フランスの歴史問題
683 Reply フランスの歴史問題と日本とドイツ 梶村太一郎 2005/12/24 01:49
みなさんご無沙汰しています。梶村です。
静かなクリスマスを前にしたベルリンの冬至の日に、少し長い投稿をさせてください。
先月、フランス各地で移民系の若者たちの暴動が起こりましたが、22日の毎日新聞にあるパリの福井記者の記事は非常に優れたものだと思います。日本と同じ構造であることを追求しています。
長い記事ですので、毎日の電子版で読めますので、まづこれをお読み下さい。
そのうえで私の考えを述べます。
毎日新聞 2005年12月22日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/news/20051222ddm007030051000c.html
さて、この記事に関しての私の考えです。
この「暴動」の時期に私はちょうど日本におり、「ドイツにも飛び火しないか」との問いに「あり得ない」と否定しました。
その根拠は旧植民地との関係が異なるからです。ドイツは第一次世界大戦で植民地をすべて喪失したため、この問題から免れているからです。(しかし、そのためにナチスの極端な侵略膨張政策が生じ、もっと大きな民族虐殺と戦争犯罪の問題を抱えることになりました。)
ご存知なようにドイツもフランスと同様に多くの移民を抱えています。しかし大半は出稼ぎ労働者の子孫であり、亡命者であって、旧植民地出身者はほぼいません。したがって、ライン川沿いのフランスの街で、アルジェリアやモッロッコ系の若者が車に放火しているとき、車で橋を渡ってわずか30分の対岸のドイツの街では、同じ北アフリカ系の若者が(フランス内と同様に失業者も多いにもかかわらず)静かに生活しているのは、植民地を巡る歴史認識がいかに根深いものであるかを物語ると言えます。したがって問題はフランスだけでなく西ヨーロッパの英国、オランダ、ベルギー、スペインなどの旧植民地大国が共通して抱えている大きな問題です。
もちろんドイツにも移民が抱える問題は多くあります。しかし根本的には植民地の歴史認識の問題ではありません。この国には自国の植民地出身者に対する差別はほぼ存在しないからです。とはいえ、この問題でドイツのメディアも「ドイツでは起こらないだろうか?」とベルリンの移民たちの多い地区での取材をした報道が多くありました。「ドイツ社会に適応できない移民系の若者たちは多いので、放置しておくとフランスのようになっても不思議ではない」といった意見が多くありました。だが、他方で発展途上国からの移民には「ドイツの方が住みやすい」との声は強いのです。アラブ系の若者を排除しようとするディスコなどは、たちまち役所から営業停止処分で脅かされますし、報道もされます。人種差別には非常に神経をつかう社会なのです。これがナチスの人種差別への厳しい反省から来ていることはいうまでもありません。
このように、この問題に関して川ひとつを挟んで、二つの社会がほぼ対照的であることを
考えてみると、次のようなことに気付きます。
日本は、まずは八紘一宇の歴史観が引き起こした差別と戦争犯罪の過去を厳しく自問する
歴史認識もなければ、また朝鮮、中国での植民地主義の歴史を厳しく問いつめた経験も無い国であるということです。すなわち、ドイツが官民を挙げて自省し続けている歴史認識も、フランスが直面している植民地問題も、あたかも自国史には無かったかのように、またはあったとしても過去のことであると錯覚しているのが日本であるということです。
小泉政権下で日本は孤立を深め、冬至のように暗い閉塞した社会になっています。しかし、
本格的な厳冬は冬至の後に来るものです。
「どこよりもダメな日本」が、そろそろ世界共通の認識になってくる時代はこれからです。
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○毎日新聞 2005.12.22
フランス:歴史問題 世論二極化、対立する社会−−植民地支配めぐり、日本と同じ構図
