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はじめに 最初の出会い 第二次邂逅 第三次邂逅 契機 かりそめの収束 再攻 逆切れ、そして反撃 狂気 意思表明 おしまいに おまけ |
最初の出会い
最初、私にとってこの人は同じ軍団のメンバーというだけでしかありませんでした。
親しく話すこともありませんでした。 「はじめに」でも書きましたように、私のプレイの重心が台湾にあることには変わりがありませんでした。ですから、この人を特に避けていたわけではなく、どの軍団のメンバーとも交流を深めるだけのゆとりがなかったのです。 軍団に入れてもらう前から、自分にとっては日本サービスは少し好奇心をかきたられるものではあっても、台湾でのプレイを止めるほどのものではありませんでした。適当な、中途半端なプレイになることがわかっていたので、深く関わるつもりがありませんでした。 ところがある問題が持ち上がりました。それは軍団の設立者、台湾でのゲーム仲間が関わるものだったので、私は、私にできる範囲でこの問題の解決に協力しようと思ったのです。 その際に、できるだけ多くの軍団メンバーから意見を集めようということで、この方にメールか直接会話を申し込んだのが言葉を交わした最初でしたでしょうか。 問題が解決して一段落し、私はこれで安心してプレイを続けることができるなあとのんきなことを思っていましたが、殆ど先の一件の直後、軍団へのある新規加入希望者の処遇を巡って、私と軍団主要メンバーとの意見が対立し、私は軍団を去りました。 一つ断っておきたいのは、この件では私が良識的な立場をとらなかったために、意見が対立することになった、ということです。 私は常に良識的ではありません。また立場の違いもありました。軍団主要メンバーのそのときの判断は妥当なものであったと思いますし、私の主張が正しかったとも思いません。 私が軍団を去ることになったのは、半ば勢いだったのですが、結果としてはそれでよかったかな、と思いました。 それは、その件での、「桜那」という人の発言を別の友人に見せてもらってからのことです。 友人は今でもそのログを保管していることでしょう。問い合わせれば探し出してくれるはずです。 私自身はそれを保管してませんし、記憶ももう曖昧になってきていますが、その時に感じたのは、他人の行跡を事細かに追及してそれを吹聴する人なんだな、ということでした。 そんな人のいるところでは、楽しく過ごすことはできないだろう。きっかけはあまり良くなかったが、この軍団を去ることになったのはむしろ自分にとって良かった。 そんな風に考えて、軍団の他の方には申し訳ないと思いながら、私はそのまま軍団を離れて多少はプレイを続けていましたが、やがて自分にとっての本拠地である台湾でのプレイに注力するべく、日本サービスの方はプレイしなくなりました。 2010年の暮れから2011年が明けてほどない頃のことだったろうと思います。 |