SANKEI EXPRESS「国際政治経済学入門85」11月16日付け「人民元が国際通貨になる日」を加筆。
ワシントンでは日米欧の主要先進国と中国など新興国の合計20カ国によるG20緊急金融サミット(首脳会議)が14,15の両日開かれた。会議の主要テーマは米金融バブル崩壊が引き起す世界景気への衝撃をいかにやわらげるかだが、死に体のブッシュ大統領が議長の会議ではまだ金融危機後の新国際通貨秩序までは本格的な論議はできない。それでも、水面下では基軸通貨ドルをめぐって新興国を巻き込んだ攻防が幕開けたはずである。
まずその目で金融サミット共同宣言の骨子をみてみよう。
(危機の原因)
・市場参加者やいくつかの先進国の政策・規制当局で適正なリスク評価をせず
・一貫性と調整のないマクロ経済政策と不十分な構造改革
(とるべき措置)
・即効的な内需刺激の財政施策の活用
・IMF、世銀などが十分な資金基盤確保
(金融市場改革の原則)
・透明性および説明責任強化
・健全な規制の拡大
・市場の公正性促進
・国際連携強化と国際金融機関改革
(閣僚らへの指示)
・来年3月31日までに実行すべき行動などを「行動計画」に規定
・財務相に対し、国際会計基準の見直しやデリバティブ(金融派生商品)市場の透明性強化、国際金融機関の権限などについて追加提言を要請
・来年4月30日までに再会合
以上だが、これではフランスのサルコジ大統領がワシントンに出発する前の13日、パリのエリゼ宮(大統領府)での演説で「ドルは第二次大戦終結直後には世界で唯一の(基軸)通貨だったが、もはや基軸通貨だと言い張ることはできない」との威勢はどこに行ったのかと疑問に思われるかもしれない。欧州統一通貨ユーロは確かに、金融商品バブルのあおりで対ドル、対円相場とも急落しているから、サルコジのカラ元気だと。
だが、声明はきれいごとでも、首脳達のお茶飲み話であるはずがない。厳しい国益を賭けた深謀遠慮の産物のはずである。
ドル金融覇権の行き詰まりだとの欧州側の見方は揺るぎないだろう。抽象的でわかりにくいが、宣言に一貫している金融商品に対する規制や透明性の強化という方向に欧州の意図が反映している。その具体化は4月の次回金融サミットまで待たなければならない、ということはオバマ次期政権がどう対応するかにかかってくる。
9月中旬の「リーマン・ショック」後、ドルの金融商品バブルがはじけたために、それらを清算してドルの現金に換えようとするパニックが欧州を中心に世界に広がった。ドル資金需要が爆発的に増え、ドル高・ユーロ安に転じた。ドルの最後の貸し手、米連邦準備制度理事会(FRB)のドル資金供給残高は通常なら年間でも二、三百億ドル程度しか増えないのに、この2ヶ月間で1兆1700億ドルも増やした。この資金の多くは安全資産である米国債に向かっているが、いつ大量破壊兵器に化けるかわからない。
独仏などは証券化、レバレッジ(借り入れによる投資規模肥大化)、金融派生商品(デリバティブ)を規制すべきだと、提唱してきた。中身はともかく、一般的な規制強化にはオバマ次期政権の金融財政アドバイザーのボルカー元FRB議長も基本的に同調している。この規制問題は実はドル覇権体制の根幹を揺さぶる可能性を秘めている。規制が強化されると、証券会社や投資ファンドが中心になって膨大な金融商品を創出し、世界の銀行や投資家から余剰資金を集めてきたウォール街モデルは撤退、縮小を迫られる。するとかつては流動性と収益性に富んだドル金融市場の魅力は薄れ、産油国や新興国のドル資産離れに拍車がかかるだろう。石油のドル支配をユーロが崩すチャンスがくる。
ユーロ圏としてはあせることはない。とりあえずはワシントンG20金融サミットで中国など新興国に同調を働きかけ、ドル金融商品膨張のメカニズムを封印させ、ドル覇権にくさびを打ち込むのがユーロ圏の深謀遠慮だろう。
では、ドル資産の保有大国、日本と中国はどうするか。日中間ではすでに10月24日、北京での首脳会談でドルを基軸通貨とする現行体制の安定維持のための協力で中国側と一致した、とされる。
だが先に布石を打ったのは中国である。1200億元相当の企業向け減税を柱とした内需拡大策10項目をまとめ、2010年までに4兆元(57兆円)を投入するという緊急経済対策を打ち出した。内容は今一つはっきりしないが、アナウンスメント効果は抜群で、中国は一躍「世界の工場」から「世界の市場」へと豹変しそうな印象を世界の金融市場に与えている。ワシントンのサミットでも中国の胡錦濤党総書記・国家主席は57兆円で米欧の首脳に大きな顔をみせるのに成功した。
日本国内には「内需拡大を装ったばらまき」、と一笑に付す向きもあるが、それでは判断を誤る。新興国、発展途上国全体を代表して先進国に発言するという周恩来以来の中国外交の一環である。中国の狙いはそればかりではない。この機を生かして人民元を国際通貨として世界に認めさせることである。国際通貨の地位を得られると、中国企業や個人は人民元で貿易や資産取引を決済できるようになる。特に華人ネットワークが経済を支配するアジアでは人民元が一挙に円に代わる標準通貨になりうる。輸出面ばかりでなく、輸入市場の大国になれば、外国資本は人民元を兌換通貨として認めざるをえなくなるだろう。
これまでのところ、中国は資本の流出入を制限してきた。このために、中国大陸外で人民元の現金や人民元建て資産が取引できるのは主に香港に限られていた。しかし、規制の網をくぐり抜けて、巨額の投機資金が中国大陸を出入りしている。中国当局は人民元の対ドルレートを管理変動させているために、人民元相場は極めて安定している。株価や不動産価格が急落していても、投機家は安心して人民元建ての預金を中国の国有商業銀行に預ければよい。おまけに中国の家計の貯蓄率は50%にも上り、中国には人民元の現金があふれている。
中国の外貨準備は9月末に1兆9000億ドルを超え、主要先進7カ国(G7、米国・日本・英国・ドイツ・フランス・カナダ・イタリア)の合計を抜き去った。その約3分の2がドル資産で運用されている。米国は中国の協力がなければドルや債券市場を安定させられない。しかも、中国は、毎月300億〜400億ドルもの外準増加分を従来通りの比率でドル債に投資するかどうか、ワシントンは気をもんでいる。
人民元を一挙に国際化させるウルトラCのシナリオは、人民元建て米国債である。米国は豊富な人民元を米国債で調達する。米国債は世界でもっとも信用度が高いわけだから、人民元建て債券は世界で流通するようになる。米国政府のお墨付きで人民元の使い勝手はよくなり、人民元を決済通貨として選好する動きが特にアジアでは広がろう。日本企業も人民元を持たないと中国ビジネスができなくなるかもしれない。
麻生太郎首相は国際通貨基金(IMF)に10兆円の資金を提供して新興国を支援することが国際貢献と自讃する。日米同盟堅持の立場から「ドル基軸体制」の崩壊を防ぐ、という政治的選択しかないのは事実だが、国際通貨体制が多様化するという世界経済のダイナミズムの現実のなかで、ドルに対する円をどう位置づけ、地位を高めて日本の国益を追求するか、というぎりぎりまで脳髄を絞り込んだふしがまったくみられない。
金融サミットは円の落日の始まりかもしれない。
ちなみに国際的な通貨表示で日本円は¥、人民元も¥。中国語で円(圓)と元はもともと同じ意味である。
by ~こめんとするあほぅ…
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