<< 前の記事 | アーカイブス トップへ | 次の記事 >>
時論公論 「検証『アラブの春』から2年」2012年12月24日 (月)
出川 展恒 解説委員
【問題提起】
いわゆる「アラブの春」と呼ばれる出来事が始まって2年になります。
おととしの暮れ、北アフリカのチュニジアで、
1人の若者が焼身自殺したのをきっかけに、
長期独裁政権の腐敗や若者の失業問題に怒った民衆の抗議デモが起きました。
政権はあっけなく倒れ、
同じような問題を抱えたアラブの国々に、民衆の抗議運動が広がり、
エジプト、リビア、イエメンで、長期独裁政権が崩壊しました。
「アラブの春」と言いますのは、欧米のメディアが、
アラブ諸国に欧米流の民主主義が広がることへの期待を込めて、
勝手に名づけたものですが、
その後のアラブ世界は、「春」という言葉が持つ、
希望に満ちたイメージとはかけ離れた、厳しい現実に直面しています。
なぜ、そうなったのか。エジプトとシリアを例に考えます。
【エジプト 民主化の行方】
まず、エジプトは、ムバラク政権の崩壊後、最大の危機を迎えています。
モルシ大統領を代表とする「イスラム勢力」と、それに対抗する勢力との間で、
新しい国づくりをめぐって、国を二分する激しい対立が起きているのです。
「イスラム勢力」の主導で、今月15日と22日、
新しい憲法の草案の賛否を問う国民投票が行われました。
反対派による大規模な抗議デモもありましたが、投票はどうにか終了し、
投票総数の60%以上の賛成で、新憲法が成立する見通しです。
しかし、反対派は、国民投票は不正だらけだとして、
受け入れを拒否する構えです。
対立の構図は次の通りです。
▼「ムスリム同胞団」出身のモルシ大統領を代表とする「イスラム勢力」は、
長年の福祉活動で、社会に深く根を下ろした組織力や動員力を背景に、
議会選挙や大統領選挙で勝利を重ね、政治の主導権を握りました。
彼らの目標は、イスラムの教えに基づく国づくりです。
▼これに対し、ムバラク政権を倒した若者のグループや、
野党勢力、少数派のキリスト教徒などは、
政治のイスラム化が進められることに強く反対しています。
▼一方、ムバラク政権の崩壊後、暫定的に国を統治した軍は、
今のところ、表舞台に出ず、中立を保っています。
先月下旬、モルシ大統領は、自らの権限を大幅に強化し、
一気に新憲法を制定する動きに出ました。
それまでバラバラだった若者グループや野党勢力は、初めて団結し、
大規模な抗議行動を展開しました。
イスラム勢力の主導で草案がつくられた新憲法は、
従来の憲法より、イスラム教の価値観を反映した内容です。
若者や野党勢力、キリスト教徒などは、
女性の権利や、表現の自由が制限され、
イスラム教による政治介入が強まる恐れがあるとして、強く反発しており、
法廷闘争やデモなど、あらゆる手段で抵抗する構えです。
当初は、新憲法を制定してから、大統領選挙を行う予定だったのに、
いつの間にか、順序が逆になりました。
まるで、ルールを決めずに、ゲームをしているような状態で、
モルシ大統領は、国民全体の代表というより、
イスラム勢力の利益代表のように見られています。
エジプトの例から見えてきたことは、
▼独裁政権を倒すことと、民主的な体制をつくることは、全く別のことであり、
民主主義の経験がない国で、民主化は、極めて難しいということです。
▼次に、イスラム教徒が大多数の国で、自由な投票を行った場合、
組織力や動員力のあるイスラム勢力が圧倒的に有利になります。
▼さらに、憲法など、国の根幹に関わる重要な事柄を、
多数派が、反対派の声を無視して決めた場合、修復できない対立の溝が残ります。
今後、2か月以内に、改めて、議会選挙が行われる予定ですが、
