時論公論 「揺れるプーチン体制」2012年12月20日 (木)

石川 一洋  解説委員

今年五月大統領に復帰したプーチン大統領は今月、今後6年間の施政方針を明らかにする大統領復帰後初めての年次教書演説を行いました。
<VTR>
「多民族国家ロシアの強固な結び目はロシア民族であり、ロシア語であり、ロシア文化だった」

年次教書演説などでプーチン大統領はロシアの独自性を重視する保守主義の路線を取ることを鮮明にしています。一方側近をも巻き込む汚職の拡大が体制を揺るがしています。
きょうは大統領が国民の疑問にどこまで答えたのか、そして日本の政権交代を受けて日ロ関係はどのように進むのか、考えてみます。
 
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年次教書演説、そして今日の内外記者会見を聴きまして、私が注目したのは、ロシア伝統の保守主義への回帰、広がる汚職・腐敗に対して綱紀粛正、日本との関係の三点です。
 
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★まず保守主義への回帰です。
プーチン大統領はロシアを前進させるためには倫理と価値観の復活が不可欠だとして、ロシアの伝統的な価値観、集団性であるとか、道徳性であるとか、いわばロシア正教に根ざした欧米とは異なる価値観を強く打ち出しました。多民族国家ロシアをまとめるロシアという存在もこれまでになく強調しました。
2000年代は混乱から安定に導く時代であり、今回の任期では安定した革袋の中にロシアをまとめる新たな理念、イデオロギーを注ぎ込むこと、国の父、国父としての役割を目指しているように見えました。
 
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政治家としてのプーチン大統領の長所は、ポピュリストとして国民の望む政策を先取りし、自らイニシアチブを取ってきたことです。2000年混乱したロシアにプーチン大統領が登場したときに訴えた安定と法の支配はまさに国民の心を捉えました。
その後の年次教書でも2003年の所得倍増政策、2005年の出生率向上、こうした国民の希望を先取りする政策を打ち出すことによって求心力を高め、高い国民の支持がプーチン大統領の権威の源泉となってきました。
 
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では今回の年次教書、ロシアの伝統に基づく保守主義への回帰は国民の心を捉えるでしょうか。私は疑問に思えます。2000年に登場したときの新鮮さはすでに失われ、12年に及ぶプーチン体制そのものの停滞、腐敗に対する批判が強まっているからです。

★体制に対する国民の批判にどうこたえるか、プーチン大統領がとりわけ力を込めたのが綱紀粛正です。年次教書演説の中でも政治家と官僚およびその家族が国外に口座を持つことを制限し、さらに海外の不動産を取得した場合にはその収入の原資を明らかにするよう求めました。
 
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ロシアでは先月、セルジュコフ国防相が汚職事件に関与していたとして国防相を解任されました。セルジュコフ氏はプーチン大統領によって抜擢され、軍改革を断行した側近で、この五月、大統領の求めで留任したばかりでした。
 
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テレビで大々的に報道される国防省スキャンダル。セルジュコフ前国防相の側近グループが軍の管理する土地や建物などの売却に伴い、巨額のキックバックを受け取っていたという汚職事件では、国防相の愛人と言われる容疑者の豪華な生活、モラルの低下などが次々と明らかになりました。
これまでも汚職の摘発はありましたが、プーチン大統領の側近にまで捜査の手が伸びたことはありませんでした。仕事をして忠勤に励めば多少の腐敗には目を瞑るというのがプーチン流でした。
今回、側近も関与した汚職摘発は、エリート層にゲームのルールが変わったことを示し、一罰百戒、同時に国民の支持を回復しようとしたものでしょう。しかし国民の反応は冷ややかです。
 
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 政権に近い戦略研究センターもこの秋、継続調査の結果として、多くのロシア国民は「プーチン体制は国民の利益よりも自らの利益、自らが豊かになることを目的にしている」と考えているとの調査結果を発表し、国民不信が深く広く広がっているとして、警鐘を鳴らしています。
 
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ただプーチン大統領にとって幸いしているのは野党、反プーチンの側が抗議の声を上げるだけで、具体的な対案を示せず、弱体化していることです。
 
