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おひさしぶりです
番外1 消えない火種(三年後)
1-1 海の女王のたからもの
 よく晴れた気持ちよい天気の下、四人と一匹が上り坂を歩いている。一人は御者として荷台に乗っているので、歩いているのは正確には三人と一匹か。
 暖かな風が運ぶ草木の匂いは春の盛りを感じさせる。御者をしている男のドワーフは眠そうに欠伸をして、首を振り眠気を払っている。
 馬車のそばを歩いてる三人は人間で、女二人男一人だ。

「ウドリガ、寝ないでよー」
「大丈夫だよ。荷物を壊したくないから寝ないべさ」

 剣を帯びた女が笑いつつドワーフに声をかけた。それにドワーフも表情に笑みを浮かべて返す。

「まあ、こんなに天気がいいと眠くなるのもわかるけどねぇ。そこらに羊もいるし、数えているといつの間にかぁ……」
「ちょっ!? テリアさんっ言いながら寝ないで!?」

 瞼が落ち歩く速度も落ちた杖型増幅器を持つ女に、慌てた様子で四人の中で一番若く見える男が声をかける。
 女はすぐに目を開けて、けらけらと笑う。

「さすがに冗談よ。歩きながらは眠れないから」
「以前一度だけ歩きながら眠ったことあるから慌てたんですけどね」
「あったわね、そんなことも」

 剣を持つ女が呆れたように頷く。
 そんなことを話しているうちに一行は坂道を上りきる。そこから眼下に見える風景に全員が感嘆の声を上げた。
 遠く小さく見える港町、そして果てなく続く蒼海。快晴な空の青さ、穏やかに日光を受ける海の青さ、その大きな二色の風景は坂道を上がるという労力に対して十分な報酬だった。
 心なしか風に潮の匂いが含まれているようにも思えてきた。

「港まであともう少し! 頑張ろー!」
「「「おーっ!」」」

 剣を持つ女の掛け声に、三人も大きく返事を返し歩き出す。
 四人が目指す港は、ウェゲリアという名のセブシック大陸でも有数の港だ。位置は大陸中心から西南西にあり、主にカルホード大陸との貿易に使われている。坂の上からもいくつもの船が停泊しているのが見える。
 ジェルム、テリア、コキア、ウドリガの四人は依頼を受け、この港町に貴重品を運んできたのだ。
 時はセブシック大陸を騒がせた『魔物大騒乱』『セブシック大陸戦役』から三年という時間が流れている。

 この三年の間に四人は成長しており、実力を上げ、名を挙げている。
 ジェルム、コキア、ウドリガは大して変わっていないように見えるが、コキアは身長が伸び四人の中で一番高くなり、顔つきも子供っぽさが抜けた。体つきも同じく、全身にほどよく筋肉がついている。冒険者姿も慣れたものを感じさせ、駆け出しと思う者はいないだろう。
 彼らがこれまでに達成した依頼は、大きなものが二つ。大水蛇退治とロダリス小遺跡発見。
 大水蛇とは水蛇が成長したものを指す。魔物騒動により競う相手が減ったことで、たらふく餌を食べて大きくなった水蛇が人間を襲うようになり、それと別の依頼を受け旅をしていた四人が鉢合わせ退治したのだった。
 ロダリス小遺跡はベラッセンから南に徒歩二ヶ月の位置にある。そこに遠出していた四人が魔物退治の依頼を受けて、巣穴の奥の壁を偶然壊して遺跡を見つけたのだ。
 この二つがきっかけとなり大きく名を広めた。ほかにも依頼をいくつも成功させていて、ピリアル王国を中心にわりと名が知られている。
 指名の依頼も入ってくるようになり、今回のような国を出る依頼も指名で入ってくるようになった。
 
「確かに受け取りました! こちらが報酬の金貨八枚となっております。ご苦労様でした!」

 元気のいいギルド職員に荷物を渡した四人はそのまま冒険者ギルドを出る。荷馬車は街入り口の業者に預けていて、この場にはない。
 あれは今回の依頼用に貸し出されたものではなく、幸助から四人へ旅が楽になるようにと渡されたプレゼントだ。
 余るお金で頑丈な馬を買い、荷台も丈夫に作ってある。街や村で預けるという出費が必要になったが、荷物を背負わず多く持って移動できることは大助かりで四人とも感謝していた。馬の不調も荷台の故障も、幸助がどうにかできるのでそういった方面でも助かっていた。

「さって宿をとって、それから観光かな」
「そうだね。貿易が盛んだし、珍しいものでもあるかな」
「俺も母さんにお土産買わないと」
「この大陸にはない薬の材料があればいいなぁ」

 思い思いに話しつつ、見つけた宿に入り、旅装を解いて再び街に出る。
 賑やかな人々の声に心を弾ませ、屋台から漂ってくる魚介類の塩焼きタレ焼きの香りに喉を鳴らし、地元では見かけない衣服や品物を覗き見る。そして露店の一つで足を止め、商品を前に悩む。

「んー……どれ買えばいいんだろう」

 母親へのお土産はどれがいいかといくつもの装飾品を前にして悩んでいた。

「コキアが選んだものならどれでも喜ぶんでねえか?」
「私もそう思うよ?」

 いくつもの装飾品を前に悩むコキアに、ウドリガとテリアがそうアドバイスする。
 そうかなと首を傾げて、加工された桜色の貝のネックレスを手に取った。これならばつけていても邪魔にならないと思ったのだ。
 買う物を決めたコキアの近くでジェルムもまた難しげな顔をしている。

「髪伸びてきたし、髪留めでも買おうかな」

 幸助に初めて会った頃は肩に届かなかった髪も、今は肩に触れるほどに伸びている。
 ターコイズブルーの髪留めを手に悩んだ様子を見せるジェルム。この髪留めは海の魔物の牙や骨を使ったもので、ここのような港町では珍しいものではない。

