ばすのかと問いながら、負けていきたいと考えた。
元日公開の裏には、みつけたと思った可能性の芽をつまれようとする者の、ごまめの歯ぎしりがあった。

神奈川県立図書館に隣り合った、公園のそばで暮らしている。小さいけれど桜の名所で、春は花見でにぎわう。
図書館に向かうとき、桜木町に出るときには、必ず公園をぬける。ひときわ寒いこの冬も、裸の枝についた冬芽は、少しずつふくらんでいくように見えた。
良き敗者たらんと始めた元日の新規著作権切れ公開には、どこかに、強いられた戦いの気分があった。そこにこの冬は、春を待つような気分が紛れ込んできた。

「青空文庫を使う人がふえている。」
2012年には、繰り返し、そう実感させられた。
数年前から、スマートフォンやタブレット用に、青空文庫を読むソフトが競って書かれ始めた。そこにこの年、電子書籍端末が加わった。
koboやKindleの専用ストアに、青空文庫から作品ファイルが移されていく。有料の本に並んで、いささか古くはあるけれど、一群の無料の作品が提供され始めた。ただで読める電子書籍の総称として、青空文庫を知る人が増えた。

「待つ」気持ちを駆り立てたもう一つの要素は、長く読み継がれてきた作家の著作権切れだ。
2013年には、吉川英治の著作権が切れる。ならば、三国志や宮本武蔵、私本太平記などが、青空文庫で読めるようになるのではないか。柳田国男も切れる。では「遠野物語」も。雪の研究で知られる、寺田寅彦の弟子の中谷宇吉郎。室生犀星、正宗白鳥、翻訳でたくさんの仕事をのこした妹尾アキ夫も。
こうした記事が何度か書かれ、twitterや掲示板で注目を浴びた。
1998年の織田作之助、横光利一。1999年の太宰治。以来、堀辰雄、坂口安吾、神西清、久生十蘭と、文体に古さを感じさせない作家の著作権が切れ始めていた。
だが、吉川英治への期待は、明らかにこれまでのレベルを超えていた。
著作権保護期間がこれまでどおり、死後50年に保たれれば、2014年には、野村胡堂。2016年は、江戸川乱歩、谷崎潤一郎、中勘助。2018年には、山本周五郎が切れると、話題は将来の期待へもつながっていった。

青空文庫のトップページには、元日にだけ、新しく著作権の切れた作家を歓迎する、「Happy Public Domain Day」のロゴを掲げる。
吉川英治は、まず「私本太平記」から始める。続いて、「宮本武蔵」「鳴門秘帖」と、進めるつもりだ。校正がすめば、「三国志」も公開できるだろう。柳田国男、室生犀星、中谷宇吉郎にも、早めに公開できるものがある。
どうぞ、読んでほしい。

昨年、電子書籍の専門ストアーに、青空文庫のファイルが移されると、「収録冊数の水増し」となじる声が上がった。仲間内では、以来、青空文庫を「水」と呼ぶことが流行った。
私たちの活動の目的は、著作権の切れた作品を、使い回しの効くテキストに仕立てて、社会の資源として利用してもらうことだ。四方八方に流れて、そこで人を潤そうと目指すのだから、水は青空文庫のあり方にふさわしい。
だが、水として社会を潤す試みは、簡単なことではない。保護期間を過ぎた作品をテキストにして、利用に制限をつけずにネットに上げるだけでは、水が流れ出すことはない。

開設当初、「青空文庫のファイルは自由に使ってください。」とだけ書いていた。オープンソースにも造詣の深い山形浩生さんから、そうした姿勢を「しょぼい」と批判された。このファイルを使って、何ができるか、何はゆるさないかを明確に定義し、表明しておかなければ、使う側は手を出しにくい。社会の資源としては、生かされないと。

批判された時点では、すでにかなりの作品を公開していた。それまでファイル作りに携わった全員に呼びかけて、使い方に関する話し合いを始めた。そうしてまとめたのが、「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」だ。以来、作業協力を申し出てくれる人には、まずこの文書に目を通してもらい、「有償、無償を問わず、著作者人格権を侵害しない範囲でなら自由に加工して、使って良い。その際、事前にも、事後にも、青空文庫への連絡の必要はない。」とすることに納得できるか、確認を求めている。

青空文庫が作っているものは何かと問われれば、テキストと答える。ルビの書き方、字下げや文字サイズなど、入力の元にした本の組版情報をどう表現するかを決めて、同じルールでファイルを積み上げようと目指している。
だが、最初からこう考えて始めたわけではない。日本の電子出版を拓いてきたボイジャーのエキスパンドブックからはじめ、特定のフォーマットには寿命があることを身にしみて知る中から、もっとも長持ちが期待できる形式はなにかと考えた。そして、何の変哲もないテキストに行き着いた。そこに書き込む組版情報の表現ルールを見直し、コンピューターで処理できる形を意識して、全体を組み立て直した。
青空文庫ファイルの表示ソフトは、このルールを逆にたどり、紙面と似通ったページを、画面上に組み立てる。電子書籍端末で利用するために用意されたファイル変換ソフトは、このルールを信頼して設計されている。
ルールが確立される前に作られたものは、見直して形式を整えておかないと、四方八方へ向かう水の流れにうまくのれない。そう思ってファイルの修正を続けてきたが、今の形式から外れたものは、まだ残されている。社会の水として存分に使ってもらうためには、見直しをさらに進める必要がある。

