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怪文書フェイクの痴文を破す 其の四

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月28日(金)17時45分32秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用 編集済
  【平成24年12月28日発行分】

>窮地に立つ日顕と配下の邪義班
>逃げ回る日顕に「二度目の敗北」を通告
>改革同盟の松岡氏、宗門側の愚問を論破

鼻笑。フェイクよ、それは違うだろう。

>〈比較する妙〉の相待妙が〈比較を絶した妙〉の絶待妙に帰一すると説くが、全く意味不明である。
>それでは相待と絶待の区別がなくなり、結局は絶待の一元論に陥るだろう。

フェイクよ。此の離脱ハゲの脳髄は本当に大丈夫なのか。呆笑。

抑も、日蓮大聖人の仏法に於いては、三大秘法の南無妙法蓮華経法こそが唯一絶対であり、其の他の
諸法は須らく南無妙法蓮華経に具足されるのである。つまり、是れこそが究極の絶待妙ではないか。
つまり其れこそは、離脱ハゲが形容して批判する処(ところ)の『絶待の一元論』ではないのか。

よいか、相待と絶待の区別がなくなる、と離脱ハゲは心配しておるが、抑も相待と絶待は区別される
べきものなのである。

本因妙抄、二十四番勝劣の十四に曰く『彼は相待開会を以て表と為し、此は絶待開会を以て表と為す』
と。(新編 1682)

果たして御文中『此は絶待開会を以て表と為す』とは、応に離脱ハゲが批判する所の「絶待の一元論」
であろうが。つまり其れを「本迹」に置き換えれば、絶待妙は「本」であり、相待妙が「迹」となる
のである。つまり、迹が在って本が有るのではなく、本が在って初めて迹の理が示されるのである。
仍ってそこに勝劣が生じるのであり、つまりは文底秘沈の南無妙法蓮華経こそが、最大最勝たる絶待
の一元であり、そこに相待と絶待の区別が為されるのである。

小笑。其れにしても、此の様な理(ことわり)も理解出来ぬ離脱ハゲを、よくもまぁ持ち上げるものよ。
なぁ、フェイクよ。哀。

お前らこそは、百六箇抄を云云する前に、先ずは相絶の二妙を勉強しなさい。

>(離脱ハゲの)容赦のない質問で日顕を土壇場に追いつめた。日顕には寿命の縮む思いの贈物である。

呆笑。ったく、フェイクの頭の無さがよく判る文言である。

お前らは本当に「幸せ」であるよな。哀笑。
 

怪文書フェイクの痴文を破す 其の三

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月28日(金)17時39分17秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  【平成24年12月18日発行分】

>速報! 高知県の延寿寺で大火
>相次ぐ火災 日如が現代の「両火房」を証明
>本堂と庫裏を合わせて約三百平米が全焼

呆笑。「速報!」などと…。いつもながら仰々(ぎょうぎょう)しいのぉ。哀。

他人の事はどーでもよいから、お前らの処(ところ)の「速報!(池田太作の病状)」を迅(はや)く会員に
知らしめよ! ったく、お前らは「阿呆」か!

>日蓮正宗・延寿寺(高知県南国市内、住職は川口盟道)から十六日午後四時四十五分頃、出火し、
>同寺の木造平屋の本堂と庫裏(住居部分)を合わせて約三百平方メートルを全焼、約三時間後に
>鎮火した。本堂の板本尊も焼失した模様である。

呆。

果たして「本堂の常住御板御本尊も焼失した模様」とあるが、当方が聞く処(ところ)に於いては常住
御板御本尊は御無事であった、との事である。

となればフェイクよ、情報屋なら情報屋らしく、其の後日に得た情報もしっかりと伝えよ。常住御板
御本尊が火災とともに焼失した、とは重大な事である。爾して、貴様らが云う処の「本堂の板本尊も
焼失した」という記事は正確であったのか。「模様」とはつまり「確定」ではない、という事もであ
ろう。ならば、その後に得た情報もしっかりと伝えよ。

本堂に御安置されていた常住御板御本尊は焼失したのか、していなかったのか。

貴様らの姑息な所は、其れらいい加減な文面を会員に散らかしては、あとは惚(とぼ)ける処(ところ)
に有る。つまり、悪いイメージを会員に植えしめれば、もう其れでよい、という事である。
つまり、其れこそが悪口中傷を目的とする怪文書の正体なのであり、つまり、貴様らフェイクこそが、
一般会員を欺く誑惑書なのである。而るに、会員同志を誑惑し、其れらの怨念を宗門に向かわしめる
其の大罪は、実にフェイクを発行する者共にあり、実にこれらの者共こそ、純朴たる一般会員の信心
を狂わす獅子身中の蟲なのである。会員同志を誑(たぶら)かす貴様らの罪は非常に重い。其れだけは
強く言っておこう。

兎も角、延寿寺の火災に於いて、本堂に御安置さる常住御板御本尊が実際に焼失したのか。
其の結果を「続報!」として発行しなさい。鼻笑。其の様なこと、各寺院に放っているスパイから
聞けば済むことであろうが。哀笑。よいか、迅(はや)くしなさい。

>良観の極楽寺が火事で焼失し、良観が庇護を受けていた鎌倉幕府の御所でも火災が起こったこと
>から日蓮大聖人は「りょうかん」をもじって「両火房」と揶揄された。
>日如は現代の「両火房」である事を証明した。

莫迦者! 良観は律宗の邪僧であり、日如上人は正統・富士門流の御法主である。一緒にするでない。
其れよりも何よりも、日蓮大聖人は良観の民衆に尽くす生き方に対して尊敬の念を抱いたと言ったは、
お前らの大将、池田太作ではないか! よいか、イエスも良観も民衆に尽くした邪宗の徒輩である!
其の何が違うというのか!! さても「両火房」を日蓮大聖人が尊敬する、との意を言い放ち、もう
一方で御法主上人を「両火房」と言う。本当にお前らの二枚舌には困ったものよのぉ。呆。

尚、各寺院に於いて、火災を引き起こすは、これ不注意の極みではないか。つまり、各寺院の御住職
の御務めこそは、先ずは第一、常住御板御本尊の厳護である。つまりは、其の御本尊を御安置奉る所
の安全保安の維持継続である。それをもし、御住職または寺族の方の不注意によって消失したとなれ
ば、これ一般信徒からして其の罪は重いと理解すべきである。

しかし火災といえば、曾(かつ)て、創価学会員が寺院に火をつけた、という事件もあった様であるが、
今では各寺院に於いて、創価が放つスパイも居ることからして、今後、各寺院に於いては、厳重なる
警備保全の体制を整えるべきではないか。本より、寺院に住する寺族方による日々の注意こそも重要
であろう。

いずれにしてもフェイクよ。お前は記事に於いて『本堂の常住御板御本尊も焼失した模様』と我らに
関して重大な発言をしたのであるから、その後、本堂の御本尊はどうなったのか。それを明確に付記
せよ。此の儘では、創価の小会員たちが、延寿寺の御本尊は焼失した、と思ってしまうではないか。
何? 其れこそが目的で、事実などはどーでもよい、とな。

哀笑。だから小生は、お前らフェイクをして『落書き文書』と呼んでいるのである。

少しは「情報屋」としてのプライドを持ってみなさい。

ったく、哀れな連中である。哀哀哀。
 

黒川殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月27日(木)15時20分24秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  **********************************************************************
お知らせ  黒川和雄(本人)

いよいよ人生最後の時が来ました。
私こと黒川和雄に先日喉頭癌が見つかり早速手術を行うことになりました。
また両目の網膜に黄斑変性症も見つかり失明は時間の問題と言われています。
両方、かなり進行しているらしく、恐らく手術後は言葉は発することが出来なくなり、
眼球の方も数年以内に徐々に失明してゆくと思います。
関係者の皆様には手術は28日です。それまではお話しできると思いますので、是非
心無くお話ししたく存じ上げます。

***********************************************************************

本日、此の様な投稿文を「創価学会脱会推進委員会」という掲示板で見つけました。

「黒川和雄」とは、れいな殿でありますね。

上記の内容は事実なのですか?
もし、そうであるならば、すでに入院されている、という事でしょうか。

兎も角「いよいよ人生最後の時」などとは言わず、今よりは気を強く持って、御本尊様に御祈念して
下さい。仏法からして「人の人生」に「最後」などはありません。其の様なことは、れいな殿が一番
よく知っているのではありませんか。見るに深刻な御病気のようでありますが、どうかお気を落とさ
ずに『何するものぞ!』の気概を持って、題目を唱えきって下さい。

又、手術は明日との事。

当方としても、心から手術の成功を祈っております。
 

阿部日ケ~ン(院政)へ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月24日(月)18時05分29秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用 編集済
  ったく、いくら呼んでも来ようとせず、何をベラベラと文句しておるのか。

過日、お主が「書き込めないように処置した上でなにを吼えているんですか? 」と曰(のたま)って
来たから、しっかりと投稿出来るようにしてある、と言い聞かせたではないか。ましてお主は其の元
からして、あちこちの掲示板に小言を貼り付ける性分なのであるから、今更、入室を断る理由もなか
ろうて。哀。

>かつての自分(過去)がどれだけ素晴らしかろうが今の自分(現在)が、曲がっている事すら認識
>できない状態になっているのは哀れとしかいいようがありません。

小笑。其れは小生の事か?

言っておくが、曲がっている事すら認識できない状態になっているのは、外道創価に未だ残るお主ら
残留組である。『哀れとしか言いようがない』とは、方(まさ)にこっちのセリフである。

>ニセ本尊批判は「モノの継承」の意義に重きをおいた愚論である事を法華講員さんが気がつかない
>ように仕向けているのは、日顕率いる今の日蓮正宗指導者(坊主)なのです。

哀。

信心強盛であれば、御本尊などは八百屋のおやじが書こうが、隣のみっちゃんが書こうが、別に問題
ない、というお主らの似而非(えせ)根性を、小生は呵責しているのである。果たして、そうではない
と云うのであれば、何故、そうではないのか。何故、信心強盛な八百屋の親父が、本尊を書いたり、
刷ったりしてはいけないのか。お主は其の基準なりを富士門の法義から説明しなさい。尚、今の学会
は富士大石寺から破門されているから、富士門流(日興門流)とは最早関係ないので、富士門の法義で
説明する必要はない、と言うのであれば、其れこそは恩師の御遺訓からして邪宗の証明と成るから、
心して返答しなさい。

小笑。其れにしても『ニセ本尊批判は「モノの継承」の意義に重きをおいた愚論』とは面白い。
ならば、我が富士大石寺に於いて本尊を『モノ』として継承している、という其の根拠を示しなさい。
よいか、お主が其の根拠を明確にせねば『偽本尊の批判はモノの継承を根拠にした愚論』というお主
の弁論自体が愚の骨頂と成るのである。

>他を攻撃をしているつもりが自らを深く傷つけていってしまっている事に日蓮正宗門徒さんは気が
>つくべきでしょう。

あいや、何の思慮もなく、悪口満載の怪文書を連日の様にベタ貼りしているお主こそが、創価学会の
品位を貶め、傷つけているのではないか。ったく、呵責と悪口の区別も判らぬような者が、何を云う。

ここでお主に言おう。たまには、己(おのれ)のケツの匂いを嗅いでみなさい。…何、首が届かない?
莫迦者! 小生は『鼻を利かせ!』と言っているのである。

而して、お主などは『あの僧侶が病気になった』『彼の僧侶が死んだ』と即行よろしく、双眼鏡を覗
きながら燥(はしゃ)ぎ立てる、怪文書フェイクの太鼓持ちになっている様であるが、お主らの組織に
於いては、宗門僧侶の病状や訃報の方が、組織幹部の病気や死亡よりも迅速に入手されているのか。
だとすれば、非常に怠慢な組織である。いや、其れを意図的に行っているとすれば、応に会員を欺か
んとする卑劣な組織、という事になる。

そこで敢えて訊こう。

お主らの王者、池田名誉会長は、現在どーなっておるのだ。

病気なのか、病気でないのか。して病気であるならば其の病名は何なのか。

そして、病であるならば、その回復は成るのか、成らんのか。

言うに余所の僧侶の病に対して『癌だ! 肺気腫だ! 脳腫瘍だ!』と実況するお主らが、なぜ、己
(おのれ)の御大将の病名も病状も判らんのか。言っておくが、もし何も組織から知らされていない、
というのであれば、お主ら会員は、まこと中央幹部から馬鹿にされている存在という事になる。

果たして、王者・池田先生がもしも重い病であるならば、それこそ全会員からして題目を送る事が
肝心となるのではないか。

其の事も含めて、お主はしっかりと答えなさい。
 

岳衆殿へ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月24日(月)17時56分21秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >シンプルな話しなのです。
>富木常忍に観心本尊抄が与えられました。
>富木常忍も無限の寿命ではありませんので誰かに当抄を継承させるしかありません。
>そうして現代まで中山法華経寺が当抄を継承してきました。
>そのおかげで我々も観心本尊抄を拝見できるわけです。

だから、観心本尊抄が単に中山法華経寺に所蔵されている、というだけの事でしょう。
「継承」などと、同抄に示された深義さえも、中山法華経寺が受け継いでいるかの様な表現は止めた
方がよろしい。其れこそは、開目抄を講義する時に『身延に継承されていた開目抄に曰く』と前置き
する事と同じであり。抑も学会員が、そういう言い方をする事自体がおかしい、と小生は言っている
のです。

岳衆殿。相手を間違ってはおりませんか。

当室管理人は、生粋の戸田門下生であり、現創価に残留する御貴殿らよりも、否、自称庶民の王者・
池田太作よりも、其の堅持せる学会精神は百倍なのであります。その小生に対して観心本尊抄の一節
を説くに「中山法華経寺に継承されている観心本尊抄に曰く」などと、通用する訳がないでしょう。
イエスでも、マホメットでも、良観でも、みんな民衆の為を思って活動したのだから、日蓮大聖人は
きっと、それらの方々を尊敬するでしょう、などと莫迦な事を言っている大将を頂いておるから、
貴殿のような、そういう変梃(へんてこ)りんな表現になるのであります。

よろしいか、以後、御書を繙(ひもと)く時は、『御書に曰く』又は『●●抄に曰く』と言いなさい。
身延に継承されていた、とか、中山法華経寺に継承されている、とか、其の様なことは余計なことで
あります。よろしいか。これは御貴殿が「創価学会員」であるから言っているのです。

ったく、此の様な初歩的な事(学会員としての心構え)を、法華講員の小生から言われている様では、
先が思いやられます。少しは「学会精神」を学びなさい。いや、其れを教える幹部がいないのでし
ょう。ただ、宗門の悪口をいう事が「学会精神」と思っている小幹部しか居らんのでしょう。哀。
其れこそは、まこと御貴殿にとって不幸なことであります。しかし、今よりは小生からの正しい指摘
によって、せめて御書を繙く時の「学会員としての心構え」は身に付けて欲しいものであります。

減劫御書に曰く『今の代は外経も、小乗経も、大乗経も、一乗法華経等も、かなわぬ代となれり』と。
                                【真蹟所蔵・富士大石寺】

果たして、今時末法に於いては、法華経さえも適わぬ代である、と仰せらる。
本より、此の御教示を「継承」している宗団こそが、富士大石寺であります。

よろしいですか。我等にとっての「継承」とは、そういう意味なのであります。

だから小生は『中山法華経寺に継承されている観心本尊抄に曰く』と述べた御貴殿に対して『少しは
学会員としてのプライドを持ちなさい』と叱ったのであります。

小生と貴殿と、一体どっちの言っている事が、富士大石寺の信徒として、又、創価学会員として筋が
通っておりますか? 是れこそは「信心」の問題であります。だから小生は煩(うるさ)く言っている
のです。

次回こそは、創価学会員として、先ずは反省の弁から述べなさい。其れが出来ないようでは学会員と
して御書を語る資格などありません。其れこそ重要な御書を「継承」している他宗派に転向した方が
よろしい。
 

(無題)

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月24日(月)03時32分33秒 112-71-59-91f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  シンプルな話しなのです。
富木常忍に観心本尊抄が与えられました。
富木常忍も無限の寿命ではありませんので誰かに当抄を継承させるしかありません。
そうして現代まで中山法華経寺が当抄を継承してきました。
そのおかげで我々も観心本尊抄を拝見できるわけです。
 

岳衆殿へ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月23日(日)07時04分34秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >観心本尊抄の何をではなく、観心本尊抄を中山法華経寺が継承しているのです。

呆。だから、観心本尊抄に示されている教義を継承していない、というのであれば、つまりは継承
していない、という事でしょう。つまり中山法華経寺は、単に観心本尊抄を『保管・維持』していた、
というだけの事でしょう。つまりは単に「所蔵」していた、という事でしょう。

>観心本尊抄を中山法華経寺が継承しているのです。

だから、何の「継承」なのですか。物の継承ですか。教えの継承ですか。

物の継承というのであれば、其れこそは保管・維持という事でしょう。

それが何で『中山法華経寺に継承されている観心本尊抄』となるのですか。

観心本尊抄の教義は創価学会には継承されていないのですか。

御貴殿の表現からすれば、そういう事になります。

少しは学会員としてのプライドを持ちなさい。

つまりは腐っても鯛、という事です。

小生が男子部幹部の時に、御貴殿のような部員が居たならば、間違いなく、きつく叱っていた事で
しょう。

『身延に継承されていた開目抄に曰く…』

こんな事を云う学会員などは、恩師の宣言について云云する資格などありません。

出直して来なさい。
 

(無題)

