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confession
confession 3
「母上譲りの強さね。すごいわ」

 クロエさんが私の杯に葡萄酒を注いでくれた。

 誤解が解け、偉い人の謝罪と感謝を受けた私は解放され、今はクロエさんと弟と三人で、美味しそうなご馳走にありついている。

 ボルネア爺はさすがだ。私達の口座を用意し、お金を入れてくれていたのだ。

「姉上、スズキのパイ包み焼きを取って」

 スズキという魚の身を、パイ生地に包んで焼き、特性ソースをかけて食べるそれは弟の大好物だ。しかし私は、弟の目の前でそれを頬張ってやった。

 あんぐりと口を開けた弟。

「ひゃんたはふぁたしぃをたしゅけなきゃったぁ。あげぇにゃい」

 もぐもぐと美味しい料理を噛み、口からぼろぼろとパイ生地をこぼしながら喚いた私に、ジェロームが申し訳なさそうに肩をすくめる。

「ごめん、いきなり過ぎて固まっちゃったんだよ」

「そうそう、ごめんなさいね。アデリーヌ様」

 クロエさんはいいんだよ。

 弟は店員を呼んで、

「スズキのパイ包み焼き、追加」

と言っている。

 ふん! それも食べてやる。

「最近、領地と権力を失った貴族達が集まって、ああした悪い事を繰り返すようになったの。反乱の資金集めといったところね」

 クロエさんがチーズを切り分けながら口を開いた。私は忙しく手と口を動かしながら、彼女の話を聞く。

「これまでの窃盗団や夜盗達と違って、大きな組織を作っているから性質が悪いのよ。彼らにしてみれば、奪われた財産を取り戻す為という正当な主張らしいわ」

「ま、これまで自分のものだったものが、ある日突然、奪われたら誰だって怒るよね」

 私の言葉にクロエさんが頷く。その隣で、運ばれてきたスズキのパイ包み焼きを守るようにして食べる弟。

 可愛いなぁ、もう。

「で、お二人が王都に出て来たのはどうして? 今は正直、あまり良い時期ではないわ。商人達でさえ、王都に来る時は警護をたくさん雇って来るほどよ」

 私は背筋を伸ばして葡萄酒を飲んだ。喉を湿らし、唇を舐めて答える。

「ジェロームのお母さんを探しに来たの」

 クロエさんが葡萄酒を口から噴き出した。

「きゃああ!」

「うわああ!」

 私達、姉弟は慌ててテーブルから離れる。

 激しく咳込む綺麗な女性は、自分のしでかした事に顔を真っ赤にして慌てていた。

 店員さんがこぼれた葡萄酒を拭き、テーブルを整えてくれた後、落ち着いたクロエさんと向き合う私達。

「ご両親は……よくお許しになったわね」

「嘘ついて来たの。だから言わないでね」

 私と弟は血が繋がっていない。

 私はとても記憶力が良い。理由は分からないけど小さな時から見聞きしたものは全て記憶している。にも関わらず、私の記憶に弟の赤ん坊時代がない。いや、正確には、気がつけば一歳になった弟がいた。私はずっと不思議に思っていて、それを母上に尋ねた。

「ふふふ……神様がくださったのよ」

と、人を馬鹿にした返答をした母上。この質問をした時の私は十歳くらいだった。そんな幼子に聞かせるような答えで納得するわけがない。が、母上があまりにも嬉しそうに笑っていたから、私はそれ以上、追及しなかったのだ。

 でも、弟自身も成長するなかで違和感を覚えていた。なぜなら、両親に全く似ていないからだ。弟は栗色の髪に緑の瞳。私の父上は金髪に青い瞳。母上は黒髪に黒い瞳。私も母上と同じ。自分だけ違うのはなぜ? それに魔導師の血が流れているのも弟だけ。という事は、両親のどちらかが魔導師でなければ説明がつかないのだ。

 魔導師としての力に目覚めた弟に、父上が言った。

「お前は俺達と血が繋がっていない。隠してきた事は謝ろう。そうしておかないとお前に嫌われるのではないかと思って恐かったのだ」

 家族四人だけで話し合った。

「俺はお前のおかげで今の俺になれたのだ。それまでは復讐と野心しか見ていなかった。だが、母上が振り向かせてくれ、アデリーヌが気付かせてくれ、お前が確信させてくれたのだ。家族との時間が何より大切だという事をだ。だから、これまで通り、俺の子でいて欲しい」

