コラム:日本はアルゼンチンと同じ道をたどるのか=斉藤洋二氏

2012年 11月 29日 18:13 JST
 
check

斉藤洋二 ネクスト経済研究所代表

[東京 29日 ロイター] 世界主要国の長期金利は、10年債において日本が0.7%、米国1.6%、独1.3%と歴史的低水準で推移する。長期金利の1%台の水準は、ジェノヴァ共和国で11年間にわたり継続して以来400年ぶりのことだという。また、1%割れ定着は有史以来初めてだとは、シドニー・ホーマー著「金利の歴史」の教えるところである。

日本は未曽有の政府債務残高を有するものの、史上例のない低金利が、財政破綻の先送りを可能としてきた。しかし、いったん金利が上昇トレンドに入れば、他国の事例からも明らかなように、5%、いやさらに上昇する可能性もはらむ。

財政規律に対する自己抑制を失い、長期金利の上昇リスクを抱える日本の現状は、2001年にデフォルトを起こしたアルゼンチンの姿とだぶる。同国は20世紀半ばにかけ「ヨーロッパの穀倉」と言われ、ブエノスアイレスは「南米のパリ」と称された。2度の世界大戦も中立的立場をとり、一時は世界で第6位の富裕国となった。だが、ミュージカルで有名なエビータを妻としたペロン大統領が登場し、過度な福祉政策による放漫財政、さらには工業化を目指した産業構造転換の失敗により、転機は訪れる。

かつて邦銀も積極的にシンジケ―トローンを組成したが、1980年代のハイパーインフレ、そしてドルペッグ制に固執した通貨政策の失敗(実質為替レートの過大評価)を経て、半世紀にしてアルゼンチンはデフォルトに陥った。

翻って日本では目下、日本銀行がリスク資産を購入し、本来の銀行の役割である企業金融の一端を担う一方、銀行はクレジットリスクを回避し、もっぱら国債を購入している。

国際通貨基金(IMF)の金融・資本市場担当ディレクターであるホセ・ビニャルス氏は、10月に東京で開かれたIMF世界銀行年次総会に際して、「日本の多額のソブリン債と銀行による国債保有が高まっていることが安定性の重要なリスクである」と指摘。「5年後には国債の保有率が銀行の全資産の約3分の1を占めるようになる」と試算し、「金利の上昇が起こった場合の金融システムの安定性を潜在的に弱めている」と警告した。

日銀も10月に公表した金融システムレポートで、「金融機関の国債保有残高が一段と増加していることには注意する必要がある」と指摘し、国内金利が一律に1%上昇した場合の債券時価損失は3月末時点で大手銀行が3.7兆円、地域銀行が3兆円になると試算している。この想定では期間収益や有価証券含み益などで損失をほぼ吸収できるとしているが、想定を超えた大きな金利上昇は「銀行の自己資本を相応に減少させるほか、その影響は金融と実体経済の相乗作用の中で増幅され得る」と警鐘を鳴らしている。

<財政規律をめぐる欧米との彼我の差>

一方、国債や借入金などの残高を合計した政府債務残高は9月末時点で983兆円となり、絶対額そして対国内総生産(GDP)比ともに、南欧諸国のはるか上を行く。欧州で見られたように、巨額の政府債務は、国債の暴落(長期金利上昇)を通じ金融不安へとつながる可能性を有する。

政策的な支出に対し税収などでいかに賄えるかを示すプライマリー・バランスは93年度以降赤字傾向をたどり、毎年赤字国債が発行されては累積債務が膨らみ、利払い費は増加傾向にある。その歯止めとして日本では中期財政フレームを閣議決定しているが、欧米と比較すれば、依然として財政規律を維持する法的仕組みについて彼我の差は大きい。たとえば、欧州には安定成長協定があり、各国の単年度財政赤字は対GDP3%以内、累積赤字は対GDP比60%以内にするとの制約がある。また、米国においては、48の州において州憲法もしくは州法令により財政均衡が義務づけられている。

ただ、財政規律を失ったかのような現実を前にしても、国債の92%は国内資金により引き受けられているためか、国内には奇妙な安定感が漂う。つまり「金利は上昇しない」「札割れなど起きるはずはない」との安心感が根強く、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場においてもそのリスクプレミアムは低水準で推移している。

この安心感の理由のひとつに、日本の消費税率は20%水準にある欧州と比較して引き上げ余地が大きいことが挙げられている。しかし、高福祉・高負担の欧州と比べ、これまで低福祉・低負担を是としてきた日本で、一気に欧州並みに増税を行う理論的根拠は薄弱である。金利上昇リスクが忍び寄る中で、いつまでも青天井の財政赤字を継続できる保証はない。

