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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA16
 サイトが目を開けたとき、周りは先ほどの美術的な風景とは打って変わって、どこかの要塞基地を思わせる場所だった。そこら中で赤い光が黒い筋をたどるように走っている。パーティーメンバー全員の視線の先に、巨躯な太い二足で立つライオンが佇んで顔を俯かせていた。ソレが、パンター・レオニウスだ。そして、しばらくするとレオニウスが顔を上げその緑色の鋭い眼光を全プレイヤーに向けてきた。来るッ、とサイトは生唾を飲み込んだ。
「グルォォォォオオオオオオッ!!」
 そのレオニウスのおたけびがその場中で響きサイトたちの鼓膜や、そこら辺りのオブジェクトをビリビリと振るわせた時、サイト達の視界に「WARNING」と言う奇襲報告と同じメッセージが浮かび、耳の中でアラート音が鳴り響いた。
「ッ!」
 その瞬間、サイトの頭の中で何かが流れ込んでくる感覚が走る。グリュリュッというゲル状の物が無理やり押し込み入れられるような音が聴覚を刺激した。
「グアッ!」 
 という短い悲鳴が聞こえ、パーティー一団の陣形が崩れた。どうやら端側にいたプレイヤーが何かしらの攻撃を受けたらしい。そこまで理解した瞬間だった。
「グルゴァアッ!」「ベチュツロロッ!」「バルルルッ!」「クチュチチッ!」
 など、様々なウイルスの鳴き声がサイトたちの耳の中に入り、パーティー一団がたちまち数百体にも及ぶウイルスたちに取り囲まれた。
「なっ!?」
 一体ここに何人ものβテスターが参加しているのだろう。そして、おそらく全員がサイトと同じような反応を見せているはずだ。「こんなことなかった」と。βテストの時は、パンターレオニウスのみであった。だが、今見てみるとどうだ。レオニウスの前に分厚い壁ができたように無数のウイルスが立ちはだかったではないか。
「なんだよ、これッ!」
 と、プレイヤーの誰かがそんなことを叫ぶ。言いたいのは全員一緒だ。だが、起きたものは起きたのだ。ボス戦が始まればその攻略パーティーは最低10分間、そのルームから出ることはできない。10分経ってワープポイントから脱出するか、ボスを抹消デリートするしか、このルームから脱する方法はない。だが、これだけのウイルス。そして、このプレイヤーたちの動揺ぶり。一体これで何人がやられる?
「怯むな! 数に押されるな!」
 という、先頭に立って迫り来るウイルスたちの攻撃をいなしながらレレイドは動揺を隠せないプレイヤー達に呼びかけた。
 確かに、レレイドの言うとおりだった。たしかに数は多いが、「マウスン」や「ガルル」、果ては「ベロル」など、サイバー1に登場するようなウイルスばかりだ。冷静に対処すれば敵にもならない。
「ブルルゥグォォォオオオオオッ!!」
 ウイルスの壁の向こうでレオニウスが吠えた。それが合図であるかのように、パーティー一団は一斉に雄叫びを上げながらウイルスの大群へと突っ込んでいった。そんな中で、サイトはその壁の向こうに居るレオニウスを一点に見つめた。その隣でユウナはただ静かに佇んでいた。
 なぜあのレオニウスはこの間に攻撃を仕掛けてこない? という疑問がサイトの頭の中に浮かび上がった。HAIで構成されているのは何もウイルスだけではないレオニウスのようなボスもHAIで構成されている。つまり、自らで思考し、戦術を立てることができるのだ。そう言うHAIなら、これほどにまでパーティーメンバー全員を一網打尽にできるチャンスはないはず……。最初であるから元から思考能力を低く設定されているのか、それとも何かの策を持っているのか……。
「ちょっと掛けてみよっか……」
 サイトがぼそりとつぶやいた。「へ?」ととなりに立つユウナはサイトの一点何を見つめるような瞳を見つめた。
「ちょっと頼みたいことがあるんだ……」
 そして、サイトは自分の瞳を見つめるユウナへと目を移して柔らかい笑みを浮かべた。