もしも、対立が大きな衝突に発展した場合、
軍が、治安回復を理由に、クーデターを起こす可能性もあり、
エジプトの民主化の行く先は、全く見えません。
【シリア 泥沼化する内戦】
次に、シリアでは、アサド政権と反政府勢力の戦闘が全土に拡大し、
内戦が泥沼化しています。
去年3月、一連の衝突が始まって以来の死者は、4万4000人を超えたと見られます。
ここに来て、反政府勢力が攻勢を強め、
首都ダマスカスや、第2の都市アレッポでも、支配地域を広げていますが、
双方の軍事力を比べると、まだ、アサド政権側が優勢です。
住宅密集地を戦闘機で爆撃すると言った無差別攻撃も起きていまして、
内戦が長期化し、民間人の犠牲者が増えることが心配されます。
当初、アサド政権の恐怖政治に、民衆が抗議する形で始まった反政府運動は、
その後、イスラム教の宗派対立の様相を呈し、
近隣の国も巻き込んだ内戦に発展しました。
アサド政権は、アラウィー派と呼ばれる少数派が、
圧倒的多数のイスラム教スンニ派を、軍や秘密警察の力で強権支配する体制です。
アラウィー派は、イスラム教シーア派から分かれたとされます。
シーア派の大国イランは、シリアのアサド政権と、戦略的な「同盟関係」にあり、
武器や資金など、できる限りの支援を与えています。
一方、サウジアラビアやカタールなど、
イランと対立関係にあるスンニ派のアラブ諸国が、
シリアの反政府勢力に、武器や資金を提供しています。
シーア派のイランと、スンニ派のアラブ諸国の介入が、
シリア問題をいっそう複雑にしているのです。
事態打開の大きな障害となっていますのは、
反政府勢力がバラバラに行動し、
アサド後の「政権の受け皿」ができないという問題です。
ようやく先月、シリア内外のさまざまな反政府組織を糾合する形で、
「シリア国民連合」が誕生し、欧米各国は、「シリア国民の正統な代表」と認めました。
しかし、イスラム過激派が含まれているという懸念から、
武器などの支援は控えています。
統治能力という点でも、「シリア国民連合」が、ほんとうの意味で、
「政権の受け皿」となれるかどうかは、不透明です。
「国際社会の足並みが揃わない」問題も解消されていません。
とくに、国連安全保障理事会では、アサド政権に対する制裁や退陣を求める決議案に、
ロシアと中国が拒否権を行使し、効果のある決議が全く出せません。
シリアの今後を予測するのは、困難ですが、
▼アサド政権が、反政府勢力を抑え込むのは、もはや不可能で、
時期はともかく、アサド政権が崩壊するのは免れないという見方が大勢を占めています。
アサド政権をかばってきたロシアでさえ、最近は、
政権が倒れる可能性を真剣に考え始めた様子です。
▼ただ、アサド政権が倒れた場合も、宗派間の抗争が長期にわたって続く恐れがあり、
▼シリアという国が、いくつかに分裂する可能性も指摘されています。
かつてのレバノンや、フセイン政権が崩壊した後のイラクもそうでしたが、
異なる民族、宗教、宗派で成り立っている国で、
しっかりとした「政権の受け皿」ができないまま、政権が倒れた場合、
周辺国の介入も招いて、歯止めのかからない内戦に陥る危険性があるのです。
【まとめ】
見てきましたように、エジプトも、シリアも、極めて危機的な状況です。
アラブ最大の人口を抱えるエジプトの民主的な国づくりが、もし失敗すれば、
他のアラブ諸国への悪影響は計り知れません。
一方、シリアの内戦が長期化すれば、おびただしい命が失われます。
仮に、シリアが分裂すれば、中東地域全体が大混乱に陥ります。
「アラブの春」とは、実際のところ、先行きが全く見通せない、
砂嵐が吹き荒れる季節であることが、改めて、浮き彫りになっています。
(出川展恒 解説委員)