日本の国の力がどんどん落ちている。国内総生産(GDP)はすでに中国に抜かれた。強みを発揮してきた産業も崩れた。巨額の赤字を抱える財政は身動きが取れない。政治は衆院選で自民党が大勝したものの、夏の参院選まで衆参ねじれの状況は変わらない。
手をこまぬいていては、この国に明日はない。閉塞状況を打ち破り、国力を高めていくための手がかりをつかまなければならない。
投資とイノベーション
まず大事なのは目標を定めることだ。どんな国家にしようとするのか、どのように経済を立て直していくのか、どんな社会をつくっていこうとするのか――という思いの共有が求められる。
戦後を考えると、だれもが等しく豊かで自由な社会をつくるという共通の目標があった。吉田茂元首相が敷いた軽武装通商国家の路線のもと、経済大国をめざした。
一億総中流ということばにあらわれているように、その目的は達成された。内閣府によると、日本の1人当たり名目GDPは、経済協力開発機構(OECD)加盟国中、1993年には2位だった。しかし、バブルの崩壊とその後の「失われた20年」で2011年は14位どまりだ。
経済再生のための目標をどこに置くのか。国民総所得(GNI)という指標を新たな物さしにしてみてはどうだろうか。「投資立国」の勧めである。
GDPに海外投資の利益を加えたのがGNIだ。個人や企業の内外での稼ぎを総合的に示す。11年度の名目GNIは488兆円で、名目GDPの473兆円を3%上回る。
グローバル化の波に乗り、国境を超えて経済活動を営む個人や企業は珍しくなくなった。こうした動きを経済連携協定(EPA)などで支え、海外での稼ぎを国内に還流させる必要がある。
ただ、GDP自体が増えない限り、GNIの大幅な拡大も望めない。強力な金融緩和と確固たる成長戦略でデフレや円高を克服し、日本経済を確実に底上げしなければならない。
これからの国家のめざすべき方向も示す必要がある。ひとつの提案は「科学技術イノベーション立国」の勧めである。
科学技術の力で新産業を育成し人々の生活を変えるイノベーションをおこせる国、科学技術を創造し地球環境問題など世界の課題解決に貢献する国である。
日本は官民合わせて11年度に約17兆円を科学技術に投じた。東日本大震災に見舞われた同年度も投資額は前年度比1.6%増えた。GDPの3.7%は、米国の2.9%を上回る。
日本は今や、生命科学や先端材料などいくつかの分野で間違いなく世界をリードする。そこでは、iPS細胞が扉を開いた再生医療のように、物の豊かさだけでなく、生活や心の豊かさにつなげることが大事になる。
社会の目標としては、東日本大震災をきっかけに高まった共助の精神も忘れてはならない。基本になるのは自助・自立だが、困ったときにはお互い助け合い、困難を乗りこえようとする「自律と連帯」の勧めである。
「国民よ、自信を持て」
こうした目標を達成していくためには政治の安定が欠かせない。何よりも、06年以降、7年連続で毎年、首相が交代している政治指導者の大量消費時代と決別しなければ世界に相手にされない。
深刻な対立がつづく日中関係は、危機回避の戦略を確立する必要がある。自助努力による防衛能力の向上は当然だが、日米同盟を深化させなければならない。
対中懸念を抱くオーストラリア、インド、ベトナム、フィリピンなどと連携し、網状の安保協力の枠組み作りも進めるべきだ。
国力のもとである人口が増えない。12年に日本の人口は約21万人の自然減となった。松江市が1年間で消えていく数だ。どうにも少子化に歯止めがかからない。
だが、悲観ばかりしていてもはじまらない。大きな国家戦略のもと、新たな価値を創造する力を磨いていけば、明るい明日は必ずやくると信じたい。
吉田茂元首相は、回顧録『回想十年』の中で「復興再建の跡を顧みて」と題する章を、次のようなことばで結んでいる。
「日本国民よ、自信を持て」
GDP、吉田茂、GNI
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