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月22日(土)19時18分54秒 112-71-59-91f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  観心本尊抄の何をではなく、観心本尊抄を中山法華経寺が継承しているのです。  

岳衆殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月22日(土)17時27分26秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >中山法華経寺が観心本尊を現代まで継承している事実を書いただけです。

はて『継承している事実』とは何ですか。

文化財の継承ですか。それとも教義の継承ですか。

果たして、その「継承」に「者」を付けたらどうなりますか。

■【継承者(けいしょうしゃ)】…… 受け継ぐ人。後継者。

さても、一致派中山法華経寺及びその住職が、観心本尊抄の何を「継承」しているのですか。

小生は御貴殿に言いました。『大聖人が示された御書を「物」と捉えてはなりません』と。

よろしいか。御貴殿は、大聖人が示された御書を、単なる文化財(古文書)と捉えておるから、
『中山法華経寺に継承されている観心本尊抄に』などと云う言い方になるのです。

創価学会員の御貴殿からすれば、観心本尊抄に示された御教示こそは、創価学会にこそ『継承』され
いるのではないのですか。違うのですか。

もう一度言いましょう。

日蓮大聖人が示された御書を「物」と捉えてはなりません。

学会員ならば学会員らしく、御書全集を手に持って『観心本尊抄に曰く』と言いなさい。

そして「そういう言い方はやめなさい」と叱ってくれる、真っ当な幹部を見つけなさい。

よろしいか。

それもこれも、すべては御貴殿の為であります。
 

管理人様

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月22日(土)16時16分33秒 112-71-121-98f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  中山法華経寺が観心本尊を現代まで継承している事実を書いただけです。  

岳衆殿へ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月22日(土)06時25分6秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >私は創価学会員であります。

ならば『富木常忍創設・中山法華経寺に継承されている観心本尊抄に…』などと言わず『御書に曰く』
『観心本尊抄に曰く』と言いなさい。中山法華経寺に継承されている、などと、其れこそは「継承」
ではなく「所蔵」でしょう。ったく、一致派に其の身を落とした中山門流が、そもそも観心本尊抄の
深義など解かろう筈がないではありませんか。だから小生は御貴殿に対して、本当に創価学会員なの
ですか、と訊いたのであります。以後、たとえ学会本部に日蓮大聖人の御真蹟が無かろうとも「他宗
に継承されている●●抄」などと言わぬように。よろしいか。大聖人が示された御書を「物」と捉え
てはなりません。

>原水爆禁止宣言では日蓮正宗について一言も述べられておりませんので、
>当宣言と日蓮正宗は無関係であります。

無関係ではありませんよ。恩師は創価学会会長として、つまりは日蓮正宗の信徒として、そして又、
法華講大講頭の立場に於いて、原水禁宣言をしたのであります。

恩師が云く『悟りの中にも、マホメットの悟りもあれば、キリストの悟りもあります。どれが一番
正しいかは、文証・理証・現証で比べてみる以外にありません。どうしても、自分の経験から説く
のですから、たくさんのものが出てきます。経験は皆、千差万別です。不完全な悟りもあります。
不完全な悟りだったならば、これはだめなのです。だけれども、その信仰は、日蓮正宗を除いては、
ぜんぶ不完全です』と。

…哀。

其れにしても、宣言の中で日蓮正宗について恩師が一言も述べられていないから、正宗とは無関係、
などと。御貴殿は本当に物事の上っ面(うわっつら)しか読めない御仁でありますね。大丈夫ですか?

>更には原水爆禁止宣言の中で仏教用語を一切用いず、キリスト教用語である「サタン」を用いて
>おります。このことは当宣言が宗教の差異を超越したものであることを意味しております。

はぁ?

>「サタン」の語はクリスチャン、ムスリムならば理解できるでしょう。
>クリスチャンは20億人、ムスリムは10億人、現在の世界人口70億からすれば半分に迫るもので
>あります。他に魔物・怪物との語も用いられておりますが、これは漢字文化圏の人々に理解でき
>ます。また、魔物・怪物は様々な言語に翻訳できるでしょう。
>このように原水爆禁止宣言は超宗教的、超国家的な広がりを内包しており、世界があらゆる差異を
>乗り越え手を取り合って核廃絶に向かう為のメッセージが込められております。

呆笑。御貴殿はダメですね。解釈が滅茶苦茶であります。そういうのを我らからして「妄想」と云う
のであります。

>「お宅の宗教はおかしい」などと言っている場合ではないのです。人類が絶滅するか生存するかの
>二者択一を迫られており、絶滅してしまえば宗教も何も有りません。人類が生存しているというこ
>とが全ての土台であります。

哀笑。いやはや、上記の文言がもし、現在の創価学会員に於ける認識であるとするならば、相当、
組織内に於いて、仏法教学のガバナンス(管理・統制)が崩壊している証拠でありましょう。

そう云えば、他にも『二箇相承の鑑定書を出せ!』と云う学会員も居れば『百六箇抄は偽書だ!』と
云う学会員も居れば『御義口伝は後世の誑作だ!』と云う学会員も居れば『日寛上人は駄目法主!』
と蔑(さげす)む学会員も居れば『本門戒壇はアフリカに建立すべし』と云う学会員も居たような…。

呆。

果たして、こういう連中は、恩師戸田先生の御遺訓を堅守する我ら旧創価学会青年部からして見れば、
皆『馬鹿』であります。

岳衆殿。

御貴殿はもう少し、日蓮大聖人の御書を読んで、富士門の正義を探究しなさい。

思うに御貴殿は、物事の表層を斜めから見る事については長けている様ではあるが、今後は、物事の
深意というものを真上から掘り当てるように努力しなさい。

『サタンの語はクリスチャンだ、魔物、怪物は漢字圏だ、だから原水禁宣言は超宗教的、超国家的な
メッセージなんだ』『宗教はおかしい、などと言っている場合ではないんだ』

などと言っている様では、話にもなりません。

其の儘では、其れこそ〝人界の中の人界〟で、ハイお終(しま)い、という事になってしまいますよ。

頑張りなさい。
 

(無題)

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月21日(金)19時53分53秒 180-147-71-171f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  私は創価学会員であります。
原水爆禁止宣言では日蓮正宗について一言も述べられておりませんので、
当宣言と日蓮正宗は無関係であります。
更には原水爆禁止宣言の中で仏教用語を一切用いず、キリスト教用語である「サタン」を用いております。
このことは当宣言が宗教の差異を超越したものであることを意味しております。
「サタン」の語はクリスチャン、ムスリムならば理解できるでしょう。クリスチャンは20億人、ムスリムは10億人、
現在の世界人口70億からすれば半分に迫るものであります。
他に魔物・怪物との語も用いられておりますが、これは漢字文化圏の人々に理解できます。また、魔物・怪物は様々な言語に翻訳できるでしょう。
このように原水爆禁止宣言は超宗教的、超国家的な広がりを内包しており、世界があらゆる差異を乗り越え手を取り合って核廃絶に向かう為のメッセージが込められております。
「お宅の宗教はおかしい」などと言っている場合ではないのです。人類が絶滅するか生存するかの二者択一を迫られており、
絶滅してしまえば宗教も何も有りません。人類が生存しているということが全ての土台であります。
 

岳衆殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月21日(金)17時45分26秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  よろしいか。

御貴殿は、

『「日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば決して口論などにはならず、民衆に尽くす生き方に
対して、尊敬の念を抱いたのではないか」などと馬鹿な事を言っている者が、なんで恩師の真弟子
と成り得るのか。御貴殿は其れを説明しなさい』

との小生からの詰問に対して、

>人類の巨大勢力であるクリスチャン及びキリスト教文化接触者を敵に回してしまっては戸田二代
>会長の至上命題を遂行できません。

と答えたのでしょう。

つまり、御貴殿の弁からすれば、池田太作は、核保有をして最大の勢力であるキリスト教文化接触者
を敵に回さない為に、上記に様な事を述べたという事になります。だから小生は、敢えて『原水爆を、
いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用した者はことごとく死刑にすべき』と
いう恩師の強烈なメッセージを示したのであります。

よろしいか、岳衆殿。

そもそも『敵に回す、回さない』という価値観で論じているのは、御貴殿なのであって、当方では
ありません。つまり「キリスト教文化接触者を敵に回しては、戸田二代会長の至上命題を遂行でき
ない。だから、日蓮大聖人がイエスを尊敬するという池田太作の言い分は間違っていない」という
御貴殿の認識こそが、そもそも間違っているのであります。

だから小生は前(さき)に述べたでしょう。

『日蓮大聖人の仏法に於いては邪宗を「敵視」するのではなく「折伏」をするのであります』と。
『したがって、日蓮大聖人がイエスキリストを「敵に回さず、尊敬する」事など有り得ないのであり
ます』と。『だから小生は、其の論拠を以って、池田太作の邪言を呵責しているのであります』と。

よろしいか。そもそもが「敵に回す、回さない」の次元ではないのです。

して、本日閲覧して見れば、御貴殿は今になって、

>人間一人一人に隠されている生存を阻害する精神作用を死刑にせねばなりません。

などと言っておりますが、つまり、人間の生命や生存を阻害する精神作用こそ、日蓮大聖人の仏法
からして、折伏せしむ邪義邪想ではないのですか。つまり、其れらの邪義邪想が生命の阻害に拘わる
となれば、其れこそ、その根本に於いて、日蓮大聖人がイエスを尊敬する事など有り得ないのであり、
逆に其の根本を無視して、単にイエスの行為を尊敬したというならば、是れこそ日蓮大聖人に対する
浅識謗法であります。

此に重ねて言うならば『精神作用を死刑にする』とは、まさしく正法正義を以て、相手の命に巣食う
邪義邪想を折伏する事であり、実に恩師に於ける原水禁宣言こそは、日蓮正宗が堅持せる正法正義を
以って、全世界の邪義邪想を摧(くだ)き、其の事をもって原水爆の抑止禁止を達成せん、とするもの
であり、其の根底こそが恩師が御遺訓の第一義なのであります。

御貴殿は「折伏」という言も使わず、単に原水禁宣言を、政治的精神的な観点で捉え、それら表層的
な感覚を以って、恩師の遺訓第一などと思ふなどは、それこそ恩師の御真意を歪曲した、私見我見の
一類でありと、小生は此に強く思うモノであります。まして、日蓮大聖人がイエスの行為を表面的に
捉えて尊敬するなど、とんでもない認識であります。

して御貴殿は、観心本尊抄の一節を引いて、

>仏法を知らない尭や舜の行いは仏界の一分であると。万民に於て偏頗が無かった故であります。
>イエスの行いと日蓮大聖人の行いに共通性を(池田太作は)見出したのではないでしょうか。

などと懲りずに言っておりますが、抑もその御文は十界互具に於ける『人界所具の仏界』を示された
ものでしょう。御文中『人界の仏界の一分』とは其の意であります。

果たして、池田太作がイエスの行いと大聖人の行いの共通性を見出した、というのであれば、
貧民救済に尽力した良観の行いと、イエスの行いと、一体何が違うのですか。
本より、十界互具から云へば、良観にもイエスにも仏界が具しております。だから何ですか。
仏界を倶しているから、其の者を行いの全てを尊敬するのですか。そうではないでしょう。
日蓮大聖人は良観を尊敬しましたか? していないでしょう。小生は当に其のことを言っているの
であります。

同抄に曰く『末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり』と。(新編 674)

よろしいか、岳衆殿。

尭王や舜王の例を引かれ、其の教理(人界所具の仏界)を諸人に示す事と、その仏界を具す諸人が邪義
に染まり、その謗法なりを責める事とは別であります。だからこそ大聖人は良観を呵責したのではあ
りませんか。

御貴殿が示した御文の前段に曰く『過去の下種結縁無き者の権小に執着する者は、設ひ法華経に値ひ
奉れども小権の見を出でず。自見を以て正義と為すが故に、還って法華経を以て或は小乗経に同じ、
或は華厳・大日経等に同じ、或は之を下す。此等の諸師は儒家・外道の賢聖より劣れる者なり』と。
                                      (新編 648)

つまりは仮令(たとえ)仏界を具するとも、邪宗邪義に染まり、自見を以って正義と為す者は、須らく
劣れる者である、と云う事であります。

其れでも御貴殿は、日蓮大聖人がイエスを尊敬すると言われるか。

再度、詰問します。

日蓮大聖人の仏法義から「大聖人がイエスの行いを尊敬する」という法拠を示して下さい。
言っておきますが、尭王や舜王の引例は、あくまで十界互具(人界所具の仏界)の理(ことわり)を示さ
れたものであります。本より、日蓮大聖人は、尭王や舜王を引かれるも、尊敬の念など表されており
ません。御貴殿こそは、極楽寺良観の慈善行為も含め「日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば決し
て口論などにはならず、民衆に尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱いたのではないか』などと浅は
かな事を言っている者が、なんで恩師の真弟子と成り得るのか。御貴殿は日蓮大聖人の仏法義から
「大聖人がイエスを尊敬する」という法拠を此に示しなさい。よろしいか。

其れにしても、

>富木常忍創設・中山法華経寺に継承されている観心本尊抄…

などと表記するなどは、御貴殿は創価学会員ではありませんね。

確認いたしましょう。

次回よりは先ず、御貴殿の所属教団、または信仰する宗旨宗派を明記して下さい。
 

Re: 岳衆殿

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月20日(木)18時24分35秒 112-71-25-116f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.44528[元記事へ]

原水爆禁止宣言の中で用いられる“死刑”の語が、或る国に於ける制度上の死刑を意味しているのか否か。
原水爆禁止宣言の中で“われわれ世界の民衆”との記述や、
“その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい”との記述があります。
“民衆”という一個の生命体を構成するのがわれわれであります。
一個の人間が60兆細胞から構成されているのと同じであります。
一個の人間には生存を選択する場合もあれば、自害を選択する場合もあります。
生存か自害かを選択するのは、意識と呼ぼうが本能と呼ぼうが衝動と呼ぼうがいずれにしても精神作用であります。
人間は誕生したからには生存することが至上命題であり、そのことからすれば、
生存全体を停止させてしまう自害を選択する精神作用は異常事態であり、
このような精神作用は人間精神の奥に隠された爪(凶器)であり、魔物・サタン・怪物とも呼べるものでありましょう。
この、人間一人一人に隠されている生存を阻害する精神作用を死刑にせねばなりません。

--------------------------------------------

富木常忍創設・中山法華経寺に継承されている観心本尊抄に、
「仏界何ぞ之を用いざらん尭舜等の聖人の如きは万民に於て偏頗無し人界の仏界の一分なり」
と有り、仏法を知らない尭や舜の行いは仏界の一分であると。万民に於て偏頗が無かった故であります。
イエスの行いと日蓮大聖人の行いに共通性を見出したのではないでしょうか。
 

黒川殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月20日(木)16時48分42秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >あの人は学会の洗脳文書に基づいていると思います。
>【地涌選集】
>宗門は獄中で国家諫暁している牧口会長らを信徒除名とし
>不敬罪で逮捕されていた僧侶・藤本蓮城も擯斥処分とした

わざわざの御助言、痛み入ります。

本より、上記の件については承知しております。

したがって昨日、

『つまり、御貴殿の例を挙げれば、日蓮大聖人(宗門)の御指示に反して突喊(とっかん)した在家信者、
つまりは四条金吾ならぬ牧口会長を、日蓮大聖人(宗門)が庇う筈もなく、其の事を以って「牧口会長・
戸田会長は宗門から見捨てられた」などと結論付けるは、これこそ御貴殿が地涌やフェイクなどの
落書き文書の影響を受けている証拠である』と論記した次第であります。

其れよりも先ず『彼』が(真正の)創価学会員であるのか、ないのか。それとも部外者なのか。
其のことも重要なファクターであります。
 

大月天さんへ、

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月20日(木)16時04分27秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  あの人は学会の洗脳文書に基づいていると思います。

【地涌選集】


宗門は獄中で国家諫暁している牧口会長らを信徒除名とし
不敬罪で逮捕されていた僧侶・藤本蓮城も擯斥処分とした

ttp://www.houonsha.co.jp/jiyu/18/670.html

ばっちりとて徹底的に破折して下さい。
 

岳衆殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月20日(木)15時19分33秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >御山の指示、其の修正とは何かが不明のままではこれ以降の文に進めませんので尋ねました。

別に進まぬ様な事もないでしょう。

御貴殿は「頼基陳状」を例に出して、日蓮大聖人は四条金吾を助けたが、宗門は牧口会長と戸田会長
を見捨てた、と言った。だから小生は、日淳上人に対する牧口会長の態度と、其の反省を述べられた
戸田先生の書簡を示して、御山の対処が最もである事を述べたのであります。「もう、あんたの指導
は受けない!」と椅子を蹴った信者に対して、なぜ御山が手を差し伸べるのか。此の様な事は、内容
以前の「道理」ではないですか。其の事からして宗門が見捨てたのではありません。御貴殿は物事を
表層的に見過ぎております。

>事実上の信徒除名である事を既に説明しました。

はて、何処(どこ)に其の説明がありますか?

