12‐13シーズンから秋春制に移行したロシアリーグ。その前半戦19試合が終了し、本田圭佑(CSKA)が帰国した。真っ赤なコートを身にまとって成田空港に降り立ったのは世間の関心を引くためだろうが、そういうプロ意識の高さは実に彼らしい。右ヒザ負傷を克服し、日本代表でこれまで以上に存在感を示し、今季ロシアでも好調を維持する彼の2012年を改めて振り返ってみることにする。
本田が右ヒザを痛めたのは2011年8月末。本人にとっては過去にないほど長期間の戦線離脱を強いられた。今年2月のUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦、レアル・マドリード戦でようやく復帰を果たしたが、今度は左太ももを痛めて再度離脱。次にピッチに戻ってきたのは4月下旬だった。それから数試合を消化しただけで、昨季ロシアリーグは終了してしまった。
気が遠くなるほど長い時間、実戦から遠ざかった本田を、6月から始まる2014年ブラジルワールドカップアジア最終予選でフル稼働させられるかどうかは、日本にとっての大きな懸念材料だった。ザッケローニ監督も慎重なスタンスを崩さなかった。彼自身も「このケガはずっとついて回るもの」と語るように、故障を頭に入れつつ、新たな自分を構築していくつもりだったのだろう。5月のアゼルバイジャン戦(エコパ)で背番号を18から4に変えたのも、そんな強い決意がにじみ出ていた。
そして彼は6月のオマーン、ヨルダン(ともに埼玉)、オーストラリア(ブリスベン)3連戦で圧倒的な存在感を見せつける。ヨルダン戦ではハットトリックを達成し、オーストラリア戦の栗原勇蔵(横浜)の先制弾も本田の意表をついたドリブル突破から生まれた。凄まじい気温差の中で戦った11月のオマーン戦(マスカット)だけは全く走れなかったものの、今年の代表での仕事ぶりは高評価していいのではないだろうか。序盤3連戦で手にした勝ち点7があったから、日本は最終予選で独走態勢に入ることができた。本田が復帰していなかったら、2位以下とここまで大きな差をつけられなかっただろう。
「圭佑さんがいると攻撃のスイッチが入る」と香川真司(マンチェスターU)が言い、「圭佑がマークを引きつけてくれるから外から崩しやすくなる」と長友佑都(インテル)も語るなど、チームメートたちも彼のいる意味を再認識したようだった。今年から代表入りしている高橋秀人(FC東京)に至っては「10月欧州遠征の話ですけど、圭佑さんは初日からずっと別メニューで、全体練習に合流したのがブラジル戦(ブロツワフ)の前日だった。それなのにブラジル戦であれだけのプレーをするんだから信じられないですよね」とため息まじりでコメントしていたほどだ。香川の代役は立てられても、本田の代役はいない…。それがザックジャパンの現状といえる。
一方、ロシアの方でも今季は非常に好調だ。昨季までは本人の意にそぐわないボランチで使われることも多く、得点も09−10シーズン(本田は半期のみ)が4点、11−12シーズン(秋春制移行のため1年半)が8点とそこまで数字が伸びなかった。しかし完全にトップ下に定着した今季は19試合7ゴールといいペース。ロシアリーグの得点ランキングでも7位につけている。
CSKAモスクワはアンジ・マハチカラやゼニトを抑えて首位をキープ。その原動力になっているのは間違いない。ラツィオやリバプールなどが本田を狙っているという報道がしばしばなされるのも、コンスタントに結果を残しているからだろう。金満クラブのCSKAがそうやすやすと本田を手放すとは思えないが、この冬のビッグクラブ移籍が実現すれば、彼にとっても、日本サッカー界にとっても大きなプラスになるはずだ。
大けがを克服した年としては非常にいい内容だったといえるが、本田自身は決して納得していない。2011年1月のアジアカップ(カタール)優勝後に「自分の成長するスピードが日本人のままだとダメなんです。俺は日本代表で攻撃を仕切ることが夢でもなんでもないし、自分のやりたいことを突き詰めるしかない。自分は強いやつに勝ちたいし、世界中に認められたい。そう考えたら今の俺はまだまだレベルが低い」と語っていたように、本田圭佑は妥協や満足を許さない人間なのだ。年齢もすでに26歳。より高いステップに踏み出せるタイミングも限られている。本人としては、むしろ焦りや危機感をより強く覚えているのかもしれない。
CSKAとの4年契約満了まであと1年。それまで彼がロシアにいるというシナリオだけは何とか避けたい。今季ロシアリーグ後半戦スタートは来年3月。それまでの間に果たして前向きな動きがあるのか…。いずれにせよ、本田が最良のキャリアを描けるような展開になることを強く祈りたい。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。
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