日中、日韓・現地通貨間スワップ取極の締結 〜東アジアの通貨安定に向けた通貨スワップ網の構築〜
2005年10月
日本銀行国際局
目次
日本銀行は、2002年3月以来、中国の中央銀行にあたる中国人民銀行との間で、円 対人民元のスワップ取極(とりきめ)を結んでいます。これに加えて、2005年の5月には、韓国の中央銀行にあたる韓国銀行との間で、円対韓国ウォンのスワップ取極を締結しました。これらの取極は、相手国から要請があった場合、一定の要件が満たされれば、30億ドル相当の円に対して、人民元(日中スワップ取極)、韓国ウォン(日韓スワップ取極)をそれぞれ互いに融通しあうことを認めたものです。円を対価とするスワップには、過去、ドルやユーロ (注) を使ったものはありましたが、アジアの通貨ではこの二つが初めてです。
(注) | ユーロの発足前は、欧州の主要通貨とスワップ取極を締結していました。 |
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これらの取極の締結に至るまでには、紆余曲折がありました。東アジア地域における金融面の相互支援体制については1997年のアジア通貨危機前から検討されていました。日本が中心となって、国際通貨基金(IMF)のアジア版ともいうべきAMF構想を打ち出してみたわけですが、IMFとの関係に懸念を示した米国や、日本の顔が出過ぎることに対する反発がアジア諸国からもあり、国際金融界からは賛同を得られなかったのが実情です。そこで、その後よりソフトな路線への転換が模索されました。
2000年 5月、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国に日本、中国、韓国の 3カ国を含めた13カ国(以下、「ASEAN+3」)の財務大臣クラスの会合で、「 2カ国間での金融取極をそれぞれが相互に結ぶことを通じて支援体制を構築すること」が合意されました(会議が開催されたタイの地名を取って「チェンマイ・イニシャティブ」と呼ばれています)。この枠組みは、集団的な金融支援体制として、為替投機等の動きを牽制するとともに、為替・金融市場の安定を図ることを目的としています。また、東アジア地域の域内協力となっていますが、IMF支援を含む既存の国際的な資金支援制度を補完するものと位置付けられています。取極は基本的な内容の統一を図りつつも、その実際の発動にあたっては、参加各国が決定権を持っており、必要な国に対する資金の融通を決定することになります。
もともとASEAN諸国内には、総枠2億ドルのスワップ取極が存在していましたが、この規模を拡大する( 2億ドルから10億ドル、さらに20億ドルへと段階的に拡大)とともに、日本がリードする形でASEAN+3メンバー内における 2国間スワップを広げることになりました。これまでに日本、中国、韓国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの 8カ国の間で、 2国間スワップ取極が締結されており、アジア域内を広くカバーするスワップ・ネットワークが構築されています(図)。
日中、日韓・現地通貨間スワップの意義
チェンマイ・イニシアティブに基づいて結ばれたスワップ取極は、その殆どが、ドル対現地通貨のスワップです。また、日本がこれまでに締結したスワップ契約では、日本が「一方方向でアジア各国に資金を融通する」ことを想定しています。これは、外貨流動性危機に陥った国からの要請があれば、わが国は保有する豊富な「米ドル」を現地通貨と交換することを約束するという「危機対応」を主たる目的にしたものでした。1998年に打ち出された東アジア向けの資金支援スキームである「新宮沢構想」に基づく取極(韓国およびマレーシアと締結)も、日本からアジアの国に向けた一方方向のドル資金供与でした。