御貴殿が述べているのは、

『“創価の師弟”と宗門は無関係であります。といいますのも、牧口初代会長と戸田二代会長は投獄中
に信徒除名となり宗門とは無関係となりましたがその師弟関係は不滅であったからであります』

『 牧口初代会長、戸田二代会長(当時理事長)が投獄された際、宗門が警察に抗議したという形跡が
見当たりません。牧口初代会長、戸田二代会長は宗門から見捨てられました。“事実上”の信徒除名で
あります』

の二文であります。

先ず最初に御貴殿は『 牧口初代会長と戸田二代会長は、投獄中に信徒除名となり宗門とは無関係と
なった』

と述べている。

仍って小生は『御貴殿は、牧口会長と戸田会長が投獄中に宗門から除名された、と記(しる)されて
おりますが、其れは何時(いつ)の事でありますか。その牧口会長と戸田会長が信徒除名に処せられた、
という日時を明示して下さい。又、その両者を除名した時の御法主上人は誰でありましょうか。
時の御隠尊猊下も含めて明確にして下さい。尚、其の当時の御隠尊猊下には、五十九世・堀日亨上人
が居られます』と質問したのであります。

すると御貴殿はすぐさま「投獄中に信徒除名となり」との断言を覆して「“事実上”の信徒除名です」
などと返答を寄こして来たのであります。

だから小生は『先ずは、御山が牧口会長と戸田理事長を除名処分にした、と御貴殿が断言した事に
ついて、速やかに訂正して下さい。「事実上」などと後付にして濁そうとも、そうはいきません。
尚、訂正しない、と言うのであれば、御山が獄中に居る牧口・戸田両氏と縁を切った、という証拠を
速やかに出して貰いましょう』と詰問したのであります。

其の答えが何ですか。

>事実上の信徒除名である事を既に説明しました。

説明していないでしょう。小生からの詰問に対して「投獄中に信徒除名」と自身が断言した事に対し
て 「(それは)事実上」と後付けしたに過ぎないでしょう。だから小生は詰問しているのです。

再詰致します。

御山が獄中に居る牧口・戸田両氏に対して縁を切った、という証拠を速やかに出して下さい。
事実上も何も、要は縁を切ったのか、切っていないのか、其の事を問うているのであります。

尚、御山が恩師と縁切り(信徒除名)していなかった事は、前(さき)の人間革命の内容を以って当方は
論証しております。

>釈尊から始まる諸々の教えを仏法とするならば、そこに「原水爆」の記述を見た事がありません。

「釈尊から始まる諸々の教えを仏法とするなら」も何も、抑もが仏法とは釈尊の教説から始まった
ものでしょう。又、その教説に於いて「原水爆」の記述がない、などは当たり前の事です。

>「原水爆禁止宣言」は超仏法的なものであります。戸田二代会長は自ら体得した“霊感(獄中からの
>手紙より)”から人類史上前例の無い、人類はたまた全生物を絶滅させかねない原水爆との対決を至
>上命題としたが故に「原水爆禁止宣言」を遺訓の第一にしたのであると考えます。

「原水爆禁止宣言」が超仏法的とは何ですか。言うまでもなく、恩師戸田先生は日蓮大聖人の仏法を
基調として「原水爆禁止」の宣言をしたのであります。果たして、此の宣言が仏法を超えるものとは、
如何なる論拠を以って述べておるのか。御貴殿は其れを提示しなさい。

加えて、恩師が獄中に於いて『霊感を得た』などと云うは、創価学会員の弁論に非ず、御貴殿は真正
の創価学会員でありますか? 読み返せば「戸田先生」と一度も書いておりません。法華講員の小生
が「恩師戸田先生」と尊称し、創価学会員の御貴殿が「戸田二代会長」と言う。再度、問いましょう。
御貴殿は「真正(本物で正しい)」の創価学会員ですか?

尚、御貴殿が云う『人類はたまた全生物を絶滅させかねない原水爆との対決を至上命題としたが故に
「原水爆禁止宣言」を遺訓の第一にしたのであると考えます』とは、単なる御貴殿の主観であり、
当禁止宣言のみが、恩師の御遺訓でもなければ、此の宣言のみが第一でもありません。恩師の御遺訓
に於いて最重要な事は他にも多々あります。『第一』という表現に囚(と)われて、その他の御遺訓を
枝葉と捉える御貴殿の魂胆が覗えます。

恩師云く『「あれも良いでしょう。これもよいでしょう」などとは、学会は言ってはいない。
断固として、世界の宗教界を相手にまわして、戦っていく孤立無援の教団が学会であります。
あらゆる方面から敵が現れてくることは、会長就任以来すでに覚悟の上だ。前からわかっている
ことです。私が難を受けることはいいが、みなさまにはぜったいの幸福をつかませてから死にたい
ものだということを、わたくしは念願している』と。(昭和29年10月/本部幹部会)

今にして、これも最たる恩師の御遺訓ではないですか。つまり、恩師が宣べらる『折伏精神』こそが、
原水爆禁止宣言の根本なのであり、その根本精神こそ大聖人の仏法を基調としたものなのであります。
『超仏法的』などと、恩師の指導を侮辱するものではありません。

>「原水爆禁止宣言」には“サタン”との表現が有りますが、サタンを理解できるのはキリスト教、
>及びキリスト教文化に触れた人々であります。この点をふまえますと、原水爆禁止宣言に於いて
>サタンとの言葉が用いられた事はクリスチャン、及びキリスト教文化に触れた人々へのメッセージ
>ともとれます。原水爆を廃絶できるかどうかのキャスティングボートを人類の巨大勢力であるクリ
>スチャン、及びキリスト教文化に触れた人々が握っているのでしょう。

別に『サタン』という表現を用いたから、此の宣言がキリスト教文化に向けて発せられたものとは
ならないでしょう。当宣言に於いては『怪物』とも表現し『悪魔・魔物』とも表現されております。
まして世界に於いては、推定11億人のイスラム圏あり、推定9億人のヒンドゥー教徒も存在し、現に
其の教圏たるパキスタンもインドも核兵器を保有しているのであります。

>そういったことから戸田二代会長はキリスト教を敵視するのではなく、その教えの内にある“サタン”
>を原水爆にオバーラップさせたのではないでしょうか。
>人類の巨大勢力であるクリスチャン及びキリスト教文化接触者を敵に回してしまっては戸田二代
>会長の至上命題を遂行できません。

哀。其の様な事は、御貴殿の単なる『感想』でしょう。

言っておきますが、日蓮大聖人の仏法に於いては邪宗を『敵視』するのではなく『折伏』をするので
あります。したがって、日蓮大聖人がイエスキリストを「敵に回さず尊敬する」事など有り得ないの
であります。だから小生は、其の論拠を以って、池田太作の邪言を呵責しているのであります。

果たして、御貴殿にして恩師の至上命令である原水禁宣言には「核実験に対する態度」を明確にされ
ておりますが、其れを用いる者に対して恩師は『ことごとく死刑にすべき」と述べられております。
果たして、御貴殿の言い分を返すならば、此の恩師の文言こそ、核兵器を保有する国家・指導者に
対して『敵視』している事になるのではないですか。本より『核実験』とは、其れを用いる可能性を
見計らっての事であります。又、其の事を以って他国を威嚇するものでもありましょう。果たして、
其れらの者等をして恩師は『死刑にすべき』と仰せらる。しかし御貴殿は「敵に回すな」と言う。
果たして一体どっちなのですか。

其の事に関して再詰します。

其れら原水爆を保有し、その実験を繰り返すキリスト教国、つまり、イエスの教えを国教ともする
核保有国をして「日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば決して口論などにはならず、民衆に尽くす
生き方に対して、尊敬の念を抱いたのではないか』などと、今時に於るキリスト教国の現状も弁えず、
馬鹿な事を言っている者が、なんで恩師の真弟子と成り得るのか。御貴殿は日蓮大聖人の仏法義から
「大聖人がイエスキリストを尊敬する」という法拠を此に示しなさい。よろしいか。

今になって曖昧な返答(感想文)は許されません。
 

管理人様

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月19日(水)22時37分2秒 112-71-25-116f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.44526[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> >御山の指示とは何でしょうか。其の修正とは何でしょうか。
>
> 言いっ放しのままで質問返しするとは、あまり褒められたものではありません。

御山の指示、其の修正とは何かが不明のままではこれ以降の文に進めませんので尋ねました。

--------------------------------------------

> 先ずは、御山が牧口会長と戸田理事長を除名処分にした、と御貴殿が断言した事について、速やかに
> 訂正して下さい。「事実上」などと後付にして濁そうとも、そうはいきません。
>
> 尚、訂正しない、と言うのであれば、御山が獄中に居る牧口・戸田両氏と縁を切った、という証拠を
> 速やかに出して貰いましょう。
>

事実上の信徒除名である事を既に説明しました。

--------------------------------------------

> 加えて御貴殿は『「原水爆禁止宣言」が遺訓の第一であり、これを継承する者が戸田二代会長の真正
> 弟子です』と言われるが、原水禁の宣言を継承するのみこそが本物の弟子である、という事を仏法義
> から説明しなさい。原水禁の運動などは、別に創価学会に限った事ではありません。いや、創価学会
> より活発に活動している団体があるのではないですか。

釈尊から始まる諸々の教えを仏法とするならば、そこに「原水爆」の記述を見た事がありません。
「原水爆禁止宣言」は超仏法的なものであります。戸田二代会長は自ら体得した“霊感(獄中からの手紙より)”
から人類史上前例の無い、人類はたまた全生物を絶滅させかねない原水爆との対決を至上命題としたが故に「原水爆禁止宣言」を遺訓の第一にしたのであると考えます。

--------------------------------------------

>
> 其れよりも何よりも『日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば決して口論などにはならず、民衆に
> 尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱いたのではないか』などと馬鹿な事を言っている者が、なんで
> 恩師の真弟子と成り得るのか。御貴殿は其れを説明しなさい。
>
> 要は御遺訓の根本がどこに有るのか。其の事が重要なのであります。
>
「原水爆禁止宣言」には“サタン”との表現が有りますが、サタンを理解できるのはキリスト教、及びキリスト教文化に触れた人々であります。
キリスト教信者だけでも20億人存在すると言われており世界最大の勢力であります。その文化に触れた人となると更に数は増えるのではないでしょうか。
この点をふまえますと、原水爆禁止宣言に於いてサタンとの言葉が用いられた事はクリスチャン、及びキリスト教文化に触れた人々へのメッセージともとれます。原水爆を廃絶できるかどうかのキャスティングボートを人類の巨大勢力であるクリスチャン、及びキリスト教文化に触れた人々が握っているのでしょう。
そういったことから戸田二代会長はキリスト教を敵視するのではなく、その教えの内にある“サタン”を原水爆にオバーラップさせたのではないでしょうか。
人類の巨大勢力であるクリスチャン及びキリスト教文化接触者を敵に回してしまっては戸田二代会長の至上命題を遂行できません。
 

岳衆殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月19日(水)21時16分0秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >御山の指示とは何でしょうか。其の修正とは何でしょうか。

言いっ放しのままで質問返しするとは、あまり褒められたものではありません。

先ずは、御山が牧口会長と戸田理事長を除名処分にした、と御貴殿が断言した事について、速やかに
訂正して下さい。「事実上」などと後付にして濁そうとも、そうはいきません。

尚、訂正しない、と言うのであれば、御山が獄中に居る牧口・戸田両氏と縁を切った、という証拠を
速やかに出して貰いましょう。

加えて御貴殿は『「原水爆禁止宣言」が遺訓の第一であり、これを継承する者が戸田二代会長の真正
弟子です』と言われるが、原水禁の宣言を継承するのみこそが本物の弟子である、という事を仏法義
から説明しなさい。原水禁の運動などは、別に創価学会に限った事ではありません。いや、創価学会
より活発に活動している団体があるのではないですか。

其れよりも何よりも『日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば決して口論などにはならず、民衆に
尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱いたのではないか』などと馬鹿な事を言っている者が、なんで
恩師の真弟子と成り得るのか。御貴殿は其れを説明しなさい。

要は御遺訓の根本がどこに有るのか。其の事が重要なのであります。
 

(無題)

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月19日(水)18時30分45秒 112-71-25-116f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.44519[元記事へ]

上記で論拠は示しました。
「原水爆禁止宣言」が遺訓の第一であり、これを継承する者が戸田二代会長の真正弟子です。

真正:真実で正しいこと。本物であること。(大辞泉)
 

管理人様

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月19日(水)17時59分17秒 112-71-25-116f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.44523[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> はて、仰せの「前提」が何に対する「前提」であるのか、漫然として理解できません。

「“事実上”の信徒除名」との結論の為の前提であります。

>
> 本より四条金吾は、日蓮大聖人の仰せの儘に実践し、其の結果として主君・北条光時から強圧された
> のでありますから、其の成り行きを以って日蓮大聖人が「陳状」を代筆し抗弁されるは、勿体なき事
> であります。
>
> しかし、牧口会長は、御山の指示に反して行動を発(お)こし、又は其の修正の遅延によって逮捕投獄
> されたのであり、それら反抗による結果責任に対して、御山が「陳状」する筈がないのであります。

御山の指示とは何でしょうか。其の修正とは何でしょうか。
 

岳衆殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月19日(水)15時44分47秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  はて、仰せの「前提」が何に対する「前提」であるのか、漫然として理解できません。
してもし、其の「前提」が、御貴殿の云う『真正弟子』の資格を指して言われている、というので
あれば、抑も其の『真正弟子』の資格とは、あくまで仏法正義、つまりは富士門に於る本尊義の正継
こそが前提でなければならない、という事であります。

>日蓮大聖人は四条金吾が主君から迫害されている最中に「頼基陳状」を代筆なさって抗議なされま
>したが、牧口初代会長、戸田二代会長(当時理事長)が投獄された際、宗門が警察に抗議したという
>形跡が見当たりません。牧口初代会長、戸田二代会長は宗門から見捨てられました。
>“事実上”の信徒除名であります。

本より四条金吾は、日蓮大聖人の仰せの儘に実践し、其の結果として主君・北条光時から強圧された
のでありますから、其の成り行きを以って日蓮大聖人が「陳状」を代筆し抗弁されるは、勿体なき事
であります。

しかし、牧口会長は、御山の指示に反して行動を発(お)こし、又は其の修正の遅延によって逮捕投獄
されたのであり、それら反抗による結果責任に対して、御山が「陳状」する筈がないのであります。

聞くに逮捕前の牧口会長に於いては、日淳上人(当時・宗務院庶務部長)に対して『もう貴僧の指導は
受けない!』と離反の意を示したとの事。又、その事は、恩師が其の獄中に於て『堀米先生(日淳上人)
に、去年堀米先生を「そしった」罰をつくづく幟悔しておる、と話して下さい。「法の師をそしり」
し罪を機悔しつつ「永劫の過去を現身にみる」と言っております』と記(しる)されている事からして
明白であります。

つまり、御貴殿の例を挙げれば、日蓮大聖人(宗門)の御指示に反して突喊(とっかん)した在家信者、
つまりは四条金吾ならぬ牧口会長を、日蓮大聖人(宗門)が庇う筈もなく、其の事を以って『牧口会長・
戸田会長は宗門から見捨てられた』などと結論付けるは、これこそ御貴殿が地涌やフェイクなどの
落書き文書の影響を受けている証拠であります。果たして、恩師(当時・創価教育学会理事長)が出獄
して数日後、日淳上人とお会いした時に『私はあなたを待っていた』と日淳上人が仰せになるという
事は、決して恩師をして『見捨てた』ものではない、という事であります。

人間革命に云く『やがて二人は、さまざまな事を語り合った。まるで二年有余の別離の空白を、一挙
に埋めるような調子であった』と。(人間革命第一巻 185P)

して、その二人こそは『日蓮大聖人の法水を、微塵も汚すことなく護りきった、本山側の堀米尊師と、
最大の講中である創価学会側の戸田城聖その人である』と。(同上 184P)

さても最初は『牧口初代会長と戸田二代会長は投獄中に信徒除名となり宗門とは無関係となりました』
と其の『無関係』を認めながら『宗門は両者を助けなかった』と文句を言い、『両者は投獄中に宗門
から信徒除名にされた』と断言しながら、今になって『事実上の』などと付記するなどは、すでに、
御貴殿の論立てが破綻している証拠であります。

もう少し、しっかりとした論拠を以って、池田太作が庶民の王者にして、初代会長からの『真正弟子』
ある、という事を証明しなさい。

池田太作が云く『もしも日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば決して口論などにはならず、民衆に
尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱いたのではないか」と。
                         (聖教新聞 平成17年6月10日付)

こういう馬鹿な事を言っている者が、なぜ、恩師戸田先生の真弟子と成り得るのか。
御貴殿は能く能くモノを考えて弁論すべきであります。
 

管理人様

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月19日(水)08時49分47秒 112-71-25-116f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
   先ず前提となるお話しをしておきましょう。
 日蓮大聖人は執権でも何でも無い最明寺入道(引退した北条時頼)に立正安国論を提出なされました。最明寺入道が事実上の最高実力者だったからであります。
 他宗の方々か或いは何人かに「最明寺入道は執権ではないので彼に提出された立正安国論は国家諌暁の書では無い」と言われる事も有り得ます。確かに論理的には正しいです。そう言われるとぐうのねも出ません。しかし世の中、“執権が最高実力を持っている”と言ったような形式上の事のみで運営されているとは限りません。形式の裏に潜む“事実上”の事態が物事の実体である事もございます。

 日蓮大聖人は四条金吾が主君から迫害されている最中に「頼基陳状」を代筆なさって抗議なされましたが、牧口初代会長、戸田二代会長(当時理事長)が投獄された際、宗門が警察に抗議したという形跡が見当たりません。牧口初代会長、戸田二代会長は宗門から見捨てられました。“事実上”の信徒除名であります。
 

Re: (無題)

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月19日(水)07時02分23秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  岳衆さんへのお返事です。

> 戸田二代会長の“第一の遺訓”つまり最重要遺訓である「原水爆禁止宣言」を継承している池田三代会長が戸田二代会長の真正弟子であります。
> 牧口初代会長以来の悲願、創価学園、創価大学を創立した事からもやはり池田三代会長が真正弟子であります。

「真正」とはどう発音するのでしょうか? 「まな弟子」という意味ですよね? その弟子は戸田氏の遺言を保護にしていませんか?

