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【フットボール・コラム】ジョージ・ウエア

発行日:6/20

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         【フットボール・コラム】   2005/06/20発行 vol.336

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                ジョージ・ウェア
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 先頃、「リベリアの怪人」と呼ばれたジョージ・ウェアの引退試合が、
晩年に所属したマルセイユのベロドロームで行われた。
 ジダン、シェフチェンコ、エトーなどウェアに縁のある選手が多数駆けつけ、
ウェア自身がハットトリックを決める活躍を見せて、自らのキャリアにピリオド
を打った。

 1995年のFIFA最優秀選手にして、史上初めて欧州大陸以外から生まれた
バロン・ドール受賞者。
 母国リベリアでは、過去のどんな偉人よりも知名度の高い存在であり、
スーパスターという以上の地位を得た人物となっている。

 1966年10月1日、リベリアの首都モンロビアに生まれたウェア。
貧困家庭に生まれたこともあり、1歳の時に兄とともに両親の元を離れ、
祖母に育てられて来た。

 10代半ばにもならない頃から、賭け事や煙草にどっぷりと浸かる荒れた
生活を送っていたが、スポーツにおける才能は秀でており、何をやらせても
抜群の運動神経を見せ付けた。

 とはいえ、貧しい環境に身を置く少年が熱中するのは、世界のどこでも、
いつの時代でもサッカーが唯一無比の存在。
 地元のクラブ、ヤング・サバイバー・オブ・クラータウンでプレーしていた
ウェアは、18歳になろうかという1984年、ボングランジ・カンパニーに引き
抜かれ、サッカーを中心に生計を立てる決意をする。

 1年毎にマイティ・バロル、インヴィンシブル・イレブンとチームを移りながら、
連続して国内チャンピオンに輝くという幸運も重なり、ウェアは優勝請負人
のごとき存在となり、フル代表にもデビューを果たす。

 フランスとリベリアの二重国籍を持った市民として育ったウェア。
母国の公用語となっている英語だけではなく、幼い頃から周囲で話されて
いたフランス語にも親しんでいた。

 すると、1987年。かつてはフランスを宗主国としていたカメルーンの名門
トネール・ヤウンデが、リベリアでの活躍を聞きつけてウェアを獲得。
カメルーンでも破格の3万ドルを提示されたことで、母国を離れることとした。

 アフリカ大陸でも屈指の強豪に身を移しても、ウェアの才能は際立っており、
加入した1988年のシーズンに、即リーグ優勝へと導く原動力となる。

 欧州にも名を知られたクラブでのプレーぶりはすぐに広まり、ASモナコが
熱心に勧誘。国を出て1年足らずで、欧州の舞台へとステップアップする。
 ウェアの才能から、3年半の契約を結んでいたトネール・ヤウンデは、
未払いとなっていた移籍金も含めて、あっという間に回収してしまった。

 ウェアに付けられた値は、実に300万ドル。カメルーンに移って1年で
10倍にも跳ね上がった訳だが、その金額も後にはバーゲンに近いもので
あったと言われる程になる。

 当時のフランス王者モナコを率いていたのは、アルセーヌ・ベンゲル。
 父のように慕った監督からプロ選手としてのあり方を学び、社会人として
のあるべき態度も教えられたウェアは、後に「モナコで大人になることが
出来た。」と述懐している。

 ベンゲルの指南により、欧州でのプレーにもすぐ馴染んで行ったウェアは、
最初のシーズンで23試合に出場。14ゴールを挙げる活躍で、改めて特別な
才能を示すと、フランス・フットボール誌のアフリカ最優秀選手賞にも初めて
選出される。

 翌1990年シーズンは、怪我に泣かされて出場数を減らしたものの、
チームは欧州カップ・ウイナーズ・カップで準決勝まで勝ち進む。
 更に、1991年にはフレンチ・カップに優勝。
ウェアも再び二桁得点を記録し、フランスでの初タイトルに酔いしれた。

 そして、1992年。モナコは、再び欧州カップ・ウイナーズ・カップで順調に
勝ち進み、ブレーメンとの決勝戦まで駒を進める。
 元名古屋のパシやジョルカエフ、プティらと共に、初の欧州タイトルへ
あと一歩と迫ったものの、ゲルマン魂を持つ敵には、元市原のルーファー
やドイツ代表のアロフスなどがおり、最後で涙を飲んだ。

 だが、欧州の舞台で活躍したことに加え、34試合で18得点と高い得点率
を誇ったウェアは、既に周辺各国を含めたビッグクラブの標的となっており、
激しい争奪戦が繰り広げられた上でパリSGに移籍することとなる。

 花の都パリに本拠を置くフランス随一のクラブ。ここでもウェアは、すぐに
自身2度目となるフレンチ・カップを手にすると、2年目の1993-94年シーズン
には、初のリーグ優勝も経験。

 翌季には、モナコでの初年度以来となる欧州チャンピオンズ・リーグの
舞台にも立ち、グループリーグではバイエルン・ミュンヘンを押さえて1位で
通過。準々決勝ではバルセロナに競り勝ち、ディフェンディング・チャンピオン
のACミランと準決勝で対戦する。

 PSGが快進撃を演じた最大の要因は、間違いなくジョージ・ウェア。
驚異的な身体能力と卓越した技術を融合させたアスリートを止めるには、
もはやファウル以外に道はないと言われており、多くのディフェンダーを
恐怖に陥れた。

 とはいえ、バレージ、コスタクルタ、マルディーニなど経験豊かな歴戦の
猛者を最終ラインに揃えるミランは、余りに大きな壁。PSGの行く手は、
ファイナルを前にして阻まれてしまう。