「ジェルムの髪だと寒色系は止めといた方がいいと思うよ? というか髪そのまま伸ばすの?」
「伸ばしてみるのもいいかなって」

 隣に来たテリアにそう返す。
 アドバイスを受け入れ、ターコイズブルーのものを持ったまま暖色系の髪留めを探す。視線は卵色のものと東雲色のものの間を彷徨っている。

「それ返さないの?」
「……気に入ったから。似合わなくても買おっかなって」
「まあ別にいいんだけど、どうして気に入ったか聞いてもいい?」

 その問いにジェルムはうっすらと頬を赤くする。

「この中で一番、ギフトを使ったコースケさんの角やガントレッドと似てるから」

 お揃いだと嬉しそうに恥ずかしそうに呟く。

「ああ、なるほど。ほんとコースケさんのこと大好きだよねぇ」
 
 テリアは、その感情がラブではなくライクだと知っている。子供がパパ大好きというのと同じだとわかっているのだ。
 けれど思いがわりと強く、このままだとジェルム結婚できるのかしらと他人事ながら心配する思いもある。だがそれは口に出さない。自身も適齢期で、口に出せば返ってくるとわかっているのだ。

「テリアだって好きじゃないの。コキアだってウドリガだって同じでしょ?」
「まあね、ジェルムには負けるけど。世話になってるし、餌付けされてる部分もあるしね」

 遊びに行くたび、そこらの料理店を越える料理やお菓子を出してくれるのだ。とうの昔に胃袋は掴まれていた。
 エリスから冥族の女王の舌も唸らせたと聞いて、なんの疑いも持たず納得してしまったほど美味しいのだ。
 思い出したら食べたくなり、テリアは帰ったらまた遊びに行こうと決めた。
 そうしている間にコキアもジェルムも会計をすませた。
 四人はその露店から離れて、ほかの露店も覗いてく。テリアとウドリガも欲しいと思った物を買っていく。
 そのまま船のある場所まで歩き、観光へと洒落込む。
 夕食は海産物尽くしを堪能したが、この材料で幸助に作ってもらいたいなと思っていたりもした。

 夜が明け、今日ものんびりと過ごすことにする。一緒に行動した昨日と違い今日は別行動だ。
 もっと近くで海を見たいジェルムコキア組と昨日見れなかった店を回って掘り出し物でも探そうというテリアウドリガ組にわかれる。
 朝食を食べ終えたジェルムとコキアは早速宿を出て浜辺へと向かう。その一時間後にテリアとウドリガはそれぞれ宿を出た。

「水辺で遊ぶにはちょっと早いね」 

 海から吹く風に髪を揺らしコキアが言う。
 日本の海岸とは違いゴミなど落ちてはなく、真っ白とはいかないが綺麗な砂浜だ。貝殻が落ちていたり、蟹がちょこちょこ歩いていたりと平和な光景がある。寄せては引く波の音も耳に心地よい。

「そうね、もう少し気温が高かったらねぇ。泳げたかもしれないわね」
「魔物避けしてないから無理じゃないかな」
「それは残念、せっかく泳げるようになったのに。これだけ広いと思いっきり泳げて気持ちいいだろうね」

 幸助が家の地下に二十五メートルプールを作り、それに招待してもらい泳ぎを覚えたのだ。夏の暑い中、水の中で遊ぶ楽しさにエリスたちもジェルムたちもはまり、初めて招待された夏は泊り込んで遊んだものだ。
 肌をさらす水着には若干羞恥心が湧いたが、平気な顔の幸助とエリスに影響され慣れていった。
 この世界にもプールは存在するが、多くはなく一般人には程遠い存在だ。しかも泳ぐためというよりは涼むためなので広さもない。思いっきり泳ぐことはできない。
 幸助がプールを作ったのは涼むためでもあるが、子供たちに楽しんでもらうために作ろうと予定していて、他所に作る前に一度作り方を経験したかった。ほかにもプール用に生み出した波や渦を起こす魔法を使い、エリスたちを実験体にして安全性を確かめていった。

「ま、浜をぶらつくだけでも少しは楽しめそうじゃない?」
「うん」
「貝殻とか持って帰ったらアクセサリーに加工してくれるかなコースケさん」
「できない、とは言い切れないよね。あの人の場合。魔法具作るよりは楽そうだし」

 荷馬車の修理もそうだが、この三年で鍛冶を覚え、魔法具作成も覚え、器用とかそういった次元を超えていると二人は思い知っていた。お金を払えば役に立つ魔法具を作ってもらえるので重宝している。さらには割引してくれるので嬉しく悲鳴がでるというものだ。

「そうよね。綺麗な貝殻とかあったら持って帰ろっと」
 
 貝殻を探したりしてのんびりと歩き、休日を楽しむ。ここには二人以外にも人がいて、釣りをしている者、日向ぼっこしている者、駆け回り遊んでいる者、小船に乗っている者などなど、なかなか賑やかといえるだろう。
 一時間以上浜にいて、そろそろ帰ろうと思っていた二人は近くの釣具屋から悲鳴を聞いた。
 顔を見合わせ、頷いた二人は釣具屋へと走る。到着する前に薄い板のような物を持ったがたいのいい男二人組が出てきて、街中へと走る。それを追うように二十歳ほどの女が出てきて、泥棒だと叫んだ。

「追いかける!」
「お願いします!」

 女にジェルムが声をかけ、コキアともども街中へと走る。
 好きなように逃げ隠れできる逃走者に対して、振り回される形の追跡者は前準備でもしていなければ楽とはいえない。
 これにジェルムとコキアも当てはまり、見失っては見つけ見失っては見つけといったことを繰り返していく。

