レフリーをも感動させた本物のアスリート魂。
レフリー席から演技を見ていた岡部由起子氏は、こう印象を語る。
「一生でいったい何度あれほどの演技に遭遇できるか? というほど素晴らしい演技でした。一人の観客として観戦していたら間違いなくスタンディングオベーションをしていたでしょう」
岡部氏は、演技開始のためにリンクに入ってきた高橋の姿がなぜか一回り大きく見え、きっとみごとな演技を見せてくれると確信のようなものを感じたのだという。
今季のフリー「道化師」は、オペラの名曲に合わせた美しいプログラムである。だが高橋が過去に滑ってきた数々の個性的なプログラムと比較すると、それほどインパクトの強い作品ではない。それをここまで演じて会場を感動の渦に引き込んだ高橋大輔という選手は、本物のアスリート魂とはどういうものかを、私たちに見せてくれた。
「昨日は9点差で、悔しいという気持ちがすごく大きかった。ミスができない差だったので、自分を思いっきり出そうというその気持ちだけでした。今日は今シーズンの中で一番気合いが入ったかなと思います」
全日本選手権のあまりのハイレベルに外国勢は愕然!?
過去数年間、日本男子は全体的に高いレベルを保ってきたものの、羽生ほど高橋を精神的に追い詰めたライバルは、かつていなかった。
「絶対に負けたくない相手」と高橋が形容してきた18歳の稀有なる才能が、高橋に新たな強さを与え、彼の演技を次のレベルへと導いたことは間違いない。その意味でこの2選手が今の日本に揃ったことを、天に感謝したい気持ちだ。かつてのロシアの男子がそうだったように、こうして国内で真剣に切磋琢磨してこそ、五輪という大舞台でも動じない骨太の強さが培われていくのである。
そんな中で、昨年2位だった小塚崇彦が表彰台を逃して5位という、ショッキングな結果となった。欠場を考えるほどの怪我があったという報道もされたが、本人は「人に言うほどのことではないです。僕に余裕があれば問題なかったのですが、力不足です」と、怪我を理由にすることをきっぱりと否定した。
3位に入賞したのは、フランス大会で初のGPタイトルを手にした無良崇人だった。GPファイナルに初進出した町田樹、昨シーズンの怪我から回復したばかりのベテラン織田信成らはジャンプの失敗で崩れていった中、比較的安定したジャンプを見せて二度目の全日本銅メダルを手にした。
ソチGPファイナルで3位だったパトリック・チャンも、NHK杯で3位だったロス・マイナーも、「全日本選手権に出なくていい立場で、本当に良かった」と異口同音に語ったが、これは彼らの心底からの本音に違いない。特に男子シングルにおいて、間違いなく世界でもっとも過酷な国内選手権だった。
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