医療分野でのデータ利活用はどのような未来をもたらすか

デジタル・フォレンジック研究会「医療」分科会

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2012/05/07 10:00
吉田 育代=フリーライター
東京大学政策ビジョン研究センター 学術顧問 森田朗氏
東京大学政策ビジョン研究センター 学術顧問 森田朗氏
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東京大学政策ビジョン研究センター教授 秋山昌範氏
東京大学政策ビジョン研究センター教授 秋山昌範氏
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日本ヒューレット・パッカード 個人情報保護対策室室長 佐藤慶浩氏
日本ヒューレット・パッカード 個人情報保護対策室室長 佐藤慶浩氏
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新潟大学大学院実務法学研究科教授 鈴木正朝氏
新潟大学大学院実務法学研究科教授 鈴木正朝氏
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 4月20日、東京大学の伊藤国際学術研究センターで「医療情報の利活用及び保護とデジタル・フォレンジック」をテーマに、デジタル・フォレンジック研究会 医療分科会の第9期第1回シンポジウムが開催された(特定非営利活動法人デジタル・フォレンジック研究会、東京大学政策ビジョン研究センター共催)。「医療」分科会ではこれまで、医療分野におけるデジタル・フォレンジックの必要性と技術適用のあり方を、個人情報やプライバシー情報の利活用と保護の観点から議論してきた。今回は、医療分野におけるデータの取得と活用が、どのような未来をもたらし得るかという考察を主眼に置いた。
 

“政策のための科学”としてのIT活用に期待

 シンポジウムは二部構成になっており、第一部では、特別講演者として東京大学政策ビジョン研究センター 学術顧問 森田朗氏が、「エビデンスに基づいた医療政策決定のために」をテーマに演台に立った。

 森田氏は、「行政、すなわち政策推進とは、まさに情報処理に他ならない」と明言した。情報の作成、複製、収集、保存、伝達、照合、分析、判断という一連のプロセスを経て意思決定がなされるが、IT導入以前これらはすべて手作業で行われていたため、特に複製、保存、伝達といったプロセスでは非常に時間を要した。しかし、ITを導入することで、このような手作業の限界を克服でき、大量データ(エビデンス)の収集・分析、課題の究明と解決策の提案、決定の前提となる選択肢の提示、パターン化された事案における決定の自動化などが行えるようになる。最終的な価値判断そのものは人間が行うべきだが、その手前、選択肢を収束するあたりまでは、ITを活用することでプロセスを迅速化、高品質化できると強調した。

 また同氏は、IT活用は、医療に特化した観点からも、各患者に対する医療の質向上というミクロの視点から、医療機関のサービス最適化、地域医療資源の管理、ひいては医療政策・制度の改善といったマクロの視点まで、エビデンスに基づいた医療政策決定を後押しすると訴えた。「医療の地域連携強化が求められているが、今のところどうすればどれだけの効果を上げられるかを測る方法がない。しかしIT活用で、その時点で最適な資源配分が行えるようになるだろう」(森田氏)。

 加えて、現在は全数データを収集して、テキストマイニングなどの手法を用いて分析することに可能になってきた、と指摘。「最適な医療政策決定、医療資源配分というレベルまで、到達できるのではないか。少なくとも、実行しても意味がないと思われる政策は排除できるだろう。全体最適としての最適性をどう判断するかについては真剣な議論が必要だが、経験や思いつき、勘に頼った従来の政策決定から一歩先に進むことができる。“政策のための科学”としてのIT活用に期待したい」と話を結んだ。
  

今日の“複雑系”医療にデータの全数分析は必須

 続く第二部は3人が登壇した。最初は、東京大学政策ビジョン研究センター教授 秋山昌範氏だ。同氏は冒頭、「現代日本では、医療の高度化によりがんのような致死的疾患でも死亡確率が下がってきた。そのかわり糖尿病や高脂血症など別の重大疾患を発症、複数の疾患を持ちながら長生きする時代になった」と語った。これを秋山氏はダブルイッシュー、トリプルイッシュー問題と名付け、従来型の専門医ではなく総合医が対峙する必要があると主張した。これらの問題はこれまで誰も経験していないため、何よりもエビデンスを総合医が治療の裏付けに用いるべきは、というのが秋山氏の主張だ。

 秋山氏は、ある大学病院で記録されたインシデントレポート2万件を素材に、最新のネットワーク分析によるデータマイニングを行ったケースを紹介した。まったく標準化されていない自由文であったにも関わらず、分析結果には、転倒・転落事故グループ、内服薬グループ、注射薬グループなどと、はっきりとしたクラスタリングが形成されたという。

 「現在のIT技術があれば、データマイニングの専門家でなくても、ここまでできる。ランダムサンプリング調査では分からなかったが、母集団が正規分布されてない偏りがある集団だからだ。今日医療は複雑系になった。誤差のない分析結果を得て、それを治療に正しく活用するために、データの全数確保、全数分析はもはや必須である」と秋山氏は語り、医療の分野においては、プライバシーを保護しつつ、医療情報の前向きな利活用を考える時期に来ている、と力強く訴えた。
 

医療個人情報が持つ重みへの理解と自覚が重要


 
 日本ヒューレット・パッカード 個人情報保護対策室室長 佐藤慶浩氏は、「IT戦略の中に情報セキュリティ対策を位置付けることの重要性」と題して講演した。佐藤氏は、「医療のIT化によって患者の個人情報がシステム内を飛び交うようになり、情報セキュリティの重要性が取り沙汰されているが、まずはIT戦略をきちんと策定することが先決。その中で情報セキュリティを議論すべき」と語る。また、情報セキュリティという狭い枠組みでの人材育成は部分最適解に過ぎず、IT人材全員に良質の情報セキュリティ教育を施すことの方が重要だと主張した。情報セキュリティ産業とのビジネスについても、注意を促した。「“1%なら情報が漏えいしても経営上問題ない”といった、彼らの投資対効果概念に基づいた常識は医療の世界では通用しないので、振り回されないようにすべき」(佐藤氏)。

 次に、新潟大学大学院実務法学研究科教授 鈴木正朝氏が、「個人情報保護法制におけるマイナンバーと医療個人情報」というタイトルで講演した。現在、導入が議論されているマイナンバー制度が個人のプライバシーをどのように侵害する危険があるかについて、情報の悉皆性、唯一無二性という点で類似している携帯電話の携帯IDの例を挙げて詳細に説明した。

 それによると、携帯IDは個人情報保護法の下では個人情報ではないとされるが、複数のIDが他の企業に転売され、そこでの購買履歴などといっしょに別の企業がその携帯IDを一括収集すると、単に数字の羅列にすぎなかった携帯IDに個人を特定しうる情報が集積する可能性があるという。鈴木氏は、医療個人情報がそのような扱いの対象になることを避けるためには、再度個人情報保護法を精査し直すと同時に、プライバシー関連の法律について立法化を考える必要があると訴えた。

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発行日:2012年11月21日
ページ数:232ページ
編集:日経エレクトロニクス、デジタルヘルスOnline
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