「まったくちょこまかと!」

 追いながらジェルムがイラついたように二人組の背を睨む。
 二人組は街のことをよく知っているようで、逃げ足に迷いがない。ジェルムたちは初めての街で、昨日歩き回ったとはいえ地理に詳しくはない。だから二手に分かれて追うといったことはできない。そして人を突き飛ばして走るわけにもいかず、全力で走るわけにもいかない。
 そんな理由で捕まえることができないでいた。

「どこ行ったかわからなくなった」

 気落ちしたようにコキアが漏らす。
 人ごみを通るのに手間取り、男たちが消えた曲がり角に到着すると既に影も形もなかったのだ。

「あちゃー」
「一度戻る?」
「そうしようか」

 コキアの提案に頷き、浜辺へと戻る。
 釣具屋に入ると、女はすぐに二人に気づいて駆け寄ってきた。

「どうでした!?」
「ごめん。見失った」
「ほんとにごめんね」

 申し訳なさそうにする二人に、女は慌てて気にしないでよいと手を振る。

「盗まれた物は安物の絵一枚だけだしね」
「絵? 有名なものじゃなくて?」

 ジェルムの問いかけに頷きを返す。高価なものではないというわりには残念そうな表情が浮かんでいる。

「大切なものなの?」
「思い出の品、になるのかな」
「べラネー、どうだった?」 

 七十手前の老人が店の奥から出てくる。丸刈りの頭は白く、顔や手には皺が刻まれ長く生きてきたとわかる。歩行補助の杖を手に、ゆっくりと三人に近づいてくる。

「お爺ちゃん。残念だけど」
「そうか、あなた方が追ってくれたのかな? 苦労をかけた、ありがとう」
「いえ、捕まえることはできませんでしたし」

 お礼を言われても、コキアは喜ぶことはできず首を横に振る。

「追ってくださっただけでもありがたいことじゃよ。礼を言いはしても文句はありません」
「どうして絵を盗んだのかわかります? 普通はお金を盗みそうなものなのに」
「あれを盗んだのなら、十中八九目的はわかる」

 期待はしていなかったのだが、わかると返答が返ってきてジェルムとコキアは意外といった表情を浮かべた。べラネーもわかっているようで驚いた様子はない。

「理由を聞いてもいいですか?」
「うむ。あれには別荘兼隠れ家を示した地図が絵の裏に描かれておる。そこに行きたいと思って盗っていったのだろうさ」
「わざわざ地図に残すくらい重要な場所なの?」
「いや、多くの者にとっては重要ではないな。わしらも思い出の場所という以外はさほど価値を認めておらん。だがある者たちは勘違いしておるのじゃろうな、あそこに宝があると」
「「お宝!?」」
 
 宝と聞いてジェルムとコキアは好奇心を刺激される。それを見たべラネーの祖父は小さく笑う。

「勘違いと言ったじゃろ、あそこには宝などありゃせんよ。いやただ一人にとってはあったのじゃがな」
「誰かにとっての大事な場所とかそんな感じ?」

 コキアにべラネーの祖父は頷く。

「そんなところじゃ。あとは大切な物を保管したりな。……そうだな」

 ジェルムとコキアを見て少し考える様子を見せたべラネーの祖父は頷き口を開く。

「お前さん方冒険者じゃろう?」
「「うん」」
「一つ依頼を頼まれてくれないか?」
「絵を取り戻せばいいのかな?」

 コキアが先読みして聞く。

「それもあるが、地図が示している場所に行って、そこに向かっているであろう泥棒たちを説得してくれ。あそこが荒らされるのはどうにもな」
「説得ってそんなことできないと思うけど」

 無理じゃないかとジェルムは言う。
 
「そうか? 宝がないとわかれば諦めそうじゃがの。あそこには高値の物なんぞないからの」
「どうするジェルムさん?」
「んー……私は行ってみたいな。ただ一人にとっての大事な場所って言われ方すると好奇心が刺激される。見てみたい」

 目がきらりと光る。実のところコキアもそれなりに好奇心が刺激されてはいた。だが絶対行きたいとはまでは思っておらず、この場にいない二人にも相談かなと考えた。

「俺はどっちでもいいかな。テリアさんたちにも聞いて決めるってことでいい?」
「いいよ。そういうわけなんで、一度帰って夕方にでも来ようと思います」
「うむ。それでかまわんよ。ああ、行くとしたら案内役にはべラネーをつける。この子も何度か行ったことあるし、船の操縦もできる」
「行くことになったら、よろしく」
「ええ、できればあなたたちに同行してもらいたいわ」

 泥棒を追ったことである程度の信を得た。ほかの冒険者に依頼するよりは二人の方がいい。
 祖父と孫に見送られ、ジェルムとコキアは宿に戻る。テリアたちはまだ帰ってきておらず、二人は宿近くの飯屋で昼食を食べる。朝に取れた新鮮アサリを使ったボンゴレが美味しかった。
 宿に戻り入り口で三十分ほど待つとウドリガが先に帰ってきて、その十分後にテリアが帰ってくる。

「部屋にいないで、どうしたの?」
「ちょっと用事があってね、それにしても一緒に行かなかったんだね」
「買う物が別々だしね。私は本や魔法の媒介」
「俺は薬草の類だぁよ」

 それぞれ買った物を入れた袋をジェルムに見せる。

「用事ってなんだったの?」
「急ぎの依頼を受けようと思って、それについてテリアとウドリガに聞きたかったんだよ」
「内容はどんなものなんだべ」
「泥棒を追って、説得したり盗まれた絵を取り戻したり」