「原水爆禁止宣言」ですが、これは戸田氏の画期的な宣言とは理解しておりません。毎年行われる広島、長崎での行事の歴史は全て原水爆禁止宣言の歴史ではありませんか? 日本は原爆を落された唯一の国です。
悲惨な歴史を二度と起こさないよう、原爆を阻止する運動が日本人の心を捉えたことは必然性があると思います。また原爆禁止は一般論です。

主観論(アメリカ側)から見ますと「アホほど降伏しない日本」を降伏せしるためには原爆を投下せざるとえなかった、という主張もありますね。

> “創価の師弟”と宗門は無関係であります。といいますのも、牧口初代会長と戸田二代会長は投獄中に信徒除名となり宗門とは無関係となりましたがその師弟関係は不滅であったからであります。

「信徒除名}? これは誤解です。その様なことは無かったと思います。富士年表を調べましたが、そのような記述は一切ございません。宗門は信徒除名したことを隠しているのでしょうか? 或いは創価の情報からでしょうか? 具体的に信徒除名になった証拠がありますか?

では、
 

岳衆殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月18日(火)17時56分51秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  先ずは御投稿、痛み入ります。

さて見れば、自称・庶民の王者と自慢する池田名誉会長の事を指して『(戸田会長の)真正弟子だ』と
言われておりますが『真正弟子』という表現は、あまり聞いた事がありません。今時の学会員はその
様に言っているのですか。あまり良い響きではありませんね。まぁ、其れは其れとして…。

>戸田二代会長の“第一の遺訓”つまり最重要遺訓である「原水爆禁止宣言」を継承している池田三代
>会長が戸田二代会長の真正弟子であります。

本より、ここで言われる『遺訓すべき第一のもの』との意は、つまりは遺訓と為すべき重要な内容と
いう意味であって、別にこの宣言のみが遺訓の第一であり、其の他のモノは枝葉である、という意味
ではありません。何よりも恩師に於ては仏法の正義が第一であり、仏法の根本たる本尊義を正統する
事が恩師にして御遺訓の第一義であり、その本尊正義の流布を以って、原水爆の禁止・抑止に繋がる
を宣言したものであります。だからこそ小生は今もって其の恩師の御遺訓を堅守し、現池田創価学会
の外道義を呵責しているのであります。

恩師、青年訓に云く『第一は、無智の者に永遠の生命を教え、日蓮正宗の本尊の絶対無二なる尊貴を
知らしめて、功徳の大海に思うがままに遊戯(ゆうげ)する、自在の境涯を会得せしむるために、忍辱
の鎧を著(き)、慈悲の利剣をひっさげて戦うのである』と。

果たして、此の恩師が宣べらる訓示こそも、我ら門下生として第一級たる御遺訓であります。

>牧口初代会長以来の悲願、創価学園、創価大学を創立した事からもやはり池田三代会長が真正弟子
>であります。

別に創価学園や創価大学を創立したからと言って、其れが『真正弟子』とは成らんでしょう。
其れよりも何よりも『日蓮大聖人は末法の本仏ではない』と矢鱈に叫ぶ、創価大学の教授Мを何とか
しなさい。これこそは牧口会長已来の根本義を破壊する謗法者であります。此のような者を学園内に
放置する池田現創価学会こそは、恩師の御遺訓に乖(そむ)く邪教団ではないのですか。

>“創価の師弟”と宗門は無関係であります。といいますのも、牧口初代会長と戸田二代会長は投獄中
>に信徒除名となり宗門とは無関係となりましたがその師弟関係は不滅であったからであります。

『創価の師弟と宗門は無関係であります』

其れは其のとおりでありましょう。信者同士が「俺は師匠、お前は弟子」と組織内で言った所で、
宗門の宗義とは何の関係もありません。しかし、信者同士で「師匠の俺が本尊を造るから、弟子の
お前は其れを拝め」というのは問題があります。是れこそは恩師が示された本尊義からして邪義邪行
であります。

尚、御貴殿は、牧口会長と戸田会長が投獄中に宗門から除名された、と記(しる)されておりますが、
其れは何時(いつ)の事でありますか。その牧口会長と戸田会長が信徒除名に処せられた、という日時
を明示して下さい。又、その両者を除名した時の御法主上人は誰でありましょうか。時の御隠尊猊下
も含めて明確にして下さい。尚、其の当時の御隠尊猊下には、五十九世・堀日亨上人が居られます。
 

(無題)

 投稿者:岳衆  投稿日:2012年12月18日(火)12時06分29秒 180-147-44-146f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  戸田二代会長の“第一の遺訓”つまり最重要遺訓である「原水爆禁止宣言」を継承している池田三代会長が戸田二代会長の真正弟子であります。
牧口初代会長以来の悲願、創価学園、創価大学を創立した事からもやはり池田三代会長が真正弟子であります。
“創価の師弟”と宗門は無関係であります。といいますのも、牧口初代会長と戸田二代会長は投獄中に信徒除名となり宗門とは無関係となりましたがその師弟関係は不滅であったからであります。
 

管理人さま

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2012年12月16日(日)23時15分51秒 EM1-112-11-23.pool.e-mobile.ne.jp
返信・引用
  本当に、お心有難うございます。

しかし、この精神闘争は半端でないことは承知しています。

本当の信心はこれから、ここからなのかもしれないと感じています。

本当の境涯革命の入り口みたいなものですね。

ありがとうございました。
 

詰問

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月16日(日)17時40分25秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  大阪事件の逮捕から2週間後に釈放された池田太作(当時・青年部参謀室長)が、その地にて開催した
大阪大会(昭和32年7月17日)に於いて、池田室長が参加者全員に向けて力強く宣言した『すべて
の事は、全部、大御本尊様が御見通しであると私は確信するものであります!』との大御本尊様は今、
どこに有るのか。そして其の大御本尊様は、現創価に巣食う蝗蟲が云う処(ところ)の後世の謀作であ
るのか、君たち学会員は其れに答えなさい。
 

秋晴れ殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月16日(日)14時57分33秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >分かりました。
>こういった虫以下の人間の末路を沢山見てきました。魔が競うとは、正に本当のことです。
>信心の確立していない方々は、まず、この虫以下幹部の在り様で退転します。

応に其のとおりであります。そういう虫以下の人間(学会組織に身を置きながら学会教学に違背し、
上層幹部にはモノを言わず、会員然を装いながら、掲示板等で己義をばらまく小心者)こそが、内部
の敵、つまりは獅子身中の蝗蟲なのであります。

尚、小生は正統・富士門流の信徒として、又、恩師戸田先生の教示を堅守する者として、それら蝗蟲
が泣き散らかす個人的な己義発想などはどーでもよく、要は創価学会の教えがどうであるのか、その
教えが邪義謗法であるのか、其の一点のみが大事なのであります。其れはなぜか、つまりは創価学会
総体としての邪義が明確となれば、その学会に所属する全ての会員が邪徒である事が決定されるから
であります。つまり、その邪義邪説を論破して学会教学が敗北となれば、自ずと学会に所属する全て
の会員が敗れる事となり、日頃から学会教学に違背して己義を巻き散らかす身中の蝗蟲もまた、その
所属する身に於いて敗北となるのであります。応に予同罪を責めるとは此の事を云うのであります。
つまりは小生にとって、それら蝗蟲の個人的な発想などはどーでもよい事であり、それら蝗蟲が好食
する文献による懐疑研究などは眼中に無いのであります。仍って小生からして、それらの蝗蟲は皆
『莫迦』であり、その古文書漁りの恥態をして『文献莫迦』と称しているのであります。

先ずは第一、創価学会員として日蓮大聖人が末法の御本仏である、と確信するや否や。して其の確信
を為す根拠は如何。加えて、平成の破門以降、新本尊配布の大義に於いて日蓮大聖人直結の御正師と
仰ぎ、其の正道を讃えた日寛上人の御教示を、今もって堅持したるや否や。

秋晴れ殿。よろしいか。開口一番、上記の詰問を以って、相手が正会員であるのか、将又(はたまた)、
身中の蝗蟲であるのか、その正体こそが炙り出されるのであります。

そこで先ずは言って置きますが、御貴殿をして自身が真っ当な正会員であると自負されるのであれば、
早速に彼の創価大教授Мが吐き散らかす処(ところ)の『日蓮本仏排斥論』を呵責しなさい。そして、
それら蝗蟲の痴言を漫然と放置する、学会組織の体たらくを担当幹部に進言しなさい。それこそが
恩師をして永遠の指導者と仰ぐ、真(まこと)の創価学会員の姿であると、小生は確信するものであり
ます。

>渡す(ママ)はまだ呵責できるような境涯ではありません。
>まだ、突き抜けられないのです。
>まだまだ消化していかなければいけないことが沢山あります。
>ありがとうございました

いえいえ、御貴殿は冒頭『こういった虫以下の人間の末路を沢山見てきました。魔が競うとは、正に
本当のことです。信心の確立していない方々は、まず、この虫以下幹部の在り様で退転します』と、
しっかり分析しているではありませんか。これこそも蝗蟲どもに対する立派な呵責であります。

秋晴れ殿。どうか、自信を持って内部浄化を進めて下さい。

組織として、己義を構える蝗蟲を退治する事こそが、学会教学の正道を堅守する事になるとの認識を
今こそ持つべきであります。

はてさて、何にやら『敵に塩』の様相になって参りましたが、兎も角、秋晴れ殿に於かれましては、
今後の御活躍を期待するものであります。
 

管理人様

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2012年12月16日(日)00時03分26秒 EM111-188-67-32.pool.e-mobile.ne.jp
返信・引用
  >よろしいか秋晴れ殿、先ずはそういう虫以下の人間に対して呵責しなさい。それこそが恩師戸田先生
の御遺訓に報いる、御貴殿ら残留組の使命であります。

分かりました。
こういった虫以下の人間の末路を沢山見てきました。
魔が競うとは、正に本当のことです。
信心の確立していない方々は、まず、この虫以下幹部の在り様で退転します。
渡すはまだ呵責できるような境涯ではありません。
まだ、突き抜けられないのです。
まだまだ消化していかなければいけないことが沢山あります。
ありがとうございました

 

再教育

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月15日(土)14時26分49秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  此に重ねて、池田親子(SGI会長 太作・副会長 博正)に聞かせてしんぜよう!

恩師云く、

『広宣流布をしなければならない。さあ、そうなると、迷う人があるかもしれない。他でもやって
いいのではないかと。だが、ほかでは絶対ダメなのです。これだけは、絶対、日蓮正宗でなければ
ダメなのです。広宣流布の暁には、大聖人様が御存生中に、広宣流布ができたならば紫宸殿へ飾って、
時の天皇に拝ませなさいと、予言をなさっておつくりになった、紫宸殿御本尊という御本尊様がある
のです。だから、身延には広宣流布する資格がないという事が、始めからわかっている。ましてや、
この頃できたてのニセ日蓮宗などはあるわけがない。この、紫宸殿御本尊のある寺こそ、広宣流布を
する寺なのです。それが、この紫宸殿御本尊というのは、七百年も近く、富士大石寺に、厳然として
奉持し奉っているのです。この一事をもっても、我々日蓮正宗の者は、広宣流布をしなければならな
い責任があるということになっているのです。だから、(池田創価学会などが)広宣流布だ、などと、
マネをしだした時に、この一事をもって、きゅっと押さえてやらなければいけない』

                     (昭和30年8月23日 於・蒲田支部函館地区総会)


詰問す!

お前ら日蓮世界宗創価学会は、広宣流布の暁に於いて、一体、何処(どこ)の本尊を何処(いずこ)の
戒壇堂に安置するのか。お前らは其れを直ちに申せ!

ったく、此の事、5年も前から訊いておるが、誰も真面(まとも)な返答を寄こした事がない。
つまりは組織として『解かりません』という事であるよな。哀。

まてよ、考えてみれば創価学会本部に『勅使門』など無かったよな。

哀笑。思えば何とも情けない「日蓮世界宗」ではある。鼻笑。

『だから、身延には広宣流布する資格がないという事が、始めからわかっている。ましてや、この頃
できたてのニセ日蓮宗などはあるわけがない』

恩師の仰せ、まさしく、ご尤(もっと)もである。
 

秋晴れ殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月15日(土)14時09分39秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >管理人さんの信心の破られていった理由の一つが、描かれているようで参考になりました。
>有難うございました。

秋晴れ殿、何やら誤解されている様であるが…。

当方は何も、組織幹部に不服があって学会をやめたのではありません。
やめた無理は唯(ただ)一つ、恩師戸田先生の御遺訓に違背した池田太作の忘恩と驕慢、そして太作が
説く狂学と其の不信心に対して決別したものであります。

ただ人の振る舞いのみを見て組織から乖(はなれ)るなどは、其の者の信心がまだまだ未熟である証拠
であります。

よく、学会をやめて法華講に入った者が、再度、学会に入るなどと言うのは、抑も、富士門の正義に
ついて疑問したものでなく、其のほとんどが対人に関して判断しているのであります。そういう未熟
な信心と一緒にされては堪りません。

さて見れば御貴殿は当方に対して『信心の破れが退会理由の一つ』などと申しておりますが、さに非
ず、当方は『信心が破れたから学会をやめた』のではなく『信心が真っ当であったから学会をやめた』
のであり、今もって恩師の御遺訓を堅守するは、現創価学会に残留する会員ではなく、忘恩池田太作
が率いる現創価に反旗した、我ら忠魂たる旧創価学会のメンバーである、という事を先ずは言ってお
きましょう。

其れよりも何よりも、創価学会に其の身を置きながら、戒壇の大御本尊を疑難し、二箇相承を疑い、
百六箇抄・本因妙抄を偽作呼ばわりし、御義口伝さえも偽撰などと言っている者どもは、面従腹背の
痴れ者たちであり、それこそは仏法義からして虫以下の人間でありますから、そういうバイ菌どもを
内部で見つけたら、我ら旧創価学会に属した者に文句する前に、其れら虫以下の者共を先ず破折して
下さい。此奴(こやつ)らは、インターネットの掲示板などで、あれも偽書だ、これも偽書だ、と言い
ながら、座談会も含む各種会合などに出席する主要幹部に対して、一言も疑念を述べられない小心者
であり、其の面従腹背の醜さには反吐(へど)が出る、というものであります。

よろしいか秋晴れ殿、先ずはそういう虫以下の人間に対して呵責しなさい。それこそが恩師戸田先生
の御遺訓に報いる、御貴殿ら残留組の使命であります。

尚、此奴らが虫以下の人間であるとは、何も小生が言っているのではありません。其のことは当室の
巻頭文を読んで貰えれば解かります。

果たして、邪宗に身を置く者が、その所属する邪宗が説く教えよりも更なる邪義を唱えるなどは、
其れこそ犬畜生にも劣るバイ菌の仕業であり、そういう連中などは、ハエ叩きで『ベシッ!』と叩き、
その潰(つぶ)れた死体をちり紙で包(くる)んで『ジャジャーーーー!!』っと便所に流しましょう。

勿論、その潰れた死体を包む紙は、地涌やフェイクの怪文書であります。これらのモノは尻を拭く
チリ紙以下の駄紙であります。

先ずはバイ菌を内部から叩き出す! これしかありません。
 

Re: 人の涙

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2012年12月14日(金)21時52分14秒 EM114-48-26-242.pool.e-mobile.ne.jp
返信・引用
  > No.44511[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

お久しぶりです。


管理人さんの信心の破られていった理由の一つが、描かれているようで参考になりました。


有難うございました。

 

人の涙

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月13日(木)18時08分52秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  さて、投票日も愈々(いよいよ)明々後日(しあさって)に近づいて、各政党の候補者も最後の追い上げ
に汗を流している事だろう。

其の中で先日、ある女性候補が、被災地の仮設住宅の敷地内に辻立ちして政策を訴えようとマイクを
握るも『被災者の皆様がどれほど…』と言いかけて嗚咽(おえつ)してしまう様子が、テレビの画面に
映されていた。思うに此の女性候補は、真に被災者の苦悲を思い、そしてまた、其の苦悲に応えんと
する自身の使命感と其の責任感に嗚咽したものであろうと、小生は思った。

して、其の女性候補が所属する政党とは日本共産党である。

何が言いたいか。つまりは主義主張が違えども、人としての感情は同じである、という事である。
まぁ、中には変梃(へんてこ)りんな奴も居るが、人は皆、其の優しさを持って、友を思い、親を思い、
子を思うのである。本より、人を思いやる涙に壁などはない。共産党員であろうとも、立正佼成会の
会員であろうとも、一致派身延の信者でろうとも、そして外道創価の一員であろうとも、涙する者は
涙し、思いやる者は思いやるのである。