◇植民地支配の評価めぐり、日本と同じ構図
フランスで北アフリカなどの植民地支配の評価を巡る歴史認識の問題が論議を呼んでい る。移民系若者による今秋の暴動を受け、過去の植民地政策を肯定的に評価した法律に歴史家、野党などから批判が集中、「政治が歴史をどう扱うべきか」の議 論に発展している。日本の教科書問題にも共通する課題が指摘されている。【パリ福井聡】
問題の発端はシラク大統領の支持母体である保守与 党「国民運動連合」(UMP)議員が提出、今年2月に成立した帰還者支援法。同法第4条はフランスの植民地支配について「学校の教育課程は海外、特に北ア フリカでフランスの存在が果たした肯定的な役割を認める」と記している。
法案を提出したUMPのクリスチャン・バネスト議員は「1962 年のアルジェリア独立時に帰還した同国生まれのフランス人と、フランス側に立って戦ったアルジェリア人を念頭に提案した」と説明している。しかし、今年 10〜11月の暴動を機に移民系住民から批判が上がり、野党の社会党、共産党も批判を開始、条項撤回を要求した。
アルジェリアのブーテフ リカ大統領は「フランスには(アルジェリアを植民支配した)1830〜1962年の間に拷問、殺害、破壊したことを認める以外の選択はない。(法律は)わ が国のアイデンティティーを無にしようとした」と反発した。今月初めにはカリブ海の仏海外県マルティニクとグアドループの住民が抗議デモを繰り広げ、外遊 を予定していたサルコジ内相(UMP党首)が直前になって取りやめに追い込まれた。
歴史学者のピエール・ビダルナケ氏は「日本では第二次大戦中の中国での旧日本軍の責任を教科書がわい小化しているケースがある。法律で植民地支配を積極的に評価すればフランスも同じような形となる」と批判した。
これに対しシラク大統領は今月9日、事態の沈静化を目指し「フランスには『官製の歴史』はない。歴史を解釈するのは議会の仕事ではなく歴史家のものだ」と 演説した。大統領は議会諮問委員会に3カ月後に調査結果を出すよう求め、ドビルパン首相もそれを踏まえて対応を決める構えだ。
しかし、 「『官製の歴史』はない」との政府認識がさらに物議を醸し、仏議会がこれまで成立させた(1)ナチスによるホロコーストの史実を否定する言動を禁じる法律 (90年)(2)トルコで起きたアルメニア人殺害を民族虐殺と非難する法律(01年)(3)奴隷貿易を人類に対する犯罪と位置付けた法律(同)−−につい て、歴史家から疑問が投げかけられている。
歴史家のフランソワ・シャンダナゴー氏は「(1)は良い法律だが、インターネット上への匿名の 書き込みは規制できない。(2)は他国の歴史に関するもので極めて政治的だ。(3)の奴隷貿易は『15世紀以降、欧米大陸間で』との条件付きであり、政治 的な内容だ」と指摘する。
植民地支配の歴史は支配者と被支配者の側で認識が180度異なる。歴史認識論議の高まりは、移民系若者の暴動をきっかけに被支配側の視点に目を向けざるを得なくなったフランスの事情を反映している。
◇フランスの歴史教科書
アルジェリア植民支配について旧宗主国フランスの歴史教科書の記述は先入観が強いわけではない。マ二ヤ社の高校教科書は「植民地支配により伝統社会の破壊が進み、人種的偏見の概念ももたらされた」と表記、仏政府軍が囚人を繰り返し拷問していた証拠も記載している。
高校で歴史を教えるアラン・ジャべロ教諭は「フランス側に厳しい見方を教えることを避けてはいない。だが、アルジェリア戦争は仏社会で非常に大きな比重を 占めている。戦争にかかわった人がなお多く生存しており、すべてを率直に教えるというわけにもいかない」と植民地支配の扱いの難しさを語る。
元歴史教諭のローラン・ビクト氏も「私や他の教師は80年代に教壇でアルジェリア戦争を教え、拷問にも、双方の暴力にも触れた。しかし、教育課程は教師の裁量に任され、教えるのが困難と判断すれば省くこともできる」と指摘している。【パリ福井聡】