 それであってるのかとテリアとウドリガの視線がコキアに向けられる。それを受けてコキアは頷いた。

「俺たちが浜辺でぶらついてたら、近くの釣具店に泥棒が入ったんだ。その泥棒が盗んだ絵の裏には地図が書かれていて、泥棒たちはそこに行くのが目的らしい。だけどそこにはなにもなくて、でも大事な場所だから荒らされたくないと。そういった理由で、泥棒たちが荒らさないように説得したり、絵を取り戻したりを依頼された。んでそれを受けるかどうかを二人に聞くため宿に戻ってきた」
「なるほど」
「俺はうけてもよかよ」
「私も反対はしないよ」
「じゃあ、今からべラネーに受けることを伝えに行こう!」
「ちょっと待って、荷物置かせてよ」

 さっさと宿を出たジェルムの背にテリアが声を投げかけた。聞こえたようで入り口の外で振り返り、待つ様子を見せる。
 自室に荷物を置いた二人とコキアは宿を出て、ジェルムと一緒に浜辺へと向かう。
 べラネーたちと話し合い、互いに準備があるだろうから出発は明日の朝ということになった。

 そして夜が明け、武具を着込んだ四人が釣具店前に現れる。必要ない貴重品はお金を払って宿に預けてある。
 少し離れた埠頭には魚を捕り終えて帰ってきた船が何隻も並び、忙しそうに取れた魚を運んでいる。四人がいる場所は空気が冷えているが、埠頭辺りは活気で暖かそうだ。

「おはよう。ついてきて船のある場所に案内するから」

 四人に少し遅れてやってきたべラネーが四人を先導する。べラネーも旅装で、動きやすい格好だ。
 埠頭にやってきた五人は忙しそうな人々の間を通り、端に置かれているセーリングヨットに乗り込む。

「これ飲んでおいて」

 べラネーは懐から丸薬を取り出し、四人に配る。

「これは?」
「酔い止め。この船小さいから波の影響を受けて上下に動くよ。だから船酔いすると思うんだ。それ対策」

 べラネー自身は慣れているので薬を持ってくる気はなかったが、祖父に指摘され昨日のうちに用意したのだ。
 船に慣れていない四人には非常にありがたいもので、これで目的地に着く前にダウンという情けない状況に陥ることは回避された。ひどく酔いに弱い者がいなければだが。
 綱を外し、船の出港準備を整える。セールが風をはらんでゆっくりと前に進みだす。船に乗るのは初めてな四人は、船が進む様を楽しんでいる。ヨットを操作しているべラネーは風を読み、セールを微調整して慣れた感じでヨットを動かしている。
 港から離れるまで楽しんだ四人は聞けなかった詳しいを話を聞く。これから行く先は誰の別荘か、どれくらいかかるのかなどだ。

「風次第だけど早いと三時間弱かな遅いと四時間強? 途中で魔物に襲われるともう少し遅くなるかも」
「そういえばどんな魔物がでるか聞いてなかったね。特に注意するものもいなさそうだけど」

 テリアがこう判断したのは注意すべきものがいれば、べラネーたちが事前に言うか、薬のように対策をとっているだろうと考えたからだ。

「魔物は少ないよ。時々魚タイプの魔物が襲ってくるけど、オールで叩けば逃げていく。んで少ない理由だけど、ここらには竜魚もしくは鱗鮫とも呼ばれる魔物がいて、魔物を食べてるから」

 竜魚とは名前の示す通り、ドラゴニスと同じく竜もどきだ。見た目は草色の大きな鱗を持ったメジロザメ。大きさは平均四メートル、先端が硬くなっており角を思わせる。性格は獰猛で、縄張りに近づくものは自身より大きくとも躊躇いなく突撃してくる。雑食で魚であろうが人であろうが魔物であろうがなんでも食う。海で出会いたくない魔物で五本指に入る。

「そんなのがいるなんて大変じゃない!?」
 
 大きく驚くジェルムたちに対してべラネーは余裕の態度を崩さない。何度も行って対処法は心得ているのだ。

「大丈夫よ。竜魚避けの薬持ってきてるから」
「効くのけ?」
「ばつぐんよ! 何度も追い払っているんだから」
「ほーまだまだ知らない薬があるんだなや」

 ウドリガは薬を見せてもらい、興味深げに調べていく。薬は粉末で、風に飛ばされないように慎重に扱っている。

「あそこが誰の所有物だったかなんだけど、キャナリステ海賊団って知ってる?」

 四人は知らないようで、首を横に振った。

「ここらでは有名なんだけどね。今からは百年ほど前にあった海賊団でね、それ以前に複数あった海賊団がまとまってできたものなんだよ。それをなしたのがナンサっていう女海賊。度胸があり、懐が広く、カリスマが高かったんだって。そして強くて綺麗という完璧人。その人がのんびりすごすために作ったのが今から行く場所」

 ナンサが作った海賊団はセブシックカルホードホネシングと三大陸を繋ぐ海を活動範囲としていた。その暴れっぷりはすごいものがあり、一時期その海域を船が避けて通っていたことで貿易に影響を与えていたほどだ。
 その戦力に目をつけたカルホードのとある国が、自国の戦力として囲い込もうと私掠船にならないかと交渉したがナンサはそれを断った。自分たちは自由を尊ぶ、首輪なんかつけられてたまるかと。
 そしてキャナリステ海賊団が発足し、ナンサが病死するまでの約二十年間、各国を敵に回して好きに暴れ回った。
 そのキャナリステ海賊団が今でも残っているかというと、そのままでは残っていない。
 ナンサは存命中に後継者を作らなかったし、次の頭も指名しなかった。それは晩年海賊家業に飽いたとも、部下に海賊団をまとめる器量を持った者がいなかったからとも言われている。真相はナンサの胸のうちのみだ。
 そのせいで海賊団は分裂し、勢力を弱めることとなった。結局六つに分かれた海賊団は、今となっては三つしか残っていない。