「ジェローム。あなたほど愛おしいと思う人はいないよ。だから、これまで通り、私達と一緒に暮らして欲しいの。私達の事を父上、母上って呼んでほしいの」

 両親の言葉に、弟は泣いた。

 血が繋がっていないという事を疑い、こだわっていた自分に泣いたのだ。

「ジェローム、私、ジェロームに膝枕してもらうの好きなんだ。だからこれからも膝枕してね」

 私の言葉に一同が笑いだす。

 なんでよ! と抗議をしたかったが弟の言葉でそれをやめた。

「姉上、僕はいつでも、姉上の為に膝をあけておきますよ」

 彼は微笑んでいて、私も微笑んだ。そして、両親も微笑んでいた。

 その様なやりとりがあったと、簡単に説明した私は、クロエさんを上目使いで見ながら口を開く。

「てな事があったけど、やっぱりジェロームも両親に会いたいんだよ。父上はどこにいるか分からないけど、どうやら母上は王都にいるらしいんだ」

 私が口を閉じると、クロエさんの黒い瞳が大きく揺らいだ。

 なにやら事情を知っているな……。でも、話してくれないだろうな。

「ジェロームも、一目だけでも会いたいって言うからさ。こうして付き合ってあげてるの。表向きは私が王都に行きたいって駄々をこねた事にしてね。お目付け兼警護で弟を誘ったという事にしてます」

 クロエさんは葡萄酒の入った杯をしばらく揺らしていた。言葉を紡ごうにも相応しいそれが出てこないといった様子だ。私達も自然と黙り込む。

 ようやく、重い口を開いたクロエさんは、私達にとって意外な事を言った。

「賛成しません。こうして話してくれて嬉しいけど、私は賛成できない。あなた達は、ジェローム様のご両親の事を話さない大公殿下ご夫妻の意を汲むべきだわ。それは理由があってそうしていると知るべきよ。甘えるのはやめなさい」

 手厳しい彼女の言葉に、私は唇を噛んだ。





 一部の権力者達が己の都合で軍を動かし、多くの人命が失われた内戦が終結して十年が経つ。その首謀者の一人であるとされるのは、何を隠そう私達の父上。悪政を敷き、多くの人に迷惑をかけた父上は、失脚後、田舎に引きこもったままだ。いや、父上も母上も死んだ事になっているから、どこにも行く事はできないのだ。

 国王陛下の計らいで、僅かな領地は残され家も残された。が、その名義は王家。ベロア家のベの字も出てこないようになっている。

 父上と母上は悪い事をしたわけではない。いや、とても良い事をしたのだ。にも関わらず、速やかな再生を望んだ二人は泥を被った。復興に尽力したにも関わらず、悪者になる事を選んだのは、王家と国の為だと聞いている。だから、国王陛下も私達には親切だ。それに陛下がまだ小さかった時は私達家族と一緒に生活をしていたし、私達が田舎に引っ越した以降も何度か屋敷に見えられている。とても優しく、兄様みたいな存在だった。ここ数年は会えてないけど、どんな人になっているのだろう。実は、私が王都に来た理由の一つでもあるのです。

 最近、彼の夢をよく見るのです。そして必ず、悲しそうに笑う。そして夢の最後は、大人になった彼と私が向き合い近づいた時、聞こえてきた弟の声で夢は終わる。私はなんとも言えない複雑な感情のまま寝台から出るという日々。

 笑っても悲しげなあのお顔を、私は今でも忘れられないのだ。そして、夢の中でどうして彼と向かい合い、抱き合おうとしているのか分からないのだ。いや、分かっていない振りをしているのだ。それは、この想いをそうだと認識してしまえば、どうしても気持ちを伝えたくなるからだ。でも、確かめたい。陛下に会って、私のこの胸の奥に沈殿する想いは本物ではないと確かめたい。もっと言えば、ただの憧れの延長線上のものでしかないと確認したいのだ。

 だから私は、弟の母上を探すという目的の他に、国王陛下にも会うと決めていた。彼が幸せそうに笑っていたらいいなと思っているのです。そして、ただの憧れが、ここのところ良く耳にする後宮云々という噂であのような形になっているだけだと思いたいのです。

 でも、本当に好きだったら私はどうするんだろう? やっぱり、気持ちを伝えるの?

