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政治
やはり「迷惑オバサン」だった? 田中真紀子大臣の功罪とは
2012.12.29 12:00
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「正月は“老婆の休日”を楽しみたい」。最後まで“真紀子節”で職員を笑わせながら、田中真紀子前文部科学相が27日、文科省を去った。合理的理由もなく、3大学の新設をいったん不認可とする前代未聞の騒動を巻き起こし、衆院選で落選すれば、自身の不徳は棚に上げ「独り善がりに自爆テロ解散」と一国の総理を批判する。任期3カ月弱。真紀子大臣とは何だったのか。
「充実した素晴らしい日々、わが人生最高、私は本当に文部科学大臣になりたかった人間なんです。その夢を実現してくださったという意味で野田(佳彦)総理には尊敬、感謝しております(笑)」
真紀子氏は27日の職員への退任あいさつで野田前首相を皮肉って笑いを取り、3カ月弱の任期を終えた。
真紀子氏は10月1日、野田第3次改造内閣の文科相に就任した。旧科学技術庁長官や外相時代、官僚との衝突を繰り返した失敗体験からか、就任会見では官僚を「日本の知的財産」と持ち上げた。
就任1カ月間は、会見で自らの考えを訴えたそうな質問に対しても「それは総理のご判断」と発言するなど、歯にきぬ着せぬ“真紀子節”を封印した。
「細かいことを言わないし、職員への気遣いもある。マッキーは最高!前の大臣より仕事しやすいかもしれない」とまで言う文科省幹部もいたほどだ。
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