「そんなすごい人の隠れ家をどうして釣具店が知ってんの?」

 コキアの疑問はほかの三人の疑問でもある。

「それは私のひいひい婆ちゃんがナンサの付き人をしていたから。海賊というわけじゃないけど、お気に入りだったらしくて、形見として隠れ家をもらったんだってさ。もらった時から私の家は隠れ家の管理人になったんだよ。ナンサがくつろいだ家を護るためにね」
「護っても持ち主には返せないよね?」
「そうだけど、ひいひい婆ちゃんはナンサが大好きだったらしいからね。私もあそこは気に入ってる。だから護ることに異論はないよ」

 夏風を思わせる爽やかな笑みを浮かべて言った。
 聞こうと思っていたことはこれでおしまいだ。あとはのんびりと船旅を楽しむ。
 道中魔物に出会うことなく順調に進んだ。ジェルムとウドリガが若干酔いの兆候を見せるというハプニング以外は、これといった騒ぎもない。薬のおかげか酔いは進行しなかった。
 早めの昼食を食べ終えて四十分ほど進むと、目的地である孤島に到着した。
 島の大きさは大体小学校ほどだろうか、グランドや体育館も含めた広さで。人一人が隠れ住むならば十分な広さだろう。断崖絶壁になっており、高さは十メートル以上だ。専門の道具を使わずに登るのは難しそうに見える。頂上は平らになっているようで木が生えているのが見える。
 その島のすぐ近くに一隻の小型帆船がある。泥棒の船なのだろう。べラネー所有のものより大きく、航海にも使えそうだ。
 泥棒たちが上陸してしまっているのかというと、そうではない。今現在一匹の竜魚に襲われていて、船の横っ腹に穴を開けている。
 船上には四人の人影が見えており、竜魚相手に大騒ぎしてる。

「どうする? このまま放っておいていいような気がするよ?」
 
 テリアのこの言葉に異論はないのか、誰も声を発しない。
 そんな時、近づいてきていたヨットに気づいたのか泥棒たちから助けてくれと必死に呼びかけられた。

「助けてくれって」
「この場合、追い払えばいいのけ?」
「この状況で動けるのはコキアくらいだけど、行く?」
「追い払うならこの薬を鮫の近くで撒けばいいよ」

 本当に行けるのかなと、べラネーは疑問に思いつつも薬を差し出す。
 四人の視線がコキアに集まる。視線に押されるように、コキアは一歩下がり、溜息一つ吐いた。

「行ってくるよ。助けを乞われて見捨てるのもいい気分じゃないしね」

 べラネーから薬を受け取ったコキアは魔法を使い、勢いをつけて船の縁から飛び出る。

「走ってる!?」

 べラネーが驚きに目を見開いている。
 べラネーの言葉通り、コキアは水上を走っていた。走った跡に小さな渦が出来ている。
 この魔法は、足の裏に回転させた空気の塊を十歩分発生させる魔法だ。陸で使った場合、空気の塊を踏むことで若干加速する。水上で使うと加速はなくなるが、水の上を移動できるようになる。空中で使ってもその場で止まるといったことはできない。空気の塊にコキアの全体重を支えるだけの力がないのだ。少しだけ滞空時間が延びるだけだ。

「あっ」

 船から誰か落ちたのを見てジェルムは思わず声を漏らした。
 
「間に合えっ!」

 近くまで来ていたコキアは速度を上げて、落下地点へと走る。同時に薬もばら撒く。
 大きくジャンプしたコキアは見事船から落ちた少女をキャッチし、そのまま勢いを落さず走りぬけ、水面から突き出た岩に上がる。
 間に合ったことにコキアは安堵の息を吐く。

「あ、あのっ」
「なに?」

 コキアは腕の中の少女を見る。
 少女は十二才ほどで、絵本や漫画に出てくる海賊の船長が被るような帽子をかぶっている。その帽子からショートカットにしたワインレッドの髪が出ている。衣服も海賊のような黒のベストに赤のシャツ、茶のハーフパンツに白黒ボーダーニーソックスだ。まだまだ成長途中らしく、背は低く体重も軽い。
 顔立ちは可愛いといえるもので、赤茶のクリッとした目にふっくらとした桜色の唇、柔らかそうな頬は今は赤く染まっている。

「……ありがと」

 照れくさそうに視線をそらし礼を言う。普段は勝気そうなのだが、今は異性兼命の恩人にお姫様抱っこな状態で、恥ずかしさの方が上回っているようだ。
 礼にどうもと返すとコキアは視線を上げ、竜魚の動きを見る。真剣な顔を少女は顔を赤らめたままぽーっと見ていた。
 薬は効果を現し、竜魚は船を襲うことを止めて離れようと動き出していた。その進路上にべラネーたちの乗っているヨットがある。

「なんかこっち来てるんだけど」
「ぶつかられるとヨット壊れちゃうかもしれないっ! どうにかして追い払えない!?」

 べラネーの表情に焦りが出ている。

「まずは私がやってみるけど。駄目だった場合に備えて、テリア壁の用意お願い。ウドリガもね」

 そう言ってジェルムは袖に隠れていた鉄杭を取り出す。人差し指中指親指で持ち、体を捻り止まる。
 幸助から教えられた投擲術で、ジェルムたちは鍛錬を怠らず、岩も貫く威力にまで昇華させた。鍛錬するにつれて、最初投げていたナイフも、ほかに適した物へと代わったのだ。
 コキアが魔法に費やした時間をジェルムは投擲術に費やし、半径五メートル内の動いている物にでも百発百中を誇るまで鍛え上げた。止まっているものならば三倍の距離でも確実に当てられる。