「姉上、お風呂入りなよ」

 寝室の外から弟の声が聞こえてきた。

 クロエさんと別れた後、部屋に帰り荷物整理をしていたところだったのだ。でも全くはかどらなかった。

「お風呂、入るでしょ?」

 返事をしなかった私に、弟が続けて声をかけてくる。

「うん! やっぱりお風呂に当たり前のように入れるっていいね!」

 弟の声に、荷物を片づけながら声を張り上げた私。

 これまでの馬車の旅では、お風呂に入れない事もしばしば。お風呂に入るという習慣が当たり前の私達にとって、それは気付かないうちに疲労を蓄積させていた。

 本来であれば、薪を切って火を起こしてと大変なのだが、弟が魔法で火を点けてくれた。

 魔法ってのは便利だ!

 聞けば、王都の周囲を囲む山脈を掘って隧道トンネルを作る作業も、魔導師達の尽力でそれはもう、安全かつ素早く進められたという。

「じゃあ、先に入るね」

 浴衣を持って風呂場へと向かう。

 弟が光球を居間や寝室、廊下に浮かび上がらせているせいで、夜でも明るい。この力を応用して作られた照明器具の販売をしている商会が、急激に成長を遂げているのも分かる。私達の屋敷にも、たくさんあった。

 人は暗闇が嫌いなのだ。とは父上の言葉。

 風呂場に入り、湯を身体にかけ石鹸を擦りつける。香草仕込みの特注石鹸は私達の故郷、ストラスブールの特産品で、飛ぶように売れている。これを販売している商会の裏にはボルネア爺がいる。商才があるのだと感心させられた。父上も母上も、自分達のお金を稼ぐという事を欠落しているから、爺がいなくなったら私達家族はどうなるのだろう。父上なんて、朝から夜まで本を読むか、森を散歩するか、母上とイチャついているかのどれかなんだ。全く仕事をしていない。駄目な亭主にしか見えない。

 ボルネア爺、どうか長生きしてね。

 剃刀で剃毛をし、毛抜きと小さな鋏を持って眉を整える為に鏡の前に立った。

 鏡に映った自分の顔を見て、確かにジェロームに似てないと思う。家族の中で、彼だけやはり違うのだ。

 瞳や髪の色だけじゃない。顔の造形がそもそも違う。ジェロームは父上と母上から生まれたにしては、男らしい顔なのだ。顎もしっかりしていて彫りも深い。あ、でも男らしいからといって可愛くないわけじゃない。緑色の瞳をくりくりとさせて私を見る彼はとっても可愛いのだ。それに、思案を巡らせている時の顔ってきたら、もう最高なのだ。人指し指を顎にちょんとくっつけているジェローム、可愛いんだようなぁ。ついつい、見つめてしまうのですよ。

 あ……ごちゃごちゃと考え事をしてたら、右の眉だけ角度が急になってしまった。ちょっと左も揃えるか……。

 歯磨きもしておこう……、素っ裸で歯磨きするの気持ちいいんだよね。

「姉上ー、まだー?」

 私は歯磨き道具を掴み、廊下の方向を睨む。可愛いけど、邪魔に思う時もあるのです。

「あんたと違って、女はいろいろあるの! 姉上が綺麗になる為に頑張ってるんだから黙って待ってなさい」

「それ以上、綺麗になられたら照れて一緒に歩けなくなるよ」

 そ……そうか! ごめんね。 歯磨きは後にしよう。

 私は浴衣をひったくり、身体も拭かないまま風呂場から出る。と、扉を開けて私に抗議していた弟と目があった。

 沈黙。

 そして、無言で扉を閉める弟。

 彼の顔が真っ赤になっていたのは気のせいじゃなく、私も真っ赤な顔で立っているのは気のせいじゃない。

 見られた……。

 すっぽんぽんを見られた!

父上にも十歳を最後に見られた事のない裸を見られた。いや、それよりもどんな顔をしていればいいんだろう。

「えへへへ、目の保養になった?」

「スケベ! 変態! 私が入ってるのに扉を開けるなんて信じられない!」

 うーん。どちらの道を進んでも、気まずさは振り払えそうにありません。

 吸水性の高い浴衣は、それを着れば身体に付着した水滴を吸い取ってくれる。とりあえずそれを着て、いそいそと部屋に戻り、下着に脚を通す。母上には

「こんな派手なのするようになったのね。恋人でもできた? てか、ほとんど隠してないじゃない。エロいなぁ」

と流し目でからかわれる原因となった下着達……。可愛いから買っているのに、そういう目で見られると恥ずかしくなった。そして、どうしてこんな事を思い出しているかと言うと、やはり弟に裸を見られたからだ。

 素敵な男性になりつつある弟に姉は困っているのです。ああ、陛下への想いが勘違いであるように願うのと同様に、弟への複雑な想いも姉という範囲内であって欲しいと願う!