<低金利の前提がもろく崩れる可能性>

短期金利は日銀の金融調整によりコントロールされるが、長期金利は金融政策の影響があるものの、基本的には長期資金の需給により決定される。換言すれば、「期待潜在成長率」「期待インフレ率」および「予想リスクプレミアム」を構成要因とし、市場参加者による「期待」「予想」に基づく点において、価格は市場参加者の心理を反映する。つまり、皆がインフレは来ない、成長はあり得ない、リスクプレミアムはないと考えていればこそ、現在の低金利が実現されているのであり、一人、二人と市場参加者が予想を変えていくに従いその前提は崩れ、結論は大きく異なるものとなる。

「期待潜在成長率」は人口減少期に入った日本において、よほど画期的な技術革新がない限り劇的に上昇する可能性は乏しい。一方、「期待インフレ率」は、日銀が1%の物価上昇を目標にデフレ対策を打ち続けるものの、当面高まりそうにはない。

「予想リスクプレミアム」については、特に財政的リスクが看過できない危険水域にある。記憶に新しいところでは、11年にスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が、財政悪化懸念を理由に、日本国債の格付けを最上位から3番目の「AA」から「AA-」へ1段階引き下げた。そのときは、市場がその警鐘に全く反応しないために金利は上昇しなかったが、投資家がいつ何時、何をきっかけに日本国債に対するリスク感応度を高めるかは限りなく不確実だと言えよう。

これまで国債が国内の資金で安定消化されてきた、つまり家計純金融資産が政府債務を安定的に上回ってきたのは経常収支黒字の故である。11年末における日本の対外純資産は253兆円(対外資産582兆円、対外負債329兆円)に上り、所得収支に貿易収支の黒字も加わり年間10―25兆円の経常収支黒字を確保してきた。国内貯蓄超過を表す経常収支黒字こそが財政赤字にもかかわらず財政リスクプレミアムを顕在化させない背景となってきた。

しかし、経常収支の悪化傾向はここにきて顕著となり、さらには国内貯蓄率低下も加わり、国内貯蓄に大きく依存してきた国債市場が不安定化するリスクが高まっている。12年度上半期(4-9月期)の経常収支黒字は2兆7214億円へと縮小し、9月単月の季節調整値は31年半ぶりに赤字に転落した。経常収支の赤字基調が決定的な流れとなれば、その結果として国債金利上昇が現実化する恐れが増幅する。

将来を見通せば、数年内に政府債務残高のGDP比率は250%に達する。国債引き受けの海外投資家への依存が恒常的となり、ついには対外純資産も激減してゆく最悪シナリオも視野に入る。国内外の投資家が日本の財政リスクプレミアムへの感応度を高め、金利が上昇トレンドに入る前に、政府は何としても市場を納得させる財政改革プログラムを打ち出さなければならない。10年前のアルゼンチンがたどった国家破綻の道を避けるために残された時間はあまりに少ない。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

 
写真

財政の崖、「控えめながら楽観」

上院指導部が下院でも年内可決が可能な法案をまとめることで一致。「崖」転落を回避できる可能性も出てきた。
  記事の全文 | 特集ページ 

注目の商品

11月29日、ネクスト経済研究所の斉藤洋二代表は、「財政規律への自己抑制を失い、長期金利上昇リスクを抱える日本の現状は、10年前にデフォルトしたアルゼンチンの姿とだぶる」と指摘。提供写真(2012年 ロイター)

2013年の見通し

写真
為替:ドル/円は90円超えも

2013年のドル/円相場は、上値余地を探る展開になりそうだ。安倍新政権による積極財政と日銀の大胆な金融緩和の組み合わせで90円を超えて円安が進む可能性がある。  記事の全文 | 特集ページ 

外国為替フォーラム

ロイター読者が選ぶ2012年重大ニュース

ロイター読者が選ぶ2012年重大ニュース

あなたが選ぶ今年の重大ニュースは何ですか。
北朝鮮トップに正恩氏、ロケット発射
国内全原発2カ月停止、大飯で再稼働
東京スカイツリーが開業
ロンドン五輪で日本最多メダル
アップルとサムスンの特許戦争
消費増税法案が成立
竹島問題めぐり日韓関係悪化
シリア内戦激化、死者3万人超
尖閣問題めぐり中国で反日デモ
山中教授がiPS細胞でノーベル賞
ソフトバンクが米スプリント巨額買収
ハリケーン「サンディ」が猛威
オバマ米大統領が再選
10年ぶりに中国指導部が交代
衆議院解散、総選挙へ
その他