 これが元でジェルムは『飛針』の字を得た。コキアは『疾風剣士』、ウドリガは『岩砕き』、テリアは『魔女見習い』という字を得ている。前者三人はもう二年も経てば称号へと昇華するだろう。
 テリアの『魔女見習い』だけは少し特別だ。魔女という称号は魔力がC-以上の女に贈られるわけだが、テリアにはちょうどいい字がなく、ほか三人があるのに一人だけないのはバランス的にどうかという話になった。そこで魔力がD+で魔女まであともう少しということで、魔女見習いという字がついた。
 三人の字は彼らを称えているのだが、テリアのものは情けというか無理矢理感が漂う微妙なものとなってしまった。なのでテリアは字を名乗ることはない。むしろ恥ずかしく思い、隠している。

 ジェルムは目を細めて距離を測り、タイミングを計り、ベストなタイミングで杭を飛ばす。

「ここだっ!」

 杭は拳銃から発射された弾丸のように速く真っ直ぐ飛び、竜魚の鱗を砕いて刺さる。竜魚はそれに身じろぎしたものの進路を変えることなくヨットに向かって進む。

「ぶつかる!?」

 べラネーの悲鳴混じりの声に被さるように、テリアは準備していた魔法の名を口に出す。

「パワーウォール!」

 竜魚がヨットにぶつかる前にテリアの魔法が発動し、ヨットのすぐそばに不可視の壁が現れた。縦横二メートルで、厚さは一ミリもないだろう。それが一切の揺れなく竜魚を見事に受け止め消えた。

「どうりゃっ!」

 衝突してそれなりにダメージを負ったらしい竜魚にむかい、ウドリガがハンマーを振り下ろす。動きを止めた竜魚に当てることなど造作もなく、十分に力を溜めた一撃は竜魚にとってとどめの一撃となった。杭をさらに打ち込む形になったのも効果的だったのだろう。
 少し痙攣していた竜魚は動きを止めて沈んでいく。

「あーもったいない」

 鱗など高く売れそうなものを剥ぎ取る前に沈んでいた竜魚を、ジェルムは惜しむ。

「でも引き上げるにもスペースがないだよ」
「それもそうか」
「皆さん強いわね」

 追い払うばかりか倒してしまった三人にべラネーは驚きの視線を向けている。

「いや私は倒せるとは思ってなかったんだけど」
「私もだね」
「偶然だべな。それに複数で来られていたら、追い払うことすらできなかったべさ」

 ウドリガの言葉にうんうんとジェルムとテリアは頷く。

「それは運が良かった。いつもは十匹近く群れているから」

 周囲には沈んでいった一匹以外に竜魚の姿は見えない。それを注意深く確認して三人は警戒を緩める。ウドリガが言ったことに嘘はないのだ。あのレベルの魔物に複数でこられると逃げるしかない。陸上ならば逃げ切れるだろうが、ここは海上だ。逃げられず、いいように攻撃されるだろう。
 竜魚の影すら見えないことを喜ぶ三人をコキアが遠くから見ている。

「あっちも終わったことだし、一度君の船に上がるよ?」
「え、う、うん! いいよ!」

 許可をもらいコキアは少女に背に移動してもらう。そして再び水上を走り、船の縁に掴まる。
 甲板に移動し、コキアは少女を下ろす。少女のほかにいた三人は竜魚が離れたことを知ると、急いで船内に入り開いた壁の修理を始めたため甲板にはいない。小さくカコンカコンと釘を打ち付けることが聞こえてきている。

「もう一回お礼言っておくわ、助けてくれてありがとう」
「一度で十分だからいいんだけど、それよりも聞きたいことがある」
「なに?」
「ここにいるってことは絵を盗んだってことで間違いないよね?」

 偶然ここを訪れたという可能性もなくはないが、タイミングが良すぎる。怪しんで当然だろう。
 聞かれた瞬間、少女はコキアを睨むものの迫力はない。

「ここに宝を求めて来たのならお疲れ様、価値あるものはないと地図の持ち主が言っていたよ」
「嘘よ! ここは海の女王とも呼ばれた女海賊ナンサの隠れ家って知ってるんだから! お宝がないわけないじゃない! 誰も近づけさせたくないからそんなこと言ったのよ」
「それなら俺たち連れてこないと思うけどな」
「おーい、コキアー」

 ヨットを船に近づけ、甲板にいるコキアにジェルムが呼びかける。
 コキアは縁に近づいて顔を出す。

「このまま島に上がるんだけど、コキアはどうする? そのままそっちの船にいる?」
「俺は「私も行く!」」

 答えようとしたコキアを遮り、少女がついていくと答えた。

「コキア、その子泥棒の仲間?」
「そうみたい。宝はないって言ったんだけど、信じられないらしくて」
「じゃあ一緒に行って確かめさせればいいね。一緒に下りてきて」

 いいのかとコキアはべラネーに視線を向ける。同意見のようで頷きを返してきた。依頼人が許可するなら問題ないかと考え、降りようとして止まる。

「一人で降りられる?」
「……無理」
「また背負うか」

 背を向けたコキアに少女は、上陸することを仲間に知らせてくると言って船内に入っていった。その間にコキアは端に置かれているロープを結びつける。
 少女はすぐに戻ってきて、コキアの背に負ぶさる。
 ロープを伝いヨットに降りたコキアは少女を下ろす。

「あら、かわいい」

 少女を見たテリアの感想だ。べラネーも似たような反応で、残る二人は大きな反応は見せていない。
 盗みについてのあれこれはあとで聞くことにして、まずは上陸することになる。島の岸壁に大きな裂け目があり、その中をヨットは進む。泥棒一味の船では入れない裂け目で、この裂け目にあわせた乗り物がヨットなのだろう。
 裂け目に入ってすぐに開けた空間に出る。光差す小さな浜があり、そこに作られた桟橋にヨットをつける。
 