そこで思い出されるのは、小生が創価班の本部責任者の時、とある会合に於いて、男子部幹部が担当
部員の病気の事について指導を仰がんとした時、つい嗚咽して其の場に立ち尽くしたのである。
本より、その情景こそは、前に述べた女性候補の心理と同じであると、今にして思うものであるが、
その嗚咽する男子部幹部に対して『何も泣く事はないだろう。みっともないぞ』と冷たく言い放った
人物こそ、邪宗連合3団体(全日本仏教会・新日本宗教団体連合会・神社本庁)に対して非礼を詫びた、
河上何某(当時・東海道男子部長)その人なのである。

哀。学会の大幹部として、少しでも思いやる心があるならば、自身が担当する部員の病気を其れこそ
自分の悩みとして涙し、より一層の病気平癒を求めんと、健気に指導を仰ぐ青年に対して、何故、
『そーか、わかった! この私も御本尊様に祈ろう! きっと治る! 君の思いは必ず御本尊様に
通じる!』くらい言えんのか。小生は其の時『なんと冷たい人なんだろう』と思ったものである。

本より、末端の現場を経ず、大学から本部職員となり、県主任だ、方面長だ、副理事長だ、などと
いう『エリート』な連中に、現場組織の苦労など解かろう筈もなく、其れからすれば河上ら大幹部に
よる無機質な冷言も至極当然ともいえよう。

其れからすれば、各寺院支部の御住職が、目に見える形で講員一人一人と接しながら、日々戦いの駒
を進める現宗門の体制こそ、真(まこと)の現場主義であると、此に痛感するものである。

人の涙に区別なし。しかし、其の人の持つ思想信条が、邪宗邪義に染まったものであるならば、我等
は容赦なく、その邪思邪想を破折しなければならないのである。

人を責むに非ず、ただ其の人の思いを責む

これからも、それら軽脳から発せられる邪義邪説を破し、特にハエ人間などが作成するフェイク等の
邪文に対しては鋭意呵責して参る所存である。
 

怪文書フェイクの痴文を破す 其の二

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月12日(水)15時36分21秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用 編集済
  【平成24年12月11日発行分】

>急報 本行寺の高野日海が急死
>柳沢喜惣次に続く日顕の地獄への案内人
>信徒の浄財を湯水のように浪費した破戒坊主

哀笑。見れば見るほど、劣悪な大衆雑誌が用いるタイトルそのものである。哀。
鼻笑。思うに上記の様な品性のない劣悪なタイトルを付記する者こそは、其れこそ瞋恚の塊りにして、
其の心性さえも下品なのであろう。何とも可哀想な奴ではあるが、本よりそういう下品なハエ人間は
須らく叩き落さねばならない。

さて、本行寺と云えば、墨田区向島にある寺院である。向島と云えば、彼のスカイツリーの近辺では
なかろうか。聞くに本行寺殿は、その折伏行に於いて多大な成果を挙げているとの事。其れも其の筈、
当寺院の御総代は故・柳沢総講頭ではなかったか。

小笑。其れにしても『柳沢喜惣次に続く日顕の地獄への案内人』とは穏やかではない。鼻笑。

果たして一体、何がどーして『地獄への案内人』と成るのか。お前は其の法拠たるを説明せよ!

して、お前らの創価狂学では、地獄という苦界は、現存している人間にしか感じ得ない、という。
ならばバカよ。其の地獄を案内する者は、現に生存する人間にしか出来得ない、という事になるでは
ないか。鼻笑。ったく、適当なタイトルを付けおって。お前らはやはり『馬鹿』である。

>日蓮正宗の本行寺住職・高野日海が十日正午前、入院先の都内の病院で死去した。享年八十四歳。
>日海は以前から肺気腫を患っていて、先日は日顕、日如らも見舞いに行き、前日迄は話もできたが、
>病状が急変して帰らぬ人となった。

肺気腫の末期に於いては、会話など儘ならない。呼吸するのが精一杯である。あまり見て来た様な
ウソを書くものではない。小笑。…そうか、お前らが発行しているのは抑もが『フェイク(偽物』で
あったよな。何だ、当たり前すぎて詰まらんぞ。糞笑。

>通夜は十三日午後七時から、告別式は十四日午前十時からと決まった。

小笑。パパラッチよりも暇な連中である。つまりは『ドキュンな連中』と云う事である。哀笑。

>日海の父親は、日顕の実父と言われている高野日深で、日海はその長男として昭和三年十二月一日
>に生まれた。

実父が誰であろうと、お前らには関係ない。其れよりも、そういうネタを以って会員の興味を引かん
とする、そういうお前らの品性こそが下劣である。控えよ。

>昭和二十四年に教師検定試験に合格、同三十一年に大講師になり、同三十八年四月以来、本行寺
>住職に納まり、東京第一布教区宗務支院長、参議会議長、全国布教師などを歴任したが、功績と
>言えるようなものは皆無に等しい。

はて『功績と言えるようなものは皆無に等しい』とは、創価外道のお前らからして何が『功績』と
なるのか。いや、其れよりも何よりも、邪宗に対して、その疎遠を詫びるお前ら外道者が、仏法の
功績について云云出来る資格があると思うてか。先ずはお前らの其の汚いケツの穴を洗って来なさい!

>平成二年に能化になり、「日海」を名乗るようになった時、宗内から「まさか、あんな遊び人が…」
>と驚きの声が上がった程だった。強欲で遊蕩三昧に耽る日海は、生臭坊主として評判が悪く「僧侶
>失格」の烙印を押されていた。

謗法予同を無視して寺院に入り込ませているスパイ連中や、お前らが抱える脱落僧から聞く話など、
デフォルメ話の最たるものであって、百円使えば千円使った、と言い、ビール一本飲めば1ダース
飲んだ、と成るのである。言うまでもなく、お前らのスパイ、脱落僧、そして講内の不信心者から
『僧侶失格』の烙印を押されるは、白五条の袈裟を纏う正宗僧侶としては本望な事である。

糞笑。其れにしてもお前らは『遊蕩三昧(どんちゃん騒ぎ)』という形容が好きであるよな。哀笑。
お主らは『阿呆』か。

>日海の振舞いで忘れられないのは平成七年六月六日、池上本門寺の貫首・田中日淳氏ら身延派の
>高僧が揃って大石寺を訪問した時に案内役を務めたことである。
>日海は身延派の一行を、総門から、広布坊を経て三門、大客殿、御影堂、正本堂、五重塔に至る
>まで案内して見学させた後、蓮葉庵に招いて手厚い接待をしていたのである。

問題なし。お前らは勉強不足である。哀。

糞笑。ったく、邪宗の団体に詫びを入れるお前らが、何の資格が在ってモノを云うか。
よいか、そーゆーのを「恥知らず」と言うのである。鼻笑。本当にお前らは「馬鹿」であるよな。

>これは日興上人の「五人と日興と堅く以て義絶し畢(おわ)んぬ」「日興と五人と堅く以て不和
>なり」(「富士一跡門徒存知の事」との厳しい戒めに違背する。

小笑。上記文は、其の当時に於いて義絶した、不和となった、という事であって、その将来に於いて
その接点までも禁止されたものではない。其れよりも一致派僧侶に富士門の伽藍を見物せしめるは、
大いに結構な事である。しかし、お前らの様に、一致派僧侶に詫びるような事はしないから安心せぃ!

そうであろう、莫迦よ。鼻笑。

>日海の振舞いが大謗法であるのは明々白々であり、大石寺が日蓮大聖人、開山日興上人とは無縁の
>謗法の山と化してしまったことを物語る出来事であった。

小笑。一体何が謗法の山であるのか。お前ら創価外道が大勢御山を見学するとして、御山が其れを
拒まない事をもって謗法となるのか。つまり、邪宗信徒を入信前に御山の敷地に入れるは謗法である
というのか。呆笑。大丈夫か? その頭…。哀笑。

日有上人が曰く『法華宗の法師は他宗他門の人に交わる時は我が人体の分程振舞うべし、懈怠すべか
らず、又卑劣すべからず』と。(富要第1巻73頁/有師化儀抄)

此の日有上人の御訓戒からすれば、お前ら創価外道の振る舞い(邪宗へのお詫び行脚)こそが、大謗法
であり、其れこそ日蓮大聖人、日興上人とは無縁の邪教団体である、という事を此に断言する。

お前らは恥を知りなさい。

糞笑。フェイク、どーしようもない下劣な発行物である。
 

黒川殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月12日(水)01時38分3秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >日興跡条条事に関し、どちらの元号を使用するか? 日興上人は「無し」とお決め遊ばされたので
>しょう。大月天殿のご指摘で間違いないと思います。

文献に元号が入っていない、だから偽書だ。
文献に月日が記入されていない、だから偽書だ。

こういう阿呆な理屈を小賢しく述べる文献莫迦の少脳を小笑したものであります。

加えて、これは今までに無い初めての表現語句だ、だから偽書だ。と一律に言うバカな理屈も序(つい)
でに鼻笑しておきましょう。

さても、リハーサルと本番の区別が、演劇のみならず、文書文献の世界にも存在する、という事を、
其れこそ文献莫迦は知るべきであります。
 

怪文書フェイクの痴文を破す 其の一

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月12日(水)01時32分54秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  【平成24年12月8日発行分】

>「驚嘆スヘキ戦果 感謝ニ堪エス」と訓諭
>開戦の日に想う  軍部に媚び諂った日蓮正宗
>時の法主・日恭は大石寺の大火の中で焼死

>きょう十二月八日は昭和十六年(一九四一年)に日本軍がハワイ・真珠湾の米軍基地を攻撃し、
>約三年半に及ぶ大戦の火蓋が切られた日である。この日、当時の法主・鈴木日恭(六十二世)は
>「宗内一般」に対して「訓諭」(下に掲載)を発した。その冒頭、日恭は「本日米國及英國ニ對シ
>畏クモ宣戦ノ 大詔煥發アラセラレ洵(まこと)ニ恐懼(きょうく)感激ニ堪エス」と述べていた。

>宣戦布告について「恐懼感激ニ堪エス」、つまり「恐れ多くも感激した」という。法主自らが
>「訓諭」で日本が戦争を始めたことに感激したと明かしていたのだ。


先ずは爰(ここ)までとしよう。

鼻笑。其れにしても此奴、当文中の「感激」の意を単に「感激」という文意を以って解釈しておる。

バカよ。ここで仰せの「感激」とは、応に記(しる)されている処(ところ)の「恐懼(きょうく)感激」
の意であって、つまりは「有り難さに恐れ謹み、深く感じ入って心が奮い立つ事」の意であり、別に
戦争を始めた事に関して感動しているものではない。つまりは天皇陛下が大国米英に対して宣戦布告
の大詔(おおみことのり)を決せられた、その陛下の御決意に対して「恐懼感激」したものである。

…哀。

それにしても何でお前らはそーやって、物事の深意を軽口するのか、つまりは其の脳髄が軽いのか、
つまりは莫迦という事なのか。つまりは、フェイクを発行する者共などは、物事を単純に、しかも
幼稚に理解する事しか出来ない、脳足らずの連中だと云う事である。加えて、それら単純フェイクを、
何の疑いもなく、其れこそ夢遊病者がごとく掲示板に貼り付ける連中などは、小生からしてハエの脳
よりも軽い、人非人の痴れ者であるという事を、ここに断言しておこう。哀。ったく、哀れな連中で
はある。

次!

>更に、日恭は「訓諭」の中で「幸ヒ帝國ハ御稜威ノ下忠勇無双ノ陸海軍アリ既ニ戦端開始第一日ニ
>於テ驚嘆スヘキ戦果ヲ挙ケラル我等感謝ニ堪エス」とも述べていた。この「御稜威」とは神格を有
>する天皇陛下の威光という意味であり、「現人神」の下にある陸海軍が開戦日の十二月八日に多大
>な成果を挙げたことに「感謝」し、海軍機動部隊による真珠湾への奇襲攻撃の戦果を「驚嘆スヘキ」
>と喜んでいたのであった。

小笑。

本より、其の当時に於いては天皇陛下の御威光は絶大であり、其れこそは日本国民からして「現人神
(あらひとがみ)」として尊仰されたのである。

果たして其れが何なのだ。

初代・牧口会長が云く『今上陛下こそ現人神であらせられる。即ち 天照大神を初め奉り、御代々の
御稜威は現人神であらせられる 今上陛下に凝集されてゐる のである。されば吾々は神聖にして犯す
可らずとある 『天皇』を最上と思念し奉るものであって、昭和の時代には 天皇に帰一奉るのが国民
の至誠だと信ずる』と。(昭和17年12月31日/於:創価教育学会第5回総会報告の座談会)

よいか。ここでいう「驚嘆」とは、お前ら教宣部が翻訳する「喜んでいた」などという意味ではなく、
思いも呼ばぬ物事(結果)に対して「驚き感服した」意を述べたものである。ったく其れを「喜んだ」
などと単純に理解しおって…。お前らはまことに阿呆か。哀笑。

尚、言っておくが大東亜戦争は、抑もが侵略戦争に非ず、これこそは米英らによる経済封鎖という
「兵糧攻め」に対する国土防衛戦であった、という事をお前らは理解すべきである。つまり、真珠湾
への奇襲は、国土防衛の一端であり、侵略を目的として為されたものではない、という事である。
いや、其れよりも米国は、日本からの宣戦を待っていた節がある。ったく、そういう事も考えずに、
単純に痴文を連ねるお前らこそが「阿呆」なのである。哀

>そして「本宗宗徒タルモノ須ク聖慮ヲ奉體シ 佛祖ノ遺訓ニ基キ平素鍛錬ノ信行ヲ奮ヒ(中略)
>未曾有ノ大戦ニ必勝ヲ期セムコトヲ 右訓諭ス」と結んでいる。
>「聖慮」、即ち「現人神」である天皇陛下の考えを戴いて「佛祖ノ遺訓ニ基キ」
>つまり、日蓮大聖人の教えのままに戦争に勝利するよう呼びかけていた。

バカよ。当時の大日本の国民をして敗戦を祈る莫迦がどこにおるか!!
居るとすれば、お前ら外道のみであろう! いや、共産党も日本の敗戦を祈っていた、という話も
耳にした事がある。つまりは、お前らこそが平成の売国奴なのである!

ったく、自分の息子が米兵と戦火を交えるに「戦争は悪だから負けて来なさい」と諭(さと)す母親が
どこにおるのか! いや、居るとすれば、最早お前ら創価外道信者の類(たぐい)しか居らんだろう!

言うまでもなく、本門寺の大戒壇建立を大聖人の御遺命と拝し、平素から信行学の鍛錬を望んで其の
達成を願うは是れ富士大石寺の根旨であり、其の為を思って土台たる国土日本の勝利を願うは当然の
事ではないか。

よいか、其の開戦当時に於いて、日本国が戦争に負けるよう願い呼びかける宗教団体など有ろう筈も
なく、本より創価学会に於いても、戦勝の祈願は当然に為されたのである。

云く「皮を切らして肉を切り、肉を切らして骨を切る、といふ剣道の真髄を、実戦に現はして国民を
安堵せしめられるのが、今回の日支事変及び大東亜戦争に於て百戦百勝の所以である。それは銃後に
於けるすべての生活の理想の要諦でもある」と。(牧口常三郎全集/第10巻129頁)

よいか、今になってお前らは「反戦・平和」などと美辞を並べておるが、其の当時に於ける学会の
原点は、天皇陛下への尊崇であり、其の皇国をして戦勝を期さんとする、報国教団であったという
事を先ずは知るべきであろう。よいか、其の当時に於いて『報国』は国民の義務であり、集団組織に
於いても必須とされたのである。果たして金属が要る、木材が要る、それが無ければ戦線に於て支障
をきたすとなれば、日本国に在する者として鋭意拠出するは当然の事ではないか。

>この他、僧自らが伊勢皇太神宮の神札を受容したばかりか、信徒にも神札を受けるよう強要したの
>をはじめ勤行の御観念文の改変、御書の要文の削除など宗旨建立以来、未曾有の大謗法を犯した。

小笑。何度も言わせるでない。宗門は神札を単に受け取ったのであり、宗門をして祀ったものでは
ない。つまりは、便宜上受け取って、その後は「放置」したまでの事である。別に何て事はない。
其れにしても「強要」などと…。呆笑。其れこそは「教導」であろうが。

日亨上人が曰く『広布の道程にある間は為政者に対して理を責め道を推して・臣民の礼節を全ふして・
諌暁し上ることは、無論なりといへども熱心に激して妄断する事はあるべからざるなり』と。
                                   (富士宗学要集/第1巻159頁)

つまり、神札の受け取りを拒否し、憲兵の前で焼却し「我こそは日蓮大聖人の御教えが如く謗法厳戒
の正僧なり! 今こそ神道の邪義を摧(くだ)いて天皇尊崇の邪想を破すものなり!」と声高々に叫ぶ
ことが「妄断」なのであり、其の「妄断行為」を推奨するお前らフェイクこそが馬鹿なのである。

哀。

何、御観念文の改変とな。では此れも拙(まず)いのか。

●〔初座〕生身妙覚自行の御利益・大梵天王・帝釈天王・大日天王・大月天王・大明星天王・
     天照大神・正八幡大菩薩等惣じて法華守護の諸天善神・諸天昼夜常為法故而衛護之の
     御利益法味倍増の御為に

