ひとたび売り場に入れば、この男の視線はより鋭さを増す。
今井史男。
各店舗の運営を取り仕切る、30年のベテランだ。
<「いそかわ」店舗運営部 今井史男さん)
「整理整頓!」
「サンマないよ」
<従業員>
「足します!」
創業52年のスーパー「いそかわ」。
奈良と京都に11店舗を展開し、特に魚や肉など食料品の新鮮さをウリにしている。

<客>
「品揃えもたくさんあるし、野菜がいつもキレイ」
<客>
「来れば何かが安い」
だが最近、今井の表情は冴えない。
思うように、売上げが伸びないからだ。
<今井史男さん>
「きょう、ちょっと厳しいね」
この日も、店長から耳の痛い報告。
その理由は…
実はこの「押熊店」、周辺はスーパーの激戦区なのだ。
大手や安さに特化した店など、徒歩数分圏内に3店舗。
さらに車で5分程度の場所なら、合わせて8つのライバル店がひしめきあっている。

<今井史男さん>
「ここ(大手スーパーの建設現場)ですわ、『なんでくるんやー』って感じですねえ」
来年には、新たに大手スーパーが進出してくる。
<今井史男さん>
「厳しいですよ、非常に厳しいです。勝つか負けるかですからね」
このままでは、生き残れないかもしれない…
募る危機感。
<部長>
「それぞれ、部門の顔をつくりたい」
最終的に、「押熊店」をリニューアルすることが決まった。
リニューアルの肝に据えたのは、売り場の大掛かりな配置転換。
スーパーの改装を、いくつも手がけてきたデザイン会社に知恵を借り、弱点を洗い出していく。
「押熊店」の売り場の見取り図。
入り口を入ってすぐ、1番目立つ場所に野菜。
その左に惣菜スペースが並ぶ。
続いて、朝、水揚げされたばかりの水産コーナーに・・・
肉・・・ 酒ときて、中央に乳製品や日用品が並ぶ。
中でも苦戦していたのが、惣菜だ。
<今井史男さん>
「実は惣菜の売り上げが他店舗より低いんですよ、この店。大きい店なのに・・・」
<プログレスデザイン 西川隆さん>
「果物のにおいと惣菜の油のにおいが、だぶってしまってる。いいもの(強い商品)が2つ並ぶとお客は見逃してしまう」
どうやら購入の優先度が高い「野菜」に負けて、「惣菜」の存在が見落とされてしまっているようだ。
さらに…
<今井史男さん>
「ちょっとここまで足を伸ばしてもらう、という機会がなかなか少ない」
肉コーナーを見た客は、そのままレジへ向かってしまうため、酒や乳製品の売り場には客が流れていかないのだという。

こうした弱点をどう克服するのか。
1か月の改装期間に入った。
リニューアルオープンまで15日。
<今井史男さん>
「壁の色がつくと、またガラッと雰囲気、変わると思います」
店内は解体され、床の張り替えなどが始まる。
これまでなかった魚の対面販売スペースなど、売り場の原型が少しずつ見えてきた。
リニューアルオープンまで7日。
そして、リニューアルのもう1つの要がチラシ。
この地域はファミリー世帯が多く、折り込みチラシが抜群の効果を発揮するという。
チラシのポイントはとにかく見やすく、見た人が商品をイメージできること。
<今井史男さん>
「25日、鰹のたたきの写真って、もうちょっと・・・ キレイなのに代えてほしいな」
「『トマト約700グラム』というのをやめて、5〜6個に」
国産ブランド志向の客を見据えて…。
<今井史男さん>
「変えます?」
<部長>
「これ上下、逆にしようか」
豚肉は、78円のカナダ産と98円の国産を入れ替えることに。

人の目線と関心は、左上から右下へ流れるという法則があるからだという。
<「いそかわ」 部長>
「『押熊店』の改装オープンチラシなんで。(所得が)上の方の人も多いんで、国産重視の方がいいんではないかな、と」
ターゲットごとに練られた緻密な戦略。
チラシが完成した。
色が気になった鰹の切り身は、鮮やかな赤に。
トマトは、個数で表示した。
そして豚肉は、国産を求める客の目にとまる位置に変えられた。
果たしてチラシ戦略は功を奏するのか。
新装開店の日が近づいてきた。
リニューアルオープンを目前に控え、店の運営を取り仕切る今井の仕事も、佳境を迎えていた。
この2か月、ほぼ休みなし。
ここまで成功にこだわるのには、ある過去のつらい経験があった。
「いそかわ」は7年前、50億円の負債を抱えて破綻した。
中堅スーパーの子会社として再建の道を歩み始めているが、家族を抱え、苦悩した記憶が「2度と繰り返すまい」と今井を仕事に駆り立てる。
<今井史男さん>
「売り上げも伸ばして、収益も上げて。存続には成長が絶対必要だと思いますね。今回のリニューアルも、そのためのリニューアル」

そんな今井を支えているのが、かつて、「いそかわ」で働いていた妻のとのよさんだ。
<妻 今井とのよさん>
「仕事中心というか・・・ 本気で成功させるために、がんばってるんやなーということは感じましたけど」
いよいよ、リニューアル当日。
<従業員たちに挨拶する今井史男さん>
ますます発展させて、大きな『押熊店』となるようがんばっていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
<従業員たち>
「よろしくお願いします」
店の外には、開店を待ちわびる長蛇の列。
そして、その時が来た。
活気づく店内。
改装で店はどう変わったのか。
がらりと変わった外装は…
少し上質な雰囲気に。
野菜に押されていた惣菜は…
別の場所に新たにコーナーが設けられ、ゆったり選べるようになった。
その結果、オープンから2週間、売り上げは改装前の1.5倍に跳ね上がったという。

また野菜コーナーも地場野菜や常時20種類以上のトマトをそろえるなど、旬の果物とともに人気を集めている。
問題の人けがなかった、最終エリアは…
奥に惣菜コーナーが入ったことで人の流れが復活し、店全体を見て回る環境が整った。
<客>
「なんか雰囲気が変わりました。すごっく買いやすくて見やすくなりました」
<客>
「お魚が1匹ずつ並んでいて、すごいなと思って」
と、上々の手応え。
中でも多かったのが・・・
<客>
「広くなったような気がしましたけど」
<客>
「なんか広くなったんですかね」
それどころか、逆に売り場面積は10坪も狭くなっているのだ。
開店から2週間、売り上げは3割増しと目標を大幅に上回っている。
<今井史男さん>
「心配してたけど、たくさんのお客様にいらして頂いて、うれしくて。ほっとしてます」
時代の空気を読み、いかに客のニーズにこたえるのか。
戦国時代を迎えたスーパー業界。
成功への険しい道のりが続いていく。
|