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インドネシア 歌が命を救った

12月27日 21時10分

佐藤伸哉カメラマン

22万人を超す死者・行方不明者が出たインド洋大津波から8年。
しかし巨大な津波に襲われたにもかかわらず、犠牲者が極めて少なかった島がインドネシアにあります。
なぜ犠牲者が少なかったのか、その理由として、100年以上歌い継がれてきた津波の教訓を伝える歌が注目されています。
ジャカルタ支局の佐藤伸哉カメラマンが解説します。

島民を救った歌

2004年12月26日に東南アジアからアフリカ東部までの広い範囲を襲ったインド洋大津波。
死者・行方不明者は、合わせて22万人以上に上りました。
このうち最も大きな被害を受け、16万人以上の犠牲者が出たのが、インドネシアのアチェ州です。
そのアチェ州の中で、インド洋に浮かぶ人口8万人のシムル島は、地震の震源から60キロと近く、およそ9メートルの津波が押し寄せましたが、犠牲者は7人にとどまりました。

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建物の9割近くが全半壊したものの、犠牲者が限られた理由は、島で歌い継がれてきた歌の存在です。
現地のことばで津波を意味する「スモン」という歌で、1907年に島民の多くが犠牲になった津波の教訓を伝えるために作られました。
歌詞には「大きな地震のあとには津波が来るので、すぐに高台に避難しろ」などといった内容が盛り込まれ、語尾が韻を踏んでいて、耳に残る工夫がされています。
子守歌や農作業の合間の歌として伝承されてきました。

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進化する「スモン」

日常生活の中で繰り返し歌われてきた津波の歌「スモン」。
津波からどう身を守るべきかシムル島の人々の間に広く浸透しています。
島で子どもたちに「地震が起きたらどうするの?」と聞くと、必ず「すぐ山に逃げる!」と答えていました。
さらに、遠い昔の津波の教訓を伝えるだけでなく、時代に合わせて新たな歌詞も付け加えられています。
8年前のインド洋大津波に加え、一部の村では、驚くことに東日本大震災のことも新たに歌に盛り込まれていました。
「2011年に日本で津波が起きた」といったように簡単な言い回しですが、村の長老は、「今後のために日本の震災のことも歴史として残しておきたかった」と話していました。

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日本人研究者も注目

多くの島民を救った津波の歌「スモン」に注目し、調査研究を続けている日本人がいます。
立教大学アジア地域研究所の高藤洋子研究員です。
インド洋大津波のあと、インドネシアでボランティア活動に参加したとき、「スモン」のことを知ったのがきっかけです。
「スモン」を広く防災教育に生かせるのではないかと思い、何度も現地に通い、聞き取り調査などを進めています。
高藤さんの調査に取材で同行させてもらいましたが、津波当日に、逃げた山で息子を出産したという女性の話が印象的でした。
ヌルリアティさんという女性で、出産間近に地震が起き、瞬間的に「スモン」の歌を思い出し、すぐに避難したということで、「津波の恐怖で、陣痛も感じなかった」と話していました。
ヌルリアティさんは、生まれた息子に「スモン」と名付けました。
津波の教訓を息子の代になっても伝え続けてほしいという願いからでした。

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「スモン」で防災教育

高藤さんは、津波の歌「スモン」を広くインドネシアの人々に知ってもらおうと取り組んでいます。
インド洋大津波から8年がたち、人々の防災意識が薄れつつあるためです。
およそ8万人が犠牲になったアチェ州の州都バンダアチェでも、人々からは「もう津波のことは思い出さなくなった」とか、「しばらくは、津波は来ないよ」などといった声がよく聞かれます。
海岸近くの土地に移り住む人も増えていて、この8年で復興は進んだものの、津波の記憶は風化しつつあるように感じます。
高藤さんは12月中旬、バンダアチェの中学校や高校を訪れ、シムル島で撮影した映像を見せながら、生徒たちに「スモン」を紹介しました。
生徒たちは、「自分の命を守るには、まず逃げることと、常に警戒心を怠らないことが大事だと分かりました」と話していました。
地元の政府も強い関心を示し、防災教育に「スモン」のような津波の教訓を伝える歌を取り入れることを検討しています。
高藤さんは、「スモンを通して、津波の教訓を伝えていくことの大切さを多くの人に分かってもらいたい」と話していました。

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「スモン」を次の世代へ

シムル島でも伝統の歌を絶やさないための取り組みが始まっています。
シムル島のような離島でも、携帯電話などが普及し始め、人々の生活が大きく変わり、伝統文化の継承が難しくなりつつあるからです。
ある地区では、子どもたちを対象にした「スモン」の練習がことしから始まり、大人たちが歌と太鼓の演奏を指導しています。
1回4時間の練習を、週に4回行うこともあるということですが、子どもたちは「スモン」を歌うことに誇りを感じているようでした。
島に根づく津波の歌「スモン」。
命を守る歌として、世代を超えて広く歌い継がれようとしています。

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