「はだしのゲン」の作者 中沢啓治氏死去12月25日 10時7分
広島の原爆投下直後の悲惨な状況をみずからの体験に基づいて描いた漫画「はだしのゲン」の作者の中沢啓治さんが、今月19日、肺がんのため広島市内の病院で亡くなりました。
73歳でした。
中沢啓治さんは広島市の出身で、6歳のときに被爆し、父や弟など家族3人を亡くしました。
その体験を基に、昭和48年から、原爆で家族を失った少年が力強く生き抜く姿を描いた漫画「はだしのゲン」を執筆しました。
原爆投下直後の広島の生々しい描写は内外の読者に強い衝撃を与え、発行部数は累計で1000万部を超えました。
中沢さんはその後、「はだしのゲン」の第2部を検討していましたが、長年患った糖尿病の影響で視力が衰えたため、3年前に漫画家を引退し、漫画の原画など800点以上の資料を広島市の原爆資料館に寄贈しました。
その後も映画の脚本や絵画の制作に取り組むなど、被爆の実態を伝える活動を精力的に行っていました。
中沢さんは、被爆体験を思い出したくないとして、8月6日の平和記念式典には出席してきませんでしたが、去年、初めて「原爆への怒りと戦争への反省を次の世代に伝えたい」として出席しました。
中沢さんはおととしには肺がんが見つかり、手術を受けて治療中でしたが、今月19日に入院先の広島市内の病院で亡くなりました。
“核の悲惨さを世界に伝えてくれた”
中沢さんが亡くなったことについて、日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会の田中煕巳事務局長は、「大変残念に思います。『はだしのゲン』は、国内だけでなく、海外でも多くの子どもたちから読まれ、原爆の恐ろしさを広く伝える大きな役割を果たしてきたと思います。日本被団協としても、中沢さんの意志を引き継ぎ、同じ被爆者として、これからも被爆の実相を訴える取り組みを続けていきたい」と話しています。
また、平成6年に「はだしのゲン」の原画の提供を受けて以来、作品を展示してきた、広島市の原爆資料館の前田耕一郎館長は、「中沢さんは漫画という媒体を通じて、核兵器の悲惨さを執念を持って世界中に伝えてくださった方でした。亡くなられたことは残念のひと言に尽きます」と話していました。
[関連リンク] |
|