国民の求心力を取り戻すためには自ら政治改革を主導するしかありません。内部では憲法改正を含む政治改革を自ら提案することが検討されました。しかし慎重な政治家としてのプーチン大統領は安定を重視し、思い切った政治改革には踏み切りませんでした。その点で中途半端な印象を与え、国民不信、疑問に対する答えとなっておらず、イニシアチブを取り戻すことはできなかったと私は見ています。
 
★さて総選挙の結果、日本では総選挙で自民党が大勝し、安倍総裁が5年ぶりに総理に復帰することになりました。
日ロ外交の見通しはどうでしょうか。
安倍総裁が総選挙後の記者会見で「ロシアとの関係は重要だ。ロシアとの関係を改善し、領土問題を解決して平和条約を締結したい」と述べたことを念頭にプーチン大統領は20日の内外記者会見で「領土問題について日本との建設的な対話を期待している。新たな与党の指導者からは平和条約締結への意思が示された。これは重要なシグナルで高く評価する」と述べて安倍新政権のもとでの日ロ関係改善に強い意欲を滲ませました。
 
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 プーチン大統領は野田総理を1月後半ロシアへの公式訪問に招待していました。合意文書についての話し合いも進んでいます。ただ安倍総裁はまずアメリカとの関係の再構築を最優先として、一月後半にアメリカを訪問する意向で、ロシア訪問はその後ということになるでしょう。また公式訪問でもあり、これまでの準備されたものに加えて新たな安倍色を加えたいとの考えもでてくるでしょう。
 
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 ただ私は対ロシア外交については政権交代にも関わらず、大きなタイムラグはなくスムーズに軌道に乗せることもできると見ています。
今の対ロシア外交の基本は、安倍氏が総理大臣だった時にプーチン大統領に提案したエネルギー分野など極東東シベリア地域における日ロ協力の強化・安倍イニシアチブが基本となっているからです。当時の戦略は安倍長期政権を見込んでロシアをアジア太平洋に迎える中で戦後政治の総決算として北方領土問題の解決を目指したものでした。
安倍氏は総理としてプーチン大統領とは三度会談し、プーチン大統領個人の安倍氏に対する評価も「日ロ関係改善に意欲を持った政治家」として悪くないはずで、全くゼロからのスタートとはならないでしょう。
 
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 この五年間で日ロ関係の基盤が強化された点もあります。一つは経済面です。日本企業の進出も欧州部だけでなく極東でも自動車の組み立て工場など着実に進んでいます。さらにプーチン大統領は最近、東シベリアのガス田を開発してウラジオストクまで3200キロの大ガスパイプラインを建設し、ウラジオストクから液化天然ガスとして日本などアジア太平洋諸国に輸出する構想を決定しました。
また中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国となり、周辺諸国への影響力拡大に努めています。北東アジアでの戦略的環境も大きく変化し、その面での日ロの戦略的な協力の必要性が両国にとって高まっています。ただ日中の尖閣諸島の対立を利用してロシアが足もとを見てくる恐れもあるでしょう。
 
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 しかしプラス面ばかりではありません。5年前の2007年9月、突然の総理辞任はその後の日本の総理の一年おきの交代、日ロ関係混迷の引き金となりました。この間とうとう大統領が北方領土を訪問するという最悪の状況に陥り、島の軍の近代化や来年を目処に択捉島に国際空港の建設を進めるなど北方領土のロシア化を進めています。
 
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このためロシア側は安倍政権がどの程度安定するのか注視してくるはずですし、安倍新政権としては、プラス面はあるものの領土交渉についてはより厳しい現状を直視してプーチン大統領と交渉をスタートさせなければなりません。
保守的な傾向を強め矛盾に満ちたプーチン体制ですが、プーチン大統領はユーラシア国家としてのロシアの存亡のカギは極東シベリアの開発であり、アジア太平洋に向けた離陸であると考えています。 安倍新政権としても早期に首脳会談を行い、日ロの本格的な平和条約交渉を軌道に乗せる必要があるでしょう。

(石川一洋 解説委員)