昨年9月に放送されたNHKスペシャル「生活保護 3兆円の衝撃」という番組が、放送されなかった取材や出演者の発言をまとめて、書籍化されました。わかりやすく、実にすばらしい内容です。
現時点で、最近の生活保護が抱える諸問題を、最も的確にまとめた書籍であり、単なる現状の紹介だけではなく(現状の紹介も、体当たり取材やタブーに切り込んでいて素晴らしいですが)、その処方箋までも提示しているものとして、是非、広くみなさんに推薦したいと思います。
同時に、この書籍が出版されたことをもって、NHKスペシャル取材班と私は完全に和解をしました。この番組については、私の発言部分のカット・編集があまりに偏向していることから、以前、ブログに抗議をして、二度とNHKには出演しないことを宣言しました。
NHKスペシャル「生活保護 3兆円の衝撃」の残念さ
http://blogos.com/article/2083/
しかしながら、その後、担当者や担当ディレクターなどから真摯なお詫びをいただき、また、今回の書籍についても、番組で大幅にカットされた私の発言部分をきちんと反映してもらいましたので、これをもって完全に水に流したいと思います。以降は、NHKからの出演依頼があった場合には、出演をしようと思います(実は、これまでも、出演しない取材は、全くのボランティアでずっと受けてきましたが)。
私のカットされた発言内容は、最終章の8章「生活保護をどうすればいい?」にまとめられています。この中には、最近、自民党の生活保護プロジェクトチームや自民党新マニフェスト、厚労省の生活保護改革等に反映されて注目されている「就労収入積立制度」の具体的な内容も書かれています。
また、稼働層の生活保護受給者に限って、最低賃金の減額制度(適用除外)を使って、求人・求職側双方の就労マッチングのハードルを下げるべきではないか、という提案についても、その詳細な内容が説明されています。
これについては、「最低賃金引き下げ」と言うだけで、内容をろくに読みもしない福祉関係者、支援団体が噛みついてくるのでやや閉口していますが、要するに、働ける生活保護受給者を積極的に雇用する企業に対して、補助金を出すということです。そして、さまざまな業種のさまざまな職種の求人が多くでそろった中で、就労を始めてもらおうというだけのことですから、それほどおかしな発想でしょうか。
もちろん、稼働層でも精神的身体的にすぐに働くのはしんどい人々には別の社会参加の手段を考えるべきです。これについては、釧路方式のボランティアや、街や公園美化などの公的就労でステップを付けることなどを別途提案しています。また、稼働層でない高齢者には、そもそも就労ではなく、居場所・生きがいづくりをすべきと考えており、そのような提案もいろいろな場で行っていますが、これは今、本題ではありません。
稼働層の生活保護受給者の最低賃金を下げても、その分、生活保護の最低生活費が減額されるわけではないので(生活保護費は最低生活費と就労収入の差額が支給される制度)、当たり前ですが、生活保護受給者の生活費は今のままです。減額されるわけではありません。
また、就労収入積立制度などの働くインセンティブをいくら整えても、実際に、生活保護受給者に就職先がなければ話になりません。これに対して、労働市場が問題だと批判してみたり、労働市場に傷ついた若者をまず慰めるべきだという発想で、立ち止まっている場合ではないのです。労働市場自体を変える発想が必要です。
とくに、20代、30代の若い生活保護受給者にとってはこの先の人生は長いですから、彼らが就きたいと思う職で、きちんとOJTなどで育ててくれる職を用意しなければなりません。しかも、20代、30代の生活保護受給者は、適応が早いですから、働かず引きこもりがちになるのも早い。そうなると、なかなか再び就労意欲を喚起することが難しくなりますから、早く手を打つ必要があります。
しかし、国や自治体の財政状況は非常に厳しく、そのような企業に補助金を出す制度をなかなか作れませんから、たとえば、最低賃金引き下げを時限的に行うことで実質的な補助金とするというのが、私の発想です。この方法ならば、企業に対して新たな財政支出をすることなく実質的な補助金を出すことができます。また、今まで職がマッチングしなくて働かなかった生活保護受給者が一定程度働くようになれば、生活保護費自体も減少することになります。
また、生活保護受給者が低賃金で働くと、他のワーキングプアが困るという意見もあるとも聞いています。しかし、ワーキングプアが困るから生活保護受給者は働かないで良いというのは病的発想です。まずは生活保護受給者だけでも働けるということが一歩前進でしょう。これとて、自立支援プログラムを組み合わせてOJTの訓練をしながら賃金を引き上げてゆこうということですから、ずっと低賃金のままではありません。
また、現在、生活保護の稼働層はたかが17%ですから、それでその10倍以上はいるワーキングプアの労働市場が致命的な影響を受けるでしょうか。いや、多少の影響はもちろんあるでしょう。しかし、ワーキングプアはそれ自体が問題なわけですから、給付付き税額控除(EITC)等を入れて、彼らの生活の底上げを図る仕組みを整えるなど、ワーキングプア対策は別途、行うべきです。これは、私が前から書籍などで提言している内容であり、他の経済学者の多くも賛成しているものです。
私も最賃ばかりにこだわるつもりはありませんが、反対する福祉関係者、支援団体は、では彼らにどうやって職を提供するのか、対案を出してほしいと思います。しかも、財政的に無理のない形でお願いしたい。「財政の論理で福祉を語るな」というのが、彼らの口癖ですが、財政の論理がない提案は、いまの国・自治体の財政状況では、完全に「絵に描いた餅」です。しかも、リーマンショック以降、8000億円も増えている生活保護費への風当たりは日増しに高まっています。批判のための批判や、財政投入へのおねだり合戦では、今の世の中は何も進みません。
財政の論理も必要だということは、最近、あの湯浅誠氏ですら認めているところだと、私は理解しています。いずれにせよ、私に批判したい方々には、まずは、この書籍をきちんと読んでからにしていただきたいと思います。定価1238円です。
あわせて読みたい記事
学習院大学経済学部教授。社会保障論、福祉経済学などが専門
話題の記事をみる - livedoor トップページ
意見
2012年06月18日 ガイドラインを変更しました。