他方、日中、日韓・現地通貨間スワップ取極では、それぞれ、「円と人民元」、「円とウォン」を対象として、両国が対等な立場で取極を結び、両国がいずれも資金を融通しあう立場で契約を結んだことが特記すべき点です。中国、韓国ともに外貨準備は、2005年 3月末でそれぞれ6,600億ドル、2,050億ドルと、今や世界第 2位、4位の規模にまで膨らんでいます。このため、これらのスワップ取極がいわゆる目先の有事対応を念頭に結ばれたものでないことも明らかです。しかし、平時でも為替相場にいかなる圧力がかかるかはわかりません。日本銀行もかつて1964年にIMFの8条国移行に先立って、円とドルのスワップ取極を米国ニューヨーク連銀との間で締結した経緯があります。中国、韓国の両国ともに、今後各方面で自由化を進めていく過程で、為替・金融市場の安定策の一つとしてこうしたスワップ取極を用意しておくことは意味のあることです。実際、チェンマイ・イニシアティブの枠組みでは、スワップを締結する当該国通貨間での取極を結びあい、ネットワークを構築することも想定されています。さらに、わが国にとっては、アジアにおける円の利用の促進といった効果も期待できるでしょう。
参考
アジア地域の金融安定化に向けた取り組み
こうして、スワップ・ネットワークが構築されてきたわけですが、2005年5月にイスタンブールで開催された第8回ASEAN+3財務大臣会議では、アジア地域のさらなる金融安定化に向けて、チェンマイ・イニシアティブの実効性を強化していくことが合意されました(イスタンブール合意)。
その具体的な施策の一つが、各国の経済状況を互いにモニタリングしあう相互監視体制の確立(域内サーベイランス)です。既に、毎年5月のASEAN+3財務大臣会議では、各国の経済情勢について意見交換をする場が設けられており、これに加えて、中央銀行からの参加者を含めた代理者レベルでも別途年2回「政策対話」が行われていますが、さらに今後、より実効性の上がるような仕組みを如何に作っていくかが検討の課題です。例えば、IMFなど既存の国際機関が持っている情報を如何に活用し、各国の経済政策立案にあたって意義のある意見交換ができるようにするには如何なる仕立てにすれば良いか、といった点が議論されています。
また、スワップ規模の拡大(双方向のスワップ取極締結の促進を含む)やスワップ引出しメカニズムの改善(IMFプログラムなしに発動可能なスワップ額の上限を現在の10%から20%へ引上げ)が合意されており、スワップの発動プロセスの明確化と集団的意思決定メカニズムの確立といった事項についてもその実現に向けて検討が進められています。
なお、最近のスワップ取極の更新では、こうした合意を反映する形で、条件の変更が行われています。2005年3月に締結された日−タイ間の第2次スワップ取極では、それまで日本が一方的に資金を提供することとなっていたところを、日本とタイが互いに資金を提供し合うかたちへと変更されています。また、2005年8月に締結した日本−インドネシア間の第2次スワップ取極では、日本がインドネシアに提供する資金の限度額をそれまでの2倍となる60億ドルへと引上げています。
参考
今後の展望
欧州におけるユーロの導入成功をみて、アジアにおいても単一通貨を夢見る議論も全くないわけではありません。しかし、政治・経済・社会などアジアの多様性を考えれば、欧州の通貨統合アプローチをアジアにそのまま当てはめて考えることは非現実的でしょう。
むしろアジアにおいては、はじめから確固たる制度を設けることなしに、まずは各国が合意できるものから徐々に実現していくという現実的な方法で進んでいくものと思われます。その意味でも、現在ASEAN+3の枠組みで 2国間のスワップ・ネットワークを張りめぐらしていくことはその第一歩であり、これと併走する形で様々な取り組みが進められつつあるのは、まさにアジアらしい国際協調の一つのやり方を示していると言えるかもしれません。
アジアにおいては、ASEAN+3以外にアジア太平洋経済協力会議(APEC)、アジア欧州会合(ASEM)、マニラフレームワークなど1990年以降に発足したフォーラムが数多く存在します。中でも中央銀行をメンバーとする東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)は、設立後15年近くを経過し、総裁会合、代理会合以外に、決済システム・金融市場・銀行監督のそれぞれに焦点をあてた 3つのワーキング・グループや、2002年 2月に発足したITフォーラムなどで活発な議論がなされています。果たして、今後、アジアにおいては如何なる枠組みが存在価値を発揮し、アジア通貨圏がどのような形で構築されていくのか、現時点ではまだ将来を見通せる段階にはありませんが、アジア地域のソフトな相互支援体制が一歩一歩作られつつあることの意義は大きいと考えるところです。