 しかしながら、ウェアの名声は欧州レベルでの活躍から一気に広まる
こととなり、夢を打ち砕いたACミランのベルルスコーニ会長が、大金を
投じてセリエAに呼び寄せる。
 PSGには3年連続のタイトルとなるフレンチ・カップを置き土産として、
イタリアに新天地を求めた。

 ファン・バステンの後継者となるべきストライカーを模索していたミランに
とって、リベリアの怪人は誰もが羨む強力な武器となる。
 185センチ82キロと、サイズ的には格別なものではなかったものの、
強靭な足腰にしなやかなバネは、陸上競技や格闘技を専門としても大きな
成功を収めただろうと、多くの識者が見解を一致させていた。

 周りのサポートがなくとも一人で強引にチャンスを作り出し、複数の相手
を引き寄せる。
 ベローナ戦では自陣から複数の敵を蹴散らして真っ直ぐにゴールへ突進。
歴史に残るほどに無類の強さを発揮したゴールを挙げて、世界中に驚嘆の
能力を発揮したゴールを配信させた。

 9年ぶりのスクデットを獲得したばかりのユベントスに欧州への挑戦状は
奪われていたものの、国内での覇権を奪回する立役者となる働きを見せた
ウェア。

 1995年にはパリSGでの活躍も加味され、FIFA選定の世界最優秀選手賞
を受賞。レギュレーションが変わって欧州でプレーする全ての選手を対象と
するようになったバロン・ドールもさらった他、CFAのアフリカ最優秀選手賞
にも輝き、ありとあらゆるタイトルを手中に収めた。

 翌年には、FIFAからフェアプレー賞も贈られたが、チャンピオンズ・リーグ
でFCポルトのジョルジュ・コスタに頭突きを食らわせていたことが議論の種
になった。(*人種差別的発言があったための行為と言われている。)

 クラブレベルでは、数々のタイトルを獲得し、個人賞も数え切れぬほど
抱え込んだ一方、代表チームでの活躍は全く思うに任せないものであった。
 初めて本大会まで漕ぎ着けた1996年のアフリカ・ネイションズ・カップでは
得失点差でグループリーグ敗退の憂き目に遭い、仏W杯の予選ではエジプト
やチュニジアに自力の差を見せつけられてしまう。

 アーセナルに引き抜かれたウレのような才能ある後輩もいたが、ウェアが
中盤でゲームを作ったり、最終ラインに回ることも少なくないチーム事情。
 攻撃に専念出来るミランでのプレーとは違って、ウェア一人に全ての負担
が圧し掛かるリベリアは、強豪国と互角の戦いをすることも難しいレベルに
あった。

 しかも、母国の協会は、慢性的かつ逼迫した財政難に喘いでいた。
人数分のユニフォームやスパイクを用意するのも、ウェアのポケットマネー
が頼りであり、代表チームの遠征費用もミランとウェアで肩代わりするほど。

 そんな状態にあっても、ウェアの母国に対する愛情はしぼむことはなく、
惜しみなくローン・スター(「一人の英雄」の意 *リベリア代表の愛称)に
投資を続けた。

 スタジアムの改修。ピッチの整備。国に帰る度にボールや靴を大量に
持ち込み、子供たちに配る姿は、サンタクロースのごとく。
 日本で引退したエムボマも同様の活動をおこなっていたが、スター選手を
数多く生み出して来たカメルーンとは違い、正にたった一人での奮闘。
 ウェアが帰国すると、常に国民は救世主を見るように崇めていた。

 ただ、ウェア自身は1988年からニューヨークのクイーンズに家を持ち、
自由の国と憧れたアメリカに自身の拠点を移している。妻と4人の子供は、
今もニューヨークに住み、ブルックリン地区ではファストフードのレストランも
経営して、子供たちに高い教育を受けさせようとする意図を語る。

 そして、1999年になるとディナモ・キエフから成長著しいシェフチェンコが
ミランにやって来たことで、ウェアの立場も徐々に霞んで行く。
 年齢的な衰えも見え隠れするようになり、2000年には6ヶ月のレンタル
契約でチェルシーに籍を移すと、次はマンチェスター・Cへ。

 だが、プレミアリーグでのプレーぶりは、かつてのようなインパクトを
もたらすことはなく、僅かな出場数とゴールを残しただけで、原点とも言う
べきフランスへ。
 マルセイユでの短い在籍後に、UAEのアル・ジャジラでもプレーを続けたが、
30代後半となったウェアは、ユニセフでの活動や故国リベリアでの政治活動
により多くの力を注ぐようになっていた。

 昨年は、新政党「リベリア全国会議」を結成。内戦や政情不安が貧困を
助長させ、エイズや疫病の蔓延を防げない母国の窮状を打破するために、
政界へ進むことを公言している。

 今年10月のリベリア大統領選に出馬するとされているウェア。
 現政権や軍部などから何の妨害もなく、民主的な選挙が行われるのなら、
国の大多数がリベリアから生まれたただ一人の英雄を元首へと押し上げる
はず。
 今後は、ピッチ上よりも更に厳しい本当の戦いが待つ。ジョージ・ウェアの
本当の人生は、ここから始まるのだろう。

所属クラブ)ヤング・サバイバー・オブ・クラータウン〜ボングランジュ〜
マイティ・バロル〜インヴィンシブル・イレブン〜トネール・ヤウンデ〜
ASモナコ〜パリSG〜ACミラン〜チェルシー〜マンチェスター・シティ〜
マルセイユ〜アル・ジャジラ

 * 記事の無断転用・転載は固く禁じます。
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