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時論公論 「韓国 初の女性大統領」2012年12月19日 (水)
出石 直 解説委員
ニュースでもお伝えしておりますように、韓国の大統領選挙は、政権与党保守のパク・クネ氏が当選を確実にし、韓国で初めての女性大統領が誕生することになりました。
核やミサイル開発を続ける北朝鮮と どう向き合うのか、竹島や慰安婦の問題で冷却化している日韓関係を どう立て直すのか。パク・クネ氏の国づくりを展望します。
勝利を確実にしたパク・クネ氏は、先ほど、党本部に姿を見せ支持者からの声援に笑顔で応えていました。
パク・クネ氏は60歳。「ハンガン(漢江)の奇跡」と呼ばれる経済成長を成し遂げた故パク・チョンヒ大統領の長女です。22歳の時に母親を暗殺で失ってからは、母親に代わってファーストレディー役を務めました。その父親も部下に暗殺されるという悲劇を経験しています。
5年前の大統領選挙では、予備選挙でイ・ミョンバク大統領に敗れましたが、満を持した今回は保守の統一候補として着実に支持を固め、野党候補のムン・ジェイン氏を破って勝利を確実にしました。来年2月には女性として初めての大統領に就任します。
パク・クネ氏はどんな国づくりを目指しているのでしょうか。
私は「対立を乗り越えた融和」、これがパク・クネ氏の目指す政治と見ています。
分断国家である韓国は、多くの葛藤、対立を抱えています。
▽軍事境界線を隔てて対峙する北朝鮮との南北間の葛藤、
▽東のキョンサン道と西のチョルラ道との間の長い地域対立、
そして▽豊かな層と貧しい層の間の葛藤です。
▽保守の支持は、豊かな層とキョンサン道に多く、北朝鮮には強硬な立場です。
▽逆に革新陣営は、貧しい層や労働者階級、それにチョルラ道からの支持が多く、北朝鮮には融和的な立場です。
こうした複雑に絡み合った構造的な葛藤が、保守対革新という長年の政治対立を生んできました。
選挙戦を通じて「国民統合」というキャッチフレーズを何度も繰り返したパク・クネ氏は、
こうした長年の対立を解消し、国民の心をひとつにまとめる融和的な政治を目指しているように見えます。
次にパク・クネ氏が選挙戦で訴えた政策を詳しく見ていきます。
まず南北関係です。ちょうど一週間前、北朝鮮は、事実上の弾道ミサイルの発射に踏み切りました。パク・クネ氏は、「選挙への介入であり世界に対する挑発だ」と北朝鮮を厳しく非難、核やミサイルの開発を止めるよう求めました。
しかし強硬路線一辺倒というわけではありません。10年前にはピョンヤンを訪問してキム・ジョンイル総書記と単独会見していますし、中国との間にも太いパイプがあることが知られています。「対話を通じた信頼醸成」を強調するなど柔軟な姿勢も伺えます。
次に経済政策です。今回の選挙でパク・クネ氏は「経済の民主化」を公約の中心に掲げ、弱者の救済と格差の解消を訴えました。外からは好調に見える韓国経済ですが、サムスングループの売上げだけでGDPの2割を占めていることに象徴されるように、その成長の姿はいびつです。一方で高い教育費や住宅費、「潤っているのは大企業だけで庶民の生活は一向に良くならない」という不満が国民の間に広がっています。
パク・クネ氏は政権与党ではありますが、イ・ミョンバク大統領の経済運営を「大企業寄り」と厳しく批判、中小零細業者など社会的弱者に対する福祉の充実を訴えました。
大学授業料の負担軽減など身近な公約を掲げ、大企業や富裕層といった従来の支持層に加えて、中間層への働きかけに力を注ぎました。
そこには、大企業が牽引する従来型の成長モデルだけではなく、中間層の底上げを図ることで成長の恩恵を国民全体で享受しようという、パク・クネ氏の政治理念が見て取れます。
次に地域対立です。パク・クネ氏は、出身地のキョンサン北道では圧倒的な得票をしており、今回の投票結果を見ても、東は保守、西は革新という従来の投票パターンに大きな変化はありません。ただソウルとその周辺の首都圏だけで有権者のほぼ半数を占めるまでになっており、地域ごとの得票は以前ほどには大きなファクターにならなくなってきています。チョルラ道の出身だった故キム・デジュン大統領の陣営から政策スタッフを招き入れるなど、地域融和にも配慮を示しました。
ここまで見てきましたように、パク・クネ氏は、伝統的な保守の立場を踏襲しながらも、南北間の対立、地域対立、富裕層と貧困層の葛藤といった韓国社会が抱えている対立要素を解消することによって、保守、革新の枠にとらわれない政治を目指していると総括できるのではないでしょうか。
こうしたパク・クネ氏の政治理念と、韓国に経済発展をもたらした父親のパク・チョンヒ大統領への追憶、政治家としての15年の実績、クリーンなイメージなどが相まって、広汎な支持につながったものと見られます。
逆に革新陣営は、一時は第3の候補として注目を集めたアン・チョルス氏が選挙戦直前で立候補を断念、一本化をめぐるわだかまりが最後まで解消できませんでした。
国民の融和を訴えたパク・クネ陣営とは対照的に、政権交代を全面に押し出した対決姿勢で選挙戦に臨みましたが、及びませんでした。
最後に日韓関係について考えます。
イ・ミョンバク大統領の竹島上陸以来、首脳レベルの交流は途絶えています。大統領の交代がよいきっかけになればと期待したいところです。パク・クネ氏は日韓関係の重要性は強調しています。その一方で領土や慰安婦の問題では「譲歩しない」と断言しています。
韓国では、先日の日本の衆議院選挙の結果を受けて、「日本が領土や歴史問題で強硬姿勢に転じるのでは」という警戒感が広がっており、大統領が代われば日韓関係は良くなるだろう という安易な期待は禁物と考えます。
日本と韓国が国交を正常化させてから2015年でちょうど50年になります。パク・クネ氏の任期は2018年までですので、当面はこの2015年を目標に、相互の信頼関係をひとつひとつ回復していく地道な努力が日韓双方に求められると思います。
私は前回の大統領選挙と政権交代をソウルで取材しました。韓国は大統領が代われば大統領府のスタッフはもちろん、各省庁の幹部クラスもがらりと交代します。まったく別の国になるといっても過言ではありません。
保革一騎打ちとなった今回の選挙結果を受けて、韓国社会の対立がさらに先鋭化するのか、
それともパク・クネ氏が目指す国民融和の方向に向かうのか、大統領としてのリーダーシップが問われるところです。
ことし、ロシア、フランス、アメリカ、中国、そして日本と続いた新しい指導者選びは、きょうの韓国大統領選挙で一区切りを迎えました。ことしはまた北朝鮮のキム・ジョンウン体制が発足した年でもありました。新しい指導者を迎えた世界が果たしてどの方向に向かうのか、来年2013年も激動の年になりそうな気配です。
(出石 直 解説委員)