米国の学者リチャード・イースタリン氏が「幸福の逆説」を唱えたのは1974年である。1人あたりの国内総生産(GDP)が増えても、国民の幸福感が高まるとは限らないという意味だった。
物質的な豊かさだけでは幸せを感じられない――。そんな人たちが日本でも増えているのは確かだ。所得格差の拡大や原子力発電への不信感などが相まって、脱成長や反成長のムードすら漂う。
成長は国民生活の基盤
だが雇用や賃金を生み出し、国民に富をもたらす経済成長の効用が、色あせたわけではない。「成長は幸福の基盤になる」(法政大の小峰隆夫教授)という言葉を重く受け止めるべきだろう。
2011年度の名目GDPはピーク時の97年度を9%下回り、20年前とほぼ同じ水準にある。デフレや円高、少子高齢化などが響き、日本経済の地盤沈下は続く。
成長は国力の源泉といってもいい。このままでは国民の生活のみならず、国の地位や安全を守るのも難しくなる。民間の力を引き出す経済改革を急ぎ、富を創出する基盤を固めなければならない。
第1の課題は海外の活力をどう取り込むかだ。アジアの潜在的な成長力は強く、米欧にもまだビジネスチャンスがある。海外への輸出や直接投資、証券投資で稼ぐ力と、海外の資金や人材を国内に呼び込む力をともに高めたい。
だが日本は自由貿易の出遅れや高い法人税といった多くの問題を抱える。これらの障害を取り除き、内外の企業や個人が活動しやすい環境を整える必要がある。
要になるのは環太平洋経済連携協定(TPP)への参加だろう。日本が成長市場で稼ぎ、国内に利益を還流させるには、貿易・投資の自由化が欠かせない。この交渉に一刻も早く加わるべきだ。
法人課税の実効税率は12年度に、40.69%から35.64%(復興増税を除く)に下がった。これを主要国並みの25~30%に引き下げることを検討してほしい。行き過ぎた円高を修正する金融緩和や通貨外交も続けなければならない。
京大の若杉隆平名誉教授らの研究によると、輸出企業は非輸出企業の3倍の雇用を生み、25%高い賃金をもたらす。製造業の海外展開で国内産業が空洞化する恐れはあるが、グローバル化の果実に目を向けないわけにはいかない。
第2の課題は内需の掘り起こしである。少子高齢化が進む日本では、勤労世代が多く買う住宅や自動車、家電の市場が縮み、高齢者が求める医療・介護サービスの市場が広がりやすい。こうした「スペンディングウエーブ(支出の波)」への対応が試されている。
重要なのは規制改革だ。医療、介護、保育、教育などの規制を緩和・撤廃し、民間企業の参入を促すことで、「官製市場」を真の成長分野に変えられる。サービス業を育てれば、製造業空洞化の影響を和らげる効果も期待できる。
私費の自由診療と保険診療を組み合わせて受けられる「混合診療」を原則解禁すべきだ。株式会社や非営利組織が保育施設の経営に携わりやすくする必要もある。
学校経営に対する学校法人と企業の参入条件をそろえ、強い経営基盤を持つ大学などを増やしたい。知識や経験が豊かな社会人を小中学校の教員に登用しやすいような制度改革も急いでほしい。
内閣府によると、規制改革は05~08年度に5.4兆円の恩恵を消費者に与えた。「企業はもうけ主義に走る」「規制緩和は格差を生む」といった批判を乗り越え、不断の改革に取り組んだ方がいい。
地方の創意工夫も重要
第3の課題は地方分権だ。公共事業ばらまき型の地域活性化には限界がある。戸堂康之東大教授は「地方の創意工夫を生かした特色ある発展を目指すべきだ」と話す。
過剰な国の規制をなくし、地方に権限を移したい。ひもつきの国庫補助金を減らし、地方の自主財源を増やす必要もある。こうした改革が特産品を使った新産業の創出などにつながる。観光振興や企業誘致は地方の判断に委ねる方が効率的だし、自然エネルギーの事業化も地方でこそ生きる。
安倍晋三政権は「成長による富の創出」を掲げた。抵抗勢力の壁を破り、必要な手段を繰り出せるかどうかが問われる。もちろん新しい産業や技術を生む民間の知恵も要る。すべての力を結集し、日本経済の再生を目指す時だ。
小峰隆夫、GDP、若杉隆平、安倍晋三
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