「手伝って、くれるよね?」




「バトルカード、エンザンゲキ!」
 ゼクトがバトルカードのコマンドを発声すると、その手が光を放った。「ハッ」という短い覇気を吐き、その手を振るうとその後を辿るかのようにゼクトの周り3メートルで真空波が発生した。
 バトルカード、エンザンゲキは発動させたプレイヤーの周り半径3メートルの円周で真空波を発生させる攻撃型バトルカード。攻撃力は70。サイバー1に存在するウイルスたちにとってはその70という攻撃力は致命的なものではあるが、これだけの数では全くの意味をなさない。多くのプレイヤーの手によっていくらかのウイルスたちはHPを削られているので、その70というダメージだけでその攻撃がヒットしたウイルスを抹消デリートすることができた。だが…………。
「チッ、キリがないな……」
 今なお迫ってくるウイルスを見てゼクトは舌打ちを打った。数多くのウイルスは、様々な唸り声を挙げながら、決して少なくないプレイヤーたちにその眼光を突きつけた。
「休むなよゼクト!」
 オーノックは目の前に居るベロルにそのチャージアックスを振り下ろし150もあったHPを余さず削り切り、呆然と立っているゼクトの方へと向いた。
「まだ湧いてきやがる! 休むと狩られちまうぞ!」
 と、オーノックがつぶやいた通り、ウイルスの湧出率はあまりにも異常だ。ただの雑魚ウイルスなのに、こうも多いと……。
「チッ!」
 ゼクトは手に握っているミスリルブレード・改を振るい、迫ってきたウイルスを弾き飛ばした。武器の攻撃力補正とゼクト自身の基礎攻撃力を合わせたダメージがそのウイルスに蓄積された。
「そういえば……」
 サイトが見えない。いや、サイトどころではない。サイトとバディを組んでいたあの少女もどこにいる? 考えても見れば、もしサイトがこのウイルスの群れの中に入り込んであの剣を振るっているのならば、もう少しこの数は少ないはずだ。だが、ここにはいない。一体どこに行った!? 
 パーティーメンバーを取り囲むウイルスたちのせいで、一体どこが後ろなのかもわからない。そんなことを気にしている暇はないのだ。
 また目の前に飛び込んできたウイルスを弾き飛ばしてあたりを見渡した。
「サイト!!」
 彼に聞こえているのだろうか。だが、周りにいる大量のウイルスたちの悲鳴や呻き声のせいで返事も聞こえるはずもない。だからサイトの安否も確認できない。
「チッ……」
 ゼクトは迫り来るウイルスに剣を振るいながらも自分の視界下に映るバトルカードの手札に視線を移した。一網打尽にできる…………な」
「バトルカード、シンクロポイント!」
 と、ゼクトの手に緑色の光が灯った。そして、その光をまとった手の掌には平面円形の図形が描かれていた。早く、次の手を打たねば……。
「バトルカード、ポイントスチール!」
 その瞬間ゼクトの体が空間の中に溶け入るように消えた。
「ッ! どこに行くッ、ゼクト!」
 空間の飛び越えが始まる前にオーノックが自分を呼ぶ声が聞こえた。だが、ポイントスチールの発動をキャンセルすることはできない。
 ポイントスチールで飛んだ先には一体のエレビーがいた。その残りHPはわずか40。武器で溜め無しの攻撃を当てるだけでも一撃で屠れる。だが、そうはいかなかった。なぜなら、いま自分の右手にはまだ、「シンクロポイント」の効力が残っているからだ。
 突然自分の目の前に姿を現したゼクトに、エレビーは全身の身の毛を震わせ、「ピピーッ!」と言う鳴き声を上げている。その間ならば全くの無防備であろう。ゼクトは自分の敏捷度メーターに物を言わせてその無防備なエレビーの体を、緑色の光をまとっている手で掴んだ。その瞬間、「ピビーッ!」という金切り声を上げ、バタバタと暴れだした。だが、もういい。ゼクトはすぐさま自分の手をエレビーから離し、もう一方の手に握っている剣でそのエレビーを一薙ぎした。逃げる暇も、悲鳴も上げる暇を与えぬまま、そののこりHPを削り取り抹消デリートした。そして、今も尚自分の周りを取り囲み威嚇の声を上げているウイルスたちを一瞥し、先ほどエレビーを掴んだ光をまとった手を力強く振った。すると、自分を取り囲むウイルス群の約7割だろう。それらのウイルスに円位のカーソル状が張り付いた。その瞬間、それらのウイルスのHPが一気に40にまで落ちた。