「ここからはあそこに見える階段を上がるだけよ」

 べラネーが指差した先には、壁を掘り作った急な階段が頂上まで続いていた。
 お宝見たさに駆け出した少女の背に、べラネーが滑って転ばぬよう声をかけた。手すりなどないため、風に煽られたり段差に躓くと危ないのだ。
 低いところでは走っていた少女も上がるにつれ速度を下げる。四分の三まで上がった時、下を見てしまい座り込む。そして追いついたコキアに手を引かれて頂上まで上がることができた。
 階段のすぐ近くに木造一階建ての古い家がある。普段人が住んでいないせいか、ぼろく見える。家の回りには木々があり、防風林の役割を果たしている。家のすぐ近くには花のない雑草ばかりの花壇がある。
 
「ここが伝説の女海賊の隠れ家ね!」

 少女がビシッと指を刺す。かっこつけたくてやったのだが、階段で見せた情けない姿のあとではいまいちきまらない。それをテリアは微笑ましそうに見ている。残りは呆れた表情だ。
 べラネーの先導で中に入る。家の中はそれほど広くはない。一人暮らしを目的に作られているのだ。キッチンと合体した大きな大きな部屋が一つに、あとはトイレや風呂といった細々としたものだ。特徴はタンスの多さ。壁に四つのタンスが並んでいる。その近くには全身の移る鏡が立っている。
 
「お宝は?」
「だからないって言ったろ」

 キョロキョロと家の中を見回す少女の頭に、コキアが軽くチョップを当てる。

「ナンサにとっての宝はたくさんあるんだけどね」

 そう言ってべラネーはタンスの引き出しを開ける。そこには古くなった服が何着も入っていた。
 デザインもいろいろで可愛い系統から渋めのものまで。ただしズボン系はなくスカート系のみだ。違う引き出しにはどこででも手に入る材質で作られたアクセサリーがたくさん入っている。

「これがナンサの宝物? どこででも買える服とかじゃないっ。地下室とかに宝石とか隠されてるんじゃ?」

 少女の言葉をべラネーが首を横に振り否定する。

「地下室はあるけど、食料とかを保管する場所。この家には価値ある宝なんてないよ。これらの服がナンサにとって宝なのは、こういった服を着たかったから。当時海賊団をまとめるために、女らしい服装は威厳をなくすってことで着れなかったのよ。だからたまにここに来てお気に入りの服を着て楽しんでいたの。ナンサにとってこれらの服は、海賊から一般的な女性に戻ることの出来た服」
「その言い方だとナンサは、海賊であることを望んでなかったともとれるんだけど?」

 ジェルムは思ったことを口に出す。

「望んで海賊になったことはたしかだけど、自身のためじゃなくて祖父のためになったと聞いているわ。祖父の夢が海賊たちをまとめて大きな海賊団を作ることだったらしい。それを叶えるために海賊団を継いだ。ナンサ自身は荒事よりも、なにかを育む方が好きだったって。時々ひいひい婆ちゃんと一緒に、この家の近くにある木を手入れしたり花壇で草花を育ててたんだってさ」

 ナンサに近い人間はこのことを知っており、ここに来た時くらいは自由に過ごせるよう計らっていた。ナンサが死んだ後、互いの仲が悪くなった時もここだけは汚さないようにと共通意識も持っていた。
 そんな理由で現在までこの隠れ家はそのままの形を保ってこられたのだ。

「……ほんとにお宝ないの?」
「ないね」

 少女の質問にべラネーは即頷いた。
 少女は涙目でその場に座り込んだ。船は壊れ、海に落ちそうになったにもかかわらず無駄足でショックが大きいのだ。

「慰めるのはコキアに任せた!」

 ジェルムの言葉に皆頷く。
 異論を聞かず少女をコキアに押し付け、四人は動き出す。べラネーが家の掃除をするというのでその手伝いだ。
 べラネーとテリアは家の中を、ジェルムとウドリガは外で花壇の雑草を抜いたりだ。
 それほど広くない家だし散らかってもいない、一時間もあれば綺麗に片付く。その頃にはあわあわしながらであったが、コキアの慰めで少女も気を持ち直していた。
 帰ろうということになり、六人は浜辺にあるヨットに乗って、まずは小型帆船まで移動する。
 小型帆船の応急処置は済んでおり、今は入り込んだ水を捨てている最中だ。三人の男は少女が帰ってきたことに気づいて、作業する手を一時止める。

「お嬢!」「お帰り」「なさい!」

 男たちはマッチョな体でポーズを取りつつ少女を出迎える。むさくるしく温度が二度ほど上がったような感じがする。少女は気にせず笑顔で手を上げて応えた。

「ただいま!」
「無事のお帰り」「嬉しく思っています」「お宝はどうでした?」
「それがお宝はなかったんだよ」
「「「うむむ、それは残念」」」
「あんたら三つ子だか?」
 
 あまりの息の合いようにウドリガが尋ねる。それに男たちは首を横に振り否定した。首を振るタイミングも一緒で、本当に違うのかとジェルムたちは思う。

「それにしては息が合ってるだよ」
「「「筋肉のなせるわざだ」」」
「いや、それはないべ」
「筋肉は偉大なのだよ」「筋肉があればなんでもできる」「だから我らは筋肉を崇拝するのだ」
 
