演劇:トロイアの女たち 共存への希望、生々しく=評・濱田元子
毎日新聞 2012年12月17日 東京夕刊
生と死、勝者と敗者、憎悪と悲嘆のなかで、日本語、ヘブライ語、アラビア語と異なる三つの言語=文化が対峙(たいじ)し、響き合う。紀元前5世紀に書かれたエウリピデスのギリシャ悲劇。演出の蜷川幸雄は、歴史に学ぶことなく心引き裂く悲しみが連綿と続くこの地上で、寛容と共存への希望を過激なほど生々しく現出してみせる。
演じるのは日本人、イスラエルのユダヤ系、アラブ系の俳優。
パリスとへレネ(和央ようか)の駆け落ちが原因で起こったトロイア戦争で、ギリシャに敗れ祖国を追われるトロイアの女性たち。そのなかにはプリアモス王の妃(きさき)へカベ(白石加代子)のうちひしがれた姿もあった。
夫を亡くし、娘や孫を殺され、自身も奴隷となる。白石のせりふと体に天地を揺るがす悲憤があふれる。へカベに呼応する、三つの言語で構成された15人のコロス(舞唱団)がユニークかつ圧倒的。それぞれの言語で繰り返される嘆きが大波のように押し寄せる。アンドロマケ(ラウダ・スリマン)、メネラオス(モティ・カッツ)の強靱(きょうじん)かつしなやかな存在感。
土地を追われ、家々を破壊され、家族を失う。紛争であれ天災であれ、人々にもたらされる悲しみに時代や国の別はない。焼け落ちゆくトロイアに、俳優たちそれぞれが背負う歴史と現実が重なり、詩的で力強いエウリピデスの言葉が血肉を持って迫りくる。【濱田元子】
東京芸術劇場プレイハウスで20日まで。29日からイスラエル公演。