●〔四座〕奉祈念(きねんしたてまつる)・天皇陛下護持妙法・爾前迹門の謗法退治・一天四海
     本因妙広宣流布大願成就・御祈祷の御為に。

言っておくが、上記の御観念文の内容は、小生が少年部員の時に持っていた勤行要典に記(しる)され
ていたものである。これが拙いのか。ならば、創価学会も謗法団体であった、という事になるよな。
本より「天照大神」とは皇祖神の事であるが、其の神をして法味を求めんとするに、其れを謗法とは
何とも阿呆な連中である。お前らは御書をもっとよく読みなさい。哀笑。

尚、一部御書の削除などは、其の時の「対処」であり、別に削除した内容を否定したものではない。
ったく「削除」する事と「否定」する事の区別も判らぬ莫迦者め。

>その結果、終戦二か月前に大石寺は客殿をはじめ主要な堂宇を焼失。日恭は大奥の食堂の竃(かまど)
>に嵌まって焼死した。その姿は、上半身は真っ黒に焦げ、下半身は生焼け状態だった。
>この日恭の焼死を宗門側は「覚悟の自殺」と説明したが、竃に入って自殺する者などいない。
>酒豪が高じ腹部がビヤ樽状に変じた日恭は逃げ遅れたのであり、明らかに大罰の現証である。

小笑。しかし、性懲りもなく、未だに此の様な事を言っておるのであるから、お前らは本当に馬鹿で
あるよな。果たして一体、ビヤ樽状に肥大した腹部が、逃げ出せぬ程にすっぽり嵌ってしまう竈とは、
どういう竈であるのか。小笑。お前らは、その竈の寸法を提示しなさい。出せるかバカよ。鼻笑。

恩師が云く『焼けただれた管長室には、第62世日恭猊下が、おいたわしくも、身を火焔に自ら焼き、
端座したままの姿であられたのである。しかも、正装であり、袈裟をかけた、お姿である。そして、
一閻浮提総与の大御本尊を、御安置した、御宝蔵の方に向かっていた』と。
                                                             (人間革命 第1巻「千里の道」)

果たして小生が男子部時代『現代の御書』と教わった上記人間革命第1巻の内容と、お前らフェイク
が述べる事と、一体どっちが本当であるのか。して、お前らフェイクの痴文が本当であるならば、
お前ら自らが『現代の御書』を改変した事となり、宗門の戦時下に於ける対処について一々文句する
資格など無くなるのである。其れよりも何よりも『ビヤ樽状に変じた日恭上人が竈に嵌って焼死した』
などと云う証言を誰から得たのか。其の氏名なり証拠なりをお前らは此に提示しなさい。こちらには、
上記人間革命に記された内容に沿った証言がある。莫迦よ。早く証拠を出しなさい! 哀笑。

>国をあげて戦争へ突入していった時代とはいえ、軍部権力に媚び諂った日蓮正宗には、大聖人の
>末流を名乗る資格はない。

鼻笑。

国をあげて戦争に突入していない、この平成の時代に於いて、立正佼成会や神社本庁に媚びるお前ら
池田創価学会に、日蓮大聖人の末流を名乗る資格など無いし、まして直結の信心など笑止千万である。
お前らこそは戦時下に於ける宗門の対処を中傷する前に、其の腐りきった根性を立て直すべきである!

云く『世界平和の確立や文化の振興など有意な活動を推進しておられる貴団体(新日本宗教団体連合会・
全日本仏教会・神社本庁)をはじめ宗教界の皆様方とは、本来ならば公党として、広く御意見などを承
(うけたまわ)る機会をお願いすべきでありましたが、従来心ならずも疎遠になっておりましたことに
ついては、大変申し訳なく存じている次第であります』と。(平成11年10月7日/3団体挨拶文)

哀。創価をして国家権力に進出せる公党の挨拶文。読んでいて反吐(へど)が出る。果たして『従来心
ならずも疎遠になっておりましたことについては、大変申し訳なく存じている次第であります』とは
何ぞ!! 是れこそは恩師戸田先生による邪宗撲滅・大折伏戦などは「心ならずも」の事であったと
云う事か! 「大変申し訳なく存じている」とは如何なる事か! ふざけるものではない!!

外道創価よ。加えて痴文をフェイク(偽物)に載せてほくそ笑む莫迦者どもよ。一体お前らに邪宗謗法
を語る資格など有するのか。鼻笑。有るわけが無かろう。哀笑。あまり笑わせるものではないぞ。

尚、当室は今後、怪文書フェイクの痴文を順次破折していく所存である。又、其れこそは夢遊病者が
如く漫然とフェイクをベタ貼りする、無能者どもへの呵責も含めてのものである。

いずれにしても、莫迦と阿呆には『言葉のげんこつ』を加えるしかない、と云う事である。
まして其れらの者共が、邪義に染まったバカとアホであれば尚更の事である。

フェイク、これこそは莫迦・阿呆が生(な)せる下賤な発行物である。今にして容赦するものではない。
 

Re: 大石寺こそ正統・富士門流たる証し

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月10日(月)21時15分13秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.44504[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> 尚、此に付録として枝葉を破すならば、先ず、案文・正本ともに元号が入っていない事について文句
> を言うなどは、全く阿呆な勘ぐりであって、其の当時の国家の状況(天皇方対鎌倉幕府)からして、
> もしや諫暁、もしや天奏の時、真の弟子たる付属書の提示を要求されて、その付属書にある元号が、
> もし敵対天皇及び敵対幕府の元号であったならば、その宗門は、其れこそ敵対勢力から認知された、
> 或は加担した宗団として拒絶されるのみならず、さもすれば、天奏者は其の場で捕縛されて、遂には
> その頸を刎ねらるやも知れないのである。
>
> 仍って付属書に於ける元号の記入は、此の当時に於いては無記入というご判断こそが最も慎重にして
> 正解だったのである。逆に言えば、お前らの様な知恵の浅い者共などは、到底、天奏への準備など務
> まらないという事にもなるのである。小笑。

■■■■■■■■■■南北朝時代■■■■■■■■■■

大月天殿のご指摘、凄く参考になりました。日本は南北朝時代があったのですね。調べてみましたが、

南北朝時代 元徳 げんとく 1329~1331
155 北朝 元徳 げんとく 1329~1332
156 南朝 元弘 げんこう 1331~1334  後醍醐天皇は「元弘」と改元
157 北朝 正慶 しょうきょう(しょうけい) 1332~1334 光巌天皇は翌年「正慶」と改元
158 南朝 建武 けんむ(けんぶ) 1334~1336
159 北朝 建武 けんむ(けんぶ) 1334~1338
160 南朝 延元 えんげん 1336~1340 2/29
161 北朝 暦応 りゃくおう(れきおう) 1338~1342  暦応元年、足利尊氏征夷大将軍に
162 南朝 興国 こうこく 1340~1346
163 北朝 康永 こうえい 1342~1345
164 北朝 貞和 じょうわ(ていわ) 1345~1350
165 南朝 正平 しょうへい 1346~1370


大聖人様御入滅=1282年(弘安5年)10月13日
南北朝時代のはじまり。1329年。
日興上人御入滅=1333年(北朝=正慶 南朝=元弘)

日興跡条条事に関し、どちらの元号を使用するか? 日興上人は「無し」とお決め遊ばされたのでしょう。
大月天殿のご指摘で間違いないと思います。

富士年表には両方の元号が記されていますね。




 

阿部日ケ~ン(院政)へ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月 9日(日)15時53分14秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >あのー 阿部日ケ~ンが見られない書き込めないように処置した上でなにを吼えているんですか?

破邪の蘭室が閲覧出来ない、破邪の蘭室に書き込めない、だから投稿が出来ない、だから、大月天が
阿部日ケ~ン(院政)に詰問している事は、すべてが単なる遠吠えである、と云う事であるよな。

だから言っているだろう! 阿部日ケ~ン(院政)からして閲覧出来るようにしてあるし、投稿も
出来るようにしてあると! よいか! 人様の詰問をして「吠えている」などと軽口をたたく暇が
あるならば、さっさとこっちに来なさい! このままではお主、阿部日ケ~ン(院政)ならぬ、
阿部日ケ~ン(陰性)と烙印されてしまうぞ! 哀笑、まぁ、その方が似合うとも思うが、ともかく、
どーでもよいから、迅(はや)くこっちに来い!

ったく「あのぉ~」などとトボケおって! お主、玉は付いておるのか!? しっかりせぃ!!
 

大石寺こそ正統・富士門流たる証し

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月 9日(日)13時53分23秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  今から遡(さかのぼ)る事、約720年前の昔。大御本尊御図顕の日と同じくする正応三年(1290年)の
十月十二日、富士大石寺は御開山・日興上人によって建立され、翌十三日、日興上人は譲座御本尊を
認(したた)められて、日目上人に授与されたのである。

さても、不信心の莫迦者どもが言うには、この事を以って『日興上人が大石寺の住職を務めたのは、
たった一日だけだった』などと揶揄するのである。

小笑。

本より、譲座御本尊を授与されしは、日興上人から日目上人への御内附を意味するものであり、
唯授一人血脈相承の証でもある。

つまりは、御本尊首題直下の日蓮大聖人の御花押の左方下に、御開山日興上人の御判形を入れず、
御歴代上人の御判が記される事こそが、応に御本尊七箇之相承に示された『代々の聖人悉く日蓮なり
と申す意なり』との師弟相対の相貌なのであって、全く其の原点こそは譲座御本尊に示された御相貌
(首題直下の左方に日興上人御自らの御判形を入れず、日目上人の御名を記された)に在るのである。
応に是れこそが日興上人、日目上人を始めとする唯授一人血脈相承の厳格な御証文なのである。

ったく、其のような事も解からずして『日興上人が大石寺の住職を務めたのは、たった一日だった』
などと莫迦な事を言い『譲座御本尊の模刻御本尊には日目上人の御名がない』などと騒ぐのである。

哀笑。

つまり、これらの者共は、前例のない事を以て偽作と断定しようとする、所謂、文献莫迦の悪癖なの
であって、これらの阿呆どもは、特別とは抑も前例を超える処にある、という単純な理屈さえも理解
出来ないのである。

『見たことがないから偽作だ! 聞いた事もないから嘘だ!』

ったく、悲しい連中ではないか。哀笑。

尚、日興上人は、譲座御本尊を日目上人に授与されし後、大石寺の譲状たる日興跡条々事を以って
日目上人への御付嘱を名実共に決せられたのである。

曰く『日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし』

と。

而して、当宗の碩学たる日亨上人は、此の日興跡条々事を以って『正本大石寺に蔵す』と御明示し、
当然の事として正文書とされている。本より我ら富士大石寺の信徒は、日興跡条々事をして日興上人
の御正筆である事を確信するものであるが、応に其の根拠こそは、日亨上人が申される処の「重大な
正史料」とのご判断より更に上の「正文書」であるとの御判断、しかも御正筆である、との御判定に
於いて、我々はより一層の確信を得るのである。

仍って日亨上人は、御文中の『日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊』の御意について、
『戒壇本尊とは書かれなかったのは、大いにこの味わいがある』として、将来の本門寺戒壇を理想
する、日興上人の悠大なる御真意を汲まれたのである。だからこそ日亨上人は『開山上人はこれを
(戒壇の大御本尊を)弘安二年に密附せられて、正しき広布の時まで苦心して秘蔵せられたのであるが、
上代にはこのことが自他に喧伝せられなかったが、いずれの時代(中古の時代)からか、遠き広布を
待ちかねて特縁により強信により内拝のやむなきにいたり、ついには今日のごとき常例となったのは、
もったいない事である』と仰せになられたのである。

よいか! この日亨上人による戒壇の大御本尊に対する御教示こそが、上人が成した大研究の根本で
ある、という事をお前らは肝に銘じるべきである!

ところで、この日興跡条々事を、未だ偽書ではないか、つまりは証拠はないが富士大石寺が唯一、
蓮・興・目たる正統・富士門流である事が如何せん許せない、との瞋恚修羅の心で、偽書ではないか、
偽作ではないか、と小騒ぎしている連中も居る様であるが、日亨上人が仰せの如く、本より本状が
御正筆なのであるから仕方あるまい。

尚、これら文献莫迦が小騒ぎしておるのは、其れら大事な日興跡条々事の正本に元号が入っていない
のはおかしい、と云い、正本に於ける添削と写本の多種をして偽書と云うのである。

はて、これらの者。一体全体、どこの馬の骨であるのか。

本より、これらの者をして『馬の骨』と名付けるは、抑も日興上人に南無し奉り、日目上人に感謝申
し上げる者ではないのではないか、という事である。

つまりは、旧信徒たる創価学会員ではなく、弁哲を尊信する一致派であるのか、それとも日志の太刀
持ちたる北山の端くれであるか、それとも閃き相承の顕本であるのか。つまりは、そういう類の骨で
あるか、という事である。哀。

而してもし、其の『馬の骨』の正体が、日興上人に南無し、日目上人に感謝する創価学会員であった
ならば、其れらの者は『馬の骨』どころか『馬鹿の骨』とも成り得るが、もしそうであるならば、
一信仰者として其の面従腹背の醜さに、反吐(へど)が出るというものである。

さて、上記の日興跡条々事への疑難であるが、何れも枝葉末節の難癖であって、本状中『日興が身に
宛て給はる所の弘安二年の大御本尊』の御文が『日目に之を授与す』に係っておれば、本状の骨子は
其れで完結するのである。

其れは何故か。本より本状が唯授一人血脈相承の御文証であり、まさに相伝授与される御内証こそは、
実に本門戒壇の大御本尊の御魂魄に帰一するからである。

尚、此に付録として枝葉を破すならば、先ず、案文・正本ともに元号が入っていない事について文句
を言うなどは、全く阿呆な勘ぐりであって、其の当時の国家の状況(天皇方対鎌倉幕府)からして、
もしや諫暁、もしや天奏の時、真の弟子たる付属書の提示を要求されて、その付属書にある元号が、
もし敵対天皇及び敵対幕府の元号であったならば、その宗門は、其れこそ敵対勢力から認知された、
或は加担した宗団として拒絶されるのみならず、さもすれば、天奏者は其の場で捕縛されて、遂には
その頸を刎ねらるやも知れないのである。

仍って付属書に於ける元号の記入は、此の当時に於いては無記入というご判断こそが最も慎重にして
正解だったのである。逆に言えば、お前らの様な知恵の浅い者共などは、到底、天奏への準備など務
まらないという事にもなるのである。小笑。

次に正本に於ける添削であるが、要は添削された内容が何であったか、という事よりも、其の添削を
誰が行なったか、という事であろう。

聞けば其れは日興上人御本人であったと云い、又聞けば御本人ではないとも云う。

而して何れにしても、其れは御正筆の上での添削であり、又、其れ以外に加筆があろうとも、重要
本文について御手が入っていない以上、本状を偽作とする根拠などは成立しないのである。つまりは
『見たことがないから偽作だ!』と言っているに過ぎない、という事である。又、だからこそ『鑑定
だ! 鑑定だ!』と大騒ぎするのであろう。

鼻笑。

ったく、わざわざ偽書を作成するのに、其の作成年月日も入れず、しかも本文を削ったままにする
などは、其れこそ、其の偽書としての信憑性、つまり偽作者の目論見自体が損なわれてしまうので
あるから、偽作者は必ず、その意図からして、其の偽書を真書ならしむ為に、作成年月日は入れた
がるのであり、まして本文を削ったままにするなどは、其の目的からして矛盾するものである。

(だから見よ。すでにお前等が本状に年号が入ってない事を以って疑念を呈しているではないか…)
小笑。 つまり其の事を逆に言えば、未記入・添削の其れ自体が御正筆の証しともなるのである。

尚、他門による写本の氾濫については、本より正本が発端なのであるから、後はどの写本が正本に
一番近いか、というパズルのお勉強が残るのみである。

まぁ、時間が有ればやってみても良いのではないか。

何れにしても、日興跡条々事(大石寺譲状)の御正筆は、日亨上人も仰せの如く、富士大石寺に格蔵
されているのであり、其の厳然たる事実こそは誰も動かす事は出来ないのである。

曰く『日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし』

と。

仍って日亨上人に曰く『これをもってかんがうれば、本門戒壇にはむろん本門の大曼荼羅を安置
すべきことが、とうぜんであるので、未来建立の本門戒壇のために、とくに硬質の楠樹をえらんで、
大きく四尺七寸に大聖が書き残されたのがいまの本門戒壇大御本尊である』と。

さて今回、小生から不信心の者共に示した〝御下文〟は、果たして理解出来たであろうか。鼻笑。

『聞いてないよ! 見てないよ! だから其れは嘘なんだ!』 哀笑

もう、いい加減そういう駄駄は止めた方がよろしい。

尚、言っておくが、当文に反論ある者は、先ずは己(おのれ)が信奉する本尊を示し、加えて己(おのれ)
が所属する教団を明示し、更に己(おの)が信条として所属教団の教義に信順するや否やを、信仰者の
資格として其れを宣べるべし!

果たして、其の理由は如何。

本より、己が身を置く教団教義に違背する者に、抑も相手が信奉する教義に批判を加える資格など
無いからである。

そういう信仰の初歩さえ判らぬ者は、先ずは学者の番犬として生きるがよろしかろう!