 ニッと笑いポーズを決め言う。

「竜魚にいいようにやられたじゃないよ」
「あれは竜魚が」「筋肉の素晴らしさを」「理解せぬからだ」

 むさくるしさに顔を歪めたジェルムの言葉を、嘆かわしいといった表情で否定した。そんな男たちをジェルムたちは、独自の理論があるのだなと理解することを放棄した。
 あの時はうっかり竜魚避け用の薬を切らしていて、海中の竜魚に抵抗する術がなかった。そこで筋肉による説得をしていたが、竜魚に通じるわけもなく船に穴を開けられた。
 
「「「しかし困った」」」
「なにが?」

 首を傾げた少女の様子に、男たちは慈愛の篭った目を向ける。

「船の損傷が」「思いのほか深く」「修理にお金がかかりそうなのです」
「それは困ったねぇ」
「「「はい」」」
「あ、そうだ!」
「お嬢」「なにか」「いい考えでも?」
「コキアたちに一緒についていってお金を稼ごう!」
『は?』

 これにコキアたちは声を揃えて疑問の声を上げた。

「「「いい考えですな!」」」
「でしょ!」
「その子はともかく、あなたたちはむさくるしいので遠慮してもらいたいんですが。それに泥棒の件で役人のところに行ってもらうことになるし」
「えー」

 テリアの発言に少女が不満げな声を上げた。

「悪いことしたら怒られるのは当然でしょ」

 少女を諭すようにテリアは言い聞かせる。

「我らはどうなってもいい!」「せめてお嬢だけは!」「自由な人生を!」
「ゴレキっアンサムっムリサドっ」

 男たちの名を呼んで駆け寄る少女に、男たちはお元気でなどと労わりの声をかける。これが演技ならば白けるのだろうが、本人たちは心底真剣でテリアたちは悪いことをしているような気分になってしまう。

「私としては二度とお店に泥棒に入らず、この島にも来ないなら役人に突き出すことはしないけど」
『しません! 来ません!』

 被害者であるべラネーの提案に、少女たちは即飛びつき約束する。
 本当にそれでいいのかというジェルムたちの視線に、べラネーは苦笑を浮かべて頷いた。被害者がそれでいいならば、役人に突き出すことはしなくていいだろうということになる。

「問題解決したことだし、今後ともよろしく! 私はアーマリア。アミィでもリアでも好きな方で呼んで!」
「あれ? 仲間に加えることになってる?」
「駄目なの?」

 いつのまにと首を傾げるコキアを、アーマリアは瞳を潤ませて見上げる。こういった仕草には慣れていないコキアは一歩下がってジェルムたちを見る。

「今のところ人数に不便さを感じてはないんだけどね」
「そうよね。これからの季節気温は上がっていって暑苦しくなりそうだし」
「犯罪者を入れるというのもどうかと思うべ」
「それならば大丈夫!」「我らは普段依頼を受けたりしているだけで」「犯罪を犯したのは今回が初めてだ」
「どうして泥棒なんかしようと思っただよ?」
「それは私たちがキャナリステ海賊団を継ぐ海賊だから!」
「キャナリステ海賊団となにか繋がりあるの?」

 べラネーの問いにアーマリアは無い胸をはる。
 
「ないよ! でもナンサに憧れて継ぐのは私しかいないと思ったの!」
「ないのか。べラネーさんの方がまだ関わりあるじゃないか」
「かかわってるの?」
「キャナリステ海賊団の一員の末裔だってさ」
「すっごーい!」

 アーマリアは目をキラキラと輝かせべラネーを見る。
 ナンサのことやキャナリステ海賊団のことを教えてと縋りつくアーマリアに、べラネーが答えているため帰還は遅れることになる。
 二人が話している間に、テリアは抱いた疑問をゴレキたちに聞く。

「あなたたちの繋がりがよくわからないんだけど。あの子との関係はなんなの?」
「我らと」「お嬢の」「繋がりか」

 あれは今から十年ほど前と懐かしげに話し出す。
 話をまとめると、ゴレキたちが無職で荒くれだった十年前に、海岸に打ち上げられたボートの中で泣いていたアーマリアを拾ったことが始まりらしい。残っていた良心の欠片が疼いて、親探しをしたがみつからず、世話するうちに情が湧いて引き取ることした。幼子を育てるのに無職では駄目だと考え、時間が自由の使える冒険者になり、体を鍛えていくうちに筋肉の素晴らしさに目覚めた。そうしてすくすく育っていくアーマリアを可愛がり共に過ごし今に至る。
 この話中ポーズをとっていて鬱陶しかったが、浮かべている表情にはアーマリアへの愛情が溢れていた。
 ゴレキたちの話が終わると同時に、べラネーの方も一段落ついて帰還することになった。

 帰る最中、どこでナンサの隠れ家情報を知ったのかも聞く。
 それにゴレキたちは、アーマリアを寝かしつけた後たまの贅沢にと酒場に行ったら、そこで酔っ払い独り言を言っている爺さんがいて、その内容がナンサのことだったと正直に話す。
 その老人の特徴を聞くと、べラネーの祖父と見事一致。今回の泥棒騒ぎはある意味自業自得ということが判明。
 帰ったら一ヶ月の禁酒を言い渡そうとべラネーは心に決めた。

 港に戻り、取り戻した絵を渡し報酬を受け取ったジェルムたちは宿に戻る。当然のようにアーマリアもついてくる。ゴレキたちは船の修理や維持などの手続きのため埠頭に残っている。
 弟子入りを願ったジェルムを思わせる、アーマリアの粘り強い交渉というかおねだりにより、アーマリアたちの仲間入りが決まる。
 これを機に、ジェルムたちのパーティー「イッキトウセン」に仲間が入っていくことになる。その中には以前幸助が助けた者も含まれるのだった。
二ヶ月ぶりくらいでしょうか
クリスマスプレゼントというわけではないんですが、再開です
書き溜めてないんで、連続更新はないです
次は年明けになると思います、では良いお年を


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