表示ソフトへ、変換ツールへと、青空文庫からは水の道が伸び始めた。そのつなぎ目として機能しているのが、作品名、著者名、底本、初出など、書誌情報を網羅したCSV形式のデータだ。
青空文庫のファイルでは、難しい漢字などが、へんとつくりの組合せで書かれていることがある。使っている文字コードに、その字がないことによる制約だ。従来はCSVにもこうした表現を用いており、引きずられて、外部のシステムに持ち込まれることがあった。そのデータの作り方を、変えようと思っている。変更後のサンプルを提供して、外部の利用者に見てもらっており、1月中には、切り替えを果たしたい。

2013年――。
青空文庫の小さな春を予感させるこの年、あなたはどんなふうに、ここから流れ出したファイルを読むだろう。
インターネットに接続されたパソコンか。スマートフォン、タブレット。それとも、電子書籍端末か。それらを支える要素技術を思う。言うまでもない。すべては、人が育てたものだ。
それらが拓いた電子の道を駆け抜けて、あなたの手もとに届くファイルを思う。一文字一文字が、ひとりぼっちの密室の作業で入力され、長時間の無言の集中のうちに校正されたものだ。それらは皆、青空文庫の仲間が作り上げて届けた。
水となって四方に流れ出せと願うなら、テキストをインターネットに置くだけでは不十分。組版の表現ルールを確立し、全員がそれに従って作業すること。自由な利用規則を定めて、明示すること。読書システムの組み上げに求められる書誌情報を、自ら差し出す姿勢も求められる。

寒風の中で春を待つ冬芽について習ったのは、いつだったろう。
剃刀の刃で縦に切ると、花びらになる部分、おしべ、めしべなど、花のパーツのすべてが、精密な模型のように一式そろい、肩を寄せて縮こまっているのが不思議だった。
固く閉じた芽の中で、花となる一式が準備されるのは夏から秋にかけてのこと。植物の生命が、その全てを用意する。

開花を待つデジタル・アーカイブを組み立てる要素にも、無から生じたものはない。
青空文庫の誕生は、1997年。今年で、足かけ17年になる。
入力の勢いに校正が追いつかず、10年の長きにわたって読む人を待つファイルを生んでしまった。開設当初、唯一の選択だった文字コードのまま作業を続け、その後普及したものに切り替えられていない。基盤整備の積み残しも、まだまだ抱えている。それでも、花弁となり、おしべ、めしべとなるものを、蝸牛の歩みの中で用意してきた。
求められるこまのすべては、春を待つ冬芽の中で準備されてきた。そしてその中心には、著作権制度の精神があり続けたと私は思う。

日本の著作権法は、第一条に法の目的を掲げている。
この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。
他人の手が、無作法に及ぶことを排除して、作った人を守ろうとするだけではない。権利を定めて保護を図る一方で、作品が広く公正に使われることにも意をはらう。保護と利用、双方を支えとして、文化の発展を目指す。
だからこそ保護に期限を設け、社会の資産として広く活用されるよう願って、あるところで個人の手をはなす。
アーカイブの春を遠くのぞみながら、人が用意してきたさまざまな要素の中でも、その中核をなすものは、著作権制度に先人がこめた、理想ではなかったかと思う。

だが、私たちの耳にとどくのは、春の足音だけではない。
21分野にわたるTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉項目には、知的財産も含まれる。2000年代半ばからの著作権保護期間延長論議の背景には、知財に関わる制度を自国にそろえさせることで、コンテンツ産業の利益の増大を狙うアメリカの圧力があった。2011年2月にリークされた、同国のTPP関連知財要求項目には、著作権の保護期間を、作者存命中と死後70年を下回らない範囲に設定することが含まれていた。

国立国会図書館は、かねてから、ページ画像方式の電子図書館、近代デジタルライブラリーを提供してきた。
加えて、本日から施行される改正著作権法によって、デジタル化したものの内、絶版資料等を図書館に配布する権利を認められた。
保護期間内でも、入手しずらいものは図書館に配信。期限を過ぎれば、近代デジタルライブラリーで広く一般に公開と、国会図書館は、書籍デジタル化でできることを一歩一歩積み上げてきた。アーカイブの春による最大の恩恵は、同館によってこそ、もたらされるだろう。
延長でたがをはめられるのは、青空文庫だけではない。
先行してデジタル化され、著作権切れを待つ国会図書館の電子書籍もまた、大きく制約されてしまう。

今一度突きつけられた保護期間延長要求に対して、再び、私たちにできることはなんだろう。
声も上げよう。旗も立てよう。
だが、たよりなく、まどろこしくは感じられても、デジタルアーカイブでできることを積み上げ、たくさんの人とともにその成果に潤され、その意義を強く自覚することこそ、もっとも根底的な延長への批判たりうるのではないかと思う。
春の足音が聞こえる。
開きかけた冬芽を胸に、この道をなお、進みたい。(倫)


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