 シンクロポイントとは、対象とした1体のウイルスのHPを他のウイルスたちのHPに揃えるというものだ。ゼクトが対象にした1体のウイルスとは、残りのHPがわずか40しか残っていなかったエレビーだ。その40のHPが、この緑色のカーソルが合わさったウイルス全てにその40のHPがそれらのウイルスに写されたのだ。たったHP40のウイルスなどゼクトにとっては敵にもなれない。向こうの方では、大勢のプレイヤーたちがウイルスの大群と戦っている。あちらは任せれば大丈夫だ。こちらは、こちらのやることをしよう。
「バトルカード、スピードプラス!」
 そのバトルカードの効果は名前のとおりだ。敏捷とスピードの基礎ステータスを底上げする。底上げされたスピードで一気にHPをごっそりと削られたウイルス群に単身突っ込んでいった。いきなり、その群れの中をぶっちぎって中に入り込んできたことに、ウイルスたちも戸惑い始めた。HAIと言うのは複雑な思考ができる代わりに、自分の戦術に当てはまらないような出来事が起きれば、戸惑ってしまう。常識があるのならこういう様に、自らの命を投げ捨てるような真似なんかには出ない。そのようなことを思考しているウイルスたちにとってはこのような一連の行動の意味がわからない。ようやく現状を理解したウイルスたちはたちまちゼクトに飛びかかるように襲いかかってきた。数あれば何とかなるとでも思ったのだろうか。だが……。
「俺も安く見られてるな……」
 ゼクトがそう呟くとゼクトのミスリルブレード・改を握る手の逆の手にオブジェクトが顕現した。それは、青色の剣を振るうサイトとは対照的な、赤色の刀身をした片手直剣ワンハンドロングソードだった。流麗と思わせるその刀身は炎を帯びているのかと思わせるほどの覇気を帯びていた。たまにあるのだ。電脳世界でウイルスを抹消デリートした際に、リザルトと共にバトルカードもでなければECも出ない。ただし、その代わりとして武器が手に入るということが……。EXエクストラドロップウェポンと呼ばれるそれは、あらゆるアイテムの類の中でも群を抜いて出てくる確率は低く、エリア1時点では、もはや1000兆分の1と呼ばれるほどだ。明確な確率は誰にもわからないのだ。どのエリアでも出てくる武器はEXエクストラドロップウェポンはランダムに選ばれる。通常エリア100以降の力を持つ武器がまさかの展開でエリア1で出てくるなんてことなんか極々極希にあるのだろう。
 ゼクトがもう一つ手に握った武器は、「レヴァテイン」と呼ばれる片手直剣だ。掛かる威力補正は、ゼクトの基礎攻撃力の50%だ。さらには50%の確率でこの剣で攻撃を食らった敵は3秒間の遅延ディレイ効果が与えられるという、とても序盤の段階で手に入るとは思えない。威力補正と言うものは、要はその武器の攻撃力だ。元から攻撃力のステータスが定められている物もあれば、その武器を装備したプレイヤーの基礎攻撃力によっていろいろと変わるという物がある。基礎攻撃力が高いプレイヤーは後者のパターンの武器を選べばいいだろう。逆の場合は前者だ。ゼクトの基礎カスタムはほとんどがスピードと攻撃力に振り分けられている。なので、レヴァテインの様なタイプはゼクトにとっては欲しくてたまらないタイプだった。
 左手にミスリルブレード・改、右手にレヴァテインを装備したゼクトの姿は、サイトの姿と重なった。全種二重片手装備オールラウンドツインワンハンドアームドができるのはサイトだけ、とは言っていたが、二重片手装備ツインワンハンドアームドがゼクトにできないなんて事は言った覚えはない。
「クイッカー」と呼ばれるトッププレイヤーの片割れ、ゼクトの剣舞は今、繰り広げられる。
この小説は改稿を予定しております。
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