……。

 はっと後ろを振り返る。当然、そこには誰もいない。

 い……いかん。私ってば何を想像してるの?

 ジェロームに背後から抱きしめられるところを思い描いてしまったあ! 

 ……。

 弟なんだよ!? 

 血は繋がってないけど、弟なんだ……。

 確かに格好良くて優しくて守ってあげたくなるくらいに可愛いけど、弟だからそう思ってたんじゃないの? それに、陛下の事を考えながら、弟の事にも悩む私って、もしかして最低な女じゃないだろうか……。

「あ……姉上」

 扉の向こうからジェロームの声。

「は……はい」

 妙な返事になってしまったと後悔した時、扉が少し開き弟の目が覗いた。それは申し訳ないといった色に輝き、私は言葉を失う。

「ごめんよ……恥をかかせてしまって。気をつけるよ。屋敷みたいに脱衣所と風呂場の間にもう一つ、身体を拭く部屋があると思ってたんだ。ごめん」

 風呂の準備は外でする。彼は構造を知らなかったようです。でも、それが分かったとしても私のドキドキは収まらない。

「う……ううん。気にしない」

「ごめん。僕、風呂に入るから」

 扉が静かに閉められた。

 ジェローム……姉上はとっても不安なのです。





 動揺したまま風呂場に入ったジェロームは、頭から湯をかぶった。身体を洗おうとするも、先ほどの光景が鮮明に蘇りうろたえる。

 濡れた黒い髪が緩やかに波うち、きめ細かい肌が水滴を煌めかせていた。武術と剣術で鍛えられた四肢は引き締まり、それでいて柔らかそうに曲線を描いていた。形の良い胸に綺麗な先端部分。くびれた腰、そして長く美しい脚。股間の部分がかろうじて浴衣で隠されていたのは幸いだったと考えよう。でなければ、今夜はきっと眠れない。

 また湯を頭からかぶる。

 弟とは違う、別の感情を姉に抱くようになったのはいつからだろうか。血が繋がっていないと分かった後の事であったと思いたい。

「ジェローム、ちょっとは女の子と仲良くしなよ。恋人、できないよ」

とは、姉の言葉。ストラスブール学院高等部の校庭で、女の子との会話を早々に打ち切り、姉に駆け寄った彼にぶつけられたものだ。人の気も知らないでと思う。

「姉上がいるから、恋人が出来ないんだよ……」

 明るく綺麗で聡明な姉。ジェロームが困った時は無条件で助けてくれる優しい姉。

 だが……。

 姉ではなく、女性として接してほしいなど口が裂けても言えない。言ってしまった瞬間、父上や母上、姉との関係が崩れさると彼には分かっていた。

 彼が母親を探したいと願った理由。そこには、姉への気持ちが隠されている。それは、自分の本当の両親が見つかる事で、もしかしたら姉と……いやアデリーヌと一人の男として向かい会えるのではないかと考えていたのだ。

「はぁ……複雑だよなぁ」

 ジェロームは石鹸を掴んだ。身体を洗おうとしたが動きを止めた。彼は右手に持った石鹸を見つめる。先ほどまで、姉がその身体に擦りつけていたに違いないそれを見て、とんでもない光景を想像してしまう。

 姉と風呂場で身体を洗い合いながら抱き合っている図……。

「だー! 僕は馬鹿だ!」

 大声を出し、はっと口を押さえるも姉からは抗議の声はあがらなかった。

 裸を見られ、まだ気恥しく思っているに違いないと感じたジェロームは、申し訳なさよりも愛らしさを感じて驚く。

 ついに、ここまでになったのか……。

 溜め息をつき謝罪の言葉を呟く。そして、なんとも情けない身体の反応に笑ってしまった。

 元気になった自分の下半身に、彼はもう笑うしかなかったのだ。

「姉上……ごめん。僕は本当に最低な奴だ……」

 再び、湯を頭からかぶり邪念を取り払うべく身体を乱暴に洗い始めたジェローム。

 明日、あえて明るく振る舞い、いつも通りの二人に戻ろうと決めた弟は、いつまでたっても元気なそれに呆れと困惑を抱きながら風呂場を出たのだった。


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