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2013年1月1日(火)付

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混迷の時代の年頭に―「日本を考える」を考える

 新年、日本が向き合う課題は何か、日本はどんな道を選ぶべきか――。というのは、正月のテレビの討論番組や新聞の社説でよく取り上げるテーマだ。

 でも、正月のたびにそうやって議論してるけど、展望は開けてないよ。なんかピントずれてない? そう感じる人は少なくないだろう。そこで、この正月は、そんな問い自体をこう問うてみたい。

 私たちが抱える、うんざりするような問題の数々は、「日本は」と国を主語にして考えて、答えが見つかるようなものなのか、と。

 領土問題がみんなの心に重くのしかかっていたせいもあるだろう。年末の選挙戦には「日本」があふれていた。

 「日本を、取り戻す。」(自民党)、「日本再建」(公明党)、「したたかな日本」(日本維新の会)……。

 でも、未来の日本についてはっきりしたイメージは浮かび上がらなかった。

■グローバル化の中で

 ちょっと寄り道して欧州に目を向けてみる。去年は財政危機で散々だった。ギリシャを皮切りにほかの国々も綱渡りを強いられた。ユーロ圏崩壊という観測まで出た。

 ようやく年末、一番ひどかったギリシャの長期国債の信用格付けが引き上げられた。楽観はできないけれど、最悪の事態が少しだけ遠ざかった。

 一息つけたのは「欧州人が深く関わった」から、と欧州連合(EU)のファンロンパイ首脳会議常任議長はいう。実際、EUと仲間の国々が総がかりだった。助ける国も助けられる国もエゴに引きずられはしたが、結局、国境のない危機の打開に国境はじゃま。主語を「ギリシャ」ではなく「欧州」としたからなんとかなった、ということだろう。

 統合を進めるEUに固有の話ではない。グローバル経済に振り回され、1人では乗り切れないのは日本も同じだ。

 成長は欧米やほかのアジアの景気頼み。雇用をつくるのは、日本の企業や政府だけでは限界がある。金融危機についても取引規制のような根本的な対策は、ほかの国々や国際機関との連携抜きにはできない。

 昨年9月末には、日本の国債発行残高のうち外国人が持っている率が9.1%に増えた。世界一の借金大国の命運もまた、その小さくない部分を国の外の投資家たちが握り始めている。

■高まる自治拡大の声

 一つになろうとしているはずの欧州には逆行と見える流れも根強い。最近もスペインのカタルーニャや英国のスコットランドで独立や自治権拡大を求める機運が盛り上がっている。いったい欧州の人たちは国境を減らしたいのか、増やしたいのか。

 実は出発点は同じだ。なんでもかんでも国に任せてもうまくはいかないという思いだ。

 経済危機に取り組むには国の枠にこだわってはいられない。でも、産業育成や福祉、教育など身近なことは国よりも事情をよく知る自分たちで決めた方がうまくいく――。自信のある地域はそんな風に感じている。

 同じような考え方は、日本にも登場している。

 たとえば大阪市の橋下徹市長は共著書「体制維新―大阪都」でこういう。

 「世界経済がグローバル化するなかで、国全体で経済の成長戦略を策定するのはもはや難しいと僕は思っています」

 問題意識は海外の流れとかさなる。国家の「相対化」である。国家がグローバル市場に力負けして、地方にも負担を引き受けろというのなら、そのかわりに自分たちで道を選ぶ権限も渡してほしいというわけだ。

■国家を相対化する

 「(国境を越える資本や情報の移動などによって)国家主権は上から浸食され、同時に(国より小さな共同体からの自治権要求によって)下からも挑戦を受ける」

 白熱教室で知られる米ハーバード大学のマイケル・サンデル教授は17年前の著書「民主政の不満」でそう指摘していた。これから期待できそうなのは、国家が主権を独占しないで、大小の共同体と分け持つ仕組みではないかという。

 時代はゆっくりと、しかし着実にその方向に向かっているように見える。「日本」を主語にした問いが的はずれに感じられるときがあるとすれば、そのためではないか。

 もちろん、そうはいっても国家はまだまだ強くて大きな政治の枠組みだ。それを主語に議論しなければならないことは多い。私たち論説委員だってこれからもしばしば国を主語に立てて社説を書くだろう。

 ただ、国家以外にプレーヤーが必要な時代に、国にこだわるナショナリズムを盛り上げても答えは出せまい。国家としての「日本」を相対化する視点を欠いたままでは、「日本」という社会の未来は見えてこない。

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