勿論、そういう類(たぐい)も「だめだ、こりゃ」の一例ではあるが。鼻笑。

まぁ、精々頑張りなさい。
 

Re: 黒川殿

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月 7日(金)09時16分42秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.44502[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

始めにお断りしませんと管理人さんが「関係ないこと」と誤解をされるかもしれない、と思いましたが意図を組み取って頂きありがとうございました。
 

黒川殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月 7日(金)04時28分19秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  当室の趣意に関係しない食品添加物の危険性について類々詳細に述べられている様でありましたが、
最終、その危険性と創価偽本尊の危険性とを対比して、その害毒なりを述べられましたので、前段
食品添加物に関する記事記載についても、全文を掲載する事と致しました。
 

食品添加物と創価偽本尊

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月 6日(木)21時16分18秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  さて私は数品の食品添加物の危険性を紹介させて頂きました。

コーヒーフレッシュ、コンビニのおにぎり、スーパーで売られている安物のミートボール…。

これらのニセ商品を私たちは「本物」と思い込み「買わされている」のであります。

そして「美味しい!」と!!

これは創価のニセ本尊にも通じますね。創価員曰く、「君たちがニセという本尊で僕は功徳をもらっている、だからニセではない!」と・・・。

一連の創価員の功徳というものは食品添加物と同じであり、「功徳風味のニセ功徳」ということです。

但し、食品の場合は毎日食べ続けるわけではありません。しかし信仰というものは深く自身の心の中に入り込み、自身の生命を犯し続けるのであります。功徳風味のニセ功徳を食べ続けると、どうなるでしょうか??

大聖人様はこのように仰せであります。

「過去・現在の末法の法華経の行者を軽賎する王臣・万民、始めは事なきやうにて終(つい)にほろ(亡)びざるは候はず」」(聖人御難事)

最後には地獄に堕すということです。保田妙本寺も同じです。正信会、顕正会も同じです。

 

スーパーで売られているミートボール、実はドッグフードに使用される廃肉だった!!

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月 6日(木)21時14分37秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  そんなミートボールは一体どのように作られているのでしょうか?

実は、材料の肉は、鶏や牛、豚の解体時に出るクズ肉を使用しており、
牛や豚であれば、足回りの肉などがそれに当たります。

モモ肉がかろうじてステーキとして加工可能なのに対して、
そういったクズ肉は、水分を多く含み、旨味も少なく、
とても人間が食べれる代物ではありません。

そのため通常はドッグフードなどに使われているものなのです。


一方鳥肉はというと、卵用の鶏が年をとってあまり卵を
産まなくなった廃鶏を使用します。

成長しきった鶏は、身体は大きくても肉質は硬く、
油分はとても少なくなってます。

しかし、これらのミンチを混ぜ合わせると、
瑞々しい質感を持つ肉へと変貌してしまうのです。

ここから味付けなどのために、大量の食品添加物の出番です。

恐るべし、食品加工産業です。

(参考)「ニセモノ食品」作り最前線 別冊宝島
ttp://tenka99.com/kiken/cat15/cat18/1_6.html

■■■■■■■■■■

そのミートボールは、あるメーカーが安く大量に仕入れた「端肉」(牛の骨から削り取る、肉とはいえない部分。元の状態では、形はドロドロで、水っぽいし、味もなく、ミンチにもならないもので、現在は、ペットフードに利用されているもの)を使って、何か作れないか、とい依頼で、安部氏が開発したものです。

彼は、このどうしようもないとても食べれないシロモノに、卵を産まなくなったくたびれた鶏のミンチ肉を加え、さらに増量し、さらに、「組織状大豆たんぱく」を加え、味付けは、「ビーフエキス」と「化学調味料」を大量に使用。さらに「ラード」「加工でんぷん」「結着剤」「乳化剤」「着色料」「保存料」「ph調整剤」「酸化防止剤」をうまく加えて、ミートボールを作ってしまいます。

コストを抑えるために、市販のソースやケチャップは使わず、「氷酢酸」を薄めて「カラメル」で黒く色をつけたものに「化学調味料」を加えてソースもどき」を作り、ケチャップも「着色料」「酸味料」「増粘多糖類」をうまく調合して、「ケチャップもどき」も作ります。

本来なら、産業廃棄物となるべきクズ肉を、彼が「魔法の粉」である添加物を大量に投入して、舌においしい「食品」に仕立て上げたわけです。

このミートボールは、スーパーでも売値が1パック100円弱。安い!あまりにお買い得な価格!

笑いが止まらないほどの大ヒット商品となり、そのメーカーは、この商品だけでビルが建ったといわれるほどだったそうです。

ようするに、およそ30種類もの添加物を加えて作った「添加物のかたまり」のもうけでビルが建つほどだったわけです。

生産者の視点にたった、苦心の末での工夫の結果ともいえるこの「ミートボール」は、開発者の彼にとって誇りだったそうです。

ところが、ある日、猛烈サラリーマンのせめての家族へのサービスとして、3歳になる娘さんの誕生日には、早々に会社から帰宅して、めずらしく家族みんなで食卓を囲み、お祝いすることにしたようです。

食卓にはご馳走が並び、そのなかには、ミートボールの皿もあったようです。何気なく、それをひとつつまんで口に放り込んだとたん、彼の心は凍りつき、血の気が引いてしまいます。

なんと、そのミートボールは、彼が添加物を大量に使って開発した自信作のミートボールそのものだったのです!

安部氏は添加物のプロなので、食品にまじっている100種類ほどの添加物を、瞬時に舌で識別できます。

安部氏の奥さんによれば、有名な大手メーカーのものだから安全だと思って安心して買っており、ふだんから子どもたちが好きで取り合いになるくらいとのこと。

安部氏は、真っ青になって、あわてて、「これは食べちゃいかん!」とミートボールの皿を両手で覆ってしまい、胸がつぶれるような思いをしたといいます。

廃物同然のクズ肉に大量の添加物を投入して作ったミートボールを、わが子が大よろこびで食べていたという現実。

「ポリリン酸ナトリウム」「グリセリン脂肪酸エステル」「リン酸カルシウム」「赤色2号」「赤色3号」「赤色102号」「ソルビン酸」「カラメル色素」などのあふれるような添加物を、自分の愛する子どもたちが平気で摂取していたという事実。

そのとき、安部氏は、いままで「生産者」と「販売者」の立場でしかものを見ていなかった自分のあさはかさを知り、自分の家族も、また「消費者」であった現実を思い知らされます。

とにかく、親として、自分が開発したこのミートボールは、自分の子どもたちにはゼッタイに食べてほしくないものである、ことを思い知った安部氏は、夜も眠れぬほど、悩み苦しみ自問自答したあげく、きっぱりと、添加物の会社をやめる決心をしたといいます。

へたをすると人を殺傷する軍事産業と同じで、人を殺傷して、懐をこやす死の商人と同じように思えてきて、このままでは畳で死ねないと思いつめたそうです。

でも、いわゆる会社人間のほとんどは、「でも、食っていくためにはしかたがない…」といいわけし、保身をはかり、臭いものにふたをして、知らぬふりをするのではないでしょうか。現実には、そういうケースがほとんどといっていいでしょう。それが、多くのサラリーマンの世界です。

この点で、さすが将来の会社役員として確実に出世したに違いない安部氏の、自分をごまかさない勇気と決意と実行力は、たいしたものだと思います。サラリーマンには、なかなかできることではありません。彼は、自分の保身のために、嘘はつけなかったわけです。
・・・

安部司氏は、元は、バリバリの食品添加物の開発者件トップセールスマンであった方で、現場から、われわれが知らず知らずのうちに安心して口にしている市販の食品の裏事情を現場から知り尽くしている人だからです。

その安部氏が、食品添加物の神様とまで、食品業界で評価されながら、キッパリその仕事をやめる決断をするには、それなりの事情があったようです。

安部氏は、化学を大学で専攻されていますから、化学物質についての専門的な知識にも精通している人です。

さて、皆さんは、私たちは、1日に平均どれくらいの添加物をいつのまにか口にしていると思われますか? また、それは1年でどれだけの添加物を摂ることになる想像がつきますか?

正解は、1日に平均10グラム。10ミリグラムじゃないですよ。10グラム。

年間で、なんと4キロになるそうです。(ただし、英国BBCの、ある女性ジャーナストによりますと、先進諸国では、1年に7キロという説もあるようですが。)

それもいつのまにかそれだけの食品添加物としての化学物質を摂っていることになるわけです。驚きですね。

安部氏は、食品添加物の神様と呼ばれたくらいですから、会場の机に用意した数十種類もの添加物を、サッサッと手際よく混ぜて、あっとうまに、誰がなめてみても、「とんこつのスープ」にしか思えない味をその場で作るのもお手のものです。「とんこつ」など一切使いません。そういうものがインスタント食品などであたりまえに平気で使われている。誰もそういう事実を知りません。

たしか彼によれば、現在、1500種類以上の食品添加物が使われているそうです。

添加物は、まさに魔法の粉で、暗い土色のタラコの現物が、一晩、添加物の液に漬けておくと、たちまち赤ちゃんの肌のようなぷりぷりのタラコに変身してしまうといいます。

「とんこつ」なしで、「とんこつスープ」を見事に作ってしまったり、古びた色の悪いタラコを、たちまちきれいで色鮮やかなタラコに変身させてしまう魔法の粉。

そういう添加物は、「食品を長持ちさせる」「色彩を美しく仕上げる」「品質の向上させる」「味をよくする」「生産コストを下げる」などという、生産者から見ても、消費者から見ても、非常に便利でよさそうな利点がありますが、その光の背後には、たとえ合法な添加物であっても、人体に対しての害悪や毒性、さらには、添加物が食卓を崩壊させる、という闇の部分は、便利さと経済効率優先のまえに、ほとんどかえりみられていないのが現状のようです。

ttp://www40.atwiki.jp/inkyo/pages/55.html
 

コニビニ(スーパー)の「おにぎり」 毒がいっぱい!こんなものを我々は食わされているのだ!!

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月 6日(木)21時12分47秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  日本全国津々浦々にあるコンビニ。

コンビニって、本当に便利です、スーパーよりちょっとお高いですけどね。

コンビニで売れるお惣菜の開発に、
各コンビニの司令塔は知恵を絞っているようです。

私もJRで東京や大阪にいくときなどJRのコンビニでサンドイッチやおにぎりを
買って食べちゃいます。

でも、コンビニで買ったおにぎりの包装の裏を見るとビックリしてしまいます。

昆布の佃煮のおにぎりなら、

・調味料(アミノ酸等)、グリシン、カラメル
・増粘多糖類、ソルビット、天草、ステビア
・ポリリジン

といった食品添加物です。

また、おにぎりのご飯自体にも、

・アミノ酸などの化学調味料や酵素(美味しくする為)
・グリシン(保存性を高める為)
・乳化剤、植物油(パサパサ感をなくし、艶を出す等)

などの食品添加物が使われたりしています。

しかし、このおにぎりに含まれている食品添加物に
次のような危険性があるとしたら、どうするでしょう。

買う前にやっぱり考えちゃいますよね。

調味料(アミノ酸等)はグルタミン酸ソーダのことで、
とり過ぎると中華料理症候群となったりします。

カラメル色素は、マウスの染色体異常試験で、
若干の遺伝毒性が見られています。

ステビアは甘味料として用いられるものですが、
動物実験では、催奇形性、胎児毒性は認められていませんが、
弱い変異原性が認められています。

ポリリジンは保存剤として用いられるものですが、
ラットに5%を混ぜたエサを3ヶ月投与した実験で、
体重増加の抑制、血糖値・血中アルブミン・
血中トリグリセライド・血中リン脂質の減少、
肝臓・甲状腺の臓器重量の減少、白血球の減少が認められています。

「今日はご飯を炊くのが面倒だから」と言って、コンビニでおにぎりを買ってきたら、
もうそれだけで10種類近くの食品添加物を摂取してしまいます。

特に、育ち盛りの子供さんに、仕事が忙しいからなどと言って、
コンビニのおにぎりを食べさせるのは考えものです。

自分の子供には食品添加物の危険性に晒したくないものです。
ttp://tenka99.com/kiken/cat8/cat10/post_1.html
 

【衝撃】コーヒーフレッシュ 実はサラダオイルだった!

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年12月 6日(木)21時11分13秒 p2035-ipbfp4305osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  喫茶店やファーストフードでコーヒーを頼むと、机におかれたコーヒーフレッシュや砂糖を無意識のうちに利用していることがある。ああ、サービスの一環で無料で使い放題状態になっているのだなと考える方も多いのだが、冷静に考えるとおかしな話だ。砂糖や塩ならまだしも、ミルクを成分としたコーヒーフレッシュが何故無料なのか、またなぜ、コーヒーフレッシュがそこまで日持ちをするのか、これにはとんでもないからくりが存在した。

安部 司氏の『食品の裏側―みんな大好きな食品添加物』によると、コーヒーフレッシュが無料で使い放題状態で配られている本当の理由が記載されている。結論を申し上げるとコーヒーフレッシュは『ミルク』ではない。また『乳製品』でもない。では何かと言うと

『植物油に水を混ぜ、添加物で白く濁らせ、ミルク風に仕立てたもの』

だと言う事だ。つまりコーヒーフレッシュをドバドバとコーヒーに混ぜて使うということはすなわち、サラダ油をコーヒーの中に突っ込み『わたしゃミルク使わなきゃコーヒー飲めないんだわ』と、あたかもミルクを入れているような錯覚を楽しんでいるにすぎないと言うのだ。

ちょっと待って、それは詐欺ではないのか?と感じる方もいるかもしれないが、これは詐欺ではない。実はコーヒーフレッシュの原材料を見ると一言も『ミルクを使っています』とは言っていないのだ。ちなみに主な原材料として以下があげられる


・乳化剤
・植物性油脂
・増粘年多糖類
・PH調製剤
・着色料
・香料

乳化剤とは、界面活性剤の事で何故入れるかと言うとサラダ油と、水が混ざりにくい問題を解消するためだと言う。増粘年多糖類とはミルクのような、とろみを出す液体。
これらを混ぜて作ったなんちゃってミルクが『コーヒーフレッシュ』なのです。

今後もし、コーヒーの中に本当のミルクを入れたいと考える方は、敢えて別途ミルクを注文するか、カフェオレのようにもともとミルクが入っている商品を注文するしかなさそうだ。

【記事参照】
食品の裏側―みんな大好きな食品添加物:安部 司著
 

秋晴れ殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月 5日(水)10時37分56秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >例えば、信州の老人をネット学会員は、各々の掲示板において、様々なことを書き込みされてるの
>を見ました。鋭い分析、そして学会員が学会員を斬ってます。そういった意味で見抜くというのも
>訓練であれば、見抜いた上で、当該本人の相手方に対してどう接していくかも訓練です。
>少しは伝わったかどうか、このあたりでご理解頂ければ有難いのですが。

つまりは『斬る』とは『相手を破折する』との意でありますね。ならば以降、相手を破折する行為に
対して『斬る』という表現などは止めた方がよろしいと思います。記述の背景にもよりますが、相手
に対する破折叱責を『斬る』という表現にされては、その破折行為そのものが「悪」であると誤解さ
れるでありましょう。本より我々は創価の外道義を「斬って」いるのではありません。破折し叱責し、
教導しているのであります。

>>日蓮大聖人がイエスキリストを尊敬する、という概念を蔓延させる事が、御貴殿の云われる
>>(学会の)奥深い哲学なのか、其の事も併せて説明頂きましょう。

>このような意味あいではありません。あくまでも自身の境涯革命の観点からの書き込みです。

はて、其の様な意味合いではない、とはどういう事でありましょう。上記の内容をして御貴殿は
「あくまでも自身の境涯革命の観点からの書き込みです」などと申しておりますが、上記の内容、
つまり「日蓮大聖人がキリストを尊敬する」とは、御貴殿らの王者である池田名誉会長が述べたもの
であります。自身の境涯革命の観点から書き込まれたものではありません。又、日蓮大聖人がイエス
キリストを尊敬する、などという教えが、自身の境涯革命につながる、などと本気で思っているので
あれば、其れこそは邪義邪想であります。

自称・庶民の王者、池田太作に云く「もしも日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば決して口論など
にはならず、民衆に尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱いたのではないか」と。
                           (聖教新聞 平成17年6月10日付)

本より、日蓮大聖人が外道者と『口論』などされる筈もなく、其れこそは即刻『折伏』を為される事
でありましょう。尚、池田が云う『民衆に尽くす生き方』などは、其れこそ日蓮大聖人御在世当時、
彼の極楽寺良観の「民衆」に対する慈善行為に同意するものであり、其れこそ日蓮大聖人は其の様な
良観の「民衆に尽くす生き方」に対して、尊敬の念など抱く訳がないのであります。

果たして当方の言い分と、王者池田の言い分と、一体どちらが正しいか。其の様なことは日蓮大聖人
の御書をしっかり学んでおれば容易に判るというものであります。

>>果たして、御自らの手作りの組織をして「いつでも解散をお命じ下さい」とは如何なる事であり
>>ましょうか

>申し訳ありませんが、このようなことは組織において公式に未だかつて聞いたことがありません。
>従って、管理人さんの認識の誤りではないでしょうか。
>文面を拝するに破折というよりは怨嫉のように聞こえてくるので、聞き流すことにします。

いや、聞き流すも何も、上記の事は、戸田先生がはっきりと申された事であります。
其の事実に対して『このようなことは組織において公式に未だかつて聞いたことがありません』と
御貴殿が云うとなれば、其れこそは「隠ぺい」されているという事でありましょう。本より当方の
認識の誤りなどではありません。恩師戸田先生が日淳上人の御前ではっきりと宣べられた、学会組織
としての存在意義であります。さても、その事実を述べる当方をして『怨嫉のように聞こえる』とは
如何なる事でありましょうや。

恩師が云く『将来、もし学会が大きくなって、宗門に圧力をかけたり、あるいは内政干渉をする様な
ことがあったら、いつでも解散をお命じください』と。
                                            (昭和31年8月10日・岡山妙霑寺の入仏落慶法要)

今一度、秋晴れ殿に於かれては、上記に示された恩師の真たる誡言を噛みしめるべきであります。

>最後に法華講員にも様々な方がおられるということ、お話ありがとうございました。
>私の知り合いの法華講員の方も常識があり、穏やかな方です。
>いつか、機根が整ったら信心の話をする予定です。

果たして其の「常識」なりが、慈なくして詐(いつわ)り親しみ、其れをして彼が怨(あだ)とならぬ様、
気を付けて行かねばなりません。まして、邪法を以って和を結ばんとするなどは論外中の論外である
と云う事を、先ずは心得るべきでありましょう。

兎も角、貧民救済に尽力した極楽寺良観の「生き方」に対して、日蓮大聖人が尊敬の念を抱くなどと
云う池田太作の妄言に対しては、御貴殿も『其れはおかしい!』と心の底から思うべきであり、その
真っ当な疑念が湧いてこないうちは、他者に対して信心の話などしてはなりません。

先ず以って御貴殿がやるべき事は、現創価学会が構える邪説を摧(くだ)く事であり、十字架の勲章を
貰って悦に入る御貴殿の大将こそを叱るべきであります。

曰く『慈なくして詐り親しむは、即ち是彼が怨なり、彼が為に悪を除くは、即ち是彼が親なり』と。

今こそ破邪顕正の勇気を持って、創価学会の外道義を内部から呵責して参りましょう。
 

管理人さまへ

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2012年12月 4日(火)01時34分29秒 EM111-188-51-147.pool.e-mobile.ne.jp
返信・引用
  >組織の中において、斬ることはいとも簡単にできます。古くの学会はそうでした。
>しかし、もう一重奥深い哲学を学会は目指したと私の経験からは感じております。

はて、曾(かつ)ての学会がいとも簡単に斬った、とは、どの事を以って言われているのでしょう。
出来れば教えて頂きたい。

======================================

書き込みを誤ったようです。これでは伝わりませんね。申し訳ありません。
これは、例えば、先輩から後輩に、また破折(同志、また他宗派など)、様々など場面において、
責める、攻める? 表現方法が見つかりませんが、例えば、信州の老人をネット学会員は、各々の
掲示板において、様々なことを書き込みされてるのを見ました。
鋭い分析、そして学会員が学会員を斬ってます。そういった意味で見抜くというのも訓練であれば、
見抜いた上で、当該本人の相手方に対してどう接していくかも訓練です。少しは伝わったかどうか、
このあたりでご理解頂ければ有難いのですが。従って

>日蓮大聖人がイエスキリストを尊敬する、という概念を蔓延させる事が、御貴殿の云われる(学会の)
奥深い哲学なのか、其の事も併せて説明頂きましょう。

このような意味あいではありません。あくまでも自身の境涯革命の観点からの書き込みです。

=========================================
>当方は学会二世、つまりは「福子(ふくし)」と言われた二世でありますが、功徳を受けた姿、宿命を
転換した姿など、数多く見て来ましたし、又、自分自身に於いても「これは御本尊様の功徳だ!」と
実感した事などは両の指でも足りません。しかし、利益が在ろうとも、邪宗に居てはならないのであ
ります。立正佼成会の婦人部員が、真っ黒い釈迦立像本尊を背にして「三億の資産を築きました!」
「不治と言われた胃癌が完治しました!」と涙ながらに体験発表しようとも、それはあくまで邪宗の
利益であり、其れを以って正義とは言わないのであります。抑もこれこそは日蓮大聖人の御教えでは
ありませんか。だから小生は煩(うるさ)く云うのであります。


同感です。数日前にも書き込みましたが現世利益小さな功徳。或いは、魔の通力ということもあります。
宿命転換、境涯革命、これこそが本筋です。

======================================
>教義とは、机上で論ずるものではなく、その信心を以って「心肝に染める」ものであります。
而して、その「行」の真価がより一層増していくのであります。
御教示ありがとうございます。

=========================================
>当方は、恩師戸田先生の御遺訓を厳守したが故に、池田創価学会から離れたのであります。
つまり、現在の創価学会に残留する会員たちこそが、戸田先生の御遺訓に逆らう違背者なのであり
ます。

管理人さんの一貫されている姿勢と理解しています。理解した上で、戸田の命より大切な組織という戸田先生の指導に従い、学会を護るべきだったのではと書き込みさせて頂きました次第です。つまり、以前にも書き込みましたが、戸田先生の御指導は、様々にあります。
全ては聖教を遡っていけばいいことなのでしょうが、大変な作業です。
それはさておき、戸田先生の意。これこそが大事な点で、管理人さんは、御返信にあります御指導をチョイスされた。管理人さんはそういうお方です。理解しています。

>果たして、御自らの手作りの組織をして「いつでも解散をお命じ下さい」とは如何なる事でありまし
ょうか

申し訳ありませんが、このようなことは組織において公式に未だかつて聞いたことがありません。従って、管理人さんの認識の誤りではないでしょうか。
文面を拝するに破折というよりは怨嫉のように聞こえてくるので、聞き流すことにします。
そういった意味あいではないのであれば、申し訳ありません。

最後に法華講員にも様々な方がおられるということ、お話ありがとうございました。
私の知り合いの法華講員の方も常識があり、穏やかな方です。
あまり信仰は好きではない。ただ親が入信しているからと仰ってましたね。
その方の一家は苦難だらけで心配をしています。元凶はその方の父親のようです。
おそらく、そちらの法華講員の方々にも迷惑をかけていることは創造出来ます。
信心以前の問題です。
信心の話はあまりするのは、やめた方がよいと、その方の愚痴を聞いております。それだけでも心がすっとするそうです。
先日はお子様にケーキをお土産に持っていきました。喜んで下さいましてね。私も、なにより嬉しかったです。
いつか、機根が整ったら信心の話をする予定です。




 

秋晴れ殿

 投稿者:管理人  投稿日:2012年12月 2日(日)13時45分4秒 softbank126044207177.bbtec.net
返信・引用
  >管理人さんは、法華講としてごく普通の思考なのでしょうか。
>大変に為になります。
>法華講の方々といっても千差万別で、学会人と同じように様々な方々が在籍されている
>ようです。

法華講員には、元から法華講員であった方と、創価学会を脱会して法華講に入講した方と、大概
(おおむね)、その二通りの方々が居ります。存知のごとく、当方は後者の方であります。本より、
その中に於いても色々な方が居りますが、その殆どの方は穏やかな人たちであり、街宣車に登り、
拡声器を片手に辻説法する講員などは一握りであり、朝のラッシュの駅前で、選挙演説よろしく
創価批判を大声で訴える講員なども一握りであります。本より当方は、そういう「やり方」には
賛成出来ません。それは何故か。つまりは、曾(かつ)ての創価学会が部隊を中心にして大折伏戦を
展開した時に於いても、其の様な「街宣車演説」や「駅前辻説法」などと云う「手法」は使わず、
ただ会員一人一人が、其れこそ『一対一』の折伏行を以って実践していたからであります。

つまり、曾(かつ)てタテ線組織(部隊長・隊長・班長・分隊長)の時にでさえ択ばなかった強折の
手法を、今にして寺院支部を中心とする法華講員が、わざわざ駅前にノボリを立てて声高々に辻説法
をするなどは、其れこそ、彼のオウム真理教の街宣車活動に類近し、幸福の科学の布教演説にも類似
する応に法を下げた行動であり、崇高たる日蓮大聖人の仏法と、軽薄な新興宗教との峻別を、法華講
員自らが一緒くたにしてしまう様な、そういう誤った印象を世間に与えてしまう事を、小生は心から
憂いているのであります。言うまでもなく、折伏行は「活動」ではありません。其れこそは「修行」
であります。修行に目立つも目立たないもありません。まぁ、これ以上は申しませんが、つまりは
法華講員にも色々な方が居るという事であります。

尚、現在の創価学会に所属する会員の中に、日蓮大聖人を本仏とせず、二箇相承を偽書とし、その他、
御義口伝・本因妙抄・百六箇抄・御本尊七箇之相承などを排斥する会員なとが居りますが、これらの
者共は、先に述べた街宣車の上で叫ぶ法華講員よりも以下の人種であり、それら教義違背の大罪は、
「折伏の手法」以前の「信心の問題」である、という事を、ここに断言しておきましょう。

>組織の中において、斬ることはいとも簡単にできます。古くの学会はそうでした。
>しかし、もう一重奥深い哲学を学会は目指したと私の経験からは感じております。

はて、曾(かつ)ての学会がいとも簡単に斬った、とは、どの事を以って言われているのでしょう。
出来れば教えて頂きたい。又「もう一重奥深い哲学を学会は目指した」と御貴殿は言われるが、
日蓮大聖人がイエスキリストを尊敬する、という概念を蔓延させる事が、御貴殿の云われる(学会の)
奥深い哲学なのか、其の事も併せて説明頂きましょう。

>私は世の中を出来うる限り観たいと念願し、様々な角度からの視点を持つようにしています。
>従って、あまりこの手の話(学会の誹謗文を書いた作家の両腕が曲がった)は耳から耳に流して
>おります。

御貴殿をして、様々な角度からの視点を持つのも結構でありますが、覩(み)るからして胡散臭い
地涌やフェイクなどは、それこそ両腕が曲がった、と騒ぎ立てる下劣な怪文書でありますから、
そういうモノに対しては、其れこそ正確なる視点を以って、創価学会員である貴殿らが先ずは憂慮
の念を示すべきである、と小生は思っております。

>もともと、私は一世です。そういった意味では創価の世界だけで生きてきた方々とは少し思考が
>違うかもしれません。では、何故、学会に在籍するのか?それは功徳があるからです。現世利益は
>小さなものです。宿命転換出来るからです。これこそが真実です。

当方は学会二世、つまりは「福子(ふくし)」と言われた二世でありますが、功徳を受けた姿、宿命を
転換した姿など、数多く見て来ましたし、又、自分自身に於いても「これは御本尊様の功徳だ!」と
実感した事などは両の指でも足りません。しかし、利益が在ろうとも、邪宗に居てはならないのであ
ります。立正佼成会の婦人部員が、真っ黒い釈迦立像本尊を背にして「三億の資産を築きました!」
「不治と言われた胃癌が完治しました!」と涙ながらに体験発表しようとも、それはあくまで邪宗の
利益であり、其れを以って正義とは言わないのであります。抑もこれこそは日蓮大聖人の御教えでは
ありませんか。だから小生は煩(うるさ)く云うのであります。

>教義は、ともすると机上で論を弄ぶ。或いは優越の念。自己満足の世界です。
>行があるからこそ教学も生きてきます。信、行、学は一体です。

教義とは、机上で論ずるものではなく、その信心を以って「心肝に染める」ものであります。
而して、その「行」の真価がより一層増していくのであります。

>法華講、学会と世代も随分変わりました。しかし、これこそ戸田先生のこの宗教に対する絶対なる
>確信です。どうして戸田先生の手作りの組織を放棄されたのでしょうか。
>戸田の命よりも大切な組織ですよ。
>どのようなことがあとうとも、それを昇華して管理人さまにおかれましては、学会を護ることが、
>戸田先生の意を自身の使命として生きるべきだったのではないでしょうか。

当方は、恩師戸田先生の御遺訓を厳守したが故に、池田創価学会から離れたのであります。
つまり、現在の創価学会に残留する会員たちこそが、戸田先生の御遺訓に逆らう違背者なのであり
ます。

恩師、総本山六十五世日淳上人に対して申さく『将来、もし学会が大きくなって、宗門に圧力をかけ
たり、あるいは内政干渉をするようなことがあったら、いつでも解散をお命じください」と。
                     (昭和31年8月10日・岡山妙霑寺の入仏落慶法要)

果たして、御自らの手作りの組織をして「いつでも解散をお命じ下さい」とは如何なる事でありまし
ょうか。「いつでも」とは「突然」の意も其の中に入るでしょう。而して後年、学会は御山に圧力を
かけて日達上人を悩まし、そしてとうとう、日達上人の御遺志を受け継がれた日顕上人(御隠尊猊下)
の御決断によって「いつでも解散をお命じ下さい」との恩師の御意向のとおり、御宗門は学会に解散
を命じられたのであります。つまり、恩師が命よりも大事な組織を放棄したるは、実に池田太作その
者であり、今にして創価残留を決め込む、御貴殿ら末端会員なのであります。真(まこと)に残念でな
りません。さても『学会を護ることが、戸田先生の意を自身の使命として生きるべきだったのではな
いでしょうか』とは、実に「解散破門を命じられた学会に残らない事こそが、戸田先生の御意を継ぐ
者の努めである』と言い換えるべきでありましょう。本より解散破門を命じられた創価学会には教義
など初手から無かったのでありますから、恩師の申し様はまったく正しかったという事であります。

兎も角、秋晴れ殿には、その冷静なる視点をもって、先ずは現創価学会の欺瞞を見抜き、池田家世襲
の互助会組織から、一刻も早く脱会される事を願ってやみません。
 

管理人様へ

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2012年11月30日(金)02時04分0秒 EM114-48-10-78.pool.e-mobile.ne.jp
返信・引用
  こんばんわ。

早速に、長文を有難うございました。

さて、創価人とは知り合いが言っていたのを耳にしたものです。それは、さておき。

管理人さんは、法華講としてごく普通の思考なのでしょうか。
大変に為になります。
法華講の方々といっても千差万別で、学会人と同じように様々な方々が在籍されているようです。

>日頃から組織の中を見渡すに、一体どこが外道であるのか、
そしてどこが変質なのか、其れこそ、周りの会員とのつながりの中で、これが外道義なのか、これが
邪義なのかなど、実感できないとも思います。そこにはいつもと変わらぬ仲間がいて、いつもと変わ
らぬ会合があって、たまには気の合う同志と、食事などもする事でしょう。本より学会組織というも
のは、そういう「隣(となり)組」的な連帯が根本なのであり、だからこそ、御山から破門されても、
その殆どの者が組織に残ったのであります。それこそは「教義の正当性」よりも、日ごろ付き合って
いる「仲間」を優先した結果なのであります。

>兎も角、普段の生活に密着した組織活動に於いて、外道だ、邪義だ、と言われようとも、その日常の
中で実感するなどは、むずかしい事でありましょう。だから邪宗というものは怖いのであります。


仰りたいことは、よく理解出来ます。常に組織というものは魔が競っております。
親しむということが仇になることもあります。しかし、私は斬ったりはしません。
これこそが、忍耐に忍耐を重ね、訓練の経過を得てきたものです。

従って、>本より、その事は学会上層の大幹部たちは承知してい
る処(ところ)であり、だからこそ破門に際して、教義の正当云云よりも、恩だ、仇だ、という人情を
前面に出して、内心は喜びながら、御山から仕打ちを受けた被害者として振る舞ったのであります。
言うまでもなく、そういう演出などは、最も池田太作が得意とする所であります。


これは、管理人さんが学会時代の心の経験を通し、個人の感じたものと受け止めざるを得ません。
組織の中において、斬ることはいとも簡単にできます。古くの学会はそうでした。
しかし、もう一重奥深い哲学を学会は目指したと私の経験からは感じております。

>曾(かつ)て、小生が学会員の時、彼の「創価学会を斬る」で有名な藤原弘達などは、誹謗文を書いた
ために両腕が曲がってしまった、などと云う話が、まことしやかに組織の中で広まっておりました。
そして当方は其れを信じておりました。『ウソも百回言えば本当になる』とは、応にそういう事なの
であります。果たして御貴殿も、そういう「ウソ」の被害者になっているのではありませんか?
本よりこれも、初手からの日蓮正宗信徒として現創価学会から離れたればこそ見えるのであります。

私は世の中を出来うる限り観たいと念願し、様々な角度からの視点を持つようにしています。
従って、あまりこの手の話は耳から耳に流しております。
ただ、何にしても怨嫉は福運は消します。そういう観点からは考察出来ます。
ただ短絡的に学会の悪口を言ったから、どのこのとは、あまりにもお粗末過ぎるというか、
因習深い田舎を彷彿させるのは私だけでしょうか?
もともと、私は一世です。そういった意味では創価の世界だけで生きてきた方々とは少し思考が違うかもしれません。
では、何故、学会に在籍するのか?それは功徳があるからです。現世利益は小さなものです。
宿命転換出来るからです。これこそが真実です。
教義は、ともすると机上で論を弄ぶ。或いは優越の念。自己満足の世界です。
行があるからこそ教学も生きてきます。信、行、学は一体です。
凡夫の身では、この宗教に実際に力があるか、ないか。その一点しか判別することは出来ないのです。
そのようなことは戸田先生が仰っていたことではないでしょうか。
法華講、学会と世代も随分変わりました。しかし、これこそ戸田先生のこの宗教に対する絶対なる確信です。
どうして戸田先生の手作りの組織を放棄されたのでしょうか。戸田の命よりも大切な組織ですよ。
どのようなことがあとうとも、それを昇華して管理人さまにおかれましては、学会を護ることが、
戸田先生の意を自身の使命として生きるべきだったのではないでしょうか。
もう一度申しますが、斬ることは簡単です。確かに勇気もいったことでしょう。しかし、それは
戸田門下生として本筋ではありません。


 

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