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初の国産ジェット旅客機が、この秋にも大空を舞う。
三菱重工業の子会社、三菱航空機(名古屋市)が開発する乗客100人以下の小型機、三菱リージョナルジェット(MRJ)だ。
この市場は米ボーイングと欧州エアバスが牛耳る中大型機とは違い、参入余地が大きい。需要は5千機ほどに及ぶという。
両社に長く部品を供給してきた三菱だが、アジアの後続企業の追い上げもあり、完成機メーカーに脱皮する最後の機会と見て勝負に出た。
■「売る努力」の結晶
日本のモノづくりの粋であり、客先の航空会社からも機体への不安は聞かれない。
ただ、旅客機はそれだけでは売れない。すでに330機を受注したMRJは「売る努力」の結晶でもある。
販売の決め手は、世界規模で迅速にトラブルを処理するアフターサービスの水準だ。ここが優れていれば航空会社は機材を効率よく使って収益を上げられる。中古も良い値で売れ、いきおい新品も高く売れる。
自前主義では間に合わない。ボーイングと提携してノウハウを学び、補修や訓練など分野ごとに世界から優良企業を選んでチームを組む。
モノが主軸ながら、顧客のニーズに最大限に応える販売・サービス体制を構築し、主導権を確立していく。グローバル化を目指す日本企業の進むべき一つの道がここにある。
経営学の大家ドラッカーは、企業経営の本質は技術革新と市場創造だと看破した。
だが、日本企業はモノづくりへの自信に溺れ、売る努力の方向性を見失った感がある。正価で売れず値引きし、デフレに苦しむ。
いま一度、自らの製品やサービスの価値を世界に認めさせる力、つまりブランド力を取り戻すために知恵を絞らなければならない。新興国が台頭し、ますます「個性」が競い合う世界の中で埋没しないために。
■一極集中からの脱却
「いっぺん観(み)たろか、ええやん文楽」という民間イベントを師走の大阪でのぞいた。
市の補助金見直し問題を機に、文楽を考え直そうという催しである。実演に先立ち、人形遣いの桐竹勘十郎さんと作家の有栖川(ありすがわ)有栖さん、ファッションデザイナーのコシノヒロコさんが対談した。
有栖川さんいわく、「客足が悪いから補助金を切るのではなく、伝統と時代感覚をマッチさせ、お客を増やすために行動するプロデューサーが必要だ」。
コシノさんは子どものころから祖父に連れられ、文楽に親しんできた。
「それが肥やしになり、自然ににじみ出る個性が世界で評価される。意識して日本的なものを狙ってもダメ」
血肉になった個性でなければ評価されないのは、企業も同じだろう。コストを削るだけなら誰でもできる。経営者の仕事は社会のなかで会社を発展させていくことだ。
日本市場に深く浸透しているフランスやイタリア、スイスの企業には、個性に裏付けられた高いブランド力がある。
日本でも、会社が都会にあるか地方かは関係ない。むしろ、伝統や自然に恵まれ、腰をすえた経営ができる地方企業は、価値の創造には望ましい環境にあるかもしれない。
人手をかける仕事を守り、所得を分配する社会的な機能を果たす。縮小する国内市場にこだわらず、直接、世界を相手にしていく。そんな企業が触発し合う「場」が地方に育てば、大都市の人材も引き寄せられよう。
21世紀には、東京一極集中の戦後とは異なる成功の形があるはずだ。
■優れた着想の連鎖を
JR九州は、今秋から豪華な周遊列車「ななつ星」を走らせる。由布院(大分)や霧島(鹿児島)、阿蘇(熊本)など5県をめぐる3泊4日コース(2泊は列車泊)は2人で最高110万円。海外の旅行会社からの引き合いも増えている。
移動手段である鉄道を「滞在場所」と位置づけたことで新境地が開けた。ヒントは豪華客船の旅だ。
もっとも、立派な車両や車内サービスだけでは完結しない。立ち寄り先のさまざまな接遇との相乗効果こそ生命線だ。
世界の金持ちを相手にごまかしはきかない。「本物は何か」という厳しい自問と、何より優れた着想力が求められる。
これまでユニークな観光列車で経験を積んできたJR九州にとって、ななつ星は集大成だ。同時に、アジアからの観光客誘致に取り組んできた個性ある地域を結んで、新たな価値を創造する使命も帯びる。
美しい宝石をつなげれば、より一層きれいなネックレスになる――。そんな好循環をつくる挑戦の糸口は、まだまだあるに違いない。