社説
転機の日本に 国の針路と安倍新政権 政治に任せきりにすまい(1月1日)
「日本は転機にある」と言われて、もうどのくらいたつだろう。
都市と地方の格差、少子高齢化、財政赤字、デフレ不況…。社会保障制度は大きく揺らいだ。
そこを東日本大震災が襲い、東電福島第1原発事故が起こった。
さらに、急成長を果たした中国とのあつれき、日本経済をけん引してきた輸出産業の苦境が加わる。不安定な雇用も急増した。
経済のグローバル化が進んだ今日、課題の解決には国際的な戦略や中長期の構想力が欠かせない。
そんな中で、日本の針路変更を正面から訴える安倍晋三新政権が本格的に動きだす。
日本をどう立て直し、暮らしの安心を実現するか。国民は傍観者ではいられない。
果実の分配ではなく、負担の分かち合いの時代でもある。国民一人一人の工夫もまた、問われる。
*威勢がいいだけでは
安倍首相は、憲法改定、国防軍の創設などを掲げ、平和主義など日本の戦後の路線を否定する意思が鮮明だ。外交では「断固として」などの言葉を繰り返して威勢がいい。
安倍氏の登場そのものが日本の転機をつくりだす可能性がある。
戦後、再登板を果たした2人目の首相である安倍氏には、先輩の吉田茂(麻生太郎副総理・財務相・金融相の祖父)の語録に耳を傾けてみることを勧めたい。例えば、自衛隊にあてて語った有名な言葉がある。
「君たちが日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい」
当時と今では、日本の置かれた立場は大きく異なる。しかし、米欧からも「右傾化」や「タカ派」と警戒する論調が出てきていることは軽視すべきではない。
声高に自国の立場のみを主張する外交姿勢では、国際社会で支持を失いかねない。仮に国民の喝采を得たとしても、それは危険な道である。
領土問題はあくまでも「理」を尽くして説得する。平和主義に徹して世界の人々と手をつなぎ、貧困や病苦の克服に役割を果たす―誇りを持ってそんな国づくりを進めるべきだと、わたしたちは考える。
転機に針路を決めるのは政治の役割だ。しかし、有権者は政治家に白紙委任を与えたわけではない。
7月には参院選という選択の機会がある。有権者・国民は諦めず、もっと政治と関わろう。
首相官邸前などでの脱原発デモは、国民の政治との関わりの姿を示した。ほかにも、思いを同じくする人たちが地元の政治家に直接意見を届けるなどの方法もあるだろう。
*復活に欠かせぬ人材
経済の再生には製造業の復活が欠かせない。その王道は、世界の消費者の支持が得られるような商品開発力、技術力を取り戻すことだ。
価格競争に巻き込まれず成長を続ける米アップル社やドイツの自動車、機械メーカーはいい手本になる。
創意工夫が勝敗を分ける時代、カギを握るのは人材だ。日本は人材の層の厚さで高度成長を成し遂げてきたことを思い起こそう。
安倍政権は「教育改革」にも熱心だが、目指す方向がずれていないか。企業も、即戦力を求めるだけでなく、自らの成長のために教育力を高めてほしい。消費者も、人を育てる志のある企業を応援したい。
グローバル化については、1910年代のいわば第1次グローバル化時代と比較して警鐘を鳴らす意見がある(柴山桂太「静かなる大恐慌」集英社新書)。
小さな異変でも弱い国は深刻な影響を受け、先進国にも重い負担がかかる。格差の拡大や若者の失業が国境を超えて広がる。これらは行きすぎたグローバル化の結果だろう。
欧州にも修正の道を模索すべきだとの意見がある。柴山氏は、経常収支の均衡と国内の完全雇用を理念とした戦後のブレトンウッズ体制に相当する枠組みづくりの必要性を説いている。日本も知恵を出すべきだ。
*生活の安心のために
人々の生活には多くの心配事がある。病気、失業、介護…。頼るべき社会保障制度の基盤は脆弱(ぜいじゃく)だ。
信頼できる政府が、公平公正な社会保障制度を整えることが、安心感を高める。回り道のように見えるが、これ以上の解決策はない。
この点でも、一人一人が政治としっかり関わる意味がある。
一方、ここ数年、注目されているものに「ソーシャル・キャピタル」がある。「社会関係資本」と訳され、周囲の人々とのつながりを「財産」ととらえる考え方だ。
孤立せず、地域や世代などあらゆるチャンネルを通じて、助け合いや豊かさ実現の輪をつくる。
「お上」と「お金」にばかり頼らず、自分たちでできる安